平成11年(1999年)2月5日 NO.3

変動相場制に移行したブラジル経済

ブラジル中央銀行は1月18日、ブラジル・レアルの変動相場制への移行を発表した。これまでのブラジルの為替制度は、目標相場圏設定の下での管理変動相場制であったが、これを完全な変動相場制へ移行するというものである。以下、変動相場制移行の背景と、今後の展望についてみてみたい。
1.変動相場制移行の経緯と背景
 
2.財政健全化策の内容と不安材料
 
3.変動相場制移行の影響と今後の課題


1.変動相場制移行の経緯と背景
 
 ブラジル中央銀行は1月13日、為替政策の変更を発表した。内容は、レアル対米ドル相場公式目標圏を従来の1ドル=1.12〜1.22レアルから1ドル=1.20〜1.32レアルへと変更し、同時にミニバンド(目標相場圏の範囲内で日々の為替管理目標として機能)を廃止するというものである。市場では実質的なレアル切り下げ(前日終値比8%)と受け止められたことから、レアルに対する売り圧力はおとろえず、対米ドル相場は下限(1.32レアル)に張り付いたまま引き続き大幅な外貨流出がみられ、13・14日の2日間で計29億ドルが流出した。15日朝、中銀は「13日決定の為替バンドをキャンセルし、本日は市場介入を実施しない」と発表、事実上の変動相場制を容認し、18日にレアルの変動相場制移行を正式に発表した。新制度は為替バンドや相場の誘導水準等は示さない完全な変動相場制であるが、「中銀は、相場が急激に変動した時は為替市場への介入を実施する」としている。これにより、95年3月以来、ブラジルが行なってきたレアルの対ドルでの緩やかな切り下げ政策は終結した(第1図)

 変動相場制移行決定の背景には、ドル売り介入による外貨準備の枯渇を避けることと、さらなる金利引き下げを可能にしたいという当局の意図があるとみられる。ブラジルは、98年8月のロシア危機の際に、その影響波及を防ぐため、政策金利の大幅引き上げを余儀なくされたが、その後、景気回復と財政面での利払い負担軽減を狙って段階的な利下げを実施し、さらなる金融緩和を目指していた。
 しかし、実際には、変動相場制移行によるレアル安進行とそれに伴うインフレ懸念を抑制すべく、当局は再び金利を引き上げざるを得なくなっている。変動相場制移行発表と同日、中銀は通貨政策委員会を緊急招集し、利上げを決定した。TBC(中銀基準金利)を従来の29%から25%へ引き下げる一方、TBAN(中銀緊急貸出金利)を36%から41%へ引き上げ、同時にTBCは3月3日まで適用停止とし、対金融機関再割金利をTBCからTBANへ変更する旨が発表された(第2図)。94年7月のレアル導入により為替相場の安定化を図ったことが、劇的なインフレ抑制に成功(93年末に前年比2500%に達していた消費者物価上昇率は、98年末には同2.5%まで低下)した主因であることを考えると、今後しばらくの間は、インフレ抑制を目的とした高金利政策を継続せざるを得ないとみられる。

かねてからブラジルについては、レアルの過大評価による経常収支赤字の拡大と、対GDP比8%に達する財政収支赤字が懸念されており、こうしたリスク認識はロシア危機以降一段と強まった。昨年8月から9月にかけてブラジルからの資本流出が急増し、株価は大幅に下落、レアルへの売り圧力が高まった(第3図)。ブラジル当局は外資流入促進策の導入や政策金利の大幅引き上げにより、レアル相場および外貨流出の防衛を図ったが、ドル売り介入によって外貨準備高は急減、7月末の702億ドルから11月末には412億ドルまで減少した(第4図)

 流動性危機を回避すべく、ブラジル政府はIMFに支援を要請、10月に両者間で今後3年間の財政収支目標に関する合意がなされた。これに伴い、政府は財政健全化策(今後3年間で997億レアルの財政赤字削減)を発表するとともに、為替相場制度(管理変動相場制)を堅持する姿勢を明らかにした。ブラジル政府による財政健全化策の発表を受けて、IMFは11月に総額415億ドルの対ブラジル国際金融支援策(注)を発表した。
 この支援パッケージ決定により、ブラジルの金融・資本市場はひとまず落ち着きを取り戻したが、財政改革の先行きについての懸念を払拭するには至らなかった。昨年12月の公務員年金改革法案の否決、本年1月に入ってのミナスジェライス州知事によるモラトリアム(債務返済の猶予)宣言を機に、再びブラジルに対するリスク認識が急速に高まった。こうしたなか、当局が為替政策変更により実質的にレアル切り下げを容認したことが、変動相場制移行の直接の契機となったのである。
(注)415億ドルの内訳は、IMFによる融資180億ドルの他に、世界銀行、米州開発銀行による融資各々45億ドル、日米欧20カ国当局による融資(BIS経由。米国負担分50億ドルは米財務省通貨安定基金から拠出される。)145億ドル。

2.財政健全化策の内容と不安材料
 
 今後のブラジル経済およびにレアルの動向を占う上で、重要な鍵となる財政健全化策の概要を以下で見ておきたい。
 ブラジルの財政赤字は対GDP比8%と高水準であり、この赤字を削減することによって政府を含む国内総貯蓄を高めることが、同国の経常赤字削減には不可欠であった。IMFはこのため財政赤字の削減をブラジル政府支援の条件としたのである。
 財政健全化策は今後3年間で997億レアルの財政赤字削減を計画しており、第1表にあるように、99年中にまず280億レアルの削減を目指している。
財政健全化策関連法案の約7割はすでに議会の承認を得ており、昨年12月に否決され成立が危ぶまれていた公務員年金改革法案についても1月20日に下院、26日に上院で可決された。同法案は、退職公務員の年金給付に対する11%の保険料拠出と、現役及び退職公務員の月間1,200レアル以上の所得部分に対する9%の追加拠出を義務づける内容である。

 小切手税(CPMF)増税法案は、小切手税施行期間の延長(3年間)と税率変更(現在0.2%の小切手税を99年に0.38%、2000年と2001年に0.30%とする)を内容とし、これにより99年の財政赤字削減額(280億レアル)の26%、73億レアルの赤字削減効果が見込まれるものであり、財政健全化策の柱となっている。当初、同案の審議は98年中に行なわれる予定であったが、99年に持ち越されたため、本年に入っても財政改革に対する不安要因が残されていた。なお、同案は憲法改正を要することから、上・下院で各々2回、計4回の投票で議席数の5分の3以上の票が必要となる。上院では1月6・19日に可決されたが、下院での審議(第1回目の審議は2月5日)が残されている。
 政府の財政改革実現に対する意志は極めて強く、また与党連合は上・下院とも改憲に必要な議席数を占めているが、昨年10月の総選挙の結果、上・下院とも大統領の支持政党の議席が減ったことと、公務員年金改革法案が12月に否決されたのは一部与党議員の造反によるものであったことを考えると、今後の議会審議でも波瀾がありえよう。

3.変動相場制移行の影響と今後の課題
 
 ブラジルの変動相場制への移行により、レアル下落による輸出増加とそれに伴う貿易収支赤字の縮小効果が見込まれる一方で、国内外へ与える影響が懸念される。
 まず、レアルの下落は、財政面ではドル建てもしくはドルリンク債の金利負担増大により赤字拡大を招く。また、対外面でも債務返済負担の増大につながろう(対外債務残高:98年11月末現在約2,300億ドル)。さらに、レアル下落の放置はブラジル国内におけるインフレ心理の再燃を招来する懸念もある。
 財政健全化策の実施は、ブラジル経済に大きなデフレ・インパクトを与えることになる。ブラジル経済は、97年秋の香港ショックへの対応策としての高金利策の影響で低迷を続けてきたが、98年第2四半期にはようやく景気回復の兆しがみえつつあった。しかし、ロシア危機以降の高金利の影響から、年後半は景気後退局面に入った模様である(第5図)。高金利により、特に耐久消費財販売は大きく打撃を受けており、国内自動車販売台数は急速に落ち込んでいる(第6図)。こうしたなかでの緊縮財政政策の実施は、景気後退を深刻かつ長期的なものとすることとなる。

 こうした景気後退の深刻化を最小限に抑えるためには、早期の金融緩和政策への転換が不可欠であり、そのためにもまず、財政改革の着実な実現をレアルへの信認回復に結び付けることが最重要課題である。財政健全化策の国内景気へのデフレ・インパクトと、景気後退に伴う税収減が見込まれるものの、早期の財政改革実現はレアルに対する信認回復につながり、結局のところ金融緩和を可能にするからである。さらに、国際信認の回復によって、いかに海外からの民間資本流入を回復できるかが、今後の経済成長をみる上での重要な要素となる。
 また、ブラジルは中南米全体のGDPの約40%を占める大国であり、周辺諸国、特にアルゼンチンに及ぼす影響が懸念される。アルゼンチンはブラジルと経済的つながりが深く、対ブラジル輸出は全輸出の30%を占めている。レアルの大幅な下落はアルゼンチンの輸出競争力の低下につながり、マイナスの影響は避けられないとみられる。さらに、アルゼンチンはカレンシーボード制のもとで1ドル=1ペソを強固に固定しているが、今後アルゼンチン・ペソが切り下げ圧力を受ける可能性も否定できない。
 今のところ他の中南米諸国への影響は限定的なものにとどまっている模様だが、今後ブラジル情勢がさらに悪化し、不安定な状態が長引くようであれば、悪影響が顕在化してこよう。それを避けるためにも、ブラジルが財政改革を早期に実現することにより、国際的信認を回復することが何にも増して重要である。
 
(1月29日 篠原)