平成8年(1996年)6月27日 NO.9

構造調整下の企業収益

はじめに
 
目立つ業種間・企業規模間の収益力格差
 
期待し難い収益回復の広がり
 
望まれる構造改革への地道な取り組み


はじめに

 
 わが国の企業収益は、このところ改善傾向にあるが、その足取りは従来になく鈍い。 大蔵省「法人企業統計季報」にみるわが国営利法人(金融・保険を除く)の売上高経常利益率は、直近96年1〜3月で2.25%と、これまでの景気回復局面との対比でみて、なお低いレベルにとどまっている。

 これは、今回局面において、業種間・企業規模間で収益回復のテンポに依然大きなバラツキが残っているからにほかならない。 そこで、以下では、この先、企業収益持ち直しの動きが広がりをみせ、その足取りが全体として強まっていくのかどうか、探ってみることとしたい。

目立つ業種間・企業規模間の収益力格差
 
 第1図は、企業の収益体質をあらわす損益分岐点比率(損益分岐点売上高/売上高)の動きを業種別・企業規模別にみたものである。 これをみると、製造業・大企業の損益分岐点比率は、93年10〜12月にピークを打ったあと、足元までほぼ一貫して低下しているのに対して、 非製造業や製造業・中堅中小企業のそれは、引き続き高水準で高止まっている。

 そこで、製造業・大企業のみが収益改善を果たした背景を探るために、損益分岐点比率の変化幅を変動費比率、固定費、売上高の3つの要因に分解し、過去の景気回復局面と比較してみたものが第1表である。 これをみると、まず、今回景気回復局面では、業種・企業規模の別なく、売上高要因の収益改善への寄与が小さいという点で、従来と様相を異にしている。 これまでの局面では、いずれの企業も固定費が大きく増嵩していたにもかかわらず、この間、売上高がこれを大幅に上回る伸びをみたため、損益分岐点比率は大きく改善した。 これとは対照的に、今次局面においては、景気が底を打ったあとも売上高はかつてなく伸び悩んでおり、その分、収益の回復テンポも比較的緩やかなものにとどまっている。

 また、売上高が従来になく低迷するなかで、固定費や変動費といったコスト抑制の成否が、そのまま業種・企業規模間の収益力格差に跳ね返っていることも特徴的である。 製造業・大企業では、固定費が従来になく低い伸びにとどまる一方で、変動費比率の改善にも成功している。 このため、両者を合計したコスト要因は、この間、ほとんど収益率改善の足枷とはなっていない。 これに対して、非製造業や製造業・中堅中小企業では、依然固定費が大きく増嵩し、収益回復の足を引っ張る最大の要因となっているほか、変動費比率要因も収益率を押し下げる方向に作用している。 業種間・企業規模間で、コスト圧縮の進捗度合いにハッキリと格差が生じている。

 このように、今回局面において製造業・大企業のみが収益体質の目立った改善をなし得たのは、売上高がかつてなく伸び悩むなかで、コストの削減を積極的に推し進めたからにほかならない。 安価な輸入品の活用や下請け企業への値下げ要請などを通じて仕入れコストを抑えるとともに、過剰雇用を子会社や関連会社へ出向させるなどして、人件費を中心とした固定費の削減を積極的に進めたということである。 その一方で、非製造業や中堅中小企業は、製造業・大企業に比べて収益体質の改善に遅れをとっており、製造業・大企業によるコスト削減の煽りが、非製造業や中堅中小企業に及んでいる様子が窺える。 要すれば、最近の収益持ち直しは、かつてのような売上の大幅な増加を梃子としたものではなく、いわば中小企業や非製造業への「コスト付け回し」によってもたらされているといえよう。

期待し難い収益回復の広がり
 
 問題は、この先企業収益回復の裾野が広がりをみせ、収益回復のテンポが全体とし て強まっていくかどうかである。

 まず、売上高は、以下にみる構造要因が当面解消されそうにないとみられるなかにあって、引き続き伸び悩みを余儀なくされる公算が大きい。第1に、製品輸入の急増が、数量・価格の両面から売上の伸びを抑えている。 実際、96年度のわが国における鉱工業品需要の実に6割近くが、輸入品の増加という形で海外へ流出している一方、価格面では、安価な輸入品と国内製品とが競合するなかで、国内価格の動きを総合的にあらわすGDPデフレーターは、 ここ1年以上にわたって前年比マイナスを続けている。 こうした輸入品の増勢は、大幅な内外価格差やアジアの生産能力向上といった中期的・構造的な要因によってもたらされている側面が強いだけに、そうした流れが直ちに衰える可能性は乏しい。

 第2に、企業が抱える雇用・設備両面での需給ギャップが、かつてなく拡大していることも大きい。販売数量がそこそこ持ち直しても、需給の引き締まりを通じて価格が上昇に向かうというメカニズムが働きにくいからである。

 したがって、各企業としては、今後も収益確保のためには、コストの抑制に頼らざるを得ない展開が続くことになろう。もっとも、コスト抑制による収益回復は、一筋縄ではいかないのが実情である。

 まず、固定費を抜本的に見直すとなると、その約8割を占める人件費の削減に手を付けざるを得ない。しかしながら、これを短期間で大胆に圧縮していくには、相当の困難を伴う。 第2図は、労働分配率(人件費/付加価値額)の推移を示したものである。これにみる通り、労働分配率は足元でなお過去最高水準にあり、企業サイドからみた人件費の負担感は依然として重い。 かりに、直近期のコスト構造を前提とした場合、 今後売上高が足元並みのピッチ(年率6.5%増)で増加していくとしても、労働分配率が急上昇する前の80年代平均(64.7%)のレベルに戻るには、ラフにいってあと2年近くかかる計算となる。 ちなみに、同様の仮定の下で、今後1年間で人件費比率を80年代平均の水準に引き下げるためには、直近期の人件費を約7%カットしなければならない。 こうしたドラスティックな調整が、わが国経済に深刻なインパクトを与えることは想像に難くなく、現実問題として人件費の削減には自ずと限界があるように思われる。

 一方、変動費の削減についても、わが国企業全体が収益回復テンポを強める抜本策とはなりにくい。 売上高変動費比率は、交易条件(産出物価/投入物価)と投入原単位(投入数量/産出数量)とに分解できるが、たとえば、今回景気回復局面における交易条件の変化についてみてみると (第2表)、たしかに加工業種では、産出物価が低迷するなかにあっても、投入物価がそれ以上の低下をみたことから、この間、交易条件は幾分改善している。 これは、加工業種が販売価格の弱含み傾向に直面するなか、海外拠点を活用して安価な輸入品を積極的に取り入れたり、川上にあたる素材業種や下請け中小企業への値下げ要請を通じて、仕入れ価格の抑制に成功しているということである。 もっとも、これが、素材業種や下請け企業にとって収益圧迫要因となることはいうまでもない。たとえば素材業種では、94年を通じての海外市況高、95年夏場からの円高是正が進むなかにあって、投入物価の上昇を産出物価にほとんど転嫁できず、 この結果、加工業種とは対照的に交易条件の悪化に見舞われている(前掲第2表)。 投入原単位の削減に関しても、同様である。大企業による部品点数の絞り込みや流通合理化などは、一方で下請け企業や非製造業の売上数量減に直結する。 今次景気回復局面において、大企業と中小企業の出荷数量の回復テンポに大きな格差がみられる背景には、そうした事情が少なからず影響していると思われる。

 足元では、加工業種・大企業を中心に、円高是正に伴う収益押し上げ効果を享受しているが、この先こうした効果が一巡するにつれて、これら企業による変動費削減姿勢が強まり、その結果、素材業種や非製造業、 中小企業がさらなる皺寄せを被ることも予想される。いずれにしても、売上高の伸び悩みが続くなかでの変動費の削減は、一部企業の収益改善に資する反面、他の企業の収益圧迫に繋がる危険性を孕んでいるということである。

望まれる構造改革への地道な取り組み
 
 以上みてきたように、安価な輸入品の流入圧力や大幅な需給ギャップといった構造要因が当面残存するとみられる以上、引き続き売上高は伸び悩みを余儀なくされる公算が大きい。 このため、各企業としては収益確保のために今後もコスト削減を進めていかざるを得ないが、その際、問題の解決を難しくしているのは、そうしたコスト削減を一気に進めるとなると、それに伴う副作用が極めて大きなものとなりかねないことである。 たとえば、固定費の抜本的な圧縮は、雇用調整という形で労働市場に相当の皺を寄せることが避けられないし、変動費の削減も、その過程で生産性の低い企業の整理淘汰を着実にもたらすこととなろう。

 しかしながら、各企業が自らそうした重しを取り除き、前向きに動ける体質を作り上げていくことは、わが国経済が再び活力を取り戻すうえで喫緊の課題であることも、また事実である。 このため、そうした調整を円滑に進めるという視点から、各種規制の緩和・撤廃によって、雇用の受皿となる新産業を育成していくといった、政策面からの環境整備が不可欠であろう。 いずれにしても、長期にわたって浮揚感に乏しい展開を辿っているわが国経済の現状をいま一度踏まえて、企業・家計・政府間のコスト分担の新しい枠組み作りに向けて、構造改革に絶え間なく取り組んでいくことが、 何よりも求められているのではなかろうか。

 
(6月24日 経済調査部 今井)