平成8年(1996年)5月23日 NO.6

中国との緊密度を深める台湾経済

 台湾経済が昨年後半以降、成長テンポを鈍化させるなか、中台間の経済関係は政治的緊張の高まりにもかかわらず底堅く推移した。 この背景には台湾企業の中国への生産拠点のシフトなどにより、中台間の経済関係が着実に緊密度を増してきていることがある。 また、台湾当局の中台緊密化に前向きなスタンスを考えると、今後についても中台経済関係の絆は一段と強まっていくものと予想される。 ただ、いかに経済の結びつきが強まろうとも、政治的緊張の高まりが台湾経済の混乱に直結する問題であることに変わりはなく、中台経済関係の円滑な発展のためには、中台間の政治的安定の維持は引き続き不可欠である。

経済面にも波及した政治的緊張の影
 
底固い推移を堅持した中台間の経済取引
 
急増する台湾の中国向け間接輸出
 
裾野が広がる台湾の対中国投資
 
望まれる中台政治関係の安定


経済面にも波及した政治的緊張の影
 
 昨年6月の李登輝台湾総統の訪米を契機として中台両岸の政治的緊張が高まったことを背景に、台湾の金融・為替市場は、昨年後半以降、波瀾の展開を余儀無くされた(第1図)。 株式市況(加権指数)は、李登輝総統の訪米が現実味を帯び始めた昨年4月以降急激な下落を演じ、直近最安値を記録した8月中旬までの年初来下落幅は実に4割弱にも達した。 台湾ドルの対ドル相場も、7、8月の2カ月間で7%弱に及ぶ急落を示した。 株価、為替相場下落の背後には、中台間の政治的緊張を嫌った海外への資金逃避の動きがあったと報じられているが、台湾ドル相場の急落を食い止めるための為替介入の結果、外貨準備高も急減している。 台湾の外貨準備高(金を除くベース)は、昨年6月の 1,004億ドルをピークに漸減傾向を辿り、直近今年3月には 825億ドルとピーク比2割弱も水準を低下させている。

 もとより、李登輝総統が台湾初の民選総統に選出された今年3月以降は、李登輝総裁が両岸の緊張緩和を目指す姿勢を明示したこともあり、 株価、台湾ドル相場ともに回復に転じているものの、未だ急落前の水準に復するまでには至っていない。依然として中台政治関係緊張化の後遺症が影を落とす情勢が続いていると言えよう。

 中台間の政治的緊張の影響は、実体経済面にも現れている。台湾経済は、中台間の緊張の高まりに歩調を合わせるように、昨年後半以降、成長ピッチを鈍化させている(第1表)。 95年前半には、1〜3月期、4〜6月期ともに6%台後半の高成長を持続していた実質GDP成長率は、 7〜9月期に 6.0%に低下したあと、 10〜12月期には 4.9%と、90年7〜9月期以来およそ5年半振りに5%を割り込む水準まで低下した。 94年中には概ね前年比8%増前後で推移していた個人消費が減速、10〜12月期には同 4.8%増にまで伸びを鈍化させたことが、成長率低下の大きな要因となっている。 株式・不動産市況の低迷が資産効果の剥落という経路を通じて、個人消費に少なからぬ悪影響を及ぼしたことは間違いあるまい。 また、鉱工業生産の動きをみても、昨年夏場頃から緩やかに増勢を鈍化させたあと、直近10〜12月期には前年比 0.6%減と、5年半振りの前年水準割れを記録している。

底固い推移を堅持した中台間の経済取引
 
 株価・為替相場などがみせた波瀾含みの展開とは対照的に、政治的緊張が続く中で底固い動きを堅持したのが、政治的緊張の当事者同士である中台間の経済取引である。 中国向け間接輸出がその大宗を占めるとされる台湾の香港向け輸出は、中台間の政治的緊張が高まりをみせていた昨年後半にも前年比19.9%増の高水準の伸びを記録、年前半の同26.1%増こそ下回ったものの、減速に向かう台湾経済の下支え役を果たした。 また、輸出同様に中国からの間接輸入が大多数を占めるとされる台湾の香港からの輸入をみても、同じく昨年後半には前年比21.8%増と、年前半の同18.7%増をも上回る高い伸びを記録している。

 また、昨年後半の台湾企業の直接投資動向をみても、引き続き対中国投資が重要な位置付けを占めている姿に変化はみられない。 台湾の海外直接投資(認可ベース)を相手国別にみると、昨年後半の対中国向け間接投資が海外直接投資全体に占めるシェアは45.7%と、94年(37.3%)や95年前半(43.7%)に比べてむしろ水準を高めている。 もとより、両岸緊張の影響が相応に波及していることは間違いないものの、海外投資家のスタンスが色濃く反映される株式市場や為替市場の動揺ぶりに比べれば、中台間の貿易・投資の動向は相対的に落ち着いていたといってよかろう。

 こうした事実の背景には、台湾の経済構造のなかに中国が無くてはならない存在としてしっかりと組み込まれていることがある。 80年代後半以降、台湾企業は急ピッチで中国への生産拠点シフトを行っており、近年では、台湾にとって中国は重要な生産基地としての位置付けを占めるに至っている。 以下では、台湾経済にとり、中国がいかに重要な位置付けを占めるに至っているかを、台湾の貿易・投資動向を通じて明らかにしてみたい。

急増する台湾の中国向け間接輸出
 
 80年代前半までの台湾の貿易構造は、日本から生産財・資本財を輸入し、それを用いて生産加工した製品を米国向けに輸出するという形が主流であった。 その結果、対日赤字と対米黒字が突出する貿易収支構造となっていた(第2図)

 ところが80年代後半以降になると、香港向け輸出が急速に拡大し、90年には香港は日本を抜いて米国に次ぐ第2位の輸出相手先となった。 台湾輸出全体に占める香港向け輸出のシェアは86年の 7.3%から95年には23.4%と、3倍強にまで拡大している。 一方で、米国のシェアは86年の47.7%から95年には23.6%に半減しており、96年中にも、香港が米国を抜いて台湾の最大の輸出相手先となるのはほぼ確実な情勢である(第3図)

 このように香港向け輸出が急増した背景には、80年代後半の両岸の政治的緊張緩和が進んだ時期に、台湾ドル高や賃金の上昇などにより、後発のアセアン諸国に比べ輸出競争力を失った台湾の労働集約型産業が、 コストが低いうえに、言葉が通じるなど文化的にも馴染みやすかった中国に生産・輸出拠点をシフトしたことがある。 つまり、台湾から米国に直接輸出していた従来の貿易パターンが、中国で現地生産した商品を中国から米国に輸出するという形態に変化したわけである。 これに伴い、台湾企業の中国現法向けの生産財・資本財輸出が急増することとなった。 台湾では、従来より、第三国・地域を経由しない中国との間の投資および貿易のほとんどが認められていなかったことから、こうした対中輸出の大部分が香港を経由する形をとり、対香港輸出が急増することとなったわけである(注)。

(注)台湾の香港向け輸出のうち、どの程度までが中国向けの間接輸出かを正確に把握することは難しいが、公式にとれるデータとしては、香港当局が発表する香港の台湾を原産地とする中国向け再輸出、 および、中国を原産地とする台湾向け再輸出がある。これによると、台湾の香港との貿易のうち、輸出の約40%、輸入の約85%が同地を経由した中国との間接貿易ということになる。

 ただ、台湾の貿易業者は中国向けの輸出品について、最終目的地を香港と報告するのが一般的となっており、この結果、香港税関に申告せずに済む通過貨物などが香港当局の統計から漏れていると言われている。 この点を考慮して、台湾経済部国際貿易局が試算した95年の香港経由の中国向け間接輸出額は、香港当局の統計の2倍近くにも達している。 こうした事情を鑑みれば、台湾の香港向け輸出のかなりの部分が中国向けの間接輸出であるものと推量される。

 こうした台湾の貿易構造の変化は、 米国の対中国、台湾、香港貿易動向からも窺われる。87年以降、米国の台湾・香港からの輸入の伸び率が鈍化する一方、中国からの輸入は急増した。 その結果、対台湾・香港貿易赤字は87年の 232億ドルをピークに徐々に減少を続ける一方、対中国赤字は急速に増加し、87年の28億ドルが95年には 338億ドルにまで拡大している(第4図)。 中国、台湾、香港のいわゆる「中華圏」3カ国・地域との間の米国の貿易赤字額が着実に拡大を続けるなかで、対台湾赤字が対中国赤字へとシフトしている様は、台湾経済の構造変化の姿を如実に反映した結果と言えよう。

裾野が広がる台湾の対中国投資
 
 次に台湾投資審議委員会が発表している投資統計(認可ベース)により、台湾の投資動向をみると、95年の対中国間接投資は約11億ドルと、中台間の政治的緊張の高まりがあったにもかかわらず、前年比14%増の高い伸びを記録した。 90年代初頭には台湾の海外直接投資に大きなシェアを占めていたのはアセアン向けであったが (91年:38.4%)、 90年10月に第3国経由の中国向け直接投資が台湾当局により正式に解禁されて以降、中国向け間接投資が急増したことから、93年以降は中国が最大の投資先となっている。 もとより、台湾当局は、94年頃から、台湾経済が過度に中国に依存することを避けるために、 ベトナム、タイ、フィリピンといった東南アジア諸国への進出に積極的に取り込む、 いわゆる「南向政策」を進めているわけであるが、これを踏まえても、中国向け投資が圧倒的な位置付けを占めていることに変わりはない。 事実、直近95年の台湾の直接投資全体に占める中国向けのシェアは44.6%と、ほぼ半分を占めている。

 台湾経済部投資審議委員会が中国向け間接投資解禁直後の91年以降作成を続けている統計から、対中国投資の業種別の特徴をみると、 91年に31.2%と最大のシェアを占めていたプラスチック・ゴム産業が95年には 9.2%までそのシェアを落とし、 代わって電子・電器産業が91年の18.1%から95年には19.7%へ、 91年には投資がなかった輸送機器向けが95年には 9.3%まで拡大しているのが目立つ(第5図)。 台湾の産業高度化に伴って、中国向け投資の対象業種も、従来の労働集約型産業中心から徐々に資本集約型産業の比重が高まりつつある。

 中国向け投資の投資地域の分布をみると、地理的隣接性、文化的類似性および地縁・血縁関係の深さもあり、江蘇省、福建省、広東省の3地域への進出が全体の75%強と圧倒的なウェイトを占めている。 ただ、95年には、天津市や大連市など中国政府がハイテク産業の誘致を進める東北地域への投資も進んだ。 中国向け投資のノウハウ蓄積の進んだ台湾企業が、従来からの進出先である沿海部以外の地域へも積極的に投資し始めた様子が窺われる。

 このように、台湾の対中国間接投資は、台湾の産業高度化にあわせて輸出指向の労働集約型産業から資本集約型産業へと変化しており、中国を輸出・生産拠点としてだけではなく、有力なマーケットとしてみた投資へと移行している様子も窺われる。 今後、こうした投資の拡大によって、中国が一層台湾経済構造の中に無くてはならない存在として組み込まれていくこととなろう。

望まれる中台政治関係の安定
 
 これまでみてきた通り、中台経済関係は80年代後半以降、台湾企業の中国への生産拠点のシフトを背景に着実に緊密度を増してきている。 ただ、こうした中台経済関係の緊密化の背景には、段階的な中国向け投資規制の緩和など、台湾当局の様々な政策努力があったことを忘れることはできない。

 最近でも、台湾当局は、現在貿易面において3千点余りしか許可されていない中国からの輸入品目を拡大し、7月からネガティブリストに移行することを発表しているほか、 中国との直接経済交流の拠点となる「両岸経貿特区」を設置することを検討している。 また、投資面においても、現在百万ドル以下に制限されている第3国を経由しない中国への直接投資規制について、制限金額を2百万ドル以下程度にまで引き上げる計画なども進められている。 さらに、小規模ながらも電力分野への投資を許可するなど、投資分野での規制緩和も進みつつある。

 また、1年後に迫った香港の中国返還問題への備えも着実に進んでいる。97年7月の中国への返還に伴い、香港が中国の一部となると、台湾は中国との最大の間接交流の場を失うこととなる。 そこで台湾当局は、中国返還後の香港との関係について、香港を「特別区域」として他の中国地域とは区別、返還後も香港とは現在と同様の直接往来や投資を継続する方針を示している。 具体的な交流のあり方については、99年に中国へ返還されるマカオとの関係を含め、立法院で現在審議中の「香港・マカオ関係条例」の中で規定される予定である。

 一方、中国政府も、「一つの中国」との立場から、特別行政区となる香港と台湾との関係について定めた7項目の基本原則を昨年6月に発表し、台湾が香港に置いている経済部、外交部などの機構の存続を返還後も認め、 双方の公的接触を中国政府の認可を前提にある程度容認する方針を打ち出している。 同時に中国政府は、台湾から香港への投資、双方の貿易取引について、返還後も引き続き奨励することを確認している。 台湾当局は香港を通じて中国からの統一への締め付けが強まることを懸念しているものの、基本的には中台双方とも返還後の香港と台湾の関係については「従来通り」との方針を堅持していることから、 香港が中国返還後も引き続き中台交流の重要な拠点としての役割を果たしていくことは十分に期待できる。

 以上みてきたように、中台間の経済関係は、台湾企業の中国への生産拠点のシフトを背景に急速に親密度を深めている。 また、こうした動きを背後から支えてきた台湾当局の経済関係緊密化に前向きなスタンスも依然維持されており、中台経済関係は、今後も引き続き繋がりを深めていくことが期待される。

 ただ、いかに中台の経済関係が緊密化したとはいっても、中台間の政治的緊張の高まりは程度の差こそあれ台湾経済の混乱に直結する問題であることに変わりはない。 89年の天安門事件の影響から中国向け間接輸出が急減し、90年の台湾経済が調整局面入りを余儀無くされた苦い経験もいまだ記憶に新しい。 今後も、引き続き中台間の経済関係が円滑に発展していくためには、やはり中台間の政治的安定の維持が是非とも必要とされているように思われる。

 
     (5月20日 経済調査部 根本)