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八代目尾上菊五郎 先人たちがのこした心をまもり歌舞伎の未来を創造する
八代目尾上菊五郎 先人たちがのこした心をまもり歌舞伎の未来を創造する

八代目尾上菊五郎 先人たちがのこした心をまもり歌舞伎の未来を創造する

江戸時代から続く伝統芸能、歌舞伎。その創成期から現代まで続く大名跡が「尾上菊五郎(おのえ きくごろう)」です。2025年、この名跡を襲名した八代目尾上菊五郎氏に、伝統を受け継ぎながら歌舞伎の新たな時代をつくる想い、未来へ向けての希望を伺いました。

「菊五郎という山の頂」に向かって歩み続けてきた

―2025年、八代目尾上菊五郎を襲名されました。東京や大阪など各地で襲名披露中の今、あらためて襲名をどう受け止めているのか、教えてください。

襲名披露で各地を回らせていただく中で、長年歌舞伎を支えてくださっているお客さま、そして初めてご覧になる方々の温かいお言葉をいただき、この名を背負う責任の重さと同時に、大きな励みを感じております。
襲名というのは、自分一人の出来事ではなく、先人たちが築いてきた歴史の流れの中に身を置くことです。
初代からおよそ300年続く「尾上菊五郎」という名跡の重み、その名と家をまもること、そして音羽屋(*1)の歴史を今後も紡いでいく責任を、襲名前よりも一層強く感じております。
  • 音羽屋は尾上菊五郎とその一門の屋号。

―ご自身が丑之助、菊之助を名乗ってきた中で、菊五郎という名をどのように感じられてきましたか。

幼い頃から舞台に立たせていただいておりますが、若い頃は「尾上菊五郎」という名跡の重みを、理屈として理解していたに過ぎなかったように思います。それは名跡というよりも、「遠い山の頂」のような存在でした。年を重ね、さまざまな役を演じる中で、次第に感じるようになったのは、「尾上菊五郎」という名は、時代を超えて受け渡されてきた“信頼の総和”であるということです。
初代から父・七代目尾上菊五郎まで、7人の菊五郎がおります。菊五郎という名は一つの時代や一人の人間だけで完成されたものではなく、時代を超えて積み重ねられた財産のようなものだと感じるようになりました。その尾上菊五郎という財産に、お客さまや関係者の方々が信頼を寄せてくださっているのだと考えています。
そしてこの財産は、固定されたものではなく、まもるべき核を持ちながら、常に更新され続ける“生きた資産”なのだと感じています。襲名はゴールではなく、果てしない山の入り口に立ったに過ぎません。型や精神を軽んじることなく、同時に時代の空気を吸い込み続けながら、この名を次の時代へ手渡すために懸命に励んでまいります。

古来から伝わる型を学び、型から新たなものをつくる

―これまでの舞台についても教えてください。古典歌舞伎で大きな役を務められることはもちろん、新作にも精力的に取り組まれています。

これまで『NINAGAWA 十二夜』『マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーⅩ(テン)』などを、新作歌舞伎として上演いたしました。

―つくり手、俳優として、古典と新作の違いとは何でしょうか。

古典は、長い年月をかけて積み重ねられてきた型や解釈の厚みがあります。まずはそこに自分の身体と心を正確に合わせていくことから始まります。自我を出す前に、まず型に身を納める。ひたすら型を稽古し、自然に身体に入るまで繰り返す。そして型を意識せず役の心情で演じることができたとき、自然と型が破れ、その俳優なりの芸が立ち上がってくるのだと思います。
対して新作は、歌舞伎という器の中で、作品の世界観を創り手全員で模索していくことになります。これは事業創出にも似ていて、「失敗する余白」を恐れず試行錯誤を重ねるマインドセットが必要だと思っています。古典歌舞伎で蓄積されてきた技や芸をもとに、名題さん、名題下さん(*2)、幹部俳優の垣根なく、意見を出し合いともに舞台をつくり上げていきます。
その過程で俳優に問われるのは、古典をどれだけ勉強してきたかということです。正解をともに探していく過程こそが新作歌舞伎の本質だと思います。また古典歌舞伎も決して同じこと繰り返しているわけではありません。常にその時代の、その月の、その日の芝居を、共演者の皆さんと試行錯誤しながらつくり上げていく。そうすることで、歌舞伎は現代に生き続ける演劇になるのだと実感しております。
  • 名題は、名題資格審査に合格し関係者の賛同を得た俳優。かつて名題という看板に名を載せられたことに由来。名題下は、名題となっていない下積み中の俳優。

―歌舞伎だけでなく、テレビドラマや映画にも出演されています。

ドラマや映画には、現代の世相を巧みに描いた作品が多くあり、わたしにとって大きな勉強になります。そうした経験を通して、古来日本人が大切にしてきた普遍的な心情を描いた古典歌舞伎の魅力を、いまの時代のお客さまにもより伝わる形でお届けできるよう、常に考えながら舞台に向き合っています。

口上で述べた「伝統と革新」に込めた想い

―襲名に至るまでの経緯を教えてください。
3年ほど前、父である七代目尾上菊五郎から「おめえ、つげよ」と言われました。本当に驚きました。というのは、父が健在のうちは、わたしは菊之助の名跡をまもり続けるものだと思っていたからです。
それだけでなく、わたしの倅(当時の七代目尾上丑之助氏)には六代目菊之助を継がせたらどうだとも言われ、さらに父はこれからも七代目菊五郎として俳優活動を続けると……どれもまったく考えていなかったことばかりで、驚きの連続でした。

―襲名披露の際、「歴代の菊五郎が大切にしてまいりました『伝統と革新』にのっとり、精進してまいります」との口上を述べていますが、この言葉に込めた想いを教えてください。

わたしにとって「伝統」とは、ただ昔の形をまもることではありません。先人たちが何をまもり、何を変えてきたのかを正しく理解することだと思っています。
そして「革新」とは、目新しいことを追い求めることではなく、時代が変わっても日本人が大切にしてきた普遍の心を、今の時代にふさわしい形で表現し続けることではないでしょうか。菊五郎という名跡の使命は、その伝統と革新のバランスを取り続けることにあるのだと思います。
襲名披露の約1ヵ月前には、神田明神でお練り(ゆかりのある寺社や街を歩き、世間に襲名を知らせる催し)をさせていただきましたが、神田明神には、「変わらないために変わり続ける」という言葉があります。
1300年にわたり江戸総鎮守として在り続けるその姿勢は、まさに歌舞伎の精神そのものだと感じました。
また、日本人が古来大切にしてきた心として、儒教の教えである仁・義・礼・智・信の五常(*3)があります。そしてその上にあるのが「恕」、すなわち人を思いやる心です。
歌舞伎の古典には、この「恕」の精神が分かりやすく描かれています。たとえば『人情噺 文七元結』では、借金を抱えた職人が、借りた大切なお金を、命を絶とうとする若者を救うために差し出します。自分の立場を犠牲にしてでも人を思う心──それが日本人の大切にしてきた精神です。
わたしが口上で申し上げた「伝統と革新」とは、まもるべきものを理解し、その伝統を未来にのこすために何を変えていくのかを考え続けることだと思っています。
  • 孔子が創始した儒教の教えで常に守るべき五つの道徳

歌舞伎で「心」を伝え、より良い日本に

―革新という点で、新たな試みなどはお考えですか。

革新という意味では、歌舞伎と社会との接点をさらに広げていきたいと考えています。学校教育、デジタルの活用、そして海外公演など、まだまだ可能性はあると思っています。
裏千家十五代家元の千玄室大宗匠は、特攻隊として出撃された体験から「一盌(いちわん)からピースフルネスを」という理念を掲げ、茶道を通じて世界に平和の心を伝えてこられました。一盌の茶から平和を願うそのお志が、ご逝去された今もなお多くの人々に受け継がれているさまは、日本文化の持つ力を象徴しているように感じられます。
わたしは戦後80年という節目の年に八代目尾上菊五郎を襲名いたしました。歌舞伎もまた、長い年月をかけて受け継がれてきた日本文化です。その舞台を通して、異なる文化に興味を持っていただくことで敬愛が生まれ、人の心に灯をともすような時間を届けることができればと思っています。そして、世界に平和の種をまくことができればと願っています。

―新作歌舞伎もこれまでと同様、積極的に取り組まれていくのでしょうか。

はい、新作歌舞伎にもこれまでと同様、積極的に取り組んでいきたいと思っています。新作をつくるうえでわたしが大切にしているのは、再演される作品であることです。現在「古典」と呼ばれている演目も、最初はすべて新作として上演されたものです。それが再演を重ねる中で磨かれ、今日までのこってきました。古典としてのこりうる新作を生み出すためには、普遍的なテーマ、時代性、そして歌舞伎俳優の技芸が生きる作品であることが重要だと思っています。
また音羽屋には、五代目・六代目菊五郎が定めた「新古演劇十種(*4)」がありますが、現在では上演されていない演目もあります。それらも新作をつくるような気持ちで復活させ、皆さまにご覧いただければと思っています。
  • 音羽屋のお家芸となる10の演目。『刑部姫』などが長らく上演されていない。

―歌舞伎への想い、そしてこれから取り組みたいことを伺いましたが、より大きな視点で菊五郎さんが描いている未来や夢はありますか。また、MUFGウェルスマネジメントのブランドプロミスである「あなたの想いを未来につなぐ」という言葉について、どのように感じられますか。

「あなたの想いを未来につなぐ」という言葉は、わたしにとってとても共感できるものです。襲名とは、まさに想いを未来につなぐ行為そのものだからです。目に見える資産以上に、目に見えない価値をどう受け継ぐか。承継とは終わりではなく、次の創造の始まりだと思います。
わたしたちは先人から技を口伝で受け継いできました。技を次の世代へ伝えるということは、歌舞伎を愛しむ「心」を伝えることでもあると思います。そして歌舞伎を通して、日本人が大切にしてきた心が広がり、この国がより良くなっていく──それがわたしの夢です。

八代目尾上菊五郎(歌舞伎俳優)
■略歴
  • 東京都生まれ
  • 六代目尾上丑之助として初舞台
  • 五代目尾上菊之助を襲名
  • 八代目尾上菊五郎を襲名
■受賞歴
  • 第13回浅草芸能大賞新人賞
  • 第12回読売演劇大賞杉村春子賞、重要無形文化財(総合認定)に認定され伝統歌舞伎保存会会員
  • 芸術選奨文部科学大臣新人賞、第5回朝日舞台芸術賞寺山修司賞
  • 第44回松尾芸能賞優秀賞、第73回芸術選奨文部科学大臣賞
八代目尾上菊五郎(歌舞伎俳優)
記事提供:株式会社ZUU
  1. 記事内容はインタビュー時(2026年1月時点)のものです。
  2. 本記事の情報は、記事の公開日または更新日時点での情報であり、その正確性、完全性、最新性等内容を保証するものではありません。
(2026年5月8日現在)
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