[ ここから本文です ]

第3回「Rise Up Festa」受賞者インタビュー

ソーシャルビジネス部門

“聴こえやすいスピーカー”でみんなを幸せに。サウンドファンが目指す「音のバリアフリー」
2016年10月4日
“聴こえやすいスピーカー”でみんなを幸せに。サウンドファンが目指す「音のバリアフリー」
三菱東京UFJ銀行主催のビジネスコンテスト、第3回『Rise Up Festa』のソーシャルビジネス部門で最優秀賞を受賞した株式会社サウンドファン。同社が開発した「ミライスピーカー」は、難聴の方でも聴こえやすいスピーカーとして、銀行や証券会社、空港などが次々と導入や検討を進めています。

「音で世界の人を幸せにしたい」と、問題特化型のオンリーワン製品で音のバリアフリーを目指すサウンドファン。ミライスピーカーによって実現する社会は、難聴者だけでなく健常者にも快適な社会だといいます。テクノロジーから社会における「聴こえ」の現状まで、代表取締役の佐藤和則社長にお話を伺いました。

趣味の延長!? 偶然の出会いから生まれたミライスピーカー

― ミライスピーカーが、公共の場で次々と導入され始めていますね。“聴こえやすいスピーカー”という発想の原点はどこにあったのでしょうか。

ミライスピーカーの着想を得たのは、まったくの偶然です。
あるとき、名古屋学院大学で音楽療法の研究をされている増田喜治教授のお話を伺う機会がありました。先生はご自宅に蓄音機を10台以上所有する蓄音機コレクターなのですが、なんでも高齢者の方が集まったとき「蓄音機から出る音はよく聴こえる」という話になったそうなんです。

通常のスピーカーだとよく聴こえないのに、なぜ蓄音機で老人性難聴の方が聴こえるようになるのだろう? そんな疑問をもったので、現在サウンドファンの取締役で技術を担当している宮原信弘と名古屋に行きました。そのときはまさか起業するとは思いませんでしたね。

― 蓄音機を実際にご覧になって、いかがでしたか。

蓄音機は、湾曲したパイプがどんどん太くなるという構造です。この構造が聴こえやすさにつながるのではないか、と考えました。蓄音機のしくみは、オルゴールを使えば誰でも体験することができます。オルゴール単体では大した音は出ません。でもコピー用紙やプラスチック板といった板状のものを聴く人に向けてUの字型に曲げて、その側面にオルゴールをくっつけると、それだけでとてもよく聴こえるようになります。ただ紙を曲げただけで、難聴者の9割が聴こえるようになります。
Uの字型に曲げたプラスチック板にオルゴールをくっつけるとかなり遠くからでも音がよく聴こえる
この曲がりだけで聴こえやすくなるのは、音波の性質によるものです。そこから仮設を立て、湾曲した振動板を入れたスピーカーをつくったのがミライスピーカーの始まりでした。

― そこから、起業へと進んでいったんですね。

はい、まずは試作機を重度の老人性難聴である父親に聴かせてみました。テレビにつないでみたところ、補聴器を外しても聴こえるというのです。これがきっかけで「老人性難聴の方用のスピーカーができればたくさんの方が喜ぶ」と思い、2013年に設立しました。

― 創業して、どのような点で苦労しましたか。

原理が解明されていなかった点、そして資金面ですね。
製品として販売を始めたのが、起業から3年後。試作機はすでにできていたのですが、原理が解明できませんでした。なぜ聴こえが良くなるのか、聴こえない2割はなぜ聴こえないのか。手探り状態で開発を進めているなかで、世に出すべきか迷いました。資金面では最初の第三者割当増資の段階で非常に苦労しました。

手探りのなか、データが証明した聴こえやすさ

― どのようにして、苦境を乗り切ったのでしょうか

起業から3年、のべ420人以上の難聴者の方にサウンドファンのスピーカーを聴いていただきました。加齢性難聴、騒音性難聴、突発性難聴、メニエール病、中耳炎をこじらせた結果の難聴、スポーツ障害由来の難聴、抗癌剤など薬の副作用が原因の難聴、鼓膜がない、脳腫瘍で聴覚神経を切除したなど、ありとあらゆる難聴の方にご協力いただきました。その結果、8割くらいの方が聴こえるというデータが取れました。原理はともかく、帰納法的に信頼に値するだけの声を集められたのです。

資金面でも、最初の第三者割当増資の段階では信頼できるデータができませんでしたので、拒絶もありました。しかし、2回目以降はこちらからお願いする前に、みなさんが出したいと言ってくださったんです。説明をするときはいつも必ず難聴者の方に協力していただき、「聴こえる驚き」を実際に見せました。その説得力も後押しとなったのでしょう。

データによる裏付けと、それが後押しした資金調達によって量産化の目処が立ち、今に至ります。競合は現状のところ、国内にも国外にも存在しません。

― ミライスピーカーは現在、どのようなところで使われているのでしょうか。

もともとは「個人」からスタートし、「介護」「公共」「教育」「医療」の順番で参入しようと考えていました。しかし2016年4月に障害者差別解消法が施行され、一気に「公共」が前倒しになりました。なかでもCSR意識の高い銀行と航空会社は導入も早く、現在も次々と検討してくださる企業が増えています。

視覚障害者にも、健常者にも幸せな“聴こえやすい社会”

― ミライスピーカーのミライについてはいかがですか。

公共の場への導入と医療機器としての活用、2つの道を考えています。

公共の場への導入ですが、これは駅や横断歩道を想定しています。駅で「ポーン」といった音や鳥のさえずりなどが流れているのは、視覚障害者の方向けの「盲導鈴(もうどうれい)」と呼ばれるものです。横断歩道のものは「誘導音」といいますね。視覚障害者の方にとっては欠かせない音ですが、これが「うるさい」というクレームが入ることがあるのだそうです。
でも、このスピーカーであれば小さな音できちんと届くため、視覚障害者の方にはしっかり聴こえ、健常者はうるさく感じないという環境をつくることができます。防水・防塵にすれば災害時の防災スピーカーにもなります。まさに、聴こえやすいことで皆が幸せになる環境をつくることができるのです。

医療機器としては、大脳生理に働きかける作用を活用したいと考えています。実験を重ねるなかで、どうやらこのスピーカーが大脳生理を活性化させるらしいということがわかってきました。難聴の方がしばらく聴いていると、スピーカーの音だけでなく、付き添いの人の声もよく聴こえるようになり、それが持続するんです。2時間くらいするとまた元に戻ってしまいますが。そういった例が多発したので、聴感を上げる効果があるのではないかと思いました。

これを利用すれば、認知症予防や乳児の難聴改善に良い影響を出せるのではないかと考えています。たとえば難聴の赤ちゃんに対し、脳がまだやわらかい年齢のうちから、お母さんがこのスピーカーできちんと話しかけてあげる。学説的にはまだまだなのですが、2年後くらいには解明できる見通しです。

― そんなサウンドファンにとって、Rise Up Festaはどのような意味をもっていましたか。

Rise Up Festaのソーシャルビジネス部門において最優秀賞を受賞
受賞によって、私達を取り巻く状況は大きく変わりました。お客様やエンドユーザーといった世の中の信頼度が上がった、ステージが変わったと感じています。取材でも厚く取り上げていただき、その反響が続々と届くようになりました。
有形無形の信用度向上、これが受賞によって得た最大のものだと感じています。

世界中に「聴こえやすい」環境を届けたい

― この後、どのようにビジネスを展開していきたいと考えていますか?

聴こえの問題で困っている、世界中の人を救いたいと考えています。難聴の方は日本にも数多くいますが、世界ではさらに深刻です。母音が多く聴こえやすい日本語と異なり、ヨーロッパ言語は子音が多く、ちょっと聴こえなくなるとたちどころに難聴になってしまうんですね。

また、発展途上国は残念ながら医療水準が高くないので、病気や事故などで後天的に耳が聴こえない状態になり、結果的に難聴になってしまうことが多いんです。そういう人たちに早く、安価にミライスピーカーを届けてあげたいと考えています。IPOできたら、それをもとに世界を目指したいと考えています。

それが実現できたら、今度は「聴こえない音を聴かせる技術」の反対、つまり「聴きたくない音を聴かない技術」を実現してみたいと思っています。たとえば、夜中に夫のいびきがうるさいと悩んでいる奥さんに対し、何もしなくてもいびきが聞こえなくなる。可能かどうかまだわかりませんが、飛行場の音など、広域のノイズキャンセリングもやってみたいですね。
それよりも少し身近な未来としては、2020年のオリンピック・パラリンピック。ここで採用していただくように今、動いている段階です。私たちの聴こえやすいスピーカーだけでなく、昨今目覚ましい機能向上を遂げている音声テキスト化アプリなどを併用することで、誰にとってもわかりやすい社会というのは実現可能だと思っています。2020年には、これらの技術ももっと進化していることでしょう。その日を、私はとても楽しみにしています。

この記事の執筆者:赤木麻里(あかぎ・まり)
フリーライター。学習院大学文学部日本語日本文学科、東京福祉大学心理学部卒。書籍やウェブサイトを中心に幅広く執筆を行う中で、特に思想、哲学、心理学の分野で多数の執筆協力、コンテンツ提供を行っている。

ロボット・先端技術部門

どこまでも人間に近い義手を目指す。メルティンMMIの「やわらかな機械」がつかむものとは?
2016年10月4日
どこまでも人間に近い義手を目指す。メルティンMMIの「やわらかな機械」がつかむものとは?
三菱東京UFJ銀行主催のビジネスコンテスト、第3回『Rise Up Festa』のロボット・先端技術部門で審査員特別賞を受賞した株式会社メルティンMMI。筋電、つまり筋肉が収縮するときに発生する微弱な電気信号を計測・解析し、これまでにない高機能の義手を研究・制作しています。

「全世界の人類から身体的バリアを取り除く」ことを目指す同社。そのテクノロジーや今後の見通しについて、伊藤寿美夫CEOと粕谷昌宏COOにお話を伺いました。

人間の手に近い発想でつくられた、常識を覆す義手

― 事業内容について教えてください。

粕谷COO:筋肉が収縮するときに発生する電気信号を「筋電」と言いますが、その技術を使った「筋電義手」を開発しています。手を動かそうとするとき、人は腕だけを単体で動かしているわけではありません。脳から電気信号が出て、それが腕の筋肉に流れることによって筋肉を動かすんですね。つまり、手が動く一瞬前に、そこには電気信号が流れているということになります。これを感知して義手を動かすのが筋電義手です。
義手にもさまざまなものがありますが、なんでもつかむことができる、人間の手に近い発想でつくっているのがメルティンMMIの義手の大きな特徴です。

― 起業のきっかけは?

伊藤CEO:もともとは電気通信大学の横井浩史教授が10年以上にわたって筋電義手の研究を行い、私が設計して研究室に納品していました。このレベルまで人の手の構造に近い筋電義手は、他に例を見ないのではと思います。ここまで続けてきた研究の成果を社会に還元したい、世に出したい。そこで起業を決め、私と横井教授が共同創業者となり大学発ベンチャーとして設立しました。
株式会社メルティンMMI 伊藤寿美夫CEO
といっても、創業したとはいえ商品はまだありません。1年ほどは思うように活動できずにいたところへ、筋電技術で起業しようとしていた粕谷が合流し、やっと動き始めました。現在は7人。開発が進み、商品の完成が見えてきたフェーズです。

― メルティンMMIの筋電義手の特徴とは。

粕谷COO:これまでの義手は機能が限定的で、また使用開始までに長期間のトレーニングを要する、重く無骨なものであるなど、多くの課題を抱えていました。メルティンMMIの義手はグーやチョキといった、人の手らしい多彩な動きが可能です。また、簡単なトレーニングで直感的に使え、関節が細く女性がつけても違和感のない筋電義手です。特徴をご紹介しましょう。

1)なんでもつかめる「力加減を調整する義手」

粕谷COO:「義手は握手をしてはいけない」、これが業界では常識です。通常の義手は硬いロボットであるため、熟練した人でなければ相手の手を強く握りすぎてしまう危険性があるためです。しかし、メルティンMMIの義手は普通の感覚で、スッと握手できます。メルティンMMIの義手は触れるものに合わせて圧力を均等に調整するためです。
株式会社メルティンMMI 粕谷昌宏COO

2)壊れにくく安全な「やわらかい機械」

粕谷COO:従来の義手は壊れにくくするために「硬い素材を使って破損を防ぐ」という発想でつくられていました。ただ、それだと義手の重量は増す一方。さらに、指も太くなってしまいます。

伊藤CEO:ただ、手をついてそらすような動きをすれば、チタンでつくっても壊れます。それであれば、何をしても壊れにくい義手をつくろうと考えたのです。

粕谷COO:僕たちの義手は、人の身体と同じ構造です。ですから、脱臼もします。関節をありえない向きに曲げることもできますが、負荷がなくなれば元に戻ります。この機構を備えた「やわらかい機械」だからこそ壊れにくく、人に対しても安全なのです。

3)ほっそりとした形、扱いやすい軽さ

粕谷COO:従来の義手は、指の関節1本1本にモーターが入っています。そのためどうしても重くなりがちでした。メルティンMMIの義手は、指の関節部分にはワイヤーを入れ、紐を引っ張るような仕組みで制御。モーターは外付けで、腰や腕につけることを想定しています。ですから義手そのものは非常に軽量で、指先も細くすることができます。

4)直感的な操作感、すぐに使える利便性

伊藤CEO:現在販売されている筋電義手は、いずれも1カ月半程度のトレーニングが必要です。義手を操作するために生体信号を使うのですが、これが通常の手の動きとだいぶ異なり、慣れるのに時間がかかるのです。しかし、メルティンMMIの筋電義手は筋肉の動きと、義手の動きを完全に対応させています。直感的に操作できるため、数分で使えるようになります。人が機械にあわせるのではなく、機械が人にあわせる、学習する。そうした発想で開発しています。

世界の舞台での挑戦しつつ、製品化に向け戦略を練る

― これから、実用化に向けてどのような取り組みが必要だとお考えですか。

伊藤CEO:認知度の向上が必要であると考えています。たとえば2016年10月に行われるサイバスロン(ロボット技術などを用いた高度な補装具を装着する障害者スポーツ選手「バイオニック・アスリート」たちのオリンピック)。私たちがほかとは違う、ずば抜けた技術をもっていることをアピールする格好の機会だと考えています。

― ずばり、サイバスロンの勝算は。

伊藤CEO:正直なところ、簡単なことではありません。我々の義手も全種目こなせるのですが、ともに競う相手の半分以上は製品化されているもの。選手の慣れは大きいでしょう。

粕谷COO:絶対的に有利なものもありますよ。義手の競技の1つに、選手が義手でリングを持ち、それをさまざまな角度に曲げられたワイヤーに接触しないように通していく、いわゆる“イライラ棒”があります。これができるのはメルティンMMIの義手だけです。実は、手首が自由に動かせる義手というのはありません。イライラ棒を固定された義手で行うのは体勢的に非常に難しいですから、この競技では確実に勝てるでしょう。

伊藤CEO:できる種目をきっちりこなすことを目指し、弱い部分をしっかりと仕上げていきたいと考えています(注:取材日は2016年8月)。

― 実用化はいつごろを目指していますか。

伊藤CEO:まずは1年後を目処に、簡易型の義手を先駆けて製品化し、筋電解析技術を世に出すことが急務だと考えています。価格的には海外製品の1/6程度。福祉機器として補助を受ければ、患者さんの負担は数万円です。筋電義手へのハードルは大分下がると思いますね。

ビジネスコンテストは、自社だけでは不可能な飛躍を実現するチャンス

― そんなメルティンMMIにとって、Rise Up Festaはどのような意味がありましたか。

Rise Up Festaのロボット・先端技術部門において審査員特別賞を受賞
伊藤CEO:もともと、ビジネスコンテストは考えられる限りすべて応募してきました。これらに参加することで認知度を高め、支援や投資を得て成長できたからこそ、今の我々があります。

会社が成長するにあたり、やり方はさまざまです。ビジネスコンテストに出ず、ステルスでやっていくのも1つの選択でしょう。でも、我々の技術は、我々だけでは実現不可能です。こういった場に参加することでいろいろなところと協力しながら、強みを打ち出していくのがベストであろうと考えています。

何よりRise Up Festaは、三菱東京UFJ銀行が主催の大きなコンテストですから、参加者もそうそうたる顔ぶれです。こうしたなかで勝ち上がっていくのは、非常に有意義なことでした。

― ありがとうございます。

アイデアは無限大。コアは筋電技術、その計り知れない可能性

― 最後に、メルティンMMIが目指す未来について、教えてください。

粕谷COO:義手を必要とする人は、国内では9万人程度です。また、アメリカでは推計で年間2,000~4,000本の筋電義手が販売されています。

伊藤CEO:それに対し、日本での販売数は年間1本がせいぜいです。高価格という理由もあるでしょうが、だからといって安価なものを出しても、年間数十本が関の山でしょう。もちろん、不自由な生活をされている方の役に立ちたいという気持ちはありますが、それだけでは会社はやっていけません。我々のコアは筋電解析技術です。フィットネスやヘルスケアへの応用というのは十分に考えられますね。

粕谷COO:筋電技術は、応用範囲が非常に広いんですね。たとえば筋電を使ってプレゼンのときに資料をめくったり、他のロボットのコントローラーにしたりすることも可能でしょう。フィットネスであれば、どのくらい筋肉が疲れているかというデータが活用できます。ヘルスケアであれば、正しく心電が取れるデバイスというのは現状、ほかにありません。活用する価値はあるでしょう。

ただ、応用範囲が広い分、僕たちとしてもその可能性を探りきれていない部分もあると感じています。現状は模索を続けているところです。

伊藤CEO:この筋電義手や筋電技術を世に出してみて、いろいろな方に使っていただきたいと思うんです。「義手を1本貸すから何かしてよ」などとハッカソンを開催すれば、我々が思いもよらないような使い方をする方がたくさん出てくるでしょう。いつかは全身のロボットをつくり、それをアメリカに置いて仕事をしてもらう……そんなことも、筋電技術を使えば夢ではないのですから。

この記事の執筆者:赤木麻里(あかぎ・まり)
フリーライター。学習院大学文学部日本語日本文学科、東京福祉大学心理学部卒。書籍やウェブサイトを中心に幅広く執筆を行う中で、特に思想、哲学、心理学の分野で多数の執筆協力、コンテンツ提供を行っている。