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サステイナブル・ツーリズムの先進地、岐阜で知る「歴史・文化・風土」の承継(後編)
サステイナブル・ツーリズムの先進地、岐阜で知る「歴史・文化・風土」の承継(後編)

サステイナブル・ツーリズムの先進地、岐阜で知る「歴史・文化・風土」の承継(後編)

近年、これからの観光のあり方としてサステイナブル・ツーリズム(持続可能な観光)が注目を集めています。他の自治体に先んじてサステイナブル・ツーリズムに取り組んできた岐阜県は、さまざまな観光資源に富むエリアであり、「歴史・文化・風土」が先人たちより大切に承継されてきました。
前編では、岐阜の歴史・文化・風土をつなぐ「長良川流域」から、刀匠の技と心が息づく「関市」におけるサステイナブル・ツーリズムをご紹介しました。後編では、美濃和紙の産地「美濃市」と、サステイナブル・ツーリズムの原点「白川郷」の取り組みをご紹介します。
前編はこちらをご覧ください。

世界に誇る、美しき美濃和紙

世界に誇る、美しき美濃和紙
伝統的な手漉和紙「本美濃紙」
関市に隣接する美濃市は、1300年の歴史を誇る美濃和紙の産地として有名です。中でも、美濃和紙全体の1割ほどに当たる伝統的な手漉和紙「本美濃紙」の技術は、島根の石州半紙、埼玉の細川紙とともに「和紙:日本の手漉和紙技術」として、ユネスコの無形文化遺産にも選ばれた、日本を代表する和紙の一つです。美濃和紙は、岐阜提灯や岐阜和傘、岐阜うちわといった、長良川流域の伝統工芸の大切な材料でもあります。
美濃が和紙の産地となったのは、長良川や板取川の冷たく清冽な水と楮(こうぞ)などの原料が揃っていたことが大きな理由です。701年の大宝律令をもとに作られ、現在も奈良の正倉院に保存されている戸籍用紙の一部にも美濃和紙が使われました。その後、室町時代の応仁・文明年間には「六斉市」と呼ばれる紙市場も開かれるようになり、美濃は和紙の生産地として全国的に知られるようになりました。さらに江戸時代には幕府の御用達として障子紙が重用され、「美濃判」という規格も登場しました。最盛期の明治時代には、美濃では3,000〜4,000軒もの紙漉職人が活躍していたそうです。しかしながら、戦後のライフスタイルの変化に伴い流通量もみるみる減少し、現在では現役の職人は21人のみとなってしまいました。
この地を再び和紙で盛り上げたいと、地域コミュニティの再生にさまざまな形で取り組んできたのが、美濃和紙メーカー・丸重製紙企業組合の代表理事・辻晃一さんです。辻さんは美濃の歴史的文化遺産を後世まで伝えていくことを理念に掲げてまちづくりに取り組むべく、みのまちや株式会社を立ち上げ、古民家ホテルを軸とした複合施設「NIPPONIA 美濃商家町」などを運営。美濃の魅力を発信、集客を行い、和紙の魅力を伝えています。
「和紙を求めて世界中から美濃に人が集まるように」と、2019年、「NIPPONIA 美濃商家町」内に和紙の魅力を発信する拠点として「和紙専門店Washi-nary」を設立。ここでは、以前はBtoBのみで流通していた和紙の原紙も扱い、全国から紙好きの方が集まります。岐阜提灯で知られる企業、オゼキが手がけるイサム・ノグチの意匠による名作照明「AKARI」が天井から何十も下がる店内には美濃の手すき和紙職人たちの写真が飾られ、産地全体を総力をあげて盛り上げていこうという強い意志が感じられます。
「和紙専門店Washi-nary」の和紙の原紙
岐阜提灯で知られる企業、オゼキが手がけるイサム・ノグチの意匠による名作照明「AKARI」
白くて丈夫で薄いのが美濃和紙の特徴です。伝統的な製法で通られた手漉和紙は日に当たれば当たるほど白くなるため、障子紙としてはもちろん、窓に直接貼ることもできます。高級な手漉和紙以外にカラー展開も豊富な機械抄き和紙もあり、さまざまな使い方が楽しめます。今のライフスタイルにも合った提案をしながら、和紙好きを増やす、職人を育てる。若い世代が、1300年続く美濃和紙を未来へと繋いでいきます。
美濃和紙

美濃市、うだつの上がる町並み

美濃市、うだつの上がる町並み
美濃市には、重要伝統的建造物群保存地区として1999年に指定された、二筋の大通りを中心とした「うだつの上がる町並み」が現存します。「うだつ」とは、屋根の両端を一段高くすることで火災の延焼を防ぐために造設された江戸から明治時代の防火壁の名称で、商人の町だった美濃市では、主に和紙を扱う豪商たちが立派なうだつを競い合ったといいます。
そんな「うだつの上がる町並み」に建つのが、先ほどご紹介した「NIPPONIA 美濃商家町」です。明治後期から大正初期にかけて建てられた和紙原料問屋・山上の松久才治郎の別邸を改築した客室棟とギャラリー、そして前出の和紙専門店から成る「YAMAJOU棟」、そして、明治時代の美濃の名士須田万右衛門の邸宅を改築した客室棟「YAMASITI棟」で構成される、分散型の施設です。
NIPPONIA 美濃商家町
岡田岳史さん
2つの邸宅は10年以上前に美濃市に寄贈されていたものの、老朽化が進み、手つかずの状態のまま放置されていました。そこで市は古民家活用事業者を募集。全国各地の古民家を改築し、複合宿泊施設として再生する事業を行う株式会社NOTEと、みのまちや株式会社が手を挙げたことで、活用へと動き始めました。当時NOTEの担当者だった岡田岳史さんはその後、株式会社つぎとを立ち上げ、「NIPPONIA 美濃商家町」など、古民家を活用した美濃のまちづくりに取り組んでいます。
茶道に傾倒したという松久才治郎が私財を注ぎ込んだ、茶室や日本庭園を持つ迎賓館のような建物や、銀行員が前室に常駐していたという金庫蔵は、美濃で古民家再生などに取り組む建築設計士を中心に、地元の大工や工務店によって丁寧に改修されました。
「デザイン性は排除し、昔ながらの建築の美しさそのものを伝えるよう注力しています。築100年の建物の魅力は、50年経てば150年の価値を持つようになります。外側だけ残して、中を新しくする古民家改修をよく見かけますが、ここは材も良く、耐震・防火工事は施し、残せるものは全て残しました。また、改修に際しては壁紙などに和紙を積極的に活用しています」と岡田さんは話します。
「NIPPONIA 美濃商家町」は、和紙を軸に美濃を盛り上げることを目的としています。そのため、スタッフは老若男女幅広く、地元の人材を積極的に採用しているのだそうです。
岡田さんはまた、「私たちは美濃の暮らしが体に染み込んでいること自体が価値だと考えていますから、接客業として最低限のチューニングはしながらも、ここでしかないものを提供したいと思っています。最近は想いを持った若い人たちが集まってきてくれ、関係人口が増えました。アルバイトに来てくれている高校生は、地元に誇りが持てるようになったといいます。和紙がDNAにまで浸透している人々の暮らしを翻訳し、美濃の魅力を国内外に伝え、町の歴史と和紙文化を承継していきたいですね」と次世代への想いについても教えてくれました。

サステイナブル・ツーリズムの原点へ

サステイナブル・ツーリズムの原点へ
白川郷
1995年にユネスコ世界遺産に登録され、2020年には「サステイナブルな旅行先トップ100」に選出された白川郷。合掌造りの家が並ぶ萩町集落では、古来より住民が互いに助け合う“結”の精神が息づき、人々の暮らしが営まれてきました。
「急峻な山々に囲まれた雪深い場所で生きるための先人の知恵、そして“結”の精神。それが世界遺産として認められたのだと思います」。そう話すのは、生まれも育ちもこの集落だという、白川郷観光協会の川田一浩さんです。
「実は、もともとここに住んでいた人たちは、合掌造りの家の価値に気づいていませんでした。ごく当たり前の生活の場でしかなかったからです。そもそも合掌造りの家は、椿原ダムや鳩谷ダム、御母衣ダム建設の際に谷底に沈んでしまった民家を見て、外部の人たちが保存の重要性を発信し始めたことで注目されました。白川郷の象徴でもある茅葺き屋根の集落は、古来より続く“結”の精神により守り、受け継がれてきた生活の形であり、外から文化的価値を見出されて生まれた観光地でもあるのです」と教えてくれました。
建物は人間と同じで息をしていて、人が住んで風を入れたりしなければどんどん朽ちてしまいます。茅葺き屋根は囲炉裏の煙で燻すことで守られ、防虫効果もあるため、常に火を熾(おこ)していなければなりません。つまり、日々の営みそのものが、白川郷の承継に繋がるのです。この時代において大切なのは、誘客の規模ではなく、持続可能な観光の実践です。合掌造りの家屋だけでなく、田畑や自然、生活を深く知ってもらうことこそが、白川郷を守り、未来へとつなげるために必要なことなのかもしれません。
合掌造りの家屋
世界中の観光地では、限定的なエリアに観光客が押し寄せ、環境や景観が破壊されるオーバーツーリズムが問題視されています。観光業が生活の軸になることで観光客を誘致する必要が生まれる悪循環を解決するために、白川郷では文化や伝統、暮らしの承継を大前提として観光と両立する取り組みを実践しています。

地域の活動を通して考える、日本の美しい未来

サステイナブル・ツーリズムの目的地として、国内外から熱い視線を集める岐阜県。実際に足を運んでみると、長良川流域を中心に、長い歴史を持つ伝統文化が今も暮らしの中に息づいていることに気づかされます。そこにあったのは、現在まで大切に守られてきた伝統の技術や美しい自然を、なんとか持続可能な形で次世代に承継していこうとする人々の熱い想いが繋ぐネットワークの存在。私たちがこれからめざすべき方向性についての気づきに溢れた時間が、ここには流れています。
記事提供:合同会社コンデナスト・ジャパン
執筆者:山下紫陽(編集者 / ライター)

取材協力
丸重製紙企業組合 / NIPPONIA 美濃商家町 / 白川郷観光協会

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(2023年10月1日現在)
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