平成11年(1999年)4月23日 NO.6

ECBの金融政策について

 4月8日、欧州中央銀行(ECB)は主要政策金利であるリファイナンス金利を3.0%から2.5%へ0.5%ポイント引き下げると発表した。これは、本年1月1日、欧州に単一通貨ユーロが誕生して以来初めての利下げである。決済システムTARGETの稼動やユーロ建て起債の増加など、まずは順調な滑り出しをみせたユーロであるが、域内の景気が減速傾向を強めるなか、ユーロ圏の単一金融政策を担うECBに対しては、各国政府や国際機関等からも利下げによる景気梃入れを求める声が次第に高まっていた。11ヶ国からなるユーロ圏の物価を安定させ、誕生間もないユーロ、そして自身の信認を確立するため、ECBはどのような体制や戦略で臨もうとしているのか。ECB本格稼動から3ヵ月余りを経た現時点での評価と今後の見通しについて概観する。

1.ECBの組織と政策運営の枠組み

 欧州中央銀行制度(ESCB)は、ECBと各国中央銀行(NCB)によって構成され、NCBはECBのガイドラインと指示に基づき金融政策の実務を遂行する。ECB内の組織としては、まず、最高意思決定機関である「政策委員会」があり、2週間毎の会合で金融政策を検討する。この他、執行機関である「役員会」と、EMU未参加国との協調を図るための諮問機関的役割を果たす「一般委員会」がある。
 ESCB・ECBの制度的枠組みの特徴としては、(1)分権的性格と、(2)高い独立性、が挙げられよう。前者に関しては、NCBがドイツ連銀だけでも約16千人を要するのに対し、設立間もないECBのスタッフは500名余りと少なく、業務上NCBに頼る部分が大きくなる。政策委員会の構成もECB役員6名に対しNCB総裁11名であり、将来参加国が増えれば、NCBの比重は更に高まる(注1)。
 また、後者のECBの独立性については、マーストリヒト条約及びその附属議定書である欧州中央銀行法において、@権限、任務、義務の遂行に当たり、EU機関や政府等からの指示を求めたり、受けたりしてはいけない(政府等の指示からの独立)、AECB理事の解任は、重大な不法行為があった場合等に限られる(人事上の独立)、B政府等の公的機関に対して、いかなる信用供与をも行ってはならない(財政からの独立)等、制度的にはドイツ連銀を上回る独立性を保証されている。ただし、各国政府の対立がECB役員人事に不透明感を残した事例からみても、真の独立性を確立するにはなお時間を要する(注2)。

(注1)  政策委員会での採決は、一人一票で原則単純多数決。ちなみに、ドイツ連銀の中銀理事会の構成は、専任理事6名と州連銀総裁9名である。
(注2)  昨年5月のEU特別首脳会議において、初代総裁がドゥイセンベルク氏に決定する際、反対するフランスの拒否権発動を抑えるため、任期途中で自主的に退任した後でフランス人を後任とするとの合意があったと伝えられた。昨年12月、政治的妥協による総裁決定との印象を払拭するため、ドゥイセンベルク総裁は途中退任はないと発言している。


 ECBの政策決定にあたっては「物価安定」が最優先とされる。マーストリヒト条約には「ESCBの第一義的目的は物価安定の維持であり、この目的を損なわない限りにおいてEUの一般経済政策を支援する」との規定があり、為替政策についても、「為替相場に関する基本方針(ECBの勧告に基づき蔵相理事会が決定)は、物価安定維持を阻害してはならない」とされる。
 また、昨年10月の政策委員会において、物価安定の定義は「消費者物価指数(HICP)上昇率が中期的に年率2%以下」であることとされ、これを達成するための中間目標として、@マネーサプライ伸び率、A各種経済・金融指標に基づくインフレ見通し、の2つが採用された。ドイツ連銀と同様にマネーサプライを重視しながらも、統計上の制約やEMUに伴う構造変化の影響などの不確実性を考慮し、その他の広範な指標も検討すると説明されている。また、目標からの一時的逸脱が機械的な政策変更につながるものではないとして、目標となるマネーサプライ伸び率もレンジではなく参照値(99年は年率4.5%)の形で提示された。

第1図:ESCBの組織と役割


2.経済の現況とECBのスタンス変化

 ECBによる単一金融政策は、98年12月のEMU参加11ヶ国協調利下げによって事実上始まった。そしてその後は、@エネルギー価格底打ちに加え、高水準での賃上げ交渉妥結や、ユーロ安、財政政策緩和からくる物価上昇リスクがあること、A名目・実質金利とも歴史的にも世界的にも低水準であり、家計・企業の金融環境も良好であること、等を理由に、リファイナンス金利を3.0%に据え置いてきた。
 ここで、今回の利下げの背景を探るため、EU統計局(EUROSTAT)(注3)等の統一統計からユーロ圏経済全体の現況を概観してみよう。96年より外需主導の回復軌道に入ったユーロ圏の景気は、牽引役を内需にシフトしつつ拡大を続けたが、アジア経済停滞、ロシア危機後の世界的金融不安や景気減速を背景とした輸出の減退により、98年央以降減速している。98年の成長率は、通年では2.9%(改定値)と昨年を大きく上回ったものの、四半期毎にみると、第1四半期の前年比3.7%をピークに、第2四半期以降は同2.9%、2.8%、2.3%と減速傾向を辿った。更に部門別にみると、鉱工業部門では外需悪化の影響を強く受けて景況感が急速に悪化し、生産も大幅に鈍化しているのに対して、消費・建設部門の信頼感は順調に回復を続け、小売売上も堅調を維持するなど、まだら模様となっている。一方、物価動向をみると、世界的なディスインフレ傾向をうけて極めて落ち着いた動きとなっており、HICP上昇率は、昨年11月以降ECBが物価安定の定義とする「2%以下」を大きく下回る前年比0.8%で推移している。

(注3)  EU統計局は、1953年に欧州石炭鉄鋼共同体の統計局として創設された。現在はEUの行政府である欧州委員会の一部局として、EU各国の統計機関から集められたデータをもとに統一的なEU公式統計を作成、発表している。


 こうしたなか、欧州委員会は本年3月下旬発表の春期経済見通しで、外部環境悪化を主因としてユーロ圏の99年成長率予測を昨年秋時点の2.6%から2.2%へ下方修正した。また、今般のNATOによるユーゴ攻撃によりコソボ紛争が長期化すれば、欧州経済に更なる悪影響を及ぼす可能性も出てこよう。

 こうした現況でECBは今回第2四半期入りのタイミングで利下げに踏み切ったわけだが、ドゥイセンベルクECB総裁は利下げ後の記者会見で、背景としてユーロ圏の景気減速と物価・マネーサプライの安定を挙げ、物価安定という第一目標を脅かすことなく景気梃入れのための利下げが可能であったとの判断を示した。また景気減速については、製造業部門の一段の景況感悪化が主要国の最新統計に現れていることや、98年第4四半期に新規雇用の伸びが減少したことに言及し、景気下振れリスクが予想以上に大きかったことを認めた。一方、年初にかけて急増したマネーサプライ(M3)については、低金利やユーロ導入による特殊要因によるものでありインフレの兆候ではないとし、年初からユーロ安が続く為替相場についても、現水準に不満はないと述べた。


3.ECBの課題

 足元の景気減速リスクと、将来のインフレ・リスクとの間で適正金利水準を探るECBは、(1)セクター別・国別・地域別の景気格差、(2)ECBとNCBの関係、(3)真の独立性・信認の確立、等の課題に直面している。

(1) セクター別・国別・地域別の景気格差

 第4図は、コア国としてドイツ及びイタリア、周辺国としてスペイン・ポルトガルの過去10年余りの成長率の推移をたどったものである。ユーロ圏の景気は、前述のようにセクター毎にまだら模様となっているのに加え、国別・地域別でみても景気格差がみられる。足元でも、ドイツ、イタリアなど相対的にEU域外向け輸出の比率が高い国では、アジア危機等の影響が強く現れ、製造業を中心に景気減速傾向を強めている。ECBが比較的堅調を維持する周辺国にも配慮した金融政策をとるなかで、これら諸国では景気の先行きに悲観的な見方が強まっていた。
 市場統合やEMUへの過程で経済の収斂が進んだとはいえ、構成国の経済構造に依然として違いが残る現状、金融政策変更の効果波及にも差異が生じる可能性が高い。最近のいくつかの実証的研究によると金利感応度の格差はさほど大きくないとの見方もあるが(OECD, "Economic Outlook 64" Dec. 1998)、ECBとしても慎重な分析を続けるとみられる。
 また、単一金融政策の決定にあたっては、ユーロ圏11ヶ国を一体として把握することが不可欠であるが、11ヶ国を集計した統一的な経済統計は系列が限られており、各国指標より公表が遅いのが現状である。こうした制約も、ECBの政策決定を遅らせる要因となることから、NCBやEUROSTAT等との連繋による統計の整備が急がれる。

(2) ECBとNCBの関係

 11ヶ国協調利下げにより、とりあえずは足並みを揃えてスタートしたECBであるが、政策委員会での政策決定にあたっては、その分権的性格が合意形成の障害となるとの見方がある。政策委メンバーは、出身国ではなくユーロ圏全体を考慮して判断するとされるものの、物価安定と成長のどちらを重視するか等、出身国の過去の経験の違いを反映して、意見の対立を招く可能性もある。今回はドイツなど主要国の減速に応じた形で利下げに踏み切ったものの、ドイツ連銀の政策にフランスやベネルクス諸国が追随する従来のERM体制下での金融政策とは、いずれ違ったものとなってこよう。

(3)真の独立性・信認の確立

 ECBの信認確立のためには、真の独立性を確保することが不可欠であるが、逆に政治等からの圧力に抵抗する余り、利下げ時期を逸するのではないかとの懸念もある。今回は、利下げを主張していたラフォンテーヌ独蔵相の辞任により、ECBがその信認を傷つけることなく利下げに動くことができたともいえるが、政治からの圧力は今後とも潜在的な波乱要因となろう。透明性やアカウンタビリティーの確保によって、広くEU市民や市場参加者の信認を得てゆく努力も必要である。
 政府との関係について付言すれば、ECBと政府の間の対話拡大は、指示や圧力を伴わない限り、むしろ望ましいものといえる。ECBは、物価安定と金利低下によって持続的成長や雇用拡大を支える環境を作るのが金融政策の役割であるとする一方、政府に対して失業問題解決のための構造改革や、景気後退期に備えた財政構造改善の必要性を訴えている。財政、金融政策ともに制約を抱えるなか、ユーロ圏の安定と発展のためには、両政策の連繋が一層不可欠となろう。


4.利下げの評価と今後の見通し

 今回の利下げは、利下げ幅が0.5%と大きかったことも含めて、市場では好感を持って受け取られているようだ。しかしながら、ECBが従来指摘してきたように、欧州の景気回復の妨げとなっている構造問題(労働市場や賃金決定の硬直性等)が解決されない限り、利下げによる景気浮揚効果は限定的なものにとどまる可能性が高い。また、スペイン、アイルランドなど比較的経済が好調な周辺国では、昨年の大幅利下げの影響から不動産価格が上昇するなどの兆候もあらわれており、今回の利下げにより今後インフレ懸念が高まる可能性も否定できない。ECBが景気浮揚を優先した金利変更を行うとの誤解が生じれば、将来的に物価安定を損なうリスクもあろう。以上のような制約や副作用にも関わらず利下げに踏み切ったことからも、ECBがユーロ圏経済の先行きについて予想以上に強い懸念を持っていたことが窺われる。
 今後については、今回の利下げにより企業マインドが回復し、雇用への悪影響が避けられれば、消費・建設部門の好調持続により景気後退局面入りは免れると予想されるため、上述の副作用も考慮し、ECBは年内政策金利を据え置くと予想する。 なお、ECBによる議事録の公開はなされないものの、今回の利下げ決定の背景や決定過程については、いずれ理事の発言等を通じて徐々に明らかになろう。これらは今後舵取りの難しいECBの金融政策を見通す上で大いに注目される。

(4月14日 武南)