「経営とは」中川政七商店を引き継ぎ試行錯誤してたどり着いた、中川淳の答え
家業の株式会社中川政七商店を継ぎ、13代目の社長を務めた中川淳氏。
引き継いだ事業を大きく成長させ、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに沿って工芸の担い手や産地の支援に携わり、そして2025年2月、50歳という年齢で会長職を退きました。
「好きにせい」と、自らのやり方を尊重してくれた父から事業を引き継ぎ、試行錯誤して確立していった「経営」とはどのようなものか、日本の工芸に対して感じる課題はどこにあるのか。そして、50歳という若さで会長職を退く決断をした背景には、どのような想いがあったのか。本連載「中川淳のVISION 工芸と経営の道のり」では、3回にわたってインタビューの内容をお伝えします。
初回は、会社員生活から家業に身を投じ、独学での経営手法の吸収と事業の立て直し、尊敬する父との関係について、お話を伺いました。
目次
- 家業への入社を希望するも、予想外の「ダメだ」という父の言葉
- 自身の礎となった少年期の出来事
- 「自分にできることがある」と、赤字だった雑貨事業に異動
- 本から得た経営手法を実践するも、多くの社員が辞めていった
- ブランド認知をめざし、小売りに注力。売上を伸ばす
- 父の「潔い譲り方」に対する想いとは
- 試行錯誤してたどり着いた、「経営とは何か」
家業への入社を希望するも、予想外の「ダメだ」という父の言葉
1716年創業、300年以上にわたる長い歴史を有する、中川政七商店。のちに13代目の社長に就任する中川氏は、大学卒業後、大手総合電機・ITメーカーの富士通株式会社に入社。充実した仕事をして多くのことを学びましたが、大手企業では同じ仕事を数年続けないと昇進はできないと聞き、いち早くポジションを得るにはと考えた末、入社2年目で転職を決意しました。
転職先の選択肢の一つが、家業である中川政七商店でした。家業を継ぐというよりは中川氏いわく「転職活動の一つという感覚で、どちらかというと気軽な気持ちで入社しようと考えていた」そうです。
当時の社長である父に入社の希望を伝えた中川氏。しかし、返ってきたのは予想もしない「ダメだ」という答えでした。
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(2026年2月27日現在)
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