平成8年(1996年)9月24日 NO.17

困難が続く欧州諸国の財政

(1) 通貨統合を控えた欧州諸国は、その参加基準達成のため財政赤字(GDP比)削減に努めているが、利払費が大きいため困難をきわめており、政府債務残高(同)の減少も進んでいない。
(2) これは、金融・資本市場のグローバル化により、欧州各国の長期金利が、主にドイツ長期金利の高止まりに影響され、景気低迷下でも名目成長率以上で推移しているためである。
(3) そのドイツの長期金利については、旧東独地域支援に起因する財政赤字の継続、好況を続ける米国の長期金利の影響から、景気低迷下でも当面高止まりが見込まれる。その結果、上のような欧州各国の財政困難も当分続く公算が高い。

はじめに
 
利払い負担が重い欧州諸国の財政
 
利払費増加の背景
 
ドイツの影響が強い欧州の長期金利
 
欧州の財政赤字削減は困難が継続
 
通貨統合と欧州諸国の財政


はじめに
 
 欧州各国は、9月に入り97年度予算案審議のシーズンを迎えたが、景気低迷下にもかかわらず軒並み財政緊縮を打ち出している。 例えば、フランスでは公務員削減による大幅な人件費カットを盛り込んでいるし、ドイツでも戦後最悪の失業率のもとで2年連続の緊縮予算を組んでいる。 ここへきて欧州全般でそうした動きが出てきたのは、一般政府部門の財政赤字を名目GDP比で3%以内に、グロスの債務残高(以下、政府債務残高)を同じく60%以内に収めるという欧州経済通貨統合(EMU)の参加基準値に近づくためである (第1図)。 しかし、もう一つの背景として、人口高齢化が加速するにつれて公共部門の負担が重くなり、財政赤字に資金が吸い寄せられて、中長期的には経済成長の源泉である民間投資がクラウディング・アウトされかねないという危機意識が指摘できよう。 つまり、欧州の財政赤字削減の動きには中長期的な景気対策という側面があることを見落としてはならない。(なお、本稿で「欧州諸国」という場合、EU加盟国を念頭に置いている。)

利払い負担が重い欧州諸国の財政
 
 欧州諸国では、80年代にフローの一般政府財政赤字(名目GDP比、以下同じ)が累積した結果、90年代に入ってから、そのストックともいえる政府債務残高(名目GDP比、以下同じ)の膨張が目立ってきた。 同残高のGDP比率は、EUの中核であるドイツ、フランスでさえ、80年代初頭には30%近傍にあったものが95年末には、その2倍近くにも達している。 こうした財政悪化の共通の背景には、近年の景気低迷による歳入の鈍化という循環的要因も確かにある。しかし、より構造的な要因として、@社会保障関連支出や政府支出を主因とする歳出増、 A政府債務残高の膨張と金利の高止まりから生じる利払費増、の2点が指摘できる。 そのうち、Bについては、長年続いてきた高福祉社会、大きな政府の下で、失業手当、年金、医療費といった社会保障関連支出や、公務員給与を中心とした政府支出の抑制が困難になってきたためである。

 欧州の財政については、@の削減努力やそれが短期的に及ぼすデフレ圧力の方が強調されがちであるが、Aも同様に重要な問題として見逃すことはできない。 すなわち、近年の傾向をみると、財政収支のうち利払費を除いた本源的収支(名目GDP比、以下同じ)は改善しつつあるものの、その改善幅を凌駕する利払費(名目GDP比、以下同じ)負担のために、 財政収支全体では依然大きな赤字を計上し続けているのである。 そのため、政府債務残高の減少の兆しがなかなかみえてこない(第2図)。 特に、政府債務残高のGDP比が100%を超過したベルギーとイタリアでは、財政再建に取り組み本源的収支が相応に黒字化して久しいにもかかわらず、同残高は目立った減少をみせずに高止まりしてきた。 このような状態が続くと、債務残高の一定額を常に調達しなければならなくなる結果、民間投資に投下されるはずの貯蓄も、累増する財政赤字のファイナンスに回ってしまい、中長期的な経済成長の阻害要因となり得る。

 こうした事態を回避するための処方箋は、まず、財政緊縮策によって本源的収支を大幅に黒字化し、利払い圧力の根源となる政府債務残高を削減していくことである。 実際に、深刻な財政状況にあったイタリアやベルギーだけではなく、他の欧州諸国も、冒頭のように遅まきながらそうした措置を採り始めた。 各国政府は、その過程で実行可能な赤字削減策を全面的に打ち出して、財政政策に関するディシプリンを内外に示さなければならない。 そうすることが、債券投資家のリスク・プレミアムを剥落させて長期金利の低下を促し、利払費の減少にもつながるからである。

 ちなみに、以上のような債務膨張の力学が働いているのは、程度の差はあっても、先進国にほぼ共通した現象といえる。例えば、米国では、近年、フローの財政赤字は着実に縮小しているがストックの政府債務残高が未だほとんど減少しておらず、 その面では欧州と類似した状況にある(第3図)。一方、日本では、景気低迷による税収 の落ち込みに加えて、相次ぐ景気対策の発動によって本源的収支が急速に赤字化してきた。債務残高の拡大に伴って利払費も増加しており、財政はかなり深刻な状況に陥っている(第4図)。 その意味で、日本の財政は、現在、80年代の欧州諸国や米国とほぼ同様のパターンを辿っているといえよう。

利払費増加の背景
 
 上でみたように、欧州各国の政府債務残高の減少が進捗しない背景には、本源的財政収支の改善が不十分ななかで、名目長期金利が名目成長率を上回って高止まりしている状況がある。 これは、財政の予算制約式から導かれる維持可能な債務残高の条件によって確認できる(注)。 直近の95年における両者の乖離(名目長期金利マイナス名目GDP成長率)は、第5図のように、 米国では2.1%程度であるが、ドイツで約2.7%、ベルギーで約3.3%、フランス、イタリアでは約3.8%などと、概して欧州諸国で大きい。 長期金利が各国の景況の好転(悪化)に伴って上昇(低下)することは自然な経済現象といえるが、最近の欧州経済のように、景気低迷下にもかかわらず、 国外金利との裁定などの要因によって名目長期金利が名目成長率を上回って高止まりしているような場合(後述)は問題である。 そうした状態が続くと、本源的収支を相当程度黒字化していかない限り、政府債務残高は減少せず、早晩維持不可能な状態に陥りかねない。

 そこで、95年における名目長期金利と名目成長率の乖離、及び、ネットの政府債務残高を前提として、本年中に同残高を減らすために必要な本源的収支を、 以下(注)に基づいて大まかに試算すると、例えばドイツでは1.2%以上の黒字、フランスでは1.3%以上の黒字を計上しなければならない。 最近の財政緊縮下でさえも、両国の本源的収支赤字がそれぞれ▲0.6%、▲1.6%程度にしか縮小しない(OECDによる96年見通し)ことを勘案すれば、景気が低迷するなかで上記試算値を達成するような緊縮策がすぐに実現できるとは考え難い。 仮にそれを敢行すれば、国内に強力なデフレ圧力を及ぼすだけでなく、昨年末のフランス公務員ストのような社会的混乱を招く可能性も否定できないからである。

 こうしてみると、欧州各国の財政問題の根本的解決のためには、財政緊縮の継続だけでは十分とはいえない。 すなわち、政府債務残高を削減していくためには、本源的収支の黒字化に加えて、名目成長率を上回っている各国の名目長期金利を、前者に見合った水準まで低下させる必要が出てくる。 しかし、各国が独自の政策でそうすることは果たして可能なのであろうか。

(注)歳出が歳入を上回って財政赤字が生じた場合、政府は、(1)公債発行によって民間部門から資金を借り入れるか、(2)通貨を増発する(中央銀行の公債引受、または、政府への直接融資という形態をとる)ことによって、赤字のファイナンスを行う。 つまり、政府部門の予算制約式は以下のように表される。
G−T+r*B=△B+△M……@
(Gは利払いを除く政府支出、Tは租税収入、Bはネットの政府債務残高、rはBに対する金利、Mはハイパワード・マネーの水準を表す。なお、△は前年度からの増減額を示す。)
実際には、マーストリヒト条約で、中央銀行の政府への信用供与禁止が求められていることから、現在の欧州では(2)の可能性はまずない。従って、上記制約式@は、
△B=G−T+r*B……A
と書き換えても差し支えない。

 ここで、政府債務残高(ネット)のGDP比が発散しないためには、同残高の増加率が名目GDP(Y)の成長率よりも小さい、すなわち、
△B/B−△Y/Y≦0 という条件が必要である。この両辺にB/Yを掛けて得られる
△B/Y−(B/Y)*(△Y/Y)≦0
に先の予算制約式Aを代入して整理すると、
(T−G)/Y≧(r−△Y/Y)*(B/Y)……B
が成立する。すなわち、政府債務残高(ネット)にかかる名目金利が名目成長率を上回って推移している場合(r−△Y/Y>0)に同残高(GDP比)を減少させるためには、 本源的収支(GDP比)を相応に黒字化(B式の左辺をプラス化)しなければならない。

ドイツの影響が強い欧州の長期金利
 
 以下では、欧州諸国の長期金利が、前出第5図のように実体経済からみて高止まりしている原因を探ってみたい。 一般に、一国の名目長期金利は、国内の景気や短期金利のほかに、リスク・プレミアムに関連するインフレ率、為替相場変動率、財政収支のGDP比などから影響を受けて推移しているものと考えられる。 しかし、それらに加え、欧州各国の長期金利動向の特徴として、ドイツや米国など国外の長期金利との連動性が特に90年代に入ってから強まっている(第6図)。 参考までに、ドイツ、フランスなど通貨統合のコア・グループと呼ばれる諸国の名目長期金利について、先に挙げた諸要因を説明変数として、回帰分析により関数推計してみたところ、 全ケースで国外金利も有意な説明力を持っており(第1表)第6図でみられる傾向が統計的にもある程度裏付けられる。

 こうした傾向が各国の財政収支に少なからぬ影響を及ぼすようになったのも同じく90年代に入ってからである。 例えば、東西ドイツ統合の影響からドイツの長期金利が90年以降高止まりしたために、当時景気が低迷していたフランスなど周辺国では、長期金利が実体経済に見合った形で十分低下することなく、景況がさらに悪化してしまった。 その結果、税収不足による本源的収支の悪化に加えて、利払費も増加し、必要以上の財政収支悪化を招いたのである(前出第2図)

欧州の財政赤字削減は困難が継続
 
 以上のように、欧米主要国間で実体経済の動きが異なるにもかかわらず、名目長期金利の収斂が、ドイツや米国のそれを中心に進んでいる背景には、金融・資本市場のグローバル化がある。 特に欧州では、準固定相場制のERMに加えて、EU内の資本移動自由化が進展していることから、金利裁定が極めて活発化しており、取引ボリュームが大きいドイツ国債の利回りを基準として長期金利の収斂度が高まってきた。 欧州では全般的に、最近の景気低迷もあってインフレ率は既に抑えられており、緊縮財政にも本格的に取り組み始めている。 にもかかわらず、長期金利低下が現状さほど目立たないのは上述理由による。

 そうしたなかで、ドイツの長期金利が低下することは、欧州各国の長期金利をさらに低下させ、利払費を節減するために少なからず寄与するとみられる。 そのドイツでは旧東独地域への財政支援という特殊要因さえなければ、一般政府部門の財政収支は既に黒字化している可能性が高く(第2表)、 それによってドイツの長期金利も足元の水準より相応に低下していたかもしれない。

 しかし、旧東独地域への財政支援は、減少傾向にはあるものの継続せざるを得ず、このことも財政赤字の圧縮を困難なものにしている。 加えて、90年代末に向かって、米国の好況継続から同国長期金利も緩やかに上昇することが見込まれるので、ドイツの名目長期金利もそれに連動し、 当面、実体経済(名目成長率)に比べて高止まりする公算が高いとみられる。

 以上を考慮すると、低成長が続く欧州各国では、ドイツ長期金利の高止まり傾向から、自国の政策(例えば財政緊縮、利下げ等)だけで名目長期金利を名目成長率並みに引き下げることは困難といわざるを得ず、 その結果、政府債務残高の本格的削減が進まない状況は当分継続するであろう。

通貨統合と欧州諸国の財政
  
 最後に、上のような困難が予想される欧州各国の財政に対して、欧州経済通貨統合が与える影響を概観しておきたい。 昨年末のEU首脳会議(於マドリード)で決まったシナリオに基づいて、早ければ99年1月にも単一通貨「ユーロ」が導入されるが、 それに伴って、通貨統合参加国の金融政策の独立性は低下し、新たに設立される欧州中央銀行(ECB)が共通通貨圏内で一元的な金融政策を実施することになる。 従って、参加国は、失業や経常収支赤字といった不均衡が自国で生じた場合、為替相場や政策金利の変更といった従来の調整手段を失う。 いきおい、不均衡調整のため唯一残された裁量的手段である財政政策に一方的な負荷が掛かりやすくなるという事態が、理論的には想定され得る。

 しかし、通貨統合後に参加国が財政出動すると、共通通貨圏内の金利を上昇させ、利払費増から、これら諸国の財政をさらに圧迫しかねない。 とくに、ドイツ、フランスのようなEU域内の大国が拡張的な財政政策を採ると、そうなる懸念が高まる。 このような事態を回避するために、マーストリヒト条約には、通貨統合後に財政規律を維持できない参加国には制裁が課される旨明記されている。 また、参加国に対しては現在以上の財政規律を課する(財政赤字の対GDP比率を通常は1.0%以下に収め、経済状態が悪化した場合でも3.0%以下に抑える) べきであるという「財政安定化措置」(Stability pact)案がドイツのワイゲル蔵相から提案されている。

 加えて、先にみたように、欧州主要国の政府債務残高の本格的削減が当面見込み難いことも勘案すれば、通貨統合後、参加国の財政政策の裁量度は制約される公算の方が高い。 従って、景気低迷下でも現実に財政の発動はできず、現状の欧州と同様に、実際の景気対策としては引き続き金融政策にバイアスが掛かってくるものと考えられる。 そうなれば、新たに発足する欧州中央銀行は、参加国の物価安定だけでなく景気にも相応に配慮した金融政策を模索していかざるを得ないであろう。

 
(9月12日 経済調査部 中川)