平成11年(1999年)1月4日 NO.1

新年日本経済の展望

暗中模索のうちに暮れた98年
 
荒天続く新年経済
 
苦境打破の成否を握る民間の活力
 
日本経済の見通し(表)


暗中模索のうちに暮れた98年
 
 底冷えのする新年である。新春を祝う松飾りも、未曾有ともいわれる不況のなかにあっては、心なしか色あせてみえる。
 振り返ると、昨年のわが国経済は、財政・金融政策の両面から様々な対策が講じられながらも、終始晴れ間を覗けぬまま暮れていった。一昨年の3月をピークに下降に転じたわが国の景気は、昨年を通じて国内民需を中心に目を覆うばかりの落ち込みを記録、後手に回った政策対応と相俟って、巷間の景況感は悪化の一途を辿った。
 政府が漸く重い腰を上げて、まず打ち出したのは、4月下旬の総事業規模16兆円を超える「総合経済対策」である。もっとも、総花的な公共投資と対症療法的な特別減税を中心とした政府の経済対策に対する金融・資本市場の評価は厳しく、春先以降下落基調を辿っていた日経平均株価は、対策発表後も軟調な展開を辿り、長期金利も連日にわたって低下した。為替市場でも、円の対ドル相場は大きく下落した。アジアの金融・経済情勢が不安定な状態にあったことや、わが国において金融システム安定化策を巡る議論が混迷を深めたことなども災いして、8月上旬には1ドル=147円と、おおよそ8年ぶりの円安水準を記録した。
 景気の悪化に一向に歯止めが掛からない事態を目の当たりにして、秋口以降の政策展開は一段と慌ただしさを増した。まず、金融政策が3年ぶりに変更された。ロシアの経済・通貨危機をきっかけとした欧米株価の急落を受けて、円は一転、急騰を演じたが、そうした機を捉えるや、日銀は9月上旬に市場金利の低め誘導を強化する方針を決定、一段の金融緩和に踏み切った。11月中旬には、日銀はこうした金融政策運営を維持したうえで、CPオペや日銀貸出の拡充などを通じた企業の資金繰り支援策を発表した。
 これと相前後する形で打ち出されたのが、政府の「緊急経済対策」である。"わが国経済を99年度にはハッキリとしたプラス成長へ転換する"との決意が示された今回の「緊急経済対策」は、6兆円強の所得・法人課税減税を含めて総事業規模23兆円超と、先の「総合経済対策」を上回る過去最大の経済対策となった。その後も政府は財政の拡張スタンスを一段と鮮明化、12月中旬には、「緊急経済対策」に盛り込んだ減税策に加えて、住宅ローン減税をはじめとする政策減税や子育て・教育減税など、総額3兆円強の減税を上積みする方針を固めた。99年度の政府の当初予算案も、公共事業費を中心に前年度当初予算を大きく上回る規模となった。
 しかしながら、こうした度重なる政策対応をもってしても、わが国経済の先行きに対する不透明感は、依然として払拭できていない。日経平均株価は、11月上旬におおよそ12年8ヵ月ぶりに1万3千円台の大台を割り込んだあと、ひとまず1万5千円台まで持ち直す場面もあったが、総じてみれば軟調な展開を辿った。一方、日銀の利下げ後に史上最低水準を更新した長期金利は、このところ上昇傾向にあるものの、市場では、これを景気回復の兆しと捉える見方は少なく、むしろ積極財政や税収不足に伴う国債の大量増発を嫌気する形で、景況感の改善なきままに上昇しているとみる向きが多い。
 事実、わが国経済が依然予断を許さぬ状況にある様子は、最近の経済指標からハッキリとみてとれる。公共投資こそ、4月の「総合経済対策」の効果が漸くあらわれつつあるが、海外景気が減速するなかで輸出が減少傾向を辿っているし、何より肝心の国内民間部門は、深刻な低迷を余儀なくされている。家計部門では、かつてなく厳しい雇用・所得環境の下、個人消費や住宅投資の著しい不振が続いている。企業部門にしても、売上や収益が大きく落ち込むなかで、設備投資は期を追うごとに減少傾向を鮮明にしている。
 いずれにしても、わが国経済が、いまなお暗中模索のなかにあることは確かなようだ。

荒天続く新年経済
 
 重苦しい幕開けとなった新年経済であるが、問題は政府のいう"ハッキリとしたプラス成長"を本当に実現できるかどうかである。結論を先取りすれば、国内民間部門の背負う構造問題の重さからみて、政府の描くシナリオ通りに事が運ぶとみるのは困難であるように思われる。
 まず、企業部門では、効率経営へ向けての体質転換が十分に進まなかったことのツケがあまりに大きい。90年代に入って成長率が下方屈折するなかで、わが国企業には、従来の量的拡大志向から質の充実、すなわち資産効率をいかに高めるかということが絶えず問われてきた。しかしながら、大蔵省「法人企業統計季報」によれば、80年代平均で7.8%の水準を確保していた総資産利益率(事業利益/総資産)は、90年代入り後に急降下をみ、93年10月をボトムとした景気回復局面においてもほとんど改善することなく今不況下で再び低下、直近98年7〜9月には4.0%と、未曾有の低水準に陥っている。企業としては、資産効率の改善が喫緊の課題であるにもかかわらず、現実には思うに任せずにいるということである。
 しかも、こうした非効率な資産の裏側では、借入金や社債といった有利子負債が大きく積み上がっており、地価や株価の下落とも相俟って、バランス・シートを著しく毀損する形で企業体力を奪っている。とりわけ、非製造業や中小企業の疲弊は著しい。たとえば、株式や土地の含み益を加えた時価ベースの総資産に対する有利子負債残高の比率は、これら企業においては足元で過去最高レベルに達している。企業部門では、企業収益や設備稼働率の落ち込みといった循環的な投資環境の悪化のみならず、資産効率の悪化や債務負担の増嵩といった構造的な難問に晒されているわけで、設備投資の調整圧力はかつてなく強いとみておいたほうがよい。
 家計部門が直面している構造問題の根も深い。売上高の落ち込みが続くなか、過去最高水準の人件費負担を強いられている企業は、終身雇用制や年功序列賃金といった、いわゆる"日本型雇用システム"にもメスを入れる形で、今後も雇用や賃金に対する削減姿勢を一段と強化していくこととなろう。
 しかしながら、その煽りを受ける雇用者に対して、新たな雇用・収入機会を得るに足る環境が整備されているとはいい難い。わが国では、雇用を十分に吸収できるような新産業は、いまだほとんど育っていないのが実情である。税制や年金制度にしても、転職者に不利なシステムが依然温存されている。家計としてみれば、将来にわたって収入面での不安がつきまとうわけで、心ばかりの減税を受けたとしても、消費を増やす意欲は湧かないだろうし、ましてやわが国経済がデフレ的様相を深めるなかにあっては、多額の借金を抱えてまでして住宅を購入しようという気も、なかなかおこらないだろう。
 国内民需が厳しい展開を余儀なくされるにしても、公的需要の増加が景気の底割れを防ぎ、何とか一息つけるのではと考える向きもあろう。しかしながら、設備・雇用両面における調整圧力がかつてなく強い状況の下では、短期的な景気循環を形成する在庫調整の進捗すらままならない公算が大きい。
 たしかに、これまでの企業の減産努力の結果、鉱工業部門全体の在庫は足元で前年水準を下回るレベルまで減少しており、あとは出荷が立ち上がっていくことで、在庫調整が最終局面を迎えることが待たれる状況にある。問題は、公的需要の増加が在庫調整の一巡を演出できるか否かであるが、この点、バブル崩壊後に経験した前回の本格的な在庫調整局面を振り返ると、92〜93年にかけて立て続けに景気対策が打たれ、公共投資が一貫して需要を下支えしていたものの、出荷回復・在庫調整終了の起爆剤とはならなかった。だが、海外景気の回復を背景に、輸出が94年度以降増加に転じるとともに、個人消費も94年夏場に実施された総額6兆円規模の減税を足掛かりとして回復すると、在庫調整はスムーズに進展し、その後の設備投資の持ち直しも手伝って、景気はなんとか回復の道を歩むに至った。在庫調整の一巡は、結局のところ国内民需の回復まで待たねばならなかったということである。
 翻って今回はどうか。まず、輸出については今後も不振が続くように思われる。アジア経済の低迷長期化と欧米景気の減速により、肝心の海外需要環境は悪化していく公算が大きいし、そうした状況の下では、昨年夏場にかけてみられたような円安という追い風が吹く展開も想定し難いためである。また、国内民需にしても、個人消費や設備投資に期待を寄せられない様子は、先にみた通りである。一方、公的需要については、国内民需が厳しい歩みを強いられるなか、99年度の後半にも、さらなる追加対策が講じられる可能性は十分想定できる。ただ、前回の経験が教える通り、国内民需に動意がみられないなかにあっては、公的需要の増加が在庫調整を終了へ導くとは考えにくい。

苦境打破の成否を握る民間の活力
 
 こうしてみると、新年経済が歩もうとしている道のりは極めて険しい。99年度の実質GDP成長率は、年度後半に「緊急経済対策」と同規模の政府支出の追加を想定しても▲0.3%と、98年度 (▲2.4%、実績見込み)に続く3年連続のマイナス成長を余儀なくされる公算が大きい。
 とすれば、この先わが国経済が持続的・安定的な成長軌道に復するためには、いかなる手立てを講ずればよいのか。輸出や財政支出といった他力本願が通用しそうにない以上、民間部門が自ら逆境を克服していくほかないように思われる。かつてわが国経済は、2度にわたる石油危機や円高不況などの荒波に見舞われながらも、都度それを乗り越えてきた。現下のわが国経済が従来にも増して難しい構造問題を抱えていることは間違いないが、世界的にみてもレベルの高い人的資源と技術力をもってすれば、必ずや活路は見出せるはずである。
 政府部門にも、政策対応の手腕が改めて問われている。わが国経済が未曾有の不況に直面している以上、今後も財政・金融政策を機動的に発動すべきであることは論を待たない。だが、それにも増して肝要なのは、わが国経済の先行きに対する不安を一掃し、民間部門がリストラを進めつつも、果敢にリスクに挑んでいけるようなインセンティブに富む施策を大胆に実践していくことである。わが国経済の抱える問題が、バラマキ型の公共投資や将来展望なき減税策で解決できるほど容易なものでないことは、すでに身を持って経験しているところである。民間部門の活力を高めるうえで不可欠な"小さな政府"の実現という理念がしっかりと伝わってくるよう、政策対応の中身や運営の仕方に十分な工夫を凝らす必要がある。
 財政政策を講ずるにあたっては、行革や民営化、政府保有資産の整理・処分などを通じた政府部門のスリム化計画を具体的に明示することが欠かせない。すでに過去最悪のレベルにある財政赤字を放置したままでは、将来の公的負担増に対する民間部門の懸念は拭えない。規制緩和にしても、これまでの対応をもってよしとせず、時々刻々と変化する経済環境にあわせて、不断に、かつスピーディーに推し進めていくべきである。さらに、構造改革に伴う痛みを和らげるためには、雇用関連の諸制度についても、労使双方が様々な雇用形態を自由に選択できるよう、幅広く見直していかなければならない。
 新年の干支は"己卯(つちのと・う)"。その意味するところは「草木が繁茂して盛大となり、かつその条理の整った状態(己)」、「草木が地面を蔽う状態(卯)」であるという。間近に迫った21世紀に向けて、活力と魅力に溢れた日本経済を実現するためにも、いまこそわが国本来の対応力を発揮すべき時なのではなかろうか。
 
(12月21日 今井)