ピアニスト・音楽家 亀井聖矢 音楽のチカラで「想い」を未来へつなぐ
17世紀から20世紀の前半にかけて西洋で確立されたクラシック(古典)音楽は、21世紀に入ってから四半世紀が経った今も世代を超えて脈々と受け継がれています。そのクラシック音楽において、世界的なコンクールで高く評価され、瞬く間に頭角を現してきたのが亀井聖矢(かめい まさや)さんです。新進気鋭の音楽家である亀井さんに、クラシック音楽を受け継いでいくことの意義や、楽曲・演奏に込める想いなどについて伺いました。
ピアノのおもちゃとの出会いがきっかけで音楽の世界へ
2001年生まれの亀井さんは4歳からピアノを習い始め、愛知県立明和高等学校音楽科を経て、飛び入学特待生として桐朋学園大学に進み、在学中から国内外のコンクールで数々の賞を獲得。2022年にはロン=ティボー国際音楽コンクールで第1位に輝き、2025年には世界三大コンクールの一角であるエリザベート王妃国際コンクールで第5位に入賞しました。
このような華やかな経歴からクラシック音楽界のサラブレッドのようなイメージを抱くかもしれませんが、亀井さんは音楽家の家系に生まれたわけではありません。
亀井さんがクラシック音楽の世界へと導かれていったのは、幼いころにピアノのおもちゃを買い与えてもらったことがきっかけでした。
「残念ながら、僕自身は当時のことを覚えていないのですが、ピアノのおもちゃがお気に入りで、幼稚園で習った歌を弾いたりして遊んでいたそうです。毎日、飽きもせず遊び続けているわが子の姿を見て、母がピアノの先生のところへ連れて行ってくれました。だから、物心がついたころには、僕にとってピアノと接するのが当たり前になっていました」
幼少の亀井さんがピアノに魅了された理由は定かでありません。とはいえ、はっきりとした自覚はなくとも、鍵盤を叩くという行為を通じてピアノとの対話を重ね、その経験が亀井さんの中で蓄積されてきたのでしょう。
亀井さんはピアノを好きな理由についてこう説明します。
「ピアノは楽器の王様のような存在だと思っています。特にピアノ協奏曲の形態が好きで、ピアノの伴奏の上にメロディーが乗ったり、バイオリンなどのさまざまな楽器が絡み合って一つの曲を作り上げていくことに大きな魅力を感じており、この道を極めていくことのやりがいにつながっています。ピアノの音色は実に多彩で、天にも昇るような美しい響きを奏でることもあれば、非常に恐ろしい雰囲気を醸し出すことも可能です。弾く度に新たな発見が待ち受けていて、そのことに自分自身が驚く瞬間が楽しいから、ずっとピアノを弾き続けているのでしょう」
高校進学で岐路に立ち、次第に音楽家への道を志すように
小学生時代にはサッカーチームにも籍を置いたものの、思春期を迎えてからもピアノと向き合う日々は続き、中学生になると次第に音楽家への道を志すようになったそうです。
「高校への進学で普通科と音楽科のどちらを選ぶかという岐路に立ち、もっと深く音楽を学びたいという結論に達しました。もっとも、そのころは音楽で食べていくことを具体的には想像していませんでしたし、そもそも音楽家とはどういった職業なのかも理解していませんでした。大学に進んでコンクールで賞を獲得するようになってから、ようやく音楽家としての自分がイメージできるようになってきました」
音楽の道を本格的にめざす過程では、指導者から大きな影響を受けたそうです。
「クラシック音楽は何百年もの歳月を経て脈々と受け継がれていくなかで、これが正統な演奏のスタイルであるといったある種の概念が形成されています。ところが、僕が幼少期に師事した指導者は青木真由子先生や長谷正一先生をはじめ、クラシックの演奏とはこうあるべきものだという固定概念にとらわれていない方々ばかりでした。僕自身の個性や、心の中からあふれ出る感覚をとても尊重してくれて、それらを伸ばす指導をしてくれたことがよかったと思っています」
師の師から伝承されたトレーニング法が超絶技巧の礎に
メディアなどで「超絶技巧」と称される亀井さんのピアノ演奏は、先人から伝承されたトレーニング法によって磨きがかけられている側面もあるようです。前出の指導者・長谷正一氏は、世界に名だたるピアニストであるブルーノ・レオナルド・ゲルバー氏の弟子でした。
「指のどの関節を使い、指先、手首、前腕のどの筋肉をどう使うかは数えきれないパターンがあるのですが、それらを身につけるトレーニングは、長谷先生から教わったものです。長谷先生もゲルバー氏から同じような指導を受けたそうで、脈々と受け継がれてきたようです」
亀井さんは難曲を華麗に弾きこなし、ヴィルトゥオーゾ(卓越した演奏能力の持ち主)として称賛されています。その超絶技巧は、大きな手に長い指、筋肉の柔軟性といった自身の身体的な優位性とともに、伝承のトレーニングによって支えられているとも言えそうです。
「ゲルバー氏の音源を聞くと、非常に説得力がある演奏で、まさに巨匠の調べという印象を受けます。ゲルバー氏が奏でる音色の土台にはどのようなものがあり、どういったことを積み重ねていった結果、その領域までたどり着いたのか。長谷先生の指導を通じて、その辺りを伺い知ることができたと感じます。そして、研鑽を重ねて自分自身が奏でる音も少しずつその領域に近づけるのは、とてもありがたいことだと思います」
作曲家の想いを想像し、自分の想いも託して表現
以前、亀井さんはとあるインタビュー記事の中で、非常に印象的なコメントを発していました。「天才作曲家がのこした素晴らしい古典を学ぶことは大事だが、単に古典を勉強することが目的になっているのはクラシック音楽特有」といったものです。
「作り手は当時の時代背景の中で、何らかのメッセージを伝えたくてその曲を書き上げたはずです。個人的な感情から生まれた作品もあれば、政治状況への反発から生まれた曲もあるでしょう。さまざまな想いが込められた作品が人々を魅了し、その素晴らしさが時代を超えて認識され、傑作として今日まで伝承されてきました。こうした背景を踏まえれば、作品が生まれた当時と同じスタイルでまったく同じように演奏することが、今の時代にも最適かどうかは定かではないと思うんです」
作り手がその曲に秘めた想いを想像し、自分なりの解釈や想いを踏まえて楽器を奏でることこそ、真に古典を学ぶことだと亀井さんは考えているのでしょう。何百年もの歴史の中でそのような想いを込めた演奏が続けられていくことで、現代人の心にも強く響くクラシック音楽が承継されているのかもしれません。
「自分が聴き手に伝えたいことを明確にするという意味では、古典の勉強が意義深いでしょう。自分自身が歩んできた人生というフィルターを通すことによって、古典から本質を抽出し、自分ならではの表現を追求したいと思っています」
コンクール卒業後は自分が惹かれることにストレートに向き合う日々
2025年5月に開催されたエリザベート王妃国際コンクールの直後、亀井さんの口から語られたのは「コンクール卒業宣言」でした。その真意についてこう語ります。
「コンクールへの挑戦では、さまざまな面において入念な準備が求められます。課題曲の多くはこれまで何度も向き合ってきた作品ですが、それらが世に生まれた背景を再確認するとともに、具体的にどのような演奏で表現すべきかについて細かく突き詰めていかなければなりません。さらに、身体の使い方から呼吸の間合いまで、課題曲をベストな状態で表現するために神経を注ぎます。その曲と深く向き合うことができたという意味では非常に充実した時間になったものの、自分の曲を作る時間をほとんど確保できませんでした」
ピアニストとして高い評価を受けた亀井さんが次にめざすのは、自分自身で新たな曲を生み出していくことだそうです。
「僕はピアノを演奏することも好きですが、自ら新たな曲を生み出すことも好きです。今は創作のためのインプットや、実際に曲を書くというアウトプットに多くの時間を費やせるようになり、そのことをとてもうれしく感じています。自分が演奏する曲にしても、コンクールの課題曲候補という縛りから開放され、とにかく自分の好きな作品を選んで深く勉強できます。自分が惹かれているものに対してストレートに向き合える状態なので、自由な心になったという感覚を謳歌しています」
演奏や曲作りに想いを込め、次世代につなぐ
亀井さんが作った曲に多くの人々が感銘を受け、時代を超えて伝承されていけば、その曲は新たに古典の仲間入りを果たすことになるでしょう。それは亀井さんの言葉にあったように、作り手の想いを想像したうえで自分自身の想いも託した伝承であり、言い換えれば「承継」です。
少子高齢化が進む日本では経営者の後継者不足等の問題が表面化していますが、そういったケースにおいても、バトンを渡す側、受け取る側それぞれの想いも重要となってくるでしょう。亀井さんはこう語ります。
「演奏にしても作曲にしても、独自性を見出さなければならないというプレッシャーに苛まれがちです。しかし、独自性だけのために何かを突き詰めていくというのは、本質的ではないと僕は考えています。結局、最も大切なのは個人的な感覚です。自分がどのようなことを感じ、誰に対してどういったメッセージを伝えたいのか、そういった想いを演奏や曲作りに込めることこそ本質ではないでしょうか。そして、僕の想いに共感してくれる人がいれば、それは非常にうれしいことです。自分で曲を作る場合はもちろん、古典を演奏する場合も、心を揺さぶるような音楽を届けるのだという感覚を大事にしたいと思っています」
これからも亀井さんは、音の調べを通じて自らの想いを他者に伝えることを積み重ねていくでしょう。後に振り返ってみれば、それが音楽家としての亀井さんの軌跡にもつながります。
「後世の人々から、音楽家としての自分の歩みがどのように分析・評価される可能性があるのかは想像もつきません。ただ、僕自身が先人たちからさまざまなことを学んだように、想いを伝え続けることで自分も誰かに少しでも影響を与え、次の世代へと何かがつながっていけば、それが最善かなと思っています」
亀井聖矢(ピアニスト・音楽家)
■略歴
- 岐阜県生まれ、愛知県出身
- 愛知県立明和高等学校音楽科から飛び入学特待生として桐朋学園大学へ進学
- 初のフルアルバム「VIRTUOZO」をリリース
- 桐朋学園大学を首席で卒業。カールスルーエ音楽大学(ドイツ)に入学
- 日本ツアー全16公演で約2万人を動員
■受賞歴
- 第43回ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、聴衆賞、文部科学大臣賞、スタインウェイ賞
- 第88回日本音楽コンクールピアノ部門第1位、併せて岩谷賞(聴衆賞)、増沢賞、野村賞、井口賞、河合賞、三宅賞、アルゲリッチ芸術振興財団賞
- ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで第1位。「聴衆賞」「評論家賞」も同時受賞
- 文化庁長官表彰(国際芸術部門)、出光音楽賞、岐阜県芸術文化奨励賞、愛知県芸術文化選奨文化新人賞、2023年度日本ショパン協会賞
- エリザベート王妃国際音楽コンクールピアノ部門第5位
取材協力:ヤマハ株式会社
記事提供:株式会社ZUU
- 記事内容はインタビュー時(2025年9月時点)のものです。
- 本記事の情報は、記事の公開日または更新日時点での情報であり、その正確性、完全性、最新性等内容を保証するものではありません。
(2025年12月12日現在)
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