平成11年(1999年)5月18日 NO.7

アジア経済再生の鍵である輸出は回復するか

 アジアの通貨・金融危機発生から2年弱を経過した。実体経済は最悪期を脱したとはいえ、依然、脆弱な展開が続いている。この背景には、内需の低迷、金融システム問題に加えて、輸出の低迷がある。本稿では、アジアの経済再生の鍵を握る輸出動向に焦点を絞り、低迷の背景を分析し、輸出拡大のための課題を考えてみたい。


低迷を抜けきれないアジア諸国の輸出

 アジア主要9カ国の輸出を米ドル・ベースでみると、多くの国で前年比減少が続いている(第1図)。これは、数量ベースでは総じて伸びているが、自国通貨の大幅下落でドル建輸出価格が大幅に下落していることを反映している。しかし、交易条件(輸出価格/輸入価格)が大きく悪化していることや、米ドル建対外債務の存在を踏まえると、米ドル・ベースでも伸びるほどの輸出回復力がないと、国内経済を浮揚させる効果は期待できない。したがって、以下ではドルベースの輸出額の動きをみていくこととする。

 各国・地域別にみると、輸出(米ドルベース)は、アジア危機の影響が比較的軽微であったフィリピンで鈍化傾向にあるとはいえプラスの伸びが続いている他は、台湾とマレーシアが足元、前年比プラスに転じているのみで、その他の6カ国は前年比マイナスの状態が続いている。また、アジア危機の直接的影響を被らず、為替相場水準を維持してきた中国の輸出が、前年比マイナスに転じてきていることも気がかりである。


為替相場下落の効果を相殺する域内貿易の縮小や軟調な一次産品価格

 危機発生当初は、94年のメキシコ危機の経験の単純な類推から、タイムラグを伴うものの、為替相場の大幅下落によって輸出は大きく回復すると期待する向きもあった。それがどうして、現在のような状況になったのだろうか。

 為替相場下落が輸出にプラスの効果をもたらしていることは事実である。実質実効為替相場の下落率(第2図の注2参照)の大きかったマレーシアや韓国では、輸出伸び率の改善幅が大きいのに対し、実質実効為替相場の変動がほとんどなかった香港や中国は、輸出伸び率が悪化している。為替相場下落以外の要因を考慮しなければならないインドネシアとフィリピンを除けば(第2図の注3参照)、実質実効為替相場の下落率の大きい国・地域ほど輸出伸び率の改善幅が大きいことがわかる(第2図)

 しかし、この為替相場下落の効果を相殺する様々な要因が指摘できる。

 まず、程度の差はあれ、アジア全体として、為替相場が大きく下落したため、一国の為替相場のみが下落した時と比較すると、価格競争力の改善の効果は大きく低下する。

 また、80年代以降、アジアの貿易の域内依存度が急速に高まっていったため、通貨・金融危機による生産活動や国内需要の低迷・減少が、「各国の生産・需要の悪化→域内輸出の減少→一層の生産・需要の悪化」という悪循環につながっていったことも指摘できる。因みに、フィリピンの輸出が増勢を鈍化させながらも高い伸びを維持してきた一因は(第1図)、域内貿易のシェアが低く、対米輸出のシェアが高いことにある。フィリピンが後発国でアジアの分業体制に十分に組み込まれていなかったことが、逆に、現在の輸出堅調を支える一因となったといえよう。

 さらに、アジアの主要輸入国である日本の景気低迷がある。アジア諸国の対日輸出は低迷が続いている。

 加えて、これまでの軟調な一次産品価格も輸出回復の足枷となってきた。特に、輸出に占める一次産品のシェアの高いASEAN諸国への影響は大きく、タイやマレーシアでは、工業製品輸出額は回復しているものの、一次産品輸出額が数量ベースでは伸びているにもかかわらず、価格の下落から落ち込んでおり、全体の輸出額の伸びも抑えられている。


輸出活動を阻害する信用収縮問題と企業の自己資本拡充の障害

 こうした実体経済面の動きに加えて、金融面からの動き、なかでも信用収縮が輸出の伸びを抑えている。

 アジア危機の一因となった金融機関の不良債権問題は、危機発生によって顕在化し、当局発表ベースの数値を集計すると、9カ国合計で不良債権額は5千億米ドル超(対GDP比24%)で不良債権比率は27%である。その結果、金融機関の貸出し姿勢は慎重になっており、インフレ率を差し引いた実質ベースの貸出の前年比伸び率はほとんどの国でマイナスで、信用収縮の問題に悩まされている(第3図)

 このため、正常な生産活動に支障が生じており、それは輸出財の生産に関しても例外ではない。また、銀行の対外的な信用力が低下している結果、輸入金融も大きく落込んでおり、原材料、部品の輸入減少が輸出財の生産回復を阻んでいるという側面もある。その結果、実質銀行貸出の伸び率の低い、信用収縮が厳しい国ほど、輸出回復が捗々しくない傾向がみられる(第4図)

 信用収縮の状況が最も深刻なのはインドネシアである。金融機関の不良債権比率は98年下期には60%に上ったとみられ、実質的には多くの銀行が債務超過にあると推定される。このため、運転資金貸出、商業手形をはじめ、あらゆる形態の与信が縮小しており、実質銀行貸出の伸び率は▲30%前後まで落込でいる。この影響から、特に工業製品の生産・流通が滞り、輸出も回復しないという状況にある。

 フィリピンでも、不良債権問題の深刻さは他のASEAN諸国や韓国ほどではないが、足元の銀行貸出伸び率の低下幅は大きい。これは景況感の悪化に加えて、金融機関の最低資本金の引上げや貸倒引当て率の引上げなどの制度的な変更があり、銀行側の融資姿勢が過度に保守的になっているためである。主要輸出先である米国の景気が堅調であるにもかかわらず、輸出の伸びが鈍化しているのは、国内の金融面での環境が厳しくなっていることが影響しているものとみられる。

 この信用収縮の影響は、企業の自己資本不足によって、さらに厳しいものとなっている。危機後の景気低迷と為替相場下落による外貨建債務負担の増加により、企業の自己資本は大幅に減少した。こうした事態に対して、多くの外資系企業で、親会社からの支援で自己資本を拡充しようとする動きがみられたが、外資規制により、共同出資者である現地資本側に追加出資の余力がなければ増資が出来ないというケースが見られる。このため、自己資本の拡充が図れず、金融機関の対応も一段と厳しくなっていくという悪循環が起きている。またタイのように、外資規制は徐々に緩和されても、現地資本との合意が進まずに増資に至らないといったケースが散見され、必ずしも規制の緩和自体が状況の好転をもたらさないところもある。


輸出回復のために必要なこと

 このように、輸出を取り巻く環境は厳しく、早期に輸出が回復軌道に乗ることは期待し難い。しかし、少なくとも、輸出の足枷となっている信用収縮問題と企業の自己資本拡充の障害については、即効性はなくとも地道な対応が可能である。

 まず、信用収縮への対応として、健全な金融部門の再構築を着実に進めることである。それには、外資が重要な役割を果たすことになろう。韓国では既に大手銀行に対する欧米系金融機関の資本参加あるいは買収の動きが見られ、またタイで昨年末と今年3月の2度にわたって実施された金融機関の不良債権競売における落札額のうち、債権買取機構(AMC)が自ら落札した部分を除けば50%近くは外資が落札したものであった。今後、アジアの中長期的な成長力を期待する外資系企業には、景気底入れ感の浸透とともに、底値圏のうちに将来性のある資産を買っておこうという動きが強まっていくであろうが、こうした動意を確実に外資流入に結び付けるためには、再構築のルールの明確化とその適用の際の公平性・透明性の確保が必要であろう。

 また、企業の自己資本拡充を進めるうえでも、外資導入が有効であり、一層の規制緩和が必要である。マレーシアでは、輸出企業への外資規制が従来から緩やかであったため、外資系輸出企業への信用収縮の影響は小さく、親会社からの増資や借入に支えられて、生産・輸出を続けており、他の国でも、外資導入によって同様のシナリオが描ける可能性がある。

 もちろん自由化を急激に進めれば、自国の産業が、技術水準や生産性の優る先進国企業に全面的に取って換わられるという懸念がアジアで強まっているのは理解できる。しかし、疲弊の激しい現地資本や低迷が長引いている実体経済、さらに社会不安の高まりなどを見れば、ある程度の外資規制の緩和はやむを得ないのではないか。それにより、株式市場が徐々に活況を取り戻せば、国内の資金が、誘発されて株式市場に流入することも期待できよう。

 こうした対応を支援するため、マクロ経済運営面では、緩和策の継続が必要であろう。また、国際機関や先進国からの財政面や輸入信用の面での支援も欠かすことは出来ない。さらに、日本経済の再生を通じた対日輸出の回復も重要である。これに新宮沢構想に基づく円資金の供給が加われば、アジア諸国は、為替リスクを回避しながら対日円建て輸出を拡大させることができる。

 当面、輸出主導の本格的な景気回復が望めないことは事実であるが、こうした対応の積み重ねにより、輸出が徐々に回復軌道に乗ってくれば、域内貿易シェアの高さゆえに、「輸出拡大→生産・需要拡大→輸出拡大」といったメカニズムによる域内での相乗効果も期待できよう。

 ここに示した健全な金融部門の再構築による信用収縮の解消や規制緩和などの構造改革による企業の自己資本の拡充は、輸出回復の鍵であると同時に、内需と国内生産の回復に不可欠な措置でもある。その意味で、アジア経済再生の最重要課題であり、今後、着実に進めていくことが求められている。

(5月11日 佐久間)