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第4回「Rise Up Festa」受賞者インタビュー

バイオ・ライフサイエンス部門

世界一再現性の高い「柔らかい心臓モデル」が患者の命を救う。医師に「最高や!」と言わせる製品づくりとは
2017年9月26日
世界一再現性の高い「柔らかい心臓モデル」が患者の命を救う。医師に「最高や!」と言わせる製品づくりとは
三菱UFJ銀行主催のビジネスコンテスト、第4回『Rise Up Festa』のバイオ・ライフサイエンス部門で最優秀賞を受賞した株式会社クロスエフェクト。3Dプリンターを使った試作品を製造する同社は、リモコンや脈波計をはじめ、あらゆる工業製品を「どこよりも早く」制作することに強みをもっています。なかでもCTスキャンデータを基に内部まで精密につくりあげる心臓モデルは、手術前に精度の高いシミュレーションを行ったり、若手の教育に活用することができるとして医療業界から絶大な評価を得ています。今回は、同社を率いる代表取締役の竹田正俊氏に、事業成長の背景や開発工程の短縮化にかける想いについてお話を伺いました。

医療業界の変化も追い風となり、求められる存在に

― 3Dの心臓モデルというのは、どのような需要があるのですか?

つくっているのは、たとえば赤ちゃんの複雑な先天性心疾患の心臓モデルです。日本では毎年、約100万人の赤ちゃんが生まれ、うち100人に1人、つまり1万人くらいが心疾患を持っています。手術が必要なのは3,000人~4,000人ぐらいで、中でも1,000症例ぐらいが複雑で手術が難しいものです。私たちはこの方々を対象に、赤ちゃんの心臓のモデルをつくっています。

3Dの心臓モデルは、赤ちゃんのCTスキャンのデータをもとにそっくりそのまま再現します。そして手術の前に「切る」「縫う」といった入念な術前シミュレーションを行っていただくことができます。
内部まで忠実に再現された心臓モデルを制作している

― 医師の方々からの評価はいかがですか。

一度この3D心臓モデルを使ってくださった先生からは絶賛されています。心臓の手術は通常、人工心肺をつけ、心臓を止めて行います。しかし、赤ちゃんの心臓は2時間ぐらいしか止められません。先生が実際に心臓を開けてみて「どうしたらいい?」と迷っている時間がないんです。この時間制限の影響で一部しか手術が行えず、小さな子が何回も手術を受けることもあります。僕らのモデルを使えば、今まで2回3回と分けていた手術を1回でできる。入院期間も短くなり傷跡も少なくできます。医療経済効果も出ます。何より、今まで救えなかった命が救えるようになったという声もいただき、非常に評価をいただいています。

当社の仕事が評価される背景には、医療業界の変化もあります。
昔と違って、ベテラン医師が若手医師を育てることが難しくなっています。かつてはベテラン医師が手術室で若手を教える機会があったようですが、手術室の可視化によって難しくなっているようです。また、ブタの心臓なども練習として使われることがありますが、ヨーロッパでは既に、倫理上の問題から動物実験が行いにくい状況になってきているそうです。だから、世界一再現性の高い臓器モデルをつくれる私たちの出番なんです。

2009年からプロジェクトをスタートして丸8年、成果は出てきました。大人の心臓モデルはもちろんのこと、肝臓や肺、腸などあらゆる臓器をつくることができます。近い将来、患者さんにオーダーメイドでモデルをつくって役立てる医療機器にしようということで、厚生労働省と交渉を続けています。

― 海外との取引も増えてきているとのことでした。

海外からも高い関心を寄せていただいています。毎週水曜に有料の会社見学会を開催し、年間2,000人が弊社を訪れるのですが、世界中から視察に来られています。

海外からのご依頼も、少しずつ増えてきました。将来的には私たちのモデルで術前に入念なシミュレーションをしてから難しい手術を行う、というスキームを世界標準、デファクト・スタンダードにしたいと考えています。

できるはずがない……“問題”が“機会”に変わるまで

― そもそも、なぜ3Dの心臓モデルを制作するに至ったのでしょうか。

きっかけは2005年、大阪の国立循環器病研究センターの先生から「柔らかい心臓のモデルをつくってほしい」という依頼をいただいたことです。ただ、このときは技術的に難しいと判断し、お断りしました。「できるわけがない、どうやって断ろうか」という思いで頭がいっぱいになっていたのです。ただ、今思えば僕が経営者として未熟でしたね。

ドラッカーの言葉に「問題ではなく、機会に焦点を合わせることが必要である」(*)という有名な一文があります。お声掛けをいただいたとき、僕はそれを明らかに「問題」として捉えていました。最初にお話をいただいてから4年、先生から「君のところに断られたけれども、心臓モデルをつくってくれるところがまだ見つからないんだ」と連絡をいただいた際、それが「機会」であることがようやく理解できたんです。2009年のことです。
  • 経営学者ピーター・ドラッカーの書籍『経営者の条件』に収録されている。

圧倒的なスピードで、医療業界に貢献したい

― 御社はもともと、ものづくりの開発工程における「試作」において事業をスタートし、「世界最速試作」を掲げておられました。その意図は?

「期待を超える試作品をどこよりも速く提供する」というのは、僕が最も大切にしている使命です。ドラッカーの『マネジメント』の最初に出てくるテーマが「我々の使命は何か」なのですが、使命を噛み砕いて言うなら「お客様と社会に貢献すること」です。この際、会社の使命は強みから生み出さなければなりません。

では、私たちの強みとするべきものは何か。それは「早さ」です。
開発の現場で試作を依頼する企業は、100社中100社が急いでいます。市場投入の時期が決まっているため、限られた開発期間で完成度を高める必要があるからです。つまり僕たちはモノだけでなく、時間をも提供しているんです。だからよく、自分たちの仕事を「時間提供業」なんて表現しているんですよ。速くなければ意味ない、だから私達は世界最速にこだわり続けます。医療系試作に関しても、圧倒的な試作スピードで医療業界に貢献したいと考えています。

「これでたくさん試してもらえる」ひとりでも多くの人に知ってもらうために

― 『Rise Up Festa』にはどのような経緯で参加されたのでしょうか。

応募のきっかけは、島津製作所さんからの紹介です。最優秀企業の賞金の額(300万円)を見て「これで心臓モデルをたくさんばらまける」と思いました(笑)。

オーダーメイドで赤ちゃんの心臓をつくると、約25万円かかります。今は全国の執刀医の先生にサンプルとして提供し、実際に使ってみていただくということをしているのですが、ほぼ100パーセントの先生が「最高や!」と必ずいい評価をしていただけるんです。最優秀賞の賞金を、より多くの先生に使ってみていただくために使いたい。そうした目論見で狙いました。

もちろん、お金だけではありません。応募した一番の理由は、いろいろな人に会社を知ってほしいという思いがあったからです。心疾患のある赤ちゃんは100人に1人。決して珍しいことではないのです。僕が大きな講演会場でお話をすると、「実は私、心疾患で……」「息子が」「妹が」という方が必ずいます。少し大きなコミュニティであれば、必ず身近にいる。メガバンクが主催するビジネスコンテストという大きなチャンスを活用することで、1人でも多く、クロスエフェクトの心臓モデルを知っていただきたいと考えていました。

人の命を救うという意義によって、皆を幸せにしていきたい

― 今後の事業の方向性は、どのようにお考えですか。

尊敬する方から「竹田くん、君がやっていることには意義があるよ」と言われたことがあります。その方には「仕事は内容ではなく、意義で選べ」と言われました。「儲かるから」とか「楽そうだから」といった理由ではなく、意義で選べと。そうすれば、たくさんの人が応援してくれるから。そんな言葉をもらいました。

僕らの仕事には「人の命を救える」という意義があります。もちろん、株式会社ですから利益も大切にしています。それでも、僕は意義を大切にしたい。人の命を救うということは、世の中で最大の社会貢献です。確実に技術を磨き、事業として成り立たせていく。そして病気の人はもちろん、社員を、社員の家族を、ひいては社会をとたくさんの人を幸せにしたいと考えています。非常に難しいことですが、それが僕に課せられた最大の仕事だと考えています。

この記事の執筆者:赤木麻里(あかぎ・まり)
フリーライター。学習院大学文学部日本語日本文学科、東京福祉大学心理学部卒。書籍やウェブサイトを中心に幅広く執筆を行う中で、特に思想、哲学、心理学の分野で多数の執筆協力、コンテンツ提供を行っている。

ロボット・先端技術部門

「さびで錆を制す」―世界のインフラを半永久的に守る世界初の反応性塗料に込められた、開発者の想いとは?
2017年9月29日
「さびで錆を制す」――世界のインフラを半永久的に守る世界初の反応性塗料に込められた、開発者の想いとは?
三菱UFJ銀行主催のビジネスコンテスト、第4回『Rise Up Festa』のロボット・先端技術部門で最優秀賞を受賞した株式会社京都マテリアルズ。鉄でできた構造物にできる「錆」を抑える反応性塗料「パティーナロック(Pat!naLock)」で、橋梁や送電鉄塔、プラント施設などの長寿命化を目指しています。

製品のキャッチフレーズは「さびで錆を制す」。これまでにない画期的な製品がどのようにして生み出されたのか、代表取締役社長の山下正人氏に話を聞きました。

さびを研究して30年。さびの科学から生まれた「パティーナロック」

― 大学で材料分野の基礎研究を長年行ってきたとのこと。製品の着想を得たのはどういった経緯だったのですか。

もともと私は住友金属工業(現:新日鐵住金)で材料の耐食性(腐食に耐える性能)を担当していたんです。そこで鉄にできるさびの研究を始めてから30年ほどが経ちました。鉄は地球上に大量にあり、素晴らしい機械的性質をもつため大量に使用されています。しかし非常に錆びやすいという大きな欠点があるのです。

その後、兵庫県立大学工学研究科で准教授をしていたときにさびの構造を研究し、鉄以外のさまざまな元素を使うとさびの構造は変えられる、さびを上手くコントロールできるということがわかりました。そのときには具体的手段はありませんでしたが、鉄の表面に良質なさびをつくることができれば、耐食性を高められるに違いない。その発想が鉄の表面に「パティーナ」という良いさびをつくり、防食性を高める反応性塗料「パティーナロック」の原点です。

さびは悪いものなのか!?「さびで錆を制す」という発想

― 「良いさび」というのは聞き慣れない言葉ですね。詳しく教えてください。

構造物が錆びると私たちは「悪いもの」としてとらえますが、実は金属がさびるというのは、自然界に還ろうとしているだけなのです。地球で使う金属はさまざまな加工をして使われていますが、その状態は「安定」ではありません。金属は酸素とくっついて「石」になるのが自然界における安定な状態であり、金属は常に石に戻ろうとしています。鉄なら鉄鉱石に戻ろうとします。

たとえば銅の場合は、表面に緑青というさびができて中の銅を守る働きをします。非鉄金属にはそうした性質があることが多いのですが、鉄は自身を守るさびがつくれず、むしろ、錆びが出ると一層腐食を加速させるという特性がありました。

そのために、鉄に塗装することが一般的ですが、塗装をしても塗膜は劣化します。自然の力は強大で、錆止めを下地で塗っても、水や酸素はどうしても中に入ってしまう。そして錆びてしまうんです。内部で錆が進行すると、せっかく塗った塗装も下から破壊されてしまいます。それで数年おきに塗装を施すという作業が、従来から行われてきました。

鉄器時代から人間にとって便利に使われてきた鉄ですが、建造物などで大量に使われるようになったのはこの100年程度の話です。特に日本では、高度成長期にたくさんつくられた橋梁を始めとする社会資本がたくさんあり、老巧化が顕著になってきました。
左が無塗装の鋼板、右がパティーナロックが施された鋼板
水や酸素という自然環境の力を借りて良いさび"patina”をつくり鉄を守るという発想が「さびで錆を制す」ということです。すでに錆びている鉄にも使えるのも大きな特徴です。鋼材表面を本来自然界に存在する「鉄鉱石に還す」という考え方を実現し実用化したのが反応性塗料パティーナロックなのです。

― 製品化にあたり、苦労したのはどのような点でしょうか。

さびをコントロールするために有効な化合物を見つけて配合する、というプロセスには非常に苦労しました。塗料というかたちは最初から決めていたわけではありません。有効な化合物を鉄の表面で作用させたいのですが、雨が降って流れてしまうようでは困ります。検討した結果、一番使いやすいと考えたのが塗料だったのです。

コストダウン、人件費の削減。「良いさび」がもたらす社会的なインパクト

― 錆びなくなるということは、構造物のメンテナンスにかかるコストや手間は相当軽減できそうですね。

メンテナンスがまったく不要になるというわけではありません。自然の力というのはやはり偉大で、何が起こるかわかりませんからね。たとえば構造物に動物が巣をつくってしまうなど、予想もできないことが起こります。だから点検は必要になります。ただ、これまでのように頻繁なメンテナンスは必要ないということになります。

といっても、大幅なコストダウンになることは間違いないでしょう。たとえば橋梁であれば、現在は何層も繰り返し塗装が行われていますし、作業には何日もかかりますが、パティーナロックの場合は塗装回数が1~3回程度で済みます。補修の施工コストのほとんどは作業代ですから、コストが大幅に低減できるという計算になります。一般的な塗料よりも塗り替え間隔が長くなるのでコストダウンが可能です。

『Rise Up Festa』の審査員の方からは「これからの日本は労働人口が減少していくが、その分もカバーできるのではないか」というご意見をいただきました。塗装は過酷な作業も多い仕事ですから、そうした意味でもメンテナンスをミニマムにする意義はあると思います。

― これまで、どのような場所で使用されてきましたか。

最初に使用されたのは送電鉄塔でした。日本列島は海や温泉、火山など自然環境が非常に厳しく、構造物が腐食しやすいんですね。また、送電鉄塔は亜鉛メッキが施されていることが多いのですが、腐食部分をメッキしようと思ったら分解するしかありません。しかし送電鉄塔は何十万基もありますから、現実的ではありません。パティーナロックはそうした経緯で採用されました。

以降、京都市の照明鉄塔や高瀬川にかかる備前島橋、マンションの階段といった身近なところからプラントなど大規模なものまで、さまざまな場所にパティーナロックは使用されています。7月に国土交通省が新技術の活用のため整備している新技術情報システムNETISに登録されたので、今後さらに使用されやすくなると思います。

「使ってみようか」認知度の高まりを実感するように

― 『Rise Up Festa』で受賞したことにより、反響などはいかがでしたか?

発行部数の多い雑誌や新聞に取り上げていただいたり、多数のお問合せをいただいたり、大きな反響がありました。賞をいただいてから「こういう塗料があるんだったら使ってみようか」という流れは広まってきていると実感しています。

受賞後の懇親会の際に京都市長からアイデアをいただいて、京都市動物園とのコラボで小学生のみなさんをお呼びしてお絵かきイベントをやりました。さびによる老朽化が進んでいる園内のモータートラックを、パティーナロックでカラフルに塗っていただき、小学生のみなさんは大喜びでした。こうした機会で、幅広く「すでにあるものを大切にしていく」という意識を広げていけるといいな、とも思っています。

― 今後の展開は。

今後は自然にはない人工的な環境も含め、より広い分野で使っていただきたいと考えています。環境や設備の特殊性によって我々が目標とするさびは変わります。エネルギーをつくる施設も厳しい環境の1つですよね。今は非常に高価な材料で錆びにくいようにつくられていますが、パティーナロックが役立つ可能性は高いでしょう。化学プラントなど特殊な環境でも有用なはずです。先日は中東から問い合わせがありましたが、原油の掘削施設なども可能性を感じます。原油は腐食性が高く、パイプラインの中が錆びてしまいますからね。

「今あるものを大切に」。社会の認識も変えていきたい

― 海外展開についてはいかがですか。

お問い合わせも多く、世界展開も視野に入れています。最も大きな市場はアメリカでしょうね。構造物も多いですし、なんといっても国土が広大ですから。寒い地域も多いので、塩分を多く含む凍結防止剤が橋梁などの構造物をさびさせる原因になっています。

アメリカに限らず、鉄の構造物は世界中にあります。100年もたせたいものに、パティーナロックを使っていきたい。ものをつくって老朽化したら壊す、といった大量生産大量消費の発想はもう、時代遅れなのではないでしょうか。今あるものを大切に使っていこうという発想に、社会全体が変わっていけたらいいですよね。パティーナロックがそのきっかけの1つになればと願っています。

この記事の執筆者:赤木麻里(あかぎ・まり)
フリーライター。学習院大学文学部日本語日本文学科、東京福祉大学心理学部卒。書籍やウェブサイトを中心に幅広く執筆を行う中で、特に思想、哲学、心理学の分野で多数の執筆協力、コンテンツ提供を行っている。

ソーシャルビジネス部門

情熱をもって真面目に仕事に取り組みたい人に、車と収入、そして希望を。IoT×FinTechのチカラで社会を変える
2017年9月19日
情熱をもって真面目に仕事に取り組みたい人に、車と収入、そして希望を。IoT×FinTechのチカラで社会を変える
三菱UFJ銀行主催のビジネスコンテスト、第4回『Rise Up Festa』のソーシャルビジネス部門で最優秀賞を受賞したGlobal Mobility Service株式会社(以下GMS)。自動車やトライシクルなどのモビリティを遠隔で制御できるデバイス「MCCS」を開発し、これまで金融機関の与信審査が通らなかった人々も、車が持てるようになるサービスを展開しています。

同社が提供するのはモノだけではありません。利用者が得られるものは収入を得る機会であり、働く意欲、未来への希望でもあるのでした。「新しい社会の仕組みをつくる」という同社のサービスについて、代表取締役 社長執行役員/CEOの中島徳至氏にお話を伺いました。

自動車を自動制御することで、何ができるのか?

― まず、MCCSというデバイスとGMSが提供するサービスについて教えてください。

MCCSというのは、自動車を始めとするあらゆるモビリティを遠隔で起動制御、また位置情報の把握ができるようにするデバイスです。たとえばローンで車を買った人が支払いをしなかった場合、エンジンを掛からなくして車を使えないようにしたり(*)、位置情報を特定して回収したりすることができます。ただしコンビニや金融機関で支払いがなされれば、30秒~1分程度ですぐに使えるようになります。この仕組みによって、これまで金融機関の与信審査が通らずに車を買いたくても買えなかった、使いたくても使えなかった人々にも車と収入を得る機会を提供する、というのがGMSのサービスです。未払い、貸し倒れリスクを担保する上ではMCCSは金融機関にとって大きな可能性を秘めているのです。
  • 編集部注:運転中にエンジンが止まることはありません。
私たちはファイナンスに焦点を当ててビジネスを行っていますが、MCCSの利用価値は非常に幅広いです。国が利用すれば渋滞緩和など流入規制を行ったり、車検切れや税金未納の車は走らせないといった物理的措置にも使ったりできるでしょう。また、ドローンや建機、農機などあらゆるものに付けられますから、さまざまな使い方が考えられると思います。

世界中の「明日のためにがんばろうとしている人」に機会を与えたい。

― 事業のスタートはフィリピンとのこと、その理由は?

僕はもともと、2社ほど電気自動車ベンチャーを経営していたんです。当時、フィリピンにおいては排気ガスによる大気汚染、騒音などの環境問題が切実な社会問題になっていました。そこで政府を挙げて電気自動車を導入しようという取り組みがなされ、現地で電気自動車の普及に取り組んだわけです。

しかし、立ち上げてすぐに厳しい現実を目の当たりにします。それは、一般の方々に電気自動車を売ろうとしても、彼らが与信審査に通過しないというものでした。フィリピンでは国民の80パーセントがBOP(Base of the Economic Pyramid、低所得)層で、現金で車が買える人は皆無です。しかしローンかリースを検討したくても、お金を貸すと言う金融機関はありません。預金通帳すら持っていないのです。だから、本来なら廃車になるようなボロボロの車を乗りつぶすまで使っていたんですね。購入環境を変えないことには何も始まらない。それがこのビジネスの原点でした。もちろんフィリピンに限定するつもりはなく、ゆくゆくは世界に広げていきたいと考えています。

タクシーや物流など車を持つことで、できるようになる仕事はたくさんあります。特に新興国では、ドライバーは安定収入が期待できる魅力的な仕事です。しかし、今は世界中で20億人の方が車を持ちたいと思っても持てない状況があり、貧困層の方々は増え続けているのです。

日本はあまり関係ないだろうと思っている人も多いのですが、金融においては何も手立てが行われていません。仕事のために車が欲しくても保証人がいなくて買えない人もいます。年齢の問題でローンが借りられない人もいます。明日のためにがんばろうと思っている人にがんばるなと言っているようなものじゃないですか。僕はそういった現状をテクノロジーの力で解決していきたいのです。

こだわったのは、ライフラインづくりを全力で支援すること。

― MCCSおよび関連サービスを開発するにあたって、どのような点にこだわりをおもちでしたか。

タクシーなど、商業ドライバーのためのサービスにすることです。
車を使うことで収入が得られ、利用代金を差し引いたお金が家族の衣食住になる。そういった使い方を全力でサポートしようと考えました。

また、私たちが考える自動車IoTは、リース代金だけで儲けを得ようというものではありません。利用者のメリットになる情報を価値化する、それが目的です。

たとえば、MCCSは起動制御だけでなく、データを蓄積するプラットフォームシステムにつながっています。ですから、1日何キロ走行したか、支払い状況はどうか、といった利用履歴がリアルタイムで把握できるんですね。こうしたデータは、利用者が「真面目に車を使って働いた」ということの証明です。しっかり働いた人は、子どもの学資ローンや住宅購入のチャンスなど、次の与信につながっていくというしくみです。これで新しい融資が実行されることになれば、まさに「新しい与信時代の幕開け」といっても過言ではないでしょう。

開発、実証、実績づくり。ビジネス化への長い道のり

― 創業から今に至るまで、どのような展開でビジネスを行ってこられましたか。

会社を設立したのは2013年です。最初はデバイスを開発し、続いてデータを蓄積して可視化するプラットフォームをつくりました。しかし実績がない状態ではサービス化が困難です。そこで投資家から募った資金でトライシクル(三輪自動車)を購入し、MCCSを取り付けてリース同様の車両提供サービスとして、実績をつくりました。

この実績がもととなって、フィリピンにおいてはIoTのプラットフォーム企業のセンタープレイヤーとして通信会社や電力会社、料金回収会社など現地最大インフラ大手の会社と提携することができました。自動決済システムではフィリピンすべての金融機関と連携しています。これにより、料金未払いによって車が止められても、支払いを済ませればすぐに車は動きます。最も分かりやすい形でのFinTechビジネスを実現していると自負しています。

ただ、まったく新しいビジネスですから、自治体と提携しないと一貫性を欠くことになってしまいます。末端のドライバーからの意見を吸い上げ、タクシー組合から推薦をいただき、市の交通局で議論をしてもらう。そうした取り組みを経てマカティ市、ケソン市、パサイ市など5都市と提携しました。現在は2ヵ月に1都市の割合で増えており、まずは中心部を網羅したあと、フィリピン全土に広げていきたいと思っています。

― 実際にリース同様のサービスとして提供し始めて、貸し倒れはありませんでしたか?

視察に訪れる方がもっとも驚かれるのがデフォルト率(債務不履行状態に陥ってしまう確率)です。これまで、金融機関があらゆる手を尽くしてもデフォルト率は20パーセントにのぼっていましたが、私たちのデフォルト率は0パーセント。ASEANの方々を集めた会議などでも、その場がどよめくほどの脅威の数字です。だからこそ、私たちは自信を持って安全に運用し、利用者の方に喜んでいただくことができるともいえます。

― 苦労した点は。

デバイスをつくるだけでなく、エコノミクス上成立させないといけないという点でした。MCCSの中には高機能の通信端末が組み込まれていますから、どうしてもコストはかさみます。しかしサービスとして成立させるためには、金利の中で吸収できるようにしなければいけない。調達や設計は非常にハードルの高いものでした。

世の中にまだない商品を生み出すというのは、非常に困難です。ただ、僕は幸いにして、電気自動車という世の中にない商品を企画した経験があります。当時、求められる機能や価格帯を考えたことが非常に役に立ちました。

僕は24年くらい経営をやっていますが、悔しい思い、苦しい思い、すべて覚えています。学習したことは積み上がっていきますから、経営力は歳を重ねることに上がっていきますね。

― 『Rise Up Festa』受賞により、変わったことはありましたか?

『Rise Up Festa』はメガバンクが行う日本最大のピッチイベントとして以前から認知しており、このたび参加させていただきました。受賞して、周りの見る目は変わりましたね。さまざまな企業様からコメントをいただき、弊社の評価が上がったことを実感しています。直接的にはなかなかわかりにくいものがあるかもしれませんが、金融機関からの評価というものは絶大なものがあると感じています。

「俺、がんばっているだろう?」利用者からの確かな反応

― 日本でも導入が始まっていると伺いました。現在はどのような状況でしょうか。

2017年4月から日本でも実証が始まりました。現在では日本全国津々浦々でMCCSが使われています。新車よりは中古車のニーズが大きいです。これまで金融機関の与信に通らなかった人たちが全く別の軸で借りられるということで、非常に良い反応をいただいています。まさに「ありえないプレゼント」のようなものなのだろうと感じています。

僕は思うんですが、銀行が自身の審査基準にアクセスせずにローンをする、そうした未来が来るのではないでしょうか。少なくとも1年以内にはそうなる、と信じているんです。

― 新興国での反応はいかがですか?

フィリピンでこれをつけているドライバーのところに視察に行くと、みんな「どうだ、俺がんばっているだろう?」って言ってくるんですね。これが、僕は非常に重要なことであると考えています。MCCSをつけることで、自分の価値創造に繋げようとがんばっているんですね。フィリピンはキリスト教の方が80~90%を占める国ですから、「真面目に働いていれば必ず神は見ていてくれる」という発想とMCCSの親和性が高かったのかもしれません。

MCCSをつけていることで、働き方を最適化できるというメリットもあります。たとえばタクシードライバーの場合、お客さんを何人乗せられるかというのはセンスの問題もありますが「働くべき時間にちゃんと車を走らせる」ことのほうが大切なのですね。朝のピークタイムを外して働き始めても稼げるわけがないのです。そうした指導を行うことで収入が増え、未払いリスクも減らすことができます。技術の力で、働き方をも変えていけるのです。

テクノロジー力を持つ日本企業が取り組むべきIoT、FinTechとは

― IoT、そしてFinTech業界について、一言いただければと思います。

現在、世界中で車を買えない人々は20億人もの数にのぼります。しかしGMSのサービス利用者が、借りた車を使ってがんばれば、もしかして5年後には100台の車のオーナーになっているかもしれません。10年後には1万台ぐらいの車を所有する会社を経営しているかもしれません。貧困層の方々が生まれ育った環境を抜け出そうというパワーは並大抵のものではありません。それをサポートするのが、テクロノジー力を持った日本企業のあり方ではないかと思います。

テクノロジーにもイノベーションにも、必ずヒントがあります。GMSのビジネスや取り組む姿勢を見た他の業種の方々、あるいはIoT業界の方々が「自分達もやってみよう」とか、「自分たちの周りにはこういう問題があるじゃないか」と気づきを得て、良い模造、模倣が生まれるきっかけになったらいいなと思っています。IoTとFinTechで解決すべきものは、身近なところにまだまだたくさんあるだろうと、僕は考えています。

この記事の執筆者:赤木麻里(あかぎ・まり)
フリーライター。学習院大学文学部日本語日本文学科、東京福祉大学心理学部卒。書籍やウェブサイトを中心に幅広く執筆を行う中で、特に思想、哲学、心理学の分野で多数の執筆協力、コンテンツ提供を行っている。