平成8年(1996年)10月30日 NO.20

新たな局面を迎えるわが国経済の構造調整

進む「対外調整」と遅れる「国内調整」
 
噴出する矛盾・軋轢
 
インセンティブに富む経済システムへ


進む「対外調整」と遅れる「国内調整」
 
 今回の景気回復は、この10月に4年目を迎えた。その期間だけをとってみれば、すでに過去の景気回復局面の平均(33ヵ月)を上回る長さである。しかしながら、景気回復の勢いという点では、一向に力強さが感じられない。 実際、前回景気の谷(93年10〜12月)から直近96年4〜6月期までの10四半期間の実質GDP成長率は年率2.0%と、過去3回の景気回復局面の平均(同4.4%)を大きく下回っている。 最近期においても、企業の生産活動が一進一退の展開を続けているほか、直近の日銀「短観」をみても、主要企業・製造業の業況判断DIが1年ぶりに悪化するなど、景気回復局面にしては心許ない動きが散見される。

 このように、いまもって景気回復の足取りに弾みがつかない背景には、いかなる事情があるのか。 振り返ってみれば、90年代入り後のわが国経済は、従来経験したことのない様々な難問に直面し、先行きの不透明感がなかかな払拭できないなかでの歩みを余儀なくされてきた。 そうした悩みを集約すれば、雇用・設備面の大幅な需給ギャップと巨額の対外不均衡を背景とした内外両面からのデフレ圧力、ということになろう。 国内・対外の不均衡が重くのしかかるなかで、従来の輸出・設備投資主導型の経済成長が変調を来し、90年代前半のわが国経済成長率は実質1.3%(年率)と、未曾有の低成長を余儀なくされた。

 もちろん、この間、企業は決して手をこまねいていたわけではない。 内外からのデフレ圧力の下、かつてない売上高の伸び悩みに直面し、その高コスト体質を露呈したわが国企業は、収益構造の立て直しに向けた対策を絶え間なく模索してきた。実際、その成果は、まず「対外調整」の進展という形で実を結んでいる。 90年代に入って急増したわが国の経常黒字は、ピークの92年度には金額にして約15兆円、その対名目GDP比率は3%以上に達した(第1図)。 そうしたなかで、未曾有の円高により苦境に立たされたわが国企業は、海外直接投資を通じて生産拠点を相次いで海外へシフトするとともに、大幅な内外価格差に着目して安価な輸入品の活用を積極的に進めた。 こうした企業の活発な国際展開は、わが国の輸出入構造を「輸出が増えにくく、輸入が増えやすい」体質へと着実に変革し、対外黒字の急速な縮小を通じて、円高急進リスクの緩和に一役買っている。

 しかしながら、「対外調整」が目にみえて進む一方で、足元でなお膨大な需給ギャップにみる通り、「国内調整」は遅々として進んでいない(第2図)。 80年代後半のいわゆるバブル期に、企業はヒト・モノ・カネの各分野で量的拡大路線の追求に拍車を掛けたが、パイの大幅な拡大が見込めなくなったいまとなっては、そのツケはあまりに大きい。 しかも、そうしたなかで「対外調整」が急ピッチで進行していることが、投資機会や雇用機会の海外への漏出という形で、「国内調整」のスムーズな進捗を妨げる一因となっている。 要すれば、「国内調整」が「対外調整」に大きく遅れをとるという、いわばバランスを失した調整に直面しているのが、わが国経済が置かれた現下の姿ということになろう。

噴出する矛盾・軋轢
 
 「対外調整」の急ピッチな進展と「国内調整」の遅れは、経済成長の柱となるべき国内民間部門の自律回復力を弱めるとともに、それを穴埋めすべく対応してきた政府部門に深刻な歪みをもたらしている。

 現に、設備投資の主体である企業部門では、いまだ積極的に前に打って出られる環境は整っていない。そうした様子は、資産効率のかつてない悪化に象徴的にあらわれている。 実際、その代表的な指標である総資産利益率(ROA)は、今回景気回復局面に入ってからも捗々しい改善はみられず、依然過去最低のレベルで推移している(第3図)。 投下した資本を単に業容の拡大によって回収するという従来のやり方が行き詰まりをみせている以上、企業としては、思い切ったリストラを通じて、資産の収益率を大きく高めることが問われているにもかかわらず、 現実には思うに任せずにいるということである。

 家計部門をみても、個人消費の源泉となる雇用・所得環境の低迷が続いている。 不況期にはドライに人員整理を進める米国企業と違って、わが国企業は、大胆なリストラを極力避け、基本的にはマイルドな調整によって現下の停滞状況を乗り切ろうとする姿勢を貫いてきた。 しかしながら、これまで本格的な雇用調整が回避されてきた分、企業サイドからみた人件費の負担感は、依然かつてない高水準で高止まっている(第4図)。 潜在的には、なお人件費の削減圧力が掛かり続けている。

 こうした状況の下、財政面からは数次にわたって大型の経済対策が打たれた。もちろん、ひところ深刻なデフレ懸念が現実味を帯びていただけに、景気の過度の落ち込みを防ぐ手段として、財政面からの支援が必要であったことは間違いない。 ただ、その一方で、相次ぐ景気対策の発動によって、いまやわが国の財政事情が極めて深刻な状況に陥っていることは、つとに指摘される通りである。

 さらに、問題の根を深めているのは、この間、「対外調整」が大きく進展したことが、対外不均衡の縮小に資する反面、国内経済に対してはデフレ的な影響を及ぼし、結果的に国内の歪みを助長しているということである。 たとえば、直近95年度について、輸入浸透度の上昇によって国内生産がどの程度圧迫を受けたかをラフに試算すると、その直接的な影響だけで、鉱工業国内生産は2%下押しされたとの結果が得られる()。 業種別にみても、紙・パルプを除くすべての業種で国内生産は縮小を余儀なくされており、加工業種・素材業種の別なく、幅広い業種に少なからぬ影響が及んでいる様子がみてとれる。 こうした面からの生産の下振れを通じて、設備や雇用の調整が従来以上に長引いている面がある。

インセンティブに富む経済システムへ
 
 こうしてみると、わが国経済の構造問題の焦点は、内外ふたつの不均衡をいかに是正するか、ということから、アンバランスな調整過程で生じた矛盾・軋轢をいかに解消するか、ということに移りつつある。 いい換えれば、遅れている「国内調整」の進捗如何が、わが国経済の先行きを大きく左右する可能性が高いということである。

 とすれば、今後こうした調整をスムーズに進めるうえでの基本的な視点をどこに置くべきか。 その力点は、企業・個人双方にとって、よりインセンティブに富む経済システムへの変革を推進することに注がれるべきであろう。 そもそも、わが国が「国内 調整」に手間取っているのは、内外の経済環境が激変するなかにあっても、基本的に従来歩んできた道を大きく外れることなく、現下の難局をどうにか凌いでいこうとする姿勢を保ってきたからにほかならない。 企業の資本効率がかつてなく低迷している 様子は先にみた通りであるが、たとえば、その主因である過大な人件費負担がなかなか解消に向かわないのは、戦後のキャッチ・アップ過程で育まれた硬直的な雇用・賃金システムを、基本的に維持してきたことによるところが大きい。 雇用者にとって労働移動の自由度が必ずしも十分に確保されていないことが、そうした変革の円滑な進展を困難なものにしている。

 しかしながら、右肩上がりの経済成長がもはや見込みにくくなったいま、既存の硬直的・長期安定的なシステムを維持していくことは、極めて難しくなっている。 今後わが国が成長の余地を広げていくためには、むしろ企業、個人の選択の幅を広げることを通じて民間部門が活力を発揮すべく、旧来型の枠組みを柔軟に転換していくことが不可欠であるように思われる。

 そうした観点から、政策対応の中身も、従来の発想に囚われることなく、大胆に見直していくことが急務である。 競争制限的な各種公的規制の撤廃・緩和によって、民間部門の活躍の場を広げることが、新たな成長路線を模索するうえで必要不可欠であることはいうまでもない。 と同時に、民間部門の質の高い競争を促し、その活力を最大限に引き出すという視座に立って、競争上のルールを明確化するとともに、各種インフラ整備を進めていくことも重要であろう。

 90年代も、残すところあと3年余り。折しも、先頃発表された経済審議会の構造改革に関する報告書は、従来になく踏み込んだ提言が盛り込まれている。 苦難に満ちた90年代前半の轍を踏まぬためにも、いまこそインセンティブに富む経済システムへの転換を、着実に推し進めていかなければならないのではなかろうか。

 
(10月22日 経済調査部 今井)