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50歳で会長職を退任し会社から去った中川淳が考える「引き際」
50歳で会長職を退任し会社から去った中川淳が考える「引き際」

50歳で会長職を退任し会社から去った中川淳が考える「引き際」

株式会社中川政七商店で13代目の社長を務めた中川淳氏は、小売りとブランディングに力を入れ、同社300年の歴史に新たな進展をもたらしました。
本連載「中川淳のVISION 工芸と経営の道のり」では、そうした会社の改革、さらに志を同じくする工芸メーカーの支援に触れてきました。最終回となる第3回は、44歳で社長職を譲り、50歳で会長職からも退いた中川氏の「引き際」がテーマです。
好調な時期にあえて社長を次の人に託した理由、会長職を退いた現在の想いなどを、伺いました。

目次

  • 経営層を育てるための最善の一手は「自分が退くこと」
  • 父の潔い引き際を尊敬し、自身に重ねて考えた
  • 50歳の節目の年に会長職を退任、決断の背景にある想いとは
  • やるべきことではなく、やりたいことを優先するマインドに切り替えている
  • 上に立つ者の義務は「若い人が打席に立てる環境作り」

経営層を育てるための最善の一手は「自分が退くこと」

2008年に中川政七商店の13代目社長となった、中川氏。それから10年後の2018年、44歳のときに社長を退きました。
40代前半で社長のポストを引き継ぎ、しかも300年続く家業を親族以外の人間に託した中川氏の決断の背景には、大きく二つの理由がありました。
一つは、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに沿って始めた工芸の会社を支援するコンサルティング事業にもっと注力したいと考えたこと。経営者として活動する残りの時間を社長としてのマネジメントに割くのではなく、工芸支援を中心とした動きをしなければ、サプライチェーン崩壊を止めることが難しいと感じたそうです。
そしてもう一つは、自分自身が退くことが、あとに続く人たちの成長に最もインパクトがあると考えたから。
「ずっと僕がワントップでやってきたので、経営について考える人間は僕しかいませんでした。自分が社長として手を尽くしながらできなかったことが、ミドルマネジメント以上の育成です。
当然ながら、長く会社にいる僕はいろいろなことにくわしいので、他に優秀な部下がいても、ついつい先に『こうしたらいいよ』と口を出してしまいます。僕がいるから、人が育たない……そう考えたときに、経営層を育てるための最善の一手は、僕が退くことだと思いました」

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(2026年2月27日現在)
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