平成8年(1996年)8月1日 NO.12

回復が進む中欧経済の課題

(1) 中欧4国(ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア)の経済は、94年から実質成長率が揃ってプラスに転じるなど順調な回復を辿っており、今後は、外需主導の持続的成長を目指す段階に入りつつある。
(2) これからの経済運営においては、インフレ終息を最優先とした経済安定化政策の続行に加えて、投資拡大をファイナンスする金融システムの整備なども課題となる。 これらを地道に実行していくことが、この地域の輸出競争力の強化、ひいては、持続的成長に繋がっていこう。

はじめに
 
中欧の経済状況
 
インフレに減殺された輸出競争力
 
投資に拡大の余地
 
増加するEU諸国からの直接投資
 
今後の課題
 
おわりに


はじめに
 
 いわゆるエマージング・マーケット(新興経済)の中では、東アジア地域、中南米地域に続き、90年代に入って、中・東欧地域の成長が軌道に乗り始めた。

 中・東欧地域は、EUに隣接する人口約1億の経済であり、中欧地域とバルカン地域に二分される。将来、EUの東への拡大とも絡んで、この地域の経済の成りゆきは、欧州経済に少なからぬ影響を及ぼす可能性がある。そこで本稿では、 中・東欧地域のなかでも、直接投資、貿易などを通じてEU諸国との関係が緊密化し、経済回復が先行しているポーランド、ハンガリー、チェコ、及び、スロバキア(本稿では、この4国を以下「中欧」と称する)を採り上げて、 その経済回復過程における共通の特徴を探るとともに、今後を展望してみたい。

中欧の経済状況
 
 中欧では、旧社会主義体制下の計画経済から市場経済への転換を図る過程で、価格の自由化、国営企業の民営化、貿易の自由化を中心とする「経済構造調整」と、財政赤字削減、 マネーサプライの抑制などといった「マクロ経済安定化政策」を重視してきた。経済構造調整のなかで特に重要な課題であった国有企業の民営化では、一定の成果が認められ、GDPに占める民営部門の比率(市場化率)は、 チェコの7割(95年央)を筆頭に順調に高まっている(第1表)。一方、マクロ経済安定化政策では、90年代初頭、体制転換に伴う経済危機に対処するために緊縮政策を実施し、景気後退を経験したが、 その後経済構造調整の効果も徐々に現れて、94年には実質経済成長率が4国とも前年比プラスに転じた。続く95年についても、欧州復興開発銀行によればプラス成長を継続した見込みである。 加えて、90年代初頭にはハイパー化したインフレ率もようやく沈静化してきた(第2表)。こうした良好な経済パフォーマンスを反映して、チェコは95年末に、また、 ハンガリーも本年5月にOECDに加盟した(ポーランドも本年7月、OECDの加盟同意書に調印済み)。

 以上のように、中欧の経済は、改革直後の生産の急激な落ち込みとハイパーインフレから脱して、経済安定化に一定の成果を収めており、次の段階として持続的成長を実現する経済政策が模索されつつある。 例えば、中・東欧経済を専門に分析している欧州復興開発銀行による“Transition report(1995)”においても、同地域が持続的成長を実現して生活水準を西欧諸国並みに高めるためには投資の役割が重要である旨強調されている。

 中欧諸国は、国内経済規模が比較的小さいうえ、経済安定化のために財政赤字削減を更に進めなければならない等、内需の拡大には制約が大きい。従って、経済の持続的成長のためには輸出に依存せざるを得ず、 貿易相手国とのインフレ格差からみた為替相場(実質実効為替相場)の減価とともに、根本的には生産性向上による輸出競争力の強化が重要となってこよう。そのためには、投資の拡大が必要とされる。以下では、このような観点から、 中欧経済の現状を順に検証してみた。

インフレに減殺された輸出競争力
 
 中欧では、GDPに占める輸出の比率が、総じて高まっており、アジアの新興工業国と比較しても遜色ないレベルに達している(第3表)。これは、経済構造調整の主眼が価格自由化と並んで貿易自由化に置かれ、 それまでのコメコン貿易に代わってEU諸国との貿易関係構築が最優先目標とされたことを反映している。その動きを後押しするため、91年には、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキア(当時)はEUとの間で自由貿易協定を締結した。 これにより、中欧とEU間の貿易品目は大半が無税となり、 両者の貿易を通じた一体化が進んできた(第1図)

 しかし、中欧が4国ともにプラスの経済成長に転じた94年の成長率について寄与度の内訳をみると、スロバキアを例外として(注1)、外需の寄与度はマイナスになっているか、 プラスであっても小さい(前出第2表)。当該統計が入手可能なポーランドとハンガリーについて、輸出・輸入数量の推移をみると(第2図)、 輸出数量は改革直後から横這い推移しており、伸びは未だ十分でない。一方、輸入数量の伸びが輸出数量の伸びを上回っており、その結果外需が伸び悩んでいることがわかる。ちなみに、輸入数量増勢の背景としては、後述の対内直接投資増加に伴い、 外資系企業の生産拠点立ち上げに必要な機械等資本財の輸入が一時的に急増していることも考えられる。しかし、輸出数量が輸入数量に比べて伸び悩んでいるのは、基本的に、 中欧の輸出競争力が外需主導の持続的成長を遂げるには未だ不十分であることを示唆していよう。

 ドルベースでみた単位労働コストは、後述のように、生産性向上を背景として低下傾向にあるものの、貿易相手国とのインフレ格差を考慮に入れた実質実効為替相場はむしろ上昇(増価)傾向にあったことが輸出競争力の向上を妨げたものと考えられる。 このように、中欧の実質実効為替相場が総じて上昇傾向にあるのは、第3図のように、国内インフレ率が高めに推移したなかで、結果的には名目為替相場の切下げが不十分だったためである(注2)。

(注1)スロバキアの94年における外需寄与度が大幅に高まったのは、EU、及び、チェコ向け輸出が好調だったことに加え、輸入課徴金導入によって輸入抑制を図ったためである。
(注2)ハンガリーの実質実効相場は、近年緩やかな低下(減価)に転じているが、これは国内物価が上昇しているもののそれ以上の切下げが行われているためである。

投資に拡大の余地
 
 次に、生産性を通じて供給面から輸出競争力に影響を与える投資の動向について検討してみよう。90年代のエマージング・マーケット(東アジア、中南米、及び、中欧を比較)における経済成長を、 「投資比率」(GDPに占める国内総固定資本形成の比率)と「投資の生産性」に要因分解してみると(注)、第4図のように、経済成長率が高い国ほど、投資比率が高く、 投資の生産性(同図における各国の原点からの傾きで表され、傾きが小さいほど生産性が高い)も高い(原点からの傾きが小さい)傾向が窺われる。そのなかで、中欧については、統計上の制約から、 ポーランドを除いて成長率がプラスに転じた94年のデータしか算出できないが、東アジアの新興工業諸国と比較すると、投資比率、投資の生産性とも低く、結果として、成長率も相対的に低くなっている。 もとより、経済の発展段階が異なる東アジアと中欧を単純に比較することはできないが、ここで重要なことは、中長期的には投資比率が高い国ほど成長率も高いという相関関係である。そうした観点からみると、 経済改革直後の落ち込みから投資が十分回復していない中欧では、投資比率の向上によって成長力を一層高められる余地がある。

(注)経済成長率(△Y/Y)は次のように分解できる。
   △Y/Y=(I/Y)/(I/△Y)
I/Y は「投資比率」であり、 I/△Yは「投資の生産性」、すなわち、一定の追加的生産(△Y)を実現するために要する物的投資(I)の大きさである。この要因分解により、経済成長率のうち、 どれだけが生産要素(ここでは物的投資)投入によるもので、どれだけがその生産性の向上によるものであるかが算出される。

増加するEU諸国からの直接投資
 
 実際に、中欧への国外からの直接投資は近年増加しており(第5図)、これに符合するように成長率もプラスに転じているのである。

 中欧地域に直接投資を行うメリットを考えると、基本的に、欧州向け生産拠点として有利な立地条件を備えていることが挙げられる。すなわち、中欧が一大消費市場のEUに隣接しているという地理的条件に加えて、国民の教育水準が高く、 労働コストが安い割には労働力の質が高いことなどが評価されているとみられる。

 投資主体の国別では、ドイツを中心とする欧州諸国のウェイトが圧倒的に高い(第6図)。日系企業も上述のメリットに注目してこの地域への関心を強めてはいるが(注)、統計でみる限り、 欧州企業に比べて中欧でのプレゼンスは未だ小さいようである。

 中欧に対する直接投資フローの絶対額そのものは、世界全体の同フローからみればごくわずかに過ぎない。しかし、中欧各国の国内総固定資本形成に占めるウェイトでみると、最盛期のNIES、 ASEANをもしのぐ大きさになっていることは注目に値する(第7図)。ポーランド、ハンガリー等では、近年の直接投資受け入れ額の少なからぬ部分が民営化関連といわれていることを勘案すれば、 このウェイトの高さを額面通りに受け取ることはできないにせよ、中欧地域が、ドイツを中心とする欧州企業の影響下で、優れた技術・経営ノウハウを採り入れながら、経済発展の基盤を着々と構築していることは確かであろう。

 このような直接投資の増加に伴い、中欧では、労働者1人当たりの資本量も増加しているとみられ、近年では労働生産性が向上している。その傾向は特に、直接投資受け入れ額が多いポーランドとハンガリーで目立ち、 この2国では労働生産性の伸び率が1人当たりの賃金(ドルベース)上昇率を上回っているため、単位労働コスト(ドルベース)が低下し、この面から国際競争力の改善に寄与し始めているのである(第4表)

(注)ジェトロ(日本貿易振興会)が、欧州に進出している日系製造企業727社を対象に、95年末に「在欧日系企業経営実態調査」を実施した。その中で、欧州で魅力ある生産拠点をアンケート調査した結果、@英国(41.9%)、 Aチェコないしスロバキア(23.6%)、Bスペイン(16.9%)、Cポーランド(16.2%)、Dハンガリー(14.2%)が上位5位を占め、本稿で検討対象とする中欧4国が全て入っている。これについてジェトロは、 「日系企業は中・東欧諸国のEU加盟の動きに対し、同諸国を部品調達先、製品輸出市場のみならず、生産拠点とみている」とコメントしている。

今後の課題
 
 中欧経済は、改革の成果もあり、ここへきて回復軌道に乗ってきたが、先にみたように、今後、外需主導の持続的成長に繋げていくには不十分な状況である。持続的成長を実現するためには、以上を踏まえて、次の2点が課題として指摘できる。 その第1は、インフレ沈静化により実質実効為替相場の上昇を抑えて輸出価格競争力を回復させることであり、第2には、生産性向上に繋がる投資拡大のための環境を整備することである。

 まず第1点目を敷衍すると、実質実効為替相場の上昇要因となっているインフレについては、最近ようやく沈静化してきた(前出第2表)。それでも、一番インフレ率の低いチェコでさえ、 9%(95年)前後のインフレが続いている。このように、根強いインフレが続いている中欧共通の原因として、旧体制の計画経済下での超過需要(価格が低く抑えられていたため消費者の行列等の形で潜在化していたもの) が価格自由化によって一気に顕在化し、それが勢いを弱めながらもまだ続いていることが挙げられる。その結果、名目為替相場の切下げにもかかわらず、切り下げ率以上の国内インフレによって実質実効為替相場が上昇した。それが輸出競争力を弱めて、 経常収支の改善を妨げる要因となったのである(前出第2表)。こうしてみると、輸出競争力回復のためには、マネーサプライの管理によるインフレ抑制に地道に取り組むことが先決であり、 そのなかで名目実効為替相場よりも実質実効為替相場を参考指標として為替政策を運営していく必要があろう。

 第2点目の投資拡大について、それを妨げる要因を詰めていくと、中・東欧では総じて国内投資をファイナンスする貯蓄が現状小さいという問題に行き着く。すなわち、この地域の貯蓄・投資バランス(対GDP比)をみると、 事後的には投資超過となっており(第8図)、投資超過分は現状、国外からの資本流入でファイナンスされている(その少なからぬ部分は、直接投資受け入れによる)。 今後より多くの投資機会を実現していくためには、国外からの直接投資の導入もさることながら、企業金融をファイナンスする国内貯蓄の増加が必要である。それには、 これまでインフレに追い付かずマイナスになることが多かった預金の実質金利(第5表)を高めることが不可欠といえよう。この点からも、やはりインフレ抑制の重要性が窺われる。加えて、 そうした貯蓄資金が前向きな投資へ円滑に回るように、不完全な金融仲介機能を一層是正する必要がある。換言すれば、中・東欧地域では、総じて、貸し手に対する情報不足やリスク算定の困難さから信用機能の弱体化が生じやすい状況が続いているため、 金融システム全般の整備が喫緊の課題といえよう。

 また、財政赤字の存在も、少ない銀行預金がそのファイナンスに回って民間投資をクラウディング・アウトする可能性もあることから、持続的成長を阻害する要因となる。従って、社会保障制度見直し、 徴税システムの整備などによって財政改革を進めていかなければならない。

おわりに
 
 以上のように、持続的成長を視野に入れた今後の経済運営については、結局のところ、インフレ抑制、財政赤字削減を中心に据えたマクロ経済安定化政策を最優先とせざるを得ない。加えて、 国内金融システムなど市場経済の枠組みを一層整備していく必要もある。

 中欧地域は、EUに隣接しているというポジションに恵まれている。従って、以上のような課題をクリアできれば、欧州統合の動きに組み込まれる過程で、EU諸国との資本、労働の交流を活発化させつつ、 欧州内でも有力な生産拠点に成長していくものと考えられる。体制転換後5年足らずで順調な回復軌道に乗ったこの地域のキャッチアップ能力の高さからみて、そのような道筋を辿る可能性は決して小さくないといえよう。

 
(7月23日 経済調査部 中川)