平成8年(1996年)8月29日 NO.15

構造調整下厳しさが続くわが国の雇用情勢

(1) 景気が回復局面にあるにもかかわらず、我が国の雇用情勢は依然として厳しい状況が続いている。この背景には、景気回復ペースの緩やかさに加えて、労働市場をとりまく構造変化がある。
(2) 景気の先行き不透明感が強い中で雇用情勢の改善を図るべく、構造変化に根ざした雇用のミスマッチの解消を図るとともに、 規制緩和・撤廃による産業の活性化や新規事業の開拓・育成を通じた雇用の創出が求められている。

景気回復下、厳しさが続く雇用情勢
 
雇用なき景気回復の背景
 
今後の課題


景気回復下、厳しさが続く雇用情勢
 
 景気が1993年第4四半期以降、緩やかながら回復局面を辿っているにもかかわらず、厳しい雇用情勢が続いている。 実際、96年4−6月期における完全失業率は3.5%、完全失業者数は234万人と、ともに現行調査が開始された53年以降で最悪の水準を記録した(第1図)。 ちなみに過去の完全失業率は、第2次オイルショック期には2%台前半、円高不況期でさえ2%台後半にとどまっていた。

 また、完全失業率を年齢別にみると、91年以降ほとんどの年齢層で上昇傾向がみられるが、その中でも特に若年層および高年齢層の上昇が目立っており、労働市場における構造問題の存在を示唆している。 すなわち、91年から95年にかけて、全体の失業率が2.1%から3.2%へと1.1%ポイントの上昇であったのに対して、15〜24歳の若年層が4.3%から6.1%へと1.8%ポイントの上昇、 また60〜64歳の高年齢層が3.6%から5.7%へと2.1%ポイントの上昇といったように、際立ったものとなっている。

 さらに、今次局面で特筆すべきは、失業率が景気の谷にあたる93年第4四半期から10四半期たっても、依然改善方向に向かっていない点である。 失業率は、過去の経験に照らせば、景気が谷をつけてから数四半期後には改善に転じており、第1次オイルショック期後や円高不況期後は、景気の谷から概ね3四半期で改善に向かった。

雇用なき景気回復の背景
 
 雇用情勢が景気展開に遅行することは過去の経験が示すところであるが、特に今次局面においては、景気回復のペースが緩やかであるために、雇用情勢の改善がさらに後ずれせざるを得ない状況となっている。 有効求人倍率および常用雇用者数の改善は小幅なものであるし、来年度新卒者の就職状況にしても、全体としては若干好転しているものの、女子については依然として厳しい状況が続いていることに変わりはない。 また、日銀短観によれば、企業の雇用過剰感の改善は一段と遅れ、その水準は依然として円高不況期のピークを上回る状況が続いている(第2図)

 しかし、今次局面においては、景気回復ペースが緩やかだという要因だけでなく、構造的側面が雇用情勢にマイナスの効果をもたらしている部分が少なくないように思われる。

 構造変化を示唆する動きとして第1に考えられるのは、製造業におけるホワイトカラーの雇用過剰感である。 我が国製造業は80年代後半以降のバブル経済期において、多角化・新規分野進出などの積極的経営戦略に乗り出し、ホワイトカラー中心の雇用拡大を行った。 その後、バブル崩壊による経営戦略転換のもと、リストラ、リエンジニアリング等の経営合理化の動きが強まった結果、人員の削減は徐々に進んできている。 しかし、年功序列型の昇進・賃金制度やマイルドな雇用調整といった雇用慣行のもとで、大幅なコスト削減には踏み切れないまま推移し、足元においてもホワイトカラーに対する雇用過剰感は依然根強く残った状況にある。 加えて、情報化に伴った合理化・省力化の動きが、この過剰感をさらに高めている可能性もあり、今後ホワイトカラーへの需要が抑えられ、過剰感の解消がさらに遅れることもありえよう。 実際、労働省発表の労働経済動向調査によれば、ホワイトカラーに相当する管理職や事務職の雇用過剰感は、技能工や単純工といったブルーカラーと比較して非常に高くなっていることが分かる(第3図)

 第2に、流通革命や東アジアとの競合などにさらされるなかで、個人企業における雇用吸収力が失われつつあることがあげられる。 すなわち、我が国で進行している流通革命のもと、卸・小売業、飲食店に属する個人企業での売上減少や廃業などが顕在化しており、 また、製造業においても、東アジアとの競合などを反映して、町工場を中心とした小規模な下請け企業が減少に向かっている。 総務庁発表の平成7年度個人企業経済調査報告によれば、卸・小売業、飲食店に属する個人企業1社当たりの売上高は、平成5年度(前年度比2.9%減)、6年度(同3.6%減)、7年度(同3.4%減)と3年度連続の減少となり、 営業利益も6年度(同1.8%増)こそ小幅な増加を示したものの、5年度(同6.4%減)、7年度(同7.2%減)と大きな落ち込みを示している。 また、製造業は、卸・小売業、飲食店に比べコスト削減が進んだ結果、平成7年度は、売上高(同1.5%増)、営業利益(同0.7%増)とも4年度振りに前年水準を上回ったものの、 その伸びは小幅なものにとどまり、依然として大企業にみられるような大きな改善が期待できる状況にはない。

 こうした動きは、完全失業率上昇の一因にもなっている。なぜなら、従業者数で全体の約2割を占める個人企業(注1)で働く自営業主や家族従業者が減少基調にあるために、 雇用者数が景気の回復によって増加しているにもかかわらず、両者を合せた就業者数の伸びが押さえられてしまう(注2)。 その結果、雇用者ベースではなく就業者ベースで算出される完全失業率は押し上げられることとなるのである(第4図)

(注1) 数字は、総務庁「平成3年事業所統計調査報告」による。
(注2) 完全失業率は以下の公式により求められる。
完全失業率=完全失業者数/(就業者数+完全失業者数)×100
就業者数=雇用者数+自営業主数+家族従業者数+その他

 第3に、経済のグローバル化や国際競争の高まりに伴って90年代以降顕著となった製品輸入の急増や企業の海外展開が、国内雇用を圧迫していることが考えられる。 実際、労働省発表の平成7年産業労働事情調査によると、調査対象企業(注3)において、「自社または取引先企業の海外進出・輸入等の拡大に伴い、国内常用雇用者数が3年前に比べて変化した」と回答した企業割合30.5%のうち、 「増加」と回答した割合が5.2%にとどまったのに対し、「減少」と回答した割合は実に25.3%に及んでいる(注4)。 なお、その内訳を、部門別の増減D.I.(「増加(%)」−「減少(%)」)でみると、「生産部門」(▲22.3%ポイント)や「事務・管理部門」(▲13.9%ポイント)などでは大幅なマイナスを記録しているが、 「研究・開発部門」(+2.5%ポイント)、「販売・営業部門」(+1.0%ポイント)では小幅ながらプラスを示している。 これは、企業が、激化する国際競争を生き残るために独創的な商品を開発する必要性が高まっていることを意味し、こうした面からも国内就業構造が変化しつつあることが窺われる。 また、「3年後についても常用雇用者数が減少する」とした割合も26.2%に及んでいる。 輸入の急増や海外展開が雇用に及ぼす影響については議論のあるところではあるが、少なくともこの調査をベースに考えれば、今後も我が国の雇用情勢をマイナス方向に導く要因として作用し続ける可能性が高いといえよう。

(注3) 製造業に属する常用雇用者100人以上の民営企業約4,500社で、有効回答数は4,015社。
(注4) なお、「自社または取引先企業の海外進出・輸入等の拡大に伴い、国内雇用が変化していない」と回答した企業は33.5%、「その他」が36.0%となっているが、 「その他」には「自社または取引先企業が海外進出・輸入等の拡大を行っていない」場合が含まれており、「自社または取引先企業の海外進出・輸入等の拡大が行われている」とした企業に限定すれば、 約40%の企業が、国内常用雇用者数が3年前に比べて「減少」と回答した計算となる。

 第4に、労働需給のミスマッチが拡大していることがあげられる。このミスマッチを確認するために、欠員率と雇用失業率をプロットしたUV曲線をみると、景気回復に伴い欠員率が下げ止まって回復に向かっているにもかかわらず、 雇用失業率の上昇は続いている。すなわち、UV曲線の上方シフトがみられ、このことはミスマッチの拡大を示唆している(第5図)

 なかでも若年層および高年齢層の動きが大きい。まず若年層のUV曲線をみると、94年から95年にかけて欠員率が上昇の兆しをみせているにもかかわらず、雇用失業率が大幅に上昇している(第6図)。 この動きは、若年層の労働者が求職の意志を有しているもかかわらず、適職を見出せないまま失業者にとどまらざるを得ない状況と、企業側においてもこの年齢層で必要とする人材を確保できていない状況とが併存していることを意味している。 他方、高年齢層では、93年から95年にかけて欠員率がほぼ一定である一方で、雇用失業率が高まるといった動きを示している。 これは、この年齢層に対する厳しい雇用環境のもと離職せざるを得なくなった労働者が、引き続き労働市場において求職活動を行っているにもかかわらず、 企業側からの求人状況が改善をみないといった形で、高齢者のニーズに見合った就業機会が十分に与えられていない状況を表わしている。

 このように、今回の景気回復局面で雇用情勢が改善に向かっていないことの背景には、まず、景気回復ピッチが緩やかであるために、雇用情勢を改善に導く力が過去と比較して弱いといった側面があるが、 それに加えて、@経済のグローバル化、国際競争の高まり、情報技術を始めとした技術革新の進展、それらを反映した国内産業構造の変化などの経済環境の変化、 A若年層の就業意識の変化や高齢化にみられる労働供給面の変化、などの構造要因が雇用情勢の改善を遅らせていることも大きく影響しているのである。

今後の課題
 
 こうした状況下で今後を考えた場合、景気の先行き不透明感が強いなかにあって、循環的側面からの雇用情勢改善に大きな期待を寄せることはできない。 雇用情勢の改善を図るためには、わが国の構造変化に十分対応することのできる人材を育成するとともに、規制緩和・撤廃による産業の再活性化および新規事業の開拓・育成によって雇用の創出を図るといった施策が不可欠である。

 しかし、現実には新規事業の立ち上げやベンチャー企業の育成にはなお時間を要するものと思われ、その一方で、わが国の労働市場における流動性の低さが、それをさらに長引かせる可能性も否定できない。

 そうした意味から、雇用情勢の改善に向けてまず取り組むべきは、労働移動の円滑化を図ることであり、その前提としての労働市場機能の強化が重要となる。 そのためには、まず、客観的な能力を図るための指標の確立に向けて、ビジネスキャリア制度や技能検定制度などを充実させるとともに、その活用を促進する必要がある。 また、情報提供による労働需給調整機能の強化を図るべく、@公共職業安定所においての、新しい情報通信技術・メディアの活用による職業相談体制の強化、A民間の労働派遣業や有料職業紹介などの範囲拡大・規制緩和の促進、 B官民相互の働きかけによる効率的な労働需給調整、に努めるとともに、福利厚生制度の在り方を見直すという観点から、退職金制度のポータブル化を図り、中小企業における退職金制度を一層普及させる努力が求められよう。

 これらの対策に加えて、若年層の就業意識の変化や高齢化にみられる労働供給面の構造変化に対しては、労働者の能力発揮を可能とするための雇用管理上の条件整備に努める必要がある。 まず、最近増加する若年層の離転職への対応としては、企業による、若年層労働者の意識変化を十分に踏まえたきめ細やかな人事管理、そして、行政による、積極的な職業情報の提供および職業相談体制の充実、 あるいは未就業者への職業体験機会の提供などといった民間企業努力への支援、などが重要となる。 一方、高齢化への対応については、能力・業績評価方法の確立のもと、組織の見直しを行うことで多様なキャリアパスを整備し、高年齢層の活躍の場を確保する必要するがあるものと思われる。

 こうした努力を通じて、現在生じている雇用のミスマッチを早急に解消させることが厳しい雇用情勢を改善方向に導く喫緊の課題であるといえるのではなかろうか。

 
(8月20日 経済調査部 小林)