平成11年(1999年)11月15日 NO.11

ユーロ導入後の欧州金融市場

はじめに
 99年1月欧州11カ国に導入された単一通貨ユーロは、欧州経済、特に金融市場の構造に大きな影響を与えるとみられる。事前の予想として語られてきた変化のうち主なものを挙げると、@異なる通貨によって分断されてきた各国の市場が統合され、域内のクロスボーダー取引が活発化し、流動性・奥行き・利便性に富んだユーロ金融市場が完成する、A「財政安定成長協定」の縛りにより国債市場が徐々に縮小する一方、直接金融化(企業の債券・株式発行による市場からの資金調達)の進展により民間部門主導で資本市場の拡大が進む、B上記に加え、市場間・金融機関同士の競争激化により取引コストが削減されることで、域内のみならず国際的にも魅力ある市場となり、域外の発行体・投資家を惹きつけ更に発展を続ける、などがあろう。ユーロ誕生後10ヵ月余りが経過し、実際にはどのような変化が起っているのか、欧州金融市場の統合に向けた最近の動きを概観してみたい。


1.ユーロ導入後の各市場の動向
@短期金融市場
 ユーロ導入から数ヶ月の間に最も統合が進んだのが短期金融市場だといえる。年初よりTARGET(欧州中央銀行(ECB)及びEU各国中銀の決済システムをリンクしたもの)を初めとするクロスボーダーの資金決済システムが大過無く稼動し、金融政策の運営もECBに一元化された。年末にかけて急速に収斂が進んだ各国の短期金利格差は、現在では翌日物で2〜3bp程度にまで縮小し、EURIBOR(1週間から12ヵ月のターム物につき、ユーロ圏内外57行のオファー金利を上下15%を除いて集計したもの)・EONIA(57行による無担保翌日物取引の金利を加重平均したもの)などユーロの指標金利も定着した。IMFの試算によれば、各国の銀行間取引は通貨統合(EMU)後も国内取引が中心となっているものの、ユーロ圏内のクロスボーダー取引の割合が僅かながら増えており、今後クロスボーダーの少額決済に関わるシステムの整備や決済コストの低下、銀行間での与信枠設定などが進めば、域内クロスボーダー取引は更に増加すると予想される(第1表)。
 他方、レポ市場の統合やクロスボーダーの有担保取引の拡大はあまり進んではいない。ECBやIMFも指摘しているように、担保証券移転のためのクロスボーダーの証券決済システムが未整備であること、レポ取引に関わる法的枠組みが国毎に違うことなどが障害となっているようだ。
(注) 現状では、ECBとの証券レポ取引の際に担保証券をクロスボーダーで利用するため各国中銀間を結んだCCBMの他、Euroclear・Cedelなどの国際的な証券決済機関や各国単位の決済機関が併存している。



A債券市場
 国際決済銀行(BIS)によれば、今年上半期に国際資本市場で発行されたユーロ建て債券は3238億ドルと前年同期比75%増加し、事前の予想通りの急成長を遂げた。また、欧州委員会の資料から、国内債も含むユーロ建て債券発行額の推移をみると、99年第1四半期に4066億ユーロを記録した後、幾分減少傾向にあるものの、これは、早期に実績を作って投資家層を拡大することを狙った各国政府による大型起債が年初に集中したこと、2000年問題による市場の先細りを懸念して発行を前倒しする発行体が多かったこと、春先からの長期金利上昇による市場環境悪化の影響などによるものとみられる(第2表)。


 また、今年第3四半期までの起債状況を発行体別にみると、国債が総発行額の45%と従来通り圧倒的なシェアを占めることがわかる。各国の既発国債は年初よりユーロ建てに転換され、新規発行も全てユーロ建てで行われるようになったが、特に第1四半期は、自国投資家の資金が通貨統合を契機に域内他国に流出することを懸念した各国政府、特にポルトガルなど周辺諸国による起債が目立った。ただし、各国政府は8月までの間に年間発行計画の8割近くを前倒しで発行したともいわれており、年後半はシェアを落とすことが予想される。
 一方で、ユーロ導入後、着実に発行額が増加しているのが社債である。欧州の大企業は従来間接金融による資金調達を主体とし、僅かにみられた起債もその多くが米ドル建てであったが、ユーロ誕生とともに新たな市場の開拓と投資家の確保を目指して積極的にユーロ建て社債の発行を始めている。また、欧州各国の国債を債券投資の中心としてきた域内の投資家は、通貨統合に向けた金利収斂の過程で従来の高金利国の債券利回りが大幅に低下したことから、より高い運用利回りを求めてプファンドブリーフ(抵当債券)や社債などへの需要を強めており、こうした投資家の投資対象拡大の動きが、ユーロ建て債券の多様化を促している。欧州市場では、従来ソブリンや政府系機関、国際機関などのAA格以上の発行体による起債が中心であり、現在でも全発行額の8割以上を占めているが、今年に入ってA格以下の企業による起債も徐々に増加している(第1図)。更に、グローバル競争激化やEMUに触発された欧州企業・金融機関絡みのM&Aの活発化・大型化に伴い、買収資金の調達を社債発行で行う動きが増えているが、こうした欧州企業の資金需要が社債の発行増加や起債の大型化の背景となる一方、社債市場の拡大と深化が、欧州企業に米国型の積極的な企業戦略の展開を可能にしているともいえよう。



 以上のように、ユーロ導入やそれに触発された発行体・投資家動向の変化によって徐々に厚みを増しつつある欧州債券市場であるが、単一市場として統合が完成するまでには、まだ時間がかかりそうだ。各国の国債はユーロ建てに一本化されており、「財政安定成長協定」により財政規律遵守が義務づけられることから信用リスク格差も縮小する方向にあるとみられるが、実際には、昨年末にかけて収斂した各国国債の利回り格差が、年明け後僅かながら拡大している(第2図)。金利上昇過程で当然生じる現象との見方もできるが、主因は流動性プレミアムやヘッジ手段を提供するデリバティブ市場の厚みの違いを反映した妥当なスプレッド水準定着への動きだといえよう。小国もEMUのメリットを十分享受できるように共通の国債発行機関を作ろうとの提言もなされたようだが、高格付(AAA)を有し、既にベンチマークの地位を獲得しつつあるドイツ、フランスなどの賛同を得ることは困難であろう。また、インフラ面においては、レポ取引と同様、クロスボーダーの証券決済システムの未整備が、コストや利便性の面から域内のクロスボーダー証券取引拡大の妨げとなっているとみられる。


B株式市場
 これまで、株式市場については、各国の商法や企業会計、個別企業の評価の違いなどがより重要となることから、ユーロ導入による変化は他市場に比べて小さいと見られていた。しかしながら、EurostoxxやFTSE Eurotopなどの汎欧州株価指数の定着、資産配分における国別(通貨別)重視から産業セクター別重視への転換、運用規制緩和や債券利回り低下を背景とする株式投資拡大といった投資家行動の変化に加え、ロンドン証券取引所とドイツ取引所の戦略的提携を中心とする欧州証券取引所の提携・統合の動き、ノイア・マルクト(ドイツ)、ヌーボー・マルシェ(フランス)などのベンチャー株式市場の成長など、急速に構造変化の兆しをみせつつある。取引所統合に向けた動きは、取引所間の主導権争いもあって、現状では相互乗り入れや市場規則調和など各市場間の連繋強化の段階にとどまるが、最終的には汎欧州株式市場の創設を目指す計画となっている。

 以上、資金・債券・株式市場の最近の動向についてみてきたが、域内市場統合の度合いは各市場ごとにまちまちながら、総じてみれば「単一市場」は未だ完成に至ってはいない。しかしながら、ユーロ導入を契機として国境を跨いだ市場間の連繋・ネットワーク化は着実に進展しており、事前に予想された変化や期待のうちの幾つかは既に実現しつつあるといえよう。


2.欧州金融市場のグローバル化
 こうした変化によって、欧州金融市場は当初の期待通り国際的に魅力ある市場となり、グローバル化していくのだろうか。
 BISの統計から国際資本市場での債券発行における通貨別構成をみると、ユーロ(98年まではEMU参加11カ国通貨及びECU)建てが占める割合は、98年は30%程度に過ぎなかったが、99年上期には約38%へと急伸している(第3表)。また、ユーロ建て債発行者を地域別に見ると、依然としてユーロ圏内の割合が9割を占めるものの、EU加盟交渉中の中東欧や南米などの新興市場国のソブリンや、北米企業など、ユーロ圏外の発行体による起債も成功している(第3図)。ユーロ建て債市場の流動性が高まるなかで、ユーロが国際的な起債通貨として浸透しつつある様子が窺われる。





 一方、投資家サイドの動向をみると、一部で予想されたような域外からの急速なポートフォリオシフトは生じていないものの、取引の電子化や手数料割引により積極的に投資家拡大を進める取引所の動きもあって、ユーロ圏内市場への域外投資家の参加率は徐々に高まっており、こうした傾向はデリバティブ市場において特に顕著である(第4表)。ユーロ導入が取引コストを低下させたかどうかについては、現時点では明確に確認はできないものの、欧州金融市場の規模・流動性・奥行き・利便性が増すことで、国際通貨としてのユーロの使用が促進されると伴に、国際通貨ユーロの浸透が域外の発行体・投資家を惹きつけ、欧州金融市場の発展を促すという、相乗効果が生まれつつあることがわかる。



3.今後の課題と見通し
 これまでみてきたように、ユーロ導入の直接・間接の影響により欧州金融市場には様々な構造変化が起こっているが、市場統合を完成させてユーロ導入のメリットを十分に享受するまでには、まだ課題が残っていることも否定できない。
 まずは、域内クロスボーダー取引を促進して統合を進める手段として、@クロスボーダーの決済システム(特に証券決済システム)の整備、A各国毎に異なる税制、会計制度、金融取引に関わる法制度の調和、B各国取引所の提携・統合の促進、などの金融市場のインフラ整備を進め、市場参加者にとっての利便性・効率性を高める必要があろう。これらについては、政府・民間の各レベルで改革に向けた動きが始まっている。また、ユーロ導入による構造変化に伴い増大するリスク、例えば、@低格付社債急増による投資家のリスク拡大と市場の不安定化、A昨今の金融機関の再編・大型化によるシステミックリスクの増大、B域外投資家による投機的短期資金の流出入に伴う為替相場・資産価格のボラティリティー上昇、などに対して、いかに市場の安定を保つかという新たな問題も提議されている。更に、これらの課題とは視点が変わるが、欧州金融市場の将来の姿を見通す上では、第1陣でのEMU参加を見送った英国の今後の動向が注目されよう。英国では今年6月の欧州議会選挙での与党惨敗以来、早期加盟の気運が後退しているが、ブレア政権は欧州への関与強化を謳った超党派キャンペーンを始めるなどして、EMUへの国民の支持獲得を目指している。従来より域外から欧州市場への窓口となり、市場規模のみならず制度・人材などインフラ面においても大陸欧州諸国に先行するロンドン市場が早期に加われば、EUの金融統合が更に深化すると伴に、欧州金融市場の国際的地位向上に大きく貢献する可能性が高い。
 こうしたなか、欧州委員会は今年5月に「金融サービスに関するアクションプラン(Financial Service Action Plan)」を発表した。同プランは、EU金融機関の競争力向上と消費者保護に関する施策の法制化を迅速に進め、ユーロ貨幣導入までの2年間にEMUのメリットを極大化することを目的とし、@単一金融市場創設のための施策(証券・デリバティブ取引に関する法的枠組みの整備、会計基準・税制等の調和など)、A消費者保護などリテール金融市場に関する施策、B金融規制・監督制度の整備、の3分野について具体的な行動計画と優先順位をまとめたものである。EUは、これまでも「第4次資本移動自由化指令(1990年)」による域内資本移動の完全自由化、「第2次銀行指令(89年)」「投資サービス指令(93年)」による銀行・証券業の域内単一免許制導入などを通じて、域内金融市場の整備・統合を進めてきており、今回のアクションプランはユーロ導入の効果も踏まえた上でこれを完成させるためのものだといえる。
 単一市場創設にあたっては、各国政府・民間それぞれの努力が必要であることはもちろんであるが、どちらの制度・システムを採用するかなど、各国・各市場の利害が対立し、ともすると主導権争いに終始しがちな問題も多く存在する。国境を越えた幅広い競争を保証し、欧州金融市場の更なる統合と発展を促進するような環境作りに向けて、EUが一層のイニシアティブを発揮することが求められているといえよう。

(10月28日 武南)