平成8年(1996年)12月18日 NO.23

構造問題に対峙するフランス経済

(1) フランス政府は97年度予算案及び社会保障財政法案において、財政赤字削減によりEMUの参加基準「財政赤字のGDP比率3%以内」を達成する一応の目処を付けた。 ただ、その結果、家計部門の可処分所得伸び悩みを通じて、これまで堅調に推移してきた個人消費の拡大にブレーキがかかることは避けられそうにない。
(2) フランス政府は中期的にも財政赤字削減を継続する計画である。それを企業部門における社会保障負担の高まりという構造問題の解決に結び付けられるかどうかが、持続的な経済成長を目指す上での鍵となろう。

はじめに
 
目処の付いたEMU参加基準の達成
 
依然弱いフランス景気の回復力
 
期待される構造問題への取り組み
 
おわりに


はじめに
 
 現在EU加盟国では、99年1月にEMU(経済通貨統合)開始を控え、その参加条件を97年に満たせるか否かが経済・財政政策上の最大の焦点となっている。 EMUにおいては独マルクや仏フランといった各国通貨が新通貨「ユーロ」に統合されるわけだが、新通貨の価値の安定性を担保するためにEMU参加国は5つの経済収斂基準(第1表) を97年に満たさなければならないとマーストリヒト条約に規定されているためである。

 なかでも最も関心を集めてきたのは、フランスの財政赤字のGDP比率である。 EMUの実現は欧州1位、2位の経済大国であるドイツ、フランスの参加を抜きにしては考えられないが、この2大国のうち比較的経済パフォーマンスの劣るフランスは92年から同比率が3%を上回ってきた。

 そうしたなか、フランス政府は今年9月発表の97年度予算案に同比率を3%まで引き下げる諸施策を盛り込み、EMU参加条件を達成する一応の目処を付けた。

 一方、フランスの実体経済の動きに目を転じると、95年後半から急減速した景気はようやく回復傾向に転じつつあるものの、手厚い社会保障システムに起因する構造問題の重しからそのテンポは緩やかなものにとどまっている。 従来から指摘される失業問題も依然として解決の兆しさえ見えない。そこへさらに財政支出削減のデフレ圧力が加わるわけで、構造問題の解消による経済活力の回復は急務となっている。

 そこで、本稿では、フランスの97年度予算案を概観したうえで、実体経済の成長を阻んでいる構造問題を明らかにし、最後にそうした問題に対する同国政府の取り組みについて考察してみた。

目処の付いたEMU参加基準の達成
 
(1)97年度予算案の概要
 9月18日に閣議決定された97年度予算案(及び23日に発表された社会保障財政法案)は従来以上に財政緊縮を推し進め、EMUの参加条件である「一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金) の財政赤字のGDP比率が3%以内」を達成する内容となった。

 第2表は、財政収支のGDP比率の推移をみたものである。95年の赤字は全体で4.85%に上り、96年も4%と見込まれるのに対し、97年は3%丁度にまで低下する計画となっている。 そこで、赤字削減の寄与の大きい中央政府部門と社会保障部門について、その予算の内容を概観してみた。

 まず、中央政府部門については、歳出規模を凍結するとともに、フランス・テレコムより年金基金を受け取ることで、所得税減税を実施しつつ、財政赤字のGDP比率を前年比0.6%ポイント下回る2.9%まで低下させる計画となっている。

 具体的には、長期失業者向け補助金(CIE)など雇用対策関連予算の抑制、公共サービス運営費の5%カット、約6千人の公務員削減(公務員数純減は88年以来)等を通じて、歳出額を初めて前年度と同額(1兆5529億フラン)に据え置いた。 予算が前年比マイナスになった省庁は4分の3にも上るという。その一方で、緊縮財政に反対する世論への配慮もあって、97年から2001年にかけて所得税の税率構造見直しを中心とした税制改革を実施する。 97年の所得税減税額は250億フラン(GDP比0.3%)となる。また、フランス・テレコムより、同社の民営化に伴い375億フラン(GDP比0.45%)の年金基金を受け取る。 これは、民営化する一方で同社社員の年金基金が政府部門に残されるため、将来の年金支払い資金を予め政府部門に払い込むものである。

 次に、社会保障部門については、赤字額のGDP比率を前年の半分の0.3%まで抑え込む計画である。具体的には、給与所得にかかる健康保険掛け金率を引き下げる(6.8%→5.5%)一方で、社会保障貢献税(CSG)の税率を引き上げ(2.4%→3.4%)、 その課税範囲も利子所得にまで拡大する。これは差し引き50億フラン程度の増税となる見込みである。また、酒税、タバコ税も引き上げられ、計45億フランが健康保険会計に繰り入れられる予定である。このほか、各種家族手当の見直し等が行われる。

(2)予算案に対する各方面の評価
 以上の予算案のうち、フランス・テレコムからの年金基金受け取りについては、マーストリヒト条約上の財政収支の計算には算入できないとEU委員会が規定した「国有企業の民営化資金受け入れ」に該当するものとして、 ドイツ、英国、オランダがEU委員会に抗議を申し立てていた。しかし、10月31日にEU委員会統計局がこれを容認する旨を宣言し、上記3ヵ国の抗議は棄却された。 その後、11月6日にリリースされたEU委員会の「経済見通し」においても、フランス・テレコムの年金基金受け入れを含めて財政赤字がGDP比3%まで縮小するとの見方が公式に示された。 これをもって、フランスのEMU参加条件達成プランは、一応のお墨付きを得たといえよう。

 フランスのEMU参加を確実視する動きは、金融市場でも顕著である。端的にはドイツとフランスの長期金利のスプレッドに現れている。これまで欧州通貨の中では、 独マルクが最も信頼性が高く、長期金利も低いのが通常の姿であった。 しかし、EMUが実現する可能性が強まると、独マルクの相対的な信頼度の高さは意味を失い、他通貨との金利差(スプレッド)は縮小する。 第1図は、ドイツとフランスの長期金利(国債10年物利回り)を比較したものであるが、両者のスプレッドは、今年8月末時点では0.10%ポイント程度開いていたが、 9月上旬に緊縮型予算となることが市場に伝わると急速に縮小し、10月以降はむしろ逆転している。市場がフランスのEMU参加を確信していることは明らかといえる。

依然弱いフランス景気の回復力

 
(1)社会福祉国家に内在する構造問題
 以上のように、数々の財政赤字削減策を盛り込んだ97年度予算案は高い評価を受けている。 また、この予算案の前提とされた経済成長率(97年実質2.3%)は、従来の政府見通し(同2.8%)を下方修正しており、その点を現実的な対応として評価する声もある。

 しかしながら、フランス景気はすでに底打ちしたといわれるものの、回復ペースは緩やかなものにとどまっている。以下、その構造的な背景を探ってゆきたい。

 第2図は、88年以降のフランスの実質GDP成長率(前年同期比)を棒グラフで、主要需要項目の成長率寄与度を折線グラフで示したものである。 これをみると、フランス経済は92〜93年にリセッションを経験した後、94年に輸出主導でいったん立ち上がったものの、95年半ばに腰折れしたことが分かる。 その直接的な原因としては、仏フラン高や国外景気悪化に伴う輸出の増勢鈍化がある。いま一つの要因として、企業の設備投資を中心とする総固定資本形成が十分に回復できないまま低迷していることが指摘できよう。 これは、同じ国内民間需要である個人消費が堅調な伸びを維持していることと好対照である。

 この背景には、高福祉社会を維持するための税金や社会保障負担が増加し、それが企業部門の収益改善の妨げとなっていることがあると思われる。 主要先進国の中でもフランスの国民負担率(国民所得に占める税金及び社会保障負担の割合)が最も高いことはつとに知られるところであるが、それがとくに企業部門の活力を削いでいるのである。

 第3図は、国民所得統計を用いて企業部門の収益力の変化をみたものである。 フランス全企業の営業利益の合計にほぼ相当する「企業部門の営業余剰」は、「企業部門の総付加価値」から「賃金」、「(間接税や雇用税等など営業活動に直接係わる)税・社会保障負担」を控除したものに等しい(下式)。

企業部門の営業余剰
 =企業部門の総付加価値−賃金−税・社会保障負担

 そこで、営業余剰の実質成長率を、総付加価値、賃金、税・社会保障負担(いずれも実質ベース)の3者で寄与度分解してみた。 第3図をみると、総付加価値と賃金の寄与度は景気循環を素直に反映しており、好況期に拡大する一方、不況期には縮小している。 これに対して、税・社会保障負担の寄与度は、80年代半ば頃からほぼ一定のマイナス幅を保ち、恒常的に営業余剰を引き下げてきた。その負担感の高まりは、総 付加価値に占める比率をみると明らかである。 第4図から分かるように、税・社会保障負担の比率は70年代半ばから上昇傾向を辿り、90年代に入ってからは一段と高まりをみせている。 また、賃金の比率は80年代こそ急落を続けたが、90年代に入ると横這いに転じており、賃金コストの軽減も進んでいないことが分かる。 こうしたなか、企業は新規採用の抑制に努めており、それが最近の失業率高止まりをもたらしているのである。

 次に、家計部門の動向をみると、企業部門とは対照的に社会保障制度の恩恵を多大に受けてきたことが指摘できる。 第5図は、家計部門の可処分所得の実質成長率を、賃金収入、社会保障収入、その他収入(財産所得、自営業者の営業余剰等)の3者で寄与度分解したものである。 これをみると、賃金収入とその他収入の寄与度が景気変動に応じて激しく増減しているのに対して、社会保障収入の寄与度は不況期でもさして減少しないことが確認される。 可処分所得全体に占める賃金収入と社会保障収入のシェアをみても、前者が逓減しているのに対して後者は一貫して上昇を続けている。 こうした可処分所得の伸びが下支えとなって、95年後半より景気が調整局面入りしたにもかかわらず、個人消費が堅調な拡大を続けてきたのである。

 このように、フランスでは高度に発達した社会保障システムの下、企業部門から家計部門への所得移転が顕著である。 それは社会福祉国家における当然の帰結ともいえる。しかし、足元では企業部門の収益力低下を通じて設備投資の回復を遅らせ、さらには社会問題でもある失業率高止まりの一因となって、 フランス経済の活力を削いでいる元凶となっているように見受けられる。

(2)財政赤字削減によるデフレ効果
 以上のような構造問題に加えて、これから97年にかけての景気展開を考えた場合、財政赤字削減によるデフレ効果が顕在化することが見逃せない。

 すなわち、財政支出削減により、政府消費や公的投資が減少するだけではなく、家計可処分所得の伸び悩みを通じて、これまで景気を下支えしてきた個人消費の増勢にブレーキがかかるおそれが強い。 家計部門の所得環境は、95年8月の付加価値税の税率引き上げ(18.6%→20.6%)や96年2月の社会貢献税(RDS:ほぼ全ての国民の所得に一律0.5%課税)導入により構造的には悪化してきた。 そうしたなか、財政支出削減により社会保障収入という底上げ要因が外されるわけで、所得環境悪化が表面化することは避けられそうにない。

 無論、フランス政府の景気見通しでいわれているように、97年にかけては在庫調整の終了から生産の回復が見込めるし、歴史的な低金利環境の下、企業の設備投資や家計の住宅投資も基本的には拡大傾向を辿る可能性が強い。 主要貿易相手国であるドイツ等の景気は曲りなりにも回復が見込まれるため、輸出も拡大する公算が高い。

 しかし、フランス経済の構造的な弱さや緊縮財政のデフレ効果を考えると、予算案の前提である「97年実質2.3%成長」の確保ですら、必ずしも楽観視できない。

期待される構造問題への取り組み
 
(1)政府の中期財政目標とその背景
 上述のように財政赤字削減により大きなデフレ圧力が生じることは、フランス政府も十分に認識していよう。しかし、政府は中期的にも赤字削減を継続する姿勢を明確にしている。 予算案と共に明らかにされた中期財政目標をみると、97年以降も歳出伸び率を年平均1.1%に抑制することで、2001年時点における中央政府部門の財政赤字GDP比率を1.9%にまで引き下げる計画である(第3表)。 この背景としては以下の2点があげられる。

 第1に、EMUへの参加そのものは97年の経済実績により決定されるが、その後も「安定協定」の規定により財政赤字削減を継続しなければならない。 同協定は、新通貨「ユーロ」の誕生後、財政赤字のGDP比率が3%を超えたEMU参加国に対して制裁金を課すものである。 これは「ユーロ」の価値を安定したものとするためには、EMU参加国が健全な財政運営を継続し、金融・為替市場の信頼を得る必要があるとの考え方に基づいている。 制裁金を課す際の具体的手続きなど細目は未だ固まっていないものの、協定を導入すること自体は9月21日のEU非公式蔵相会議においてすでに合意が得られている。

 フランスは、97年こそ財政赤字のGDP比率が3%に収まる目処を付けたものの、それにはフランス・テレコムからの年金基金受け入れという、いわば「応急処置」の寄与するところが大である(前出第2表)。 EMI(欧州通貨機関)が11月6日に発表した「96年通貨統合報告」には、「1回限りの財政赤字削減措置では持続的かつ安定 的なEMUは保証されない。 財政赤字と公的債務残高を計測するにあたっては、会計的な見方をするだけでなく、実質的な面にも十分に配慮しなければならない」との記述が盛り込まれ、名指しこそ避けられたものの、フランスの「応急処置」が批判を受ける形となった。 今後は「応急処置」に頼なく、本腰を入れた財政再建に取り組まざるを得ない。

 第2に、そもそも「安定協定」が存在しなくとも、「雇用を創出する持続的経済成長には、財政赤字及び公的債務の削減が不可欠である」(97年度予算案の政府説明資料)と政府自らが認識している。 前章でも指摘したように、フランス経済の構造問題は、税・社会保障負担の高さから企業部門が活力を失っていることである。 財政赤字削減策の一環として社会保障制度の改革に着手することは、目先は可処分所得の伸びの鈍化により家計部門を中心に痛みを生じるものの、構造問題の解決を通して長い目でみた経済成長に寄与するというわけである。

(2)構造問題解決に向けて残された課題
 フランス政府は、財政赤字のGDP比率がピークに達した93年に「財政赤字抑制5ヵ年計画」を打ち出すなど、以前から赤字削減に取り組んできた。 当時の計画は景気回復や国有企業の民営化収入に依存したものであったが、ここ1、2年は本格的な歳出削減・歳入拡大を図っており、赤字体質の改善は着実に進んでいる。 これは、実際の財政収支から、景気の低迷に伴う租税収入の落ち込みや失業保険給付の増大といった循環的な変動要因を取り除くことで明らかとなる。

 第4表は、フランス大蔵省の資料に基づいて、一般政府ベースの財政収支のGDP比率を、構造的な財政収支と循環的な変動要因とに切り分けたものである。 構造的な財政収支とは、GDPの需給ギャップがゼロ、すなわち、景気が十分に拡大して潜在GDPが実現した場合の財政収支に相当する。その推移をみると、利払い費が増加傾向を辿っているにもかかわらず財政赤字は95年から急ピッチで縮小を始め、 97年(予算)には93年対比2.8%ポイント改善した1.9%まで低下する。

 このように財政収支の赤字体質の改善が進むなか、フランス政府に残された最大の課題は、赤字削減を企業部門の税・社会保障負担の軽減に繋げることであろう。

 そもそも、財政赤字削減が「雇用を創出する持続的経済成長」に結び付くとの考え方は、赤字削減の結果として企業の税・社会保障負担が速やかに軽減されることを前提としている。 ところが、前出第3表の中央政府ベースの中期財政計画をみても、政治的配慮から所得税減税により家計部門を利する姿勢こそ窺えるが、企業部門の負担軽減策は特段発表されていない。 少なくともこれまでのところ、歳入の強化が図られるなか企業の負担感は次第に高まっており(前出第4図)、企業側としても将来の負担軽減をにわかに期待できないのが実情であろう。

 そうしたなか政府に求められているのは、中期的な財政計画において構造改革に正面から取り組む姿勢を明確にし、企業部門の負担軽減を実行する方針を打ち出すことではなかろうか。 その結果、企業マインドは好転し、将来の負担軽減を先取りして設備投資拡大にいち早く踏み切るところも現われ(経済理論の言うところの「合理的期待」効果)、自律的かつ持続的な経済成長が実現する環境が整うと思われる。 いずれにせよ、これまでフランスではさほど取り入れられてこなかった、企業部門に焦点をあてた経済・財政政策が必要とされているのではないだろうか。

おわりに
 
 欧州域内を見渡すと、フランスだけではなくドイツ、イタリアなどEU加盟国は、EMU参加条件をクリアするためにこぞって財政健全化に力を入れている。 その過程では財政引き締めのデフレ圧力が避けられず、大陸欧州の景気にようやく明るさが見えてきたとはいえ、道程は決して平坦ではない。 各国政府は景気回復を維持しつつ大幅な財政赤字削減を実行するという、困難かつぎりぎりの選択を迫られている。 こうした緊縮財政が、大陸欧州諸国にある程度共通してみられる構造問題、すわなち、税・社会保障負担の高まりによる経済活力の低下を解消する一つの契機となる可能性も、決して小さくないように思われるのである。
 
(12月9日 経済調査部 矢口)