平成11年(1999年)10月12日 NO.9

創業支援をいかに進めるか

続く開廃業率の逆転現象

 ひと頃の極度の落ち込みからすれば幾分持ち直しているとはいえ、わが国の景気は依然として低迷の域から脱していない。実際、直近99年4〜6月の実質GDPは、ここ2四半期連続でプラス成長を記録したといっても、前回景気の山(97年1〜3月)を3%程度下回る低水準にある。個別企業毎にはともかく、企業部門全体としてみれば設備・債務・雇用における過剰感が依然かつてなく強いことを踏まえると、雇用の拡大や設備投資の増加を通じて景気が本格回復に向かうには、まだ時間がかかりそうである。
 こうしたなかで、このところ大きな注目を集めているのが新規企業の創出策である。既存企業が負の遺産の整理に追われているだけに、わが国経済を持続的・安定的な成長軌道に復帰させるためには、活力に溢れた新しい企業が数多く誕生することが欠かせないためである。もっとも、それとは裏腹に、新しい事業に積極果敢に打って出る新規企業の数は、年々少なくなっている。
 第1図は、新たに設立された事業所の数と、その全事業所に占める割合をあらわした開業率、ならびに廃業率(開業率−事業所数の純増率)を示したものである。これをみると、新規事業所数は80年代はじめまでは概ね増加基調にあったが、その後は一転、ほぼ一貫して減少傾向を辿っており、直近94〜96年では年平均23.9万件とピークの78〜81年(35.9万件)を3割以上も下回る低水準にとどまっている。つれて、それまで6〜7%で推移していた開業率も80年代以降大幅な低下をみ、直近時点では3.7%と統計開始以来最低の水準に陥っている。かたがた、廃業率は足元にかけて4%内外で推移してきた。その結果、ここ数年開業率が廃業率を下回る状況が続いており、90年代入り後のわが国経済活力の低下を象徴的にあらわしているともいうべき事態が進行している。
 こうした様子は、息の長い好景気を謳歌する米国と比較すると、より顕著である。米国の開廃業率に係わる統計は、調査サイクルやカバレッジがわが国とは異なるため、単純に比べることはできないにせよ、廃業率が統計の入手が可能な83〜95年を通じて12%前後とわが国より高い水準にある一方で、開業率は同14%内外とこれを上回るレベルで安定的に推移しており、わが国のような開業率と廃業率の逆転現象は生じていない。米国では、それだけ企業の新陳代謝が活発に進んでいるわけで、こうした彼我の差が日米間で対照的な経済パフォーマンスを惹起しているといっても過言ではない。


思うに任せぬ基本的経営資源の確保

 とはいえ、こうしたなかにあって見逃せないのは、わが国においても、個々人の創業に対する意欲そのものがかつてに比べて衰えているとは必ずしもいえない点である。たとえば、総務庁「就業構造基本調査」によれば、創業を希望する者の数は直近97年で124.4万人と、ピーク時(87年、129.5万人)に肩を並べるレベルにある(第2図)。厳しい経済環境が続くなかにあっても、“起業家精神”を内に秘める者は少なくないわけで、むしろ強い創業意欲が創業社数の増加という形でストレートに結実しない点に、根本的な問題がある様子が窺える。
 独自の技術やアイデアを有していても、それを実際のビジネスに結び付けられずにいるのは何故か。一般に、企業の基本的な経営資源は「ヒト」や「カネ」のほか、事業スペースや市場情報、経営管理システムなど、ハード・ソフト両面にわたる広い意味での「モノ」に集約されるが、新たに事業を起こそうとする者にとって、それらを首尾よく確保するのはなかなか難しいのが現実のようだ。
 まず、「ヒト」の面では、創業時に必要な人材を集めるのに苦慮している。たとえば、中小企業庁が98年12月に実施した「中小企業創造的活動実態調査」によれば、起業家の多くは「取引先企業」や「行政機関」、「商社」といった先からの人材確保がままならず、結局のところ「以前からの友人・知人」や「家族・親戚」といったごく身近な人材を中心に事業をスタートさせざるを得なかったとしている(第3図)
 いうまでもなく、新規企業であるが故の実績の乏しさが人材確保のうえでどうしても障害になってしまう面はあろう。しかしながら、そうした制約の下でも活発な創業活動が行われている米国の状況に鑑みれば、問題の本質はそれとは別のところにあるとみるべきであり、それはわが国において労働移動が円滑になされる環境が整ってこなかった点に求められるように思われる。終身雇用制や年功序列賃金といったいわゆる“日本型雇用システム”が広く一般に根付くなか、求人と求職をスムーズに結び付ける場は限られていたのが実情であるし、また、雇用者が魅力的な新規企業に巡り会ったとしても、転職に伴って格段の収入減を余儀なくされるケースが多い状況の下では、新しい職場に身を置くインセンティブが働きにくくなるのも無理はない。
 もっとも、ここにきて、遅まきながら労働移動の円滑化に資する政策対応が図られつつあることは評価してよい。実際、今年6月に打ち出された政府の「緊急雇用対策」では、従来の雇用保蔵に軸足を置いた雇用政策を大きく転換、職業訓練制度の拡充や民間職業紹介事業の参入規制の一段の緩和、人材派遣事業の対象職種の原則自由化など、労働需給のミスマッチを和らげるうえで不可欠な具体策が数多く盛り込まれている。来年秋に導入される運びとなっている確定拠出型の企業年金(日本版401K)にしても、現在の確定給付型と違って転職先へ年金原資を持ち運ぶことが可能なことから、転職に伴う不利を軽減する一助となることは間違いない。
 もちろん、退職金や各種フリンジ・ベネフィットに係わる長期勤続者優遇型税制の抜本改革など、労働移動の自由度を広げるうえで不可欠な課題も残っている。しかしながら、起業家にとっての「ヒト」の面での制約については、その是正に向けた第一歩が漸く踏み出されたとみてよさそうだ。



急がれる創業コストの軽減

 一方、「カネ」に関しては、起業家にとって外部資金の調達ルートが限られており、このことが資金のアベイラビリティを低下させているとの指摘が多い。実際、新規企業の外部資金調達ルートを日米比較してみると(表)、エンジェルと呼ばれる個人投資家やベンチャー・キャピタル、株式公開など、多種多様な手段で資金を調達できている米国とは大きく異なり、わが国では外部資金の7割以上を金融機関からの借入に依存している姿が確認できる。こうした状況を踏まえ、わが国でも直接金融やベンチャー・キャピタル等の育成を通じて、起業家が資金調達する際の選択肢を広げることが不可欠であると、しばしば指摘されている。
 もちろん、新規企業の外部資金調達ルートの多様化を図ることが、創業活動を活発化させるうえで喫緊の課題であるのは間違いない。しかしながら、これをもって起業家に十分な資金が供給されるとみるのは早計であるように思われる。というのも、以下にみる「モノ」の問題が起業家に重くのしかかっているためである。
 起業家にとっての「モノ」に係わる問題とは、開業に際して必要なハードやソフトの購入費、すなわち開業資金の問題に読み換えることができる。そこで、国民金融公庫「新規開業実態調査」を使って、1社当たりの開業資金と、それを賄うために起業家が捻出した自己資金の推移を並べてみたものが第4図である。これによると、82〜98年度にかけて、自己資金は4〜5百万円程度とほぼ横這いのレベルで推移してきた。一方、82年度時点で920万円であった開業資金は、ピークの95年度(2,245万円)にかけて大きく上昇し、その後は不動産価格の下落もあって低下に転じているとはいえ、直近98年度で1,618万円と、依然として高水準にある。その結果、82年度には開業資金の半分近くを自己資金で調達できていたものが、足元ではその割合は3割程度に過ぎず、残りの約7割については、外部資金に頼らざるを得ない状況となっている。この点、米国はというと、わが国とは対照的に開業資金の7割以上は自己資金で賄えており、残る3割弱を先にみた通り多種多様なルートで調達している(前掲表)
 こうしてみると、起業家にとっての「カネ」の面でのネックを解消するには、外部資金調達ルートの多様化と並んで、ある程度の自己資金でも創業活動ができるよう、「モノ」の購入費、すなわち開業に要するコストそのものを抜本的に抑制していくことが肝要であるように思われる。とりわけ、技術革新や情報化が急速に進展する現下においては、事業スペースや機械設備、備品といったハードの購入費のみならず、市場情報の入手や経営管理、取引先の開拓等に要する費用など、広くソフト面のコストを軽減していくことが不可欠である。
 そうした観点から急がれるのは、インキュベーター(孵化器)と呼ばれる、創業活動を多角的に支援する施設の抜本的な整備・拡充であろう。米国には、現在約500のインキュベーター施設が存在するといわれているが、わが国のそれは40程度と、その10分の1にも満たない。しかも、そうした施設数の少なさもさることながら、提供するサービスの質の面でも、米国に比し著しく見劣りしているのが実情である。本来、インキュベーターには、事業スペースや機械設備といったハードの貸与のほかに、経営管理に関するコンサルティングや事務処理サービス、市場・技術情報など、ソフトな経営資源を安価に提供することが期待されている。しかしながら、前出の「中小企業創造的活動実態調査」によれば、多くの起業家が「市場情報の提供」や「受注先・販売先とのマッチング」などソフト面からの支援ニーズが高いにもかかわらず、その支援内容や支援ノウハウの貧しさ故に、実際には9割以上の新規企業は「事業スペースの提供機能以外は活用したことがない」と答えている。こうした現在のインキュベーターに内在する問題を取り除き、その本来の機能をフルに発揮できるように改めていくことは、創業に際して起業家が負担するコストを軽減し、事業の立ち上げを円滑に進めるうえで欠かせないように思われる。
 折しも、政府は今秋に召集する予定の次期臨時国会を「中小企業国会」と位置付け、各種の創業支援策を講ずることによって、年間の新規企業数を現在からほぼ倍増させることを目指すという。こうした目標をかけ声倒れに終わらせないためにも、いまこそ創業コストの顕著な低減を促す施策が求められるのではなかろうか。

(9月30日 堀部)