平成11年(1999年)1月4日 NO.2

新年世界経済の展望

世界に広がったアジア危機の影響
 
世界景気の下支え役である米国経済の行方
 
緊急課題のブラジル危機回避
 
改革推進の継続が求められるアジア
 
ユーロ定着が試される欧州
 
世界経済の安定に向けて
 
世界経済見通し(表)


世界に広がったアジア危機の影響
 
 1999年は新通貨ユーロ誕生という国際通貨体制の歴史のなかで画期的な年である。70年のウェルナー報告の提言以来、様々な障害を乗り越えて、実現にこぎつけた欧州人の意志の力には敬服させられる。
 ユーロはドルに対抗しうる国際基軸通貨の地位を築けるか、ドルの1極通貨体制による不安の解消に貢献するか、国家の枠組みを超えた地域の金融市場の安定を通じた成長戦略の先駆けとなりうるか、――など様々な可能性を秘めている。
 しかし、立ち直りに手間取る世界経済の症状ゆえに、ユーロ誕生の祝賀ムードは今一つ盛り上がりを欠くようである。
 97年の7月にタイに端を発した通貨・金融危機は、98年に入ると、アジア地域にとどまらず、ロシア危機、中南米の不安、米国ヘッジファンド破綻へと波及し、国際金融市場は大きく混乱した。
 金融のグローバル化やイノベーションの進展のなかで、一国の通貨・金融危機の原因が、その国の政策運営や金融機関・企業経営の問題にあったとしても、それが市場の群集心理や大規模な国際資金の流出入によって増幅される。そして、たとえ直接の因果関係がなくとも、世界のどの地域へも伝染病(Contagion)のように影響が及ぶという、これまで経験したことのない時代に入ってきたことを、98年の世界経済の経験は示している。
 危機の波及は実体経済面でも進み、デフレ圧力が世界的な広がりをみせつつある。アジア景気の大幅な落ち込みによる輸入急減は、貿易相手の先進国景気を押し下げ、それが他の発展途上国へも広がっている。同時に、世界的な金融リスクの高まりは、信用収縮、質への逃避(安全資産への資金集中)、緊縮政策を惹起することで、経済活動に深刻な影を落としている。
 こうした国際経済・金融の構造や枠組みの変化に如何に対処するか、そして、懸念される世界的なデフレ・スパイラルを如何に回避するかが重要な課題である。

世界景気の下支え役である米国経済の行方
 
 第一の課題は、世界景気の下支え役を果たしてきた米国経済のソフトランディングである。米国景気はさまざまな不安要因にさらされながらも、概ね堅調な拡大基調を維持してきたが、さすがに海外景気の悪化やドル高の累積効果による輸出低迷を主因とした企業収益の悪化から、製造業部門を中心に減速基調を辿りつつある。また、家計貯畜率が歴史的低水準にあり、今後の消費レベル維持には疑問を抱かせる。とはいえ、これまでの金融緩和の効果に加え、非製造業が比較的堅調を維持していることや、情報化関連投資の底固さなどの下支えにより、景気後退につながるほどの深刻な落ち込みは避けられよう。
 こうしたソフトランディングの障害となるリスクは何だろうか。
 第一は信用収縮の懸念である。ロシア危機・大手ヘッジファンドの破綻などを背景とした世界的な株価下落のなかで、米国内でも国債市場に資金が集中し、国債と社債の利回り格差が拡大し、社債発行額が一時的に急減したほか、銀行も貸出姿勢を慎重化させるなど、信用収縮の兆しがみられた。9月末以降の相次ぐ利下げという金融当局の機動的対応により、落ち着きを取り戻しつつあるが、懸念が払拭された訳ではない。
 第二は株価動向である。ロシア危機後一時急落したが、FEDの素早い利下げ後は再び上昇し高値圏で推移している。現在の株価は、既に企業収益や金利から説明できる水準を上回っているとの見方もあり、企業収益の不振が予想されるなか、調整を余儀なくされる公算が高い。今後の調整幅の大きさによっては、海外市場の混乱を招き、米国株価がもう一段下落し、そして、これまで資産効果に支えられてきた個人消費が落ち込み、それが内外の株価をさらに押し下げるという悪循環に陥る可能性には留意しておく必要がある。
 こうしたリスクを回避するうえで、金融政策の機動的な舵取りが、ますます重要になってきている。

緊急課題のブラジル危機回避
 
 ブラジルを中心とする中南米情勢からも目が離せない。
 8月のロシア危機を契機として中南米の証券・為替市場の動揺が高まり、特にブラジルでは、大規模な資本流出から外貨準備が急減し、通貨防衛のため政策金利は一時49.75%にまで引き上げられた。外貨流動性危機を回避すべく、11月にIMF主導の総額415億ドルのブラジルに対する国際支援策が決定され、中南米市場はようやく落ち着きを取り戻している。
 ブラジルが危機に陥れば、貿易関係の強いアルゼンチンをはじめ中南米全体への波及は不可避であろう。さらに同地域と関係の深い米企業・金融機関の経営を悪化させ、米国が抱えるリスクを顕在化させることにもなりかねない。ブラジル経済の行方は、世界経済が米国に支えられている現状では、重要な意味を持つ。
 危機回避にはブラジルの財政赤字削減が不可欠だが、財政改革に向けての議会審議は難航が予想され、市場の信認崩壊による大規模な外貨流出再発の懸念も払拭できない。自助努力に加え、米国を始めとした先進国や国際機関による支援の継続が望まれる。
 

改革推進の継続が求められるアジア
 
 世界経済混乱の起点となったアジアであるが、金融市場は小康を取り戻しつつある。特に、98年後半の国際金融市場の混乱のアジア市場への影響は比較的軽微にとどまった。通貨や株価は若干持ち直し、金利は危機前の水準まで下がっている。経済・金融改革に向けての各国の取り組みと国際支援が市場に評価されている表れといえよう。
 しかし、実体経済は依然悪化が続いている。景気刺激策の効果浸透、外資流入、新宮沢構想などの国際支援により、深刻度は和らごうが、不良債権処理によるデフレ効果や輸出回復力の弱さから、早期回復は難しい。
 実体経済の悪化が危機再発につながることなく、中長期的な成長経路に着実に復するための努力が求められている。そのため、金融改革、企業改革をさらに進め、内外からの一層の信認回復を図ることが必要である。不良債権処理スキームをはじめ、改革案の策定は形をとりつつあり、円滑な実施が求められている。改革は失業増加や企業倒産を伴うので、その不満が改革の流れを逆行させることのないよう、景気への配慮も肝要である。
 同時に、依然燻っているリスクへの対応も求められる。総選挙を控えたインドネシアでは、政治的安定が回復への第一の条件である。また、マレーシアでは、資本規制によって海外市場の影響を遮断することで進められる国内経済の建て直しの成否が問われることになる。さらに、国有企業改革や金融改革を掲げる中国にとっても正念場の年となろう。予想以上に輸出や内需が不振となれば、近隣諸国の経済調整が十分に進んでいない段階で、人民元相場の調整という事態に追い込まれ、アジア全体が再び不安定化する懸念もないわけではない。

ユーロ定着が試される欧州
 
 98年に3%近い成長を達成したとみられる欧州経済も、世界的な金融市場の混乱や景気減速の影響から免れることはできず、外需の悪化を主因に成長鈍化が予想される。
今後の欧州経済の課題は、99年1月に始まる通貨統合を域内経済の安定と活性化に如何にして繋げていくかということである。そのことが、景気悪化を最小限にとどめることになるだけでなく、世界経済の安定にも貢献しよう。
 何よりもユーロ圏の金融政策を一手に担う欧州中央銀行(ECB)の政策運営が焦点である。12月初旬の11ヶ国協調利下げで、単一金融政策は事実上スタートしたが、現水準への金利収斂はスペイン、アイルランドなどにとっては景気拡大局面での大幅利下げとなる。一方、成長と雇用を重視する左派政権の国々からは利下げ要求が相次いでいる。こうした域内の景気格差や政治からの圧力は、物価安定を最重要目標に掲げて、域内全体の適正金利水準を模索、ユーロへの信認強化、中央銀行としての独立性確保を盤石なものとしたいECBにとって、大きな試練となろう。
 中長期的に残された課題も多い。ユーロ参加国は、景気の調整手段として、独自の為替・金融政策を放棄したが、残る財政政策にも「安定と成長の協定」により財政規律の維持が義務づけられている。景気調整の責任を好況国、不況国の何れが担うかという問題も残る。こうした制約を克服し、最適通貨圏の条件を確保するためには、労働慣行や社会保障制度の改革により労働市場の柔軟性を高めることが不可欠である。通貨統合を目指して進められてきた構造改革が、左派政権によって逆行することはないか、ドイツをはじめ各国の経済政策の行方が注目される。

世界経済の安定に向けて
 
 このように、世界経済は多くの不安要因を抱えている。99年を安定した1年とするためのポイントをあげてみよう。
 第1は、ここに示した各国・地域の適切かつ機動的対応が不可欠であるが、そのなかにあって日本の役割が小さくないということである。日本の実体経済と金融システムの再生が、アジア経済の復興だけでなく、世界経済の安定に貢献することは、既に言い古されたことではあるが、その重要性はますます高まっている。
 第2は、冒頭に示した97年から世界経済に蔓延してきた伝染病の再発を防止するための、国際金融システム改革に向けた各国の協力の必要性である。巨額の資本が瞬時に移動する時代にあって、資本規制のあり方、為替相場制度、外貨流動性危機に陥った場合の支援体制などを見直し、21世紀型のシステムに変えていかねばならない。参加国に原則として経常取引の制限回避を求めたIMF協定に、どうして資本取引の制限回避が盛り込まれなかったのか、半世紀前の先人の知恵をここで反芻してみたい。同時に、IMFの透明性やアカウンタビリティ(説明責任)の向上、アジア・ファンドなどの地域毎の通貨基金新設の可能性なども探っていく必要がある。もちろん、そのなかで総額300億ドルの新宮沢構想を有効に活用しなければならない。
 第3は、1930年代に経験した「規制が規制を呼び、保護主義が保護主義を呼ぶ」スパイラルの回避である。世界貿易量が既に鈍化傾向を強めつつあるなかで、保護主義のスパイラルが一度回り始めると、それを逆戻りさせるのは容易ではない。拡大する米国の経常赤字も気に懸かる。WTOや各国政府の注意深い政策運営が求められる。
 近年、リスクがこれほど高まり、それらが相互に複雑に絡み合うといった状況を、世界経済は経験したことがない。しかし、こうした状況は急激な構造変化の所産でもある。この難局を乗り切り、その先に見えてくる新たなフロンティアに期待したい。
(平成10年12月21日 調査部 経済調査グループ 海外班)