平成8年(1996年)5月2日 NO.4

中南米経済の二極化と米州自由貿易地域への展望

(1) 90年代前半に創設されたNAFTAとメルコスールという米州の2つの中心的サブリージョンの発展により、中南米主要国においては、対米依存度を高めるメキシコと低下させる南米諸国という二極化傾向がさらに明らかになりつつある。
(2) 米州自由貿易地域(FTAA)創設に向けて、各国の利害調整における米国の主導性が求められる一方、FTAAを排他的でなく開かれた地域主義に導くためのメルコスールの役割も期待される。

はじめに
 
米州における地域統合の展開
 
二極化傾向を示す中南米経済
 
米州自由貿易地域への展望


はじめに
 
 中南米諸国が、債務危機の80年代から「再生の90年代」に入り、半ばを過ぎた。 90年代の中南米経済は、@市場原理の導入を指向した経済、政治改革の進展と、A冷戦後の国際システム再構築の流れに沿った市場統合の活性化、という二点に特徴づけられる。

 こうした中、94年末に発生したメキシコ通貨危機は、90年代前半の中南米経済を振り返る上で、重要な示唆を与えたといえる。 まず、経済改革の進展の過程で軽視されがちであったI−Sギャップの拡大、為替アンカー政策による実質為替相場の上昇等の経済的歪みの放置に対する警鐘となった。 また、アルゼンチンを除くと、ブラジル、チリ等南米主要国が95年も安定的な経済成長を記録したことから、メキシコと比較した南米諸国経済の相対的なパフォーマンスの良さが浮き彫りとなった(第1図)

 これらをふまえて、今後の中南米経済動向において注目されるのは、@遅れている分野での改革の進展(国内貯蓄率向上、民間インフラ投資推進、労働市場・教育制度改革、等)と、A各地域統合の枠組み内での実体面での統合の動きであろう。 米州においては90年代に入り、NAFTA(北米自由貿易協定)、メルコスール(南米南部共同市場)等の実効性のある地域統合が創設されている。 今後の各々の域内経済統合の深化、及び域外との関係構築のあり方は、各々の地域統合に属する中南米諸国の今後の構造改革の進展に大きな影響を与えうる。 また、2005年までに創設交渉終了が合意されている米州34カ国による米州自由貿易地域(FTAA)構想は、米州域外の地域統合の動きにも少なからぬ影響を与えるものと思われる。 本稿では、以上のような観点から、FTAAへの展望を軸として、中南米の地域統合の動きを概観したい。

米州における地域統合の展開
 
(1)中南米における地域統合の活性化
 中南米諸国における地域統合の歴史は古く、既に60年には中南米主要11カ国によってラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA、現在のラテンアメリカ統合連合(ALADI)の前身)が設立され、 その後も中米地域、アンデス地域、カリブ地域で現在の地域統合の基礎となる地域統合が相次いで創設された。 しかしこれらの地域統合は、発展段階の異なる国家間での利害調整が難航したこと、地域紛争の勃発、80年代の債務危機発生等により、実効性をもつ地域統合となるに至らなかった。

 90年代に入り、こうした中南米諸国の経済統合の動きが、開かれた地域主義という新たな概念のもとで再活性化している(第2図)。 米州開発銀行(IDB)によると、90年から94年の間に中南米諸国によって締結された二国間・多国間の自由貿易協定は26(NAFTAを含む)を数える。 これに、新たな市場統合の動きにより再活性化された旧来の地域統合を合わせると、40近い統合の枠組みが重層的に存在する状態となっている。 また、これらを現時点での統合形態でみると、@域内関税特恵(PAR)のみを統合手段とするラテンアメリカ統合連合(ALADI)(注)、A自由貿易地域(NAFTA、G3)、 B関税同盟(メルコスール、GRAN)など、統合形態においても多岐にわたる。

(注)ALADIは非常に緩やかな統合形態を有するが、中南米総人口の90%、総GDPの94%を占める主要11カ国が参加しているという点で重要視される。 また加盟国が現実的に可能な組み合わせによりさらに高次の部分協定(ACE:経済補完協定)を結ぶことを認めている。メルコスールもそのひとつである。

(2)米州自由貿易地域構想
 このような中南米における様々な地域統合、二国間協定の動きと並行して、これら総ての地域統合を米州(北米、中南米)のサブリージョンと位置づけ、 米州全体の経済統合を創設しようという米州自由貿易地域(FTAA:Free Trade Area of the Americas)構想が進展しつつある。 米州をひとつの経済圏にするという構想は、90年9月に米国ブッシュ大統領の提案した「新中南米支援構想」(EAI:Enterprise for the Americas Initiative)の中で西半球自由貿易地域(WHFTA)構想として提案された経緯がある。 これが94年12月に開かれた米州34カ国首脳によるマイアミサミットにおいて、新たにFTAA構想として、2005年までにその創設交渉を終えることで正式に合意された。 サミットの「原則宣言」では、域内貿易自由化と経済統合を米州経済成長の鍵と位置づけ、FTAA創設に向けた交渉を通して、米州における開かれた市場を目指す協力体制を敷くことで投資を奨励し、 域内での生産的投資の流れを促進・保護することも謳っている。 また、「原則宣言」と共に採択された「行動計画」の中には、資本市場の発展と自由化、インフラ整備、エネルギー協力、通信・情報インフラの整備、科学技術協力、 観光等についてのさらに具体的な行動計画が示されており、FTAAが単なる自由貿易圏というレベルを越えた統合を指向していることを示している。

 しかし、どのような形で域内サブリージョンをまとめていくのかについては必ずしも明確ではない。 可能性としては一般に、@中南米諸国が順次NAFTAに加盟してゆく、A中南米諸国が米国かメキシコと二国間協定を締結する、BNAFTA、メルコスール、 アンデスグループ等の主要な地域統合間で自由貿易協定を締結する、等が考えられている。

 ここで、米州各国におけるFTAA創設のメリットを考えてみると、まず米国にとっては、総貿易に占めるメキシコを除く中南米諸国のシェアは90年代に入りほぼ7%弱と低いレベルに留まっており、貿易上の合理性という面では説得力に欠ける。 また、メキシコの政治的、経済的安定が米国の安全保障にとっても重要な意味を持っているという点でもメキシコとメキシコ以外の中南米諸国では米国にとっての重要度が大きく異なる。 これらのことから、米国にとってFTAA創設のインセンティブは、将来の成長市場を確保するということと合わせて、米州における主導権の回復を通して、APEC、EU等の域外勢力に対する交渉力の強化を図るところにあるとみられる。 一方、中南米諸国には、米国との市場統合により経済成長を加速させたいという共通の狙いがある。 しかし、米国との関係の深化がEU、アジア等域外経済との関係の後退を伴うものであれば、FTAAのメリット、デメリットの度合いは中南米各国の対米依存度と域外経済との関係により様々であろう。 特に複雑な原産地規制等をもって高度に保護主義的であると域外諸国にみなされているNAFTAが拡大することとなれば、ブラジルなど米州域外諸国との関係が深い国にはかなりの影響をもたらすことが予想される。

 そこで、今後のFTAAのあり方を探る意味で、中南米の主なサブリージョンの現状と今後の展開についてまとめてみたい。

二極化傾向を示す中南米経済
 
(1)対米依存度の二極化傾向
 第3図は、中南米の様々な地域統合の中核をなす主要7カ国の輸出高に占める対米輸出の占める割合(94年)と直接投資受け入れ残高に占める米国資本の割合を示している。 大半の国にとって、米国が最大の貿易相手国であり投資相手国であることには変わりはないが、中南米北部に位置するG3諸国 (メキシコ、ベネズエラ、コロンビア)と南米諸国(ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー)では経済的な対米依存度においてかなりの違いがある。 また、輸出面でさらに対米依存度を高めるメキシコと、主に投資面で依存度を低下させているメキシコ以外の国とに二極化する傾向が認められる。

 メキシコの輸出面での対米依存度上昇要因は明らかにNAFTA効果であるが、一方、その他の国の投資面での対米依存度の低下要因としては、 90年代の中南米諸国の経済安定化や地域統合の動きを好感して対中南米直接投資が漸増したこと、さらに中南米に直接投資を行う国が多様化したことがあげられる(第1表)。 90年以降、中南米主要各国において構造調整策が本格化し、外資法が改定され、債務削減策の一環としての債務株式化及び民営化案件が増加したこともあり、 中南米全域への直接投資フローは90年の90億ドルから94年には203億ドルに増加し、直接投資受け入れ残高も90年1164億ドルから94年は1862億ドルに増加した。 この間、米国の対中南米投資残高も増加しているが、域内投資や欧州からの投資の増加がこれを上回り、投資受け入れ残高に占める米国資本の割合が低下した。 このため、米国との通商関係も相対的に小さい南米主要国では、米国との経済関係がさらに縮小する方向にある。

 こうした中南米主要国における対米依存度の相反する動きは、 NAFTA(94年1月発足)とメルコスール(95年1月発足)という米州における2つの中心的サブリージョンの今後の発展により、さらに明確になる可能性がある。

(2)対米依存度を低下させつつある南米諸国
 メルコスールを中心とする南米諸国は、徐々に対米依存度を低下させつつ、急速に域内地域統合を深化させてきている。

 メルコスールは、91年11月にブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの南米南部4カ国によるアスンシオン条約調印により創設が合意され、 その後の段階的な域内関税引き下げ実施により、例外品目は残しているものの、95年1月に自由貿易市場として発足した。 人口2億人、GDP1兆ドルと、米州における地域統合としてはNAFTAに次ぐ規模を有する。 NAFTA、G3との相違点は、メルコスールが対外共通関税を有する関税同盟である点で、95年の発足時に全輸出品目の約85%をカバーする11段階(0〜20%)の対外共通関税が導入されている。 また、上記のアスンシオン条約では、生産要素の自由な移動、マクロ経済政策及び産業政策の協調等も合意されており、最終的には関税同盟よりもさらに高次の共同市場の創設が目指されている。

 米州における地域統合が、NAFTAを除くと制度先行型で、実体面での経済統合が遅れがちな中で、メルコスール域内貿易は、 90年の41億ドルから95年には143億ドルへと急速に拡大してきている(第4図)。 また、域内貿易における製造業製品貿易は90年から93年までに年間平均43%の増加を示し、93年以降は域内貿易の60%を占めるに至った。 例えばアルゼンチンの総輸出にしめる製造業製品輸出の割合(95年1〜8月)は、対世界では約30%であるのに対して、対メルコスールでは約47%と高いなど、 メルコスールは貿易の量的拡大のみならず、各国の貿易構造の変化をもたらしうる点でも注目される(第5図)

 さらに、メルコスール域内貿易の増加に伴い、域外からの直接投資流入のみならず、域内投資も活発化している。 統計上の制約によりメルコスール発足以後の明確な実体は掴めないが、例えばブラジルの対メルコスール諸国直接投資残高は94年末時点で3.2億ドル(前年比23%増)に達し、 メルコスール諸国よりの直接投資受け入れ残高も同1.7億ドル(同29%増)となるなど、発足に先だって域内投資の増加がみられた。

 このようなメルコスールの急速な発展に対して、他の南米諸国からの関心も高まっている。まず、96年6月末にメルコスールとチリの間で自由貿易協定が締結されることが決定された(96年3月合意)。 チリはその対外直接投資の大半をメルコスールに向けており、94年末の累積対外投資額の約38%が対アルゼンチン投資となっているなど、既にメルコスールとの経済関係は深い。 しかしチリは11%の統一関税を有しているために、最大20%の対外共通関税を有するメルコスールへの直接加盟ではなく、自由貿易協定締結という形になった。 また、95年12月にはボリビアがメルコスールとの間で経済補完協定(ACE)を締結し、ベネズエラもメルコスール参加の意向を表明するなど、メルコスール発足以降、南米の自由貿易圏拡大の動きは急速な展開を見せている。

 また、メルコスールは域外経済との関係においても、95年12月に最大の輸出相手地域であるEUとの間で、将来的な貿易と経済協力に関する枠組み協定を締結した。 さらに、APEC加盟国でもあるチリとの協定締結を通じて、今後のアジア・太平洋諸国との交流拡大も狙っており、メルコスールは今後米州域外経済との関係構築に積極的な動きをみせるものとみられる。

(3)対米関係を軸とする中南米北部諸国
 一方、メキシコを中心とする中南米北部(環カリブ海およびカリブ諸国)では、G3(グルーポ・デ・ロス・トレス)諸国による新たな統合の動きがある。 G3自由貿易協定は、パナマを除く元コンタドーラ加盟国であるメキシコ、コロンビア、ベネズエラの3カ国により94年6月に締結された(注)。 この協定により、域内関税を95年以降年間10%づつ引き下げ、2005年までに自由貿易圏を創設することが決められた。 G3協定の特徴としては、その内容、構成ともにNAFTA協定に非常に似通っており、NAFTAの強い影響を受けているということがあげられる。

(注)コンタドーラグループ:主に中米紛争の平和的解決にむけて83年に結成された。 コンタドーラグループ、及び85年に結成されたコンタドーラ支援グループ(ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ウルグアイ)の活動は、86年に結成された「常設政策協議機構」(通称リオグループ)に引き継がれた。

 G3自由貿易圏が成立すると、人口1億5千万人、GDP総額5千億ドルの市場が誕生することとなり、規模的には注目に値するが、現時点における域内輸出比率は非常に低い。 各国ともに全輸出高に占める対米輸出の割合が高く、結果としてG3域内輸出の全輸出に占める割合は、94年でわずか2.8%に過ぎず(第4図)、メキシコに関しては1%に満たない。 コロンビア、ベネズエラについては、むしろ南米におけるアンデスグループの経済統合が進展しつつある。

 このように、G3域内における貿易、投資等の経済的関係は決して深くなく、各々のアメリカとの強い関係を介して結びついているということがいえる。 94年7月にはG3諸国と中米、カリブ両共同市場により、ACS(カリブ諸国連合)を創設することも合意されているが、 中米、カリブ諸国がアメリカのCBI(カリブ海支援構想)により米国市場より特恵待遇を得ていることからも、中南米北部における地域統合の動きは、常に対米関係を軸とした展開となろう。

米州自由貿易地域への展望
 
 95年6月の第1回FTAA貿易担当閣僚会議に続き、96年3月20日から開催された同第2回会議では、政府調達、知的所有権、サービス、競争政策の4分野におけるワーキンググループの設立が決定され、 これまでに合計11のワーキンググループと各々の検討事項が定められた。しかしながら、2005年までのより具体的なタイムテーブルや統合手順については新たな進展がみられなかった。 こうしたFTAAの足踏み状態の背景には、メキシコペソ暴落や96年米大統領選挙戦をめぐる政治的思惑により米国の米州統合における主導性がやや後退していること、 ブラジルを中心とする南米諸国が南米における統合の深化をFTAAに優先させ始めていること、などがある。 急速な発展により米州サブリージョンとしての重要度を高めてきているメルコスールは、さらにその地位を確立することにより、 FTAAが対米傾斜につながる可能性を排除しようとしているともみられる。 しかしながら他方で、多様な利害を有する多数のサブリージョンをひとつに統合するために、中南米諸国が域内最大国である米国の主導性を必要としていることも明らかであり、 過度の影響力の拡大という脅威のない形での米国の主導性の発揮が期待されているといえよう。

 90年代に進展した市場原理の導入を指向した経済改革は、中南米経済にかつてない大きな構造変革をもたらしつつある。 しかしなおアジア新興工業国との比較においては、国内貯蓄率水準、インフラ整備、人的資本の開発等、多くの分野で遅れをとっている。 94年末のメキシコ通貨危機発生後、民間直接投資資本誘致の必要性がさらに意識されるようになってきており、地域統合の発展は個々の国における政策変動リスクを軽減し、 民間投資の安全性をコミットするものとして、中南米の構造改革を推進する原動力となりえよう。今後のFTAA創設交渉では、FTAAの持ちうるこうした機能への期待という点で、求心力を維持してゆくものとみられる。

 また、メキシコ通貨危機後のNAFTAに見られたように、地域統合参加国の経済的変動は、域内貿易をめぐる環境を一変させる可能性がある。 他のサブリージョンにおいても、特に域内通貨の実質為替相場の変動を極小化させることに対しては、これまで以上に関心が高まるとみられる。 域内統合を進めるにあたり、各国におけるマクロ経済安定化政策の続行と共に、域内各国事情、 経済格差に配慮した政策協調がますます重要となろう。

 近年、南米諸国にとり、輸出市場としての日本以外のアジア諸国の重要度が増しているばかりでなく、韓国、中国等アジア諸国からの対南米諸国投資も着実に増加しており、投資面での関係も深まりつつある。 こうしたアジア諸国との経済関係は、まだ規模は小さいものの、メルコスール市場の拡大やアジア諸国における中長期的な鉱山資源利用の拡大等を背景に、今後さらに拡大することが予想されている。 特にブラジルは、95年のEU−メルコスール間の枠組み協定締結に続き、96年はアジア外交重視路線を打ち出しており、中国とは水力発電等のエネルギー分野での協力関係も進展しつつある。 このような南米諸国とアジア諸国の新たな経済関係の構築は、FTAAのみならずAPECの統合のあり方にも影響を与えるものとなり得よう。 こうした中、日本においても、中長期的展望に基づいた、よりきめ細かい中南米諸国との関係を構築することが必要とされよう。

 
(4月24日 経済調査部 杉崎)