平成11年(1999年)4月16日 NO.5

米国の貯蓄・投資バランスと経常赤字のファイナンス

 世界経済が低迷を続けるなかで、米国経済は総じて堅調を維持している。他方で、内外景気格差を背景に米国の経常赤字は拡大を続け、98年には史上最高水準を記録、99年にもさらに拡大が見込まれている。こうした経常赤字の拡大からは、米国が80年代の轍を踏んでいるようにみえるが、本稿では経常赤字と表裏の関係にある貯蓄・投資動向の変化に焦点を当て、その違いを整理してみたい。

経常赤字拡大と貯蓄・投資バランス
 経済の再活性化や国防力の増強により、強い米国の復活を目指したレーガノミクスは、膨大な財政赤字と経常赤字という双子の赤字を80年代の負の遺産として残した。その後90年代に入ると、財政均衡化への動きといった政策的要因に加え、景気拡大の長期化に伴う税収の増加もあり、財政赤字は縮小傾向で推移し、98年度には約7百億ドルの黒字に転じた。しかし、他方で経常赤字は、景気後退を背景に一度は縮小に転じたものの、91年を境に再び拡大を続け、98年には2千3百億ドルを上回る史上最高水準を記録した。

 こうした経常赤字と表裏をなす国内の貯蓄・投資バランス(貯蓄−投資)をみる限り、米国の投資超過額が増加を続けている点は、80年代と変わりはない。第1図は米国の貯蓄・投資バランスを部門ごとにみたものであるが、政府部門は財政赤字の縮小に伴い投資超過額が減少し、足元にかけては貯蓄超過に転じた。反面、民間部門は、貯蓄超過額が減少を続け、近年に関しては投資超過となっている。これは、企業部門が設備投資の好調などから投資超過傾向にあるなかで、家計が旺盛な消費支出に伴い貯蓄を減少させてきたことから、貯蓄から住宅投資を差し引いた家計部門の貯蓄超過額が減少基調で推移しているためである。こうしたなか、民間部門の投資超過額の増加が政府部門の貯蓄超過額の増加を上回っていることから、民間・政府の合計でみた国内投資超過額は拡大を続けており、この部分は海外からの資本流入でファイナンスされている。

90年代における経常赤字拡大の背景
 しかし、しばしば指摘されるとおり、現在の経常赤字の拡大は、米国景気が堅調な拡大を続ける一方、貿易相手国の経済が総じて低調に推移するといった内外景気格差をその主因とするもので、製造業の競争力低下や財政赤字の拡大に伴う政府部門の肥大化を背景に、経常赤字の拡大の続いた80年代とは性質が異なるとみられる。

 80年代における経常赤字の拡大は米国経済凋落の象徴とされた。国内の支出項目が民間部門の供給力強化を伴わない形で増勢を続けたことが経常赤字の拡大につながったためである。レーガン政権の拡張的な財政政策により財政赤字が拡大したことは、金利の上昇を通じて設備投資の拡大を抑制した。また、家計は、過剰消費が懸念されるほど借り入れを大きく増やし消費を増加させた。

 このように個人消費や政府支出が景気拡大を主導したことから、米国内における投資不足が問題となった。ドル高とも相俟って米国企業の国際競争力が大きく低下したほか、国内生産能力の拡大も総じて低調にとどまった。このため、旺盛な消費需要を満たすだけの財の生産を国内で行ない得ず、消費財の供給を海外からの輸入に求めたのである。実際、輸入の内訳を財別にみると、80年代においては自動車を含めた消費財が多くを占めている(第2図)

 対照的に、90年代においては、輸入の中心が資本財へと変わる反面、消費財の寄与は低下している。資本財貿易は、輸出入双方とも増加しており、設備投資の好調やこれに伴う企業の生産能力の強化を裏付ける内容となっている。実際、80年代と比べ、景気拡大に対する設備投資の増加寄与度や(第1表)、製造業の生産能力指数の伸びが高まっている(82/W〜90/V平均:年率2.4% → 91/T〜98/W平均:同4.1%)。このように、90年代の経常赤字は設備投資の好調を背景に供給力が高まるなかで拡大しており、必ずしも経済の弱体化を意味するものではないとみることができよう。

 なお、近年個人貯蓄率の大幅な低下などから、再び過剰消費の可能性が指摘されており、こうしたなかでの経常赤字の拡大を、80年代に重ね合せて深刻視する向きも増えつつある。確かに個人消費は、所得の伸びを上回るペースで拡大を続けており、株高を背景とした資産効果により押し上げられているとみられる。この結果、家計の貯蓄率は大きく低下している。

 しかし、貯蓄率については家計部門が低下傾向で推移する一方で、政府部門は上昇を続けているほか、企業部門も収益力の向上を背景に92年以降上昇を鮮明にし、その後95年以降も横這い圏内で推移している(第3図)。このため、米国全体でみた貯蓄率は、93年の14.5%を底に上昇傾向にあり、98年は17%を上回るレベルにまで達している。80年代においては、家計部門およびこれを含めた経済全体のいずれについても貯蓄率の低下がみられたのに対し、90年代においては家計部門の貯蓄率低下という問題を抱えつつも、経済全体としてみれば貯蓄率は上昇しており、投資比率がこれを上回るスピードで上昇してきたため、経常赤字が拡大しているのである。

最近の米国を巡る資金フロー動向とその安定性
 こうした経常赤字のファイナンス、言い換えれば海外からの資本流入には、90年代において内容面での変化がみられる。資本の流入がどのような形態でなされているかをみるために、資本収支の内訳を項目別にみると(第2表)、90年代前半の資本流入は、主として海外の公的部門や米国銀行部門の資金調達によるものであった。しかし、その後海外の民間部門による米債の取得額が急増したことに加え、投資対象が債券から株式へと広がりをみせたこともあり、民間資本が流入の中心となっている。

 とくに、97年以降は、新興市場諸国の通貨当局が通貨危機に際し、自国通貨防衛のために米国債売却を余儀なくされたことから、公的資本の流入が滞る一方で、民間投資家による米国株の取得額が大きく増加したため、民間資本の優勢がより鮮明となった。

 資本流入の内容としてどのような形態が望ましいかを判断するのは困難である。しかし、こうしてみると90年代半ば以降の経常赤字のファイナンスは主として民間主体の自発的な投資により行われており、世界の投資家にとり米国が魅力的な投資対象であったのは確かであろう。

 次に資本収支の動向を主要地域別にみると(第3表)、米国に対する資金流入の中心は、これまで一貫してEUで、流入額は他の地域を大きく上回っている。もっとも、このうち大半が英国との取引であるため、実際には、ひとたび米国から流出した資金のユーロ市場経由での還流や、日本などアジア資金の迂回流入が含まれている可能性が高い。こうしたこともあって、80年代後半以降、EUからの資本流入額が同地域との間で発生している経常赤字額を凌駕する状況が続いている。

 一方、日本やアジア・アフリカ地域との取引においては、巨額の経常赤字を計上する一方で、資本流入はこれを下回るレベルにとどまっている。したがって、対外取引においては、米国は日本やアジア・アフリカとの経常取引で発生した資金不足をEUとの取引で生じた資金余剰によってファイナンスする構造が続いているといえる。

 経常赤字の拡大継続は決して好ましいものではないが、そのファイナンスは、民間主体の自発的な投資により行われている。こうしたなか、今後当面米国経済は、多少の減速はあるにせよ、インフレ無き景気拡大を続ける可能性が高いことから、短期的には米国への資金流入が急減するとは考えにくい。

 むしろ心配されるのは、これまでの長期にわたる経常赤字の累積により、海外投資家による米国債権の保有ストックが巨額に達している点であろう。米国のネット対外投資ポジション(米国の対外債権−外国の対米債権)のマイナス幅は、97年末時点で1兆2千億ドルを超え、名目GDP対比では15%に達している。一方で、統一通貨ユーロが誕生し、将来米国と並ぶ巨大経済圏の誕生が期待されるユーロ圏諸国(11カ国)については、96年末時点でのネット対外投資ポジションは、マイナス100億ドル程度と同地域の名目GDPの1%以下にとどまっている。加えて、経常収支は97年で1千億ドル程度の黒字基調で推移している

 もちろん、米国が新興市場諸国のように債務不履行の懸念から通貨危機に陥る心配はなかろう。しかし、先行き経済基盤の強化を背景にユーロの信認が高まった場合、米ドル資産からユーロ建て資産への資金シフトが生じる可能性は否定できない。先にみたとおり、米国が経常赤字のファイナンスの多くを、EU地域に依存している状況を考慮すれば、先行き米国への資本流入が難しくなる状況も考えられる。したがって、長い目でみた場合のドルの信認低下は依然リスクとして捕らえておく必要があろう。
(4月5日 中村)