平成8年(1996年)6月13日 NO.8

米国の設備投資動向

−今回設備投資拡大局面の特徴と展望−

(1) 高成長を続けてきた設備投資も今年については、循環的な調整は避けられず、伸び率は鈍化するものとみられる。 ただ、情報化投資の好調は依然続くとみられるうえ、循環的な調整も生産能力上昇率の低い非情報化業種を中心に行われるだけに比較的軽微かつ早期に終了する可能性が高く、大幅な落ち込みは回避されよう。
(2) 今回の設備投資拡大局面は、情報化投資の拡大→国際競争力の回復→生産能力増強投資の拡大という好循環を生んでおり、持続的なものとなる可能性が高い。

はじめに
 
景気拡大の原動力
 
情報化関連投資主導の展開
 
生産能力増強投資が回復へ
 
生産能力増強投資の主体は高生産性業種
 
伸び率が鈍化する設備投資
 
軽微な調整が予想される非情報化投資
 
好調な推移が予想される情報化投資
 
おわりに


はじめに
 
 米国の設備投資は、80年代後半の低迷から脱し、92年以降、前年比1桁後半から2桁の高成長を遂げ、今回景気拡大局面の原動力となっている。 なかでも情報化投資が設備投資拡大の牽引役を果たしており、情報化関連の技術革新や企業の根強い合理化意欲を背景に、設備投資は今後も息の長い拡大を続けるとみる向きが多い。 しかしながら、95年以降、設備投資の伸び率鈍化が目立ってきているのも事実であり、こうしたなか、設備投資の先行きについて、景気の短期的な循環のみならず、米国の中長期的な経済成長という観点からも関心が高まっている。

 そこで以下では、今回の景気拡大局面における設備投資の実態をいま一度整理するとともに、今後の展望を行ってみることとした。

景気拡大の原動力
 
 第1図は、設備投資(前年比伸び率)の推移をみたものである。 これによると、設備投資は80年代後半以降、極めて低調に推移していたが、92年に増加基調に転じ、その後およそ4年にわたり高水準の伸びが続いている。 実質GDPに占める設備投資の比率も、加速度的に上昇しており、足元、96年の第1四半期には11%と、過去のピークを陵駕するレベルにまで達している。 また、今回の景気拡大局面における実質GDPの増加額に対する寄与率も24.6%と(第1表)、過去の長期拡大局面と比較して群を抜いて大きく、 まさに景気拡大の原動力の役割を果たしているといっても過言ではなかろう。

情報化関連投資主導の展開
 
 今回の設備投資拡大局面の特徴としては、まず何といっても、情報化投資主導の展開という点が指摘できよう。 設備投資の推移を情報化投資と非情報化投資とにわけてみると(前掲第1図)、情報化投資は、設備投資全体が前年比プラスに転じるおよそ1年前からすでに前年水準を上回り始め、 92年以降は前年比10〜20%増の高成長で設備投資全体を牽引してきた。 こうした情報化投資好調の背景としては、まず、米国企業の情報化への積極的な取り組みが挙げられよう。米国企業は80年代の国際競争力低下という厳しい現実を前に経営の抜本的な再編と合理化に取り組み、 企業体質の強化を図ったが、この際、積極的に新しい情報通信技術をビジネスに取り入れようとした。 また、相次ぐ技術革新がユーザーの裾野を拡大した点も見逃せない。@ハード、ソフト両面での相次ぐ技術革新による利便性の向上・単価の低下、Aネットワーク化、オープン化による情報の共有化の進展、 を背景に、これまで企業のなかで専門スタッフに限られていたコンピュータの利用が一般社員、さらには家庭にまで広がった。 この結果、情報化投資は急増し、今回景気拡大局面における情報化投資の増加額(実質ベース)は、設備投資増加額の実に6割を占め、設備投資全体に占める割合も96年第1四半期にはおよそ3割に達している。

生産能力増強投資が回復へ
 
 第2の特徴として、設備投資を更新投資と生産能力増強投資とにわけてみると、生産能力増強投資が回復基調にあるという点が指摘できる。 80年代、米国企業が国際競争力を失い低迷を続けるなかで、生産能力増強投資は抑制され、 新規の資本ストックの増加、生産能力の増強に直接的には繋がらない更新投資の比率が高まった。 年々の設備投資に占める更新投資の比率は、70年代には4割台で推移していたものが、80年代に入り急上昇、92年には7割を越えるに至っている(第2図)。 ところが93年以降更新投資比率は低下基調に転じ、94年には6割を切る水準にまで落ち込んでおり、生産能力増強投資の活発化が推測できるように思われる。

 こうした能力増強投資回復の背景としては、まず、財務体質の改善や長期金利の低下に伴い、投資採算が大幅に改善していることがある。 先にみた情報化の推進により、情報の媒介役であった中間管理層を始めとする大規模な人員の削減を実現、人件費負担を軽減することで財務体質は飛躍的に改善した。 実物資産営業利益率でみた企業(製造業)の投資収益率は91年第1四半期には10%を割り込む水準にまで落ち込んでいたが、その後、大幅に改善、足元、景気減速に伴いやや悪化しているものの、17%と高水準にある。 しかも89年後半以降、金利は概ね低下基調で推移しており、そのなかで92年頃までは高止まりを続けていた長期金利も、物価動向の落ち着きや財政赤字削減の進展を背景に、30年物国債利回りで6%台まで低下している。 この結果、投資採算(実物資産営業利益率ー30年物国債利回り)は、91年第1四半期には1%を切る水準にまで落ち込んでいたが、足元では、10.5%と、95年第2四半期のピークに比べれば投資収益率と同様、やや悪化したものの、 80年代以降では依然最高の水準にある。

 しかしそれにも増して重要なのは、米国産業、とりわけ製造業が国際競争力を回復していることであろう。 米国企業は、情報化投資を積極的に進めリストラを推進、企業体質の強化を図ることで国際競争力を回復している。企業活力や技術力を具体的に示す指標として労働生産性の動きをみると、 米国製造業の労働生産性は90年代に入り3.0%と主要先進国のなかでも高い伸びを示している。 また、貿易面でみても製造業を中心とした国際競争力の回復→生産能力増強投資の回復の動きは確認できる。 80年代は、米国製造業の国際競争力の低下を主因に工業製品の輸入が拡大し、輸出好調→設備投資拡大→資本財の輸入急増という悪循環に陥っていた。 ところが、ここにきて生産能力増強投資の活発化を受け、資本財の輸入拡大には歯止めがかかりつつある。 これを裏付けるものとして資本財輸入の所得弾性値を時系列的に試算してみると、92年以降、低下基調で推移している(第3図)

生産能力増強投資の主体は高生産性業種
 
 むろん、こうした生産能力増強投資はすべての分野で行われているわけではない。80年代に競争力を失った比較劣位分野では低迷が続き、生産性の高い比較優位分野で活発化している。 第4−1図は、今回景気拡大局面における設備稼動率と生産能力上昇率の関係を各業種毎にまとめてみたものである。 一般機械や電気機械という情報化関連業種を始めとする高生産性業種(第2表)は設備稼働率の高まりに応じて生産能力も大きく拡大させている。 一方で、一次金属や木材など米国が80年代までに国際競争力を失ったとみられる比較劣位分野については、稼働率が80%を越える高水準に達しているなかでも生産能力をほとんど拡充せずに、需要の拡大に対しては輸入で対応していると思われる。 たとえば、鉄鋼業の設備稼働率と輸入額の推移をみると(第4−2図)、需要の拡大に応じて設備稼働率が上昇する一方で、輸入も急増しているが、需要の伸びが鈍化してくると、 設備稼働率が高止まりするなかで、輸入が急減しており、需要拡大に輸入で対応している様子が窺える。

伸び率が鈍化する設備投資
 
 このような設備投資の拡大も5年目を迎え足元、前年比でみると伸び率の鈍化が目立っており、循環的な調整局面入りしている可能性が高い。 設備稼動率は(第5図)、94年末までに歴史的高水準をつけたあと低下し続けているうえ、設備投資循環をみても、 生産能力がなお増勢を高め続けるなか設備投資の伸びは緩やかに頭打ちとなりつつあり、典型的な設備ストック調整局面入りの姿を描き出している。 こうした設備投資の伸び率鈍化の詳細を探るために、足元の情報化投資と非情報化投資の動きをみると、まさに対照的な動きをしていることがわかる。 情報化投資が依然として前年比2割増という好調を持続している一方で、非情報化投資は前年比横這いの水準にまで落ち込んでいるのである。以下では、情報化投資と非情報化投資にわけて設備投資が今後、どういう展開を辿るのか検討を進めたい。

軽微な調整が予想される非情報化投資
 
 まず、非情報化投資については、過剰ストックの調整局面入りにより、今後、前年比マイナスに落ちこむことは避けがたいものの、調整は軽微なもののにとどまる可能性が高い。

 第6図は非情報化投資の設備投資循環を描いてみたものであるが、設備投資の前年比伸び率が横這いまで落ち込み、生産能力上昇率も頭打ちから低下へと転じており、 設備投資全体でみるより設備ストック調整局面入りしている様子がはっきりと窺える。 ただ、設備の過剰感はさほど大きくはなく、設備ストックの調整は比較的浅いものになる可能性が高い。 今回の景気拡大局面における非情報化投資の生産能力上昇率は、ピークでも前年比2.5%と、設備投資全体の生産能力上昇率の4.3%に比べて小さなものにとどまっている。 また、過去の拡大局面と比較しても同様である。景気拡大局面が続くなかで循環的調整を強いられたという点で、今回の景気局面と類似している80年代後半の設備投資循環図を描くと、 前年比2桁減という大きな落ち込みもなく1年半程度で調整が終了しているが、今回の局面は、当時(生産能力上昇率のピークは2.7%)よりも生産能力上昇率が小さいことを考慮すれば、 1年〜1年半程度の早期かつ軽微な形で調整は終了する可能性が高いとみられる。

好調な推移が予想される情報化投資
 
 また、設備投資全体の3割を占めるにまで至った情報化投資については、足元の前年比2割増という急ピッチの拡大に比べれば伸び率の鈍化こそ避けられないものの、好調を持続しよう。

 まず、国際競争の激化を背景に米国企業の合理化努力には根強いものがある。冷戦構造の崩壊、アジア諸国の急速な経済発展等を背景とする国際競争の激化は今後も強まることはあっても弱まることはあるまい。 また、情報化関連機器やサービスの利便性向上、単価低下が今後も見込まれ、企業の情報化への取り組みを後押しすることも期待できる。 たとえば、インターネット関連の技術革新に支えられて、新たな企業内ネットワークシステムである「イントラネット」(注)の導入が現在、一大ブームとなっており、 また、この先についてもネットワークOS(基本ソフト)の代表的なものの一つである「WindowsNT」の改訂版が8月頃には発売予定であるなど、ハード・ソフト両面の技術革新が見込まれる。 また、情報化関連設備の価格低下は、労働コストとの比較において情報化設備の相対的な有利性を高め、情報化の進展を一段と促進しよう。 情報化関連設備価格の動向を情報化投資デフレータでみると、コンピュータ、通信機器、その他関連機器の大幅な価格低下により、90年代に入ってから低下基調で推移しており、95年以降、低下ペースはさらに高まっている。 一方で、労働コスト上昇率はそのペースこそ緩やかなものにとどまろうが、雇用情勢のタイト化を反映して上昇基調を辿ることは避けられないと見込まれ、 労働コストを情報化投資デフレータで除した相対労働コストは、今後も上昇傾向を強める可能性が高い(第7図)

 さらに96年2月の米国通信法の改正も情報化投資の動きを一段と活発化させよう。今回の改正で、長距離電話と地域電話、さらには、通信と放送の垣根が撤廃された。 これを受けて通信・放送業界では生き残りをかけてサービス拡充などのための設備投資計画が相次いでいる。 こうした通信・放送業界の動きは積極的な設備投資が直接、情報化投資に結び付くという側面だけではなく、 たとえば、CATVの大容量ケーブル網の通信利用の加速、料金の低価格化の進展などを実現し、企業の情報化の動きを一段と活発化させる可能性が高い。

(注)現在、急速に普及するインターネットの技術を企業内の情報通信にも取り込んで、構築する企業内のネットワークシステム。

おわりに
 
 以上みてきたように、高成長を続けてきた設備投資も今年については循環的な調整により伸び率が鈍化することは避けがたいものとみられる。 ただ、これまで設備投資を牽引してきた情報化投資の好調はいましばらく続くとみられるうえ、循環的な調整は生産能力上昇率の低い非情報化関連業種を中心に行われるだけに比較的早期かつ軽微に終了する可能性が高く、 大幅な落ちこみは回避されよう。

 また、足元、長期金利が急上昇しているが、先にみた通り投資採算は大幅に改善され、高水準に達していることから、長期金利の上昇が設備投資の腰折れを招く懸念も小さい。

 となると、やや長い目でみれば、財政赤字削減の棚上げによる長期金利急騰という懸念材料こそ抱えるものの、今回の設備投資拡大は、情報化投資の拡大→企業体質の改善、 国際競争力の回復→生産能力増強投資の拡大という好循環を生んでおり、持続的なものとなる可能性が高いといえそうだ。

 
(6月3日 経済調査部 半沢)