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平成10年(1998年)11月13日 NO.16
東京三菱レビュー

米国経済を覆う信用収縮の兆し


 8月下旬のロシア通貨切り下げ以降、経済・金融の混乱は、中南米やその他新興諸国を急ペースで駆け巡った。これらの新興市場経済を中心に世界的な景気低迷、金融不安の動きが加速したことから、投資家はよりリスク回避的になり、安全性や流動性への選好を高めた。この結果、堅調な景気拡大を続けてきた米国においても、社債と国債の利回り格差(以下、信用スプレッド)の拡大や銀行の貸出し態度厳格化など信用収縮の兆しがあらわれており、今後の動向如何では、深刻な景気の下押し圧力となる可能性が高まっている。そこで、本稿では米国信用市場の現状を整理し、今後の景気動向との関わりを考察してみた。


・ 社債市場における信用スプレッドの拡大
 
・ 銀行の貸出姿勢の厳格化
 
・ 懸念される景気への悪影響
   


社債市場における信用スプレッドの拡大
 
 ロシア危機発生後、米国内外の金融市場が不安定さを増すなか、投資家のリスクに対する態度がより慎重になったことは、活況を呈してきた米社債市場に打撃を与えた。第1図は、98年に入ってからの米国における社債発行額の推移を、低格付債を除いたベースでみたものである。これによれば、社債の発行額は10月下旬にかけて持ち直しの動きがみられるものの、7〜9月期は総じて低水準で推移しており、同期の発行額は前期比25%減と大幅な減少を示した。さらに、ジャンク債などの低格付債の発行額は同期に6割以上減少したとの報告もみられる。
 このように社債の発行市場が低迷した原因として、信用スプレッド−社債利回りを安全資産の代表とされる米国債利回りとの対比でみた利回り格差−の急拡大があげられる。第2図にみられるように、8月半ばまでは、両者はほぼ足並みを揃えて推移していたため、信用スプレッドはほぼ横這い圏内で推移していたが、8月後半以降、社債利回りの低下が相対的に小幅にとどまる一方で、国債利回りが大きく低下したことからスプレッドは大きく拡大した。
 この信用スプレッドの拡大は、投資家のスタンスが変化し、相対的にリスクの高い資産の取得に対して慎重になっていることを意味している。投資家サイドからみれば、発行企業の信用力は相対的に低下しているといえよう。
 7月中旬以降、企業収益の悪化や景気の減速懸念を背景に調整を続けていた米国株価は、8月下旬のロシア危機後、中南米の通貨・金融市場が動揺を示すなかで大幅な下落を示した。それまでの国際的な金融不安の高まりに加え、株価の調整を受け、金融市場では「質への逃避」が加速、投資家は安全性、流動性への選好を一段と強め、社債に対する投資を手控えて米国債の購入を進めたものとみられる。この結果、米国企業にとり最大の資金調達手段である社債の発行市場が縮小を余儀なくされたといえよう。

銀行の貸出姿勢の厳格化
 
 他方、国際金融市場の動揺は、収益の悪化を通じて米銀の貸出姿勢にも大きな影響を与えた。この結果、企業向け融資を中心に銀行貸出の伸び低下懸念が浮上している。FRB(連邦制度準備理事会)が9月中旬に急遽実施した商業銀行の融資姿勢に対するアンケート調査によれば、商工業貸出において、銀行の貸出態度の引き締まりや貸出スプレッドの拡大等、通常信用収縮のシグナルとみなされる兆候が確認される (第3図)
 とりわけ目立つのが大企業向け貸出に対する貸出態度の厳格化で、第3図にみられる通り、貸出姿勢を厳しくしたと答えた銀行の割合は、中小企業向けでは比較的小幅の上昇にとどまっているのに対し、大企業向けについては急上昇している。これは、海外展開を活発に行っている大企業について、収益の悪化が懸念されたためとみられる。
 また、こうした大企業向けの貸出姿勢を銀行規模別にみると(第1表)、大銀行が相対的に融資姿勢を厳しくしている。大銀行ほど中南米をはじめとする対外債権を多く抱えているうえ、ヘッジファンドとの関わりも深いとみられ、今回の世界的な経済・金融危機を背景に損失を拡大させ、貸出態度を引き締めている姿がみてとれる。事実、これまでに発表された7〜9月期の決算結果をみると、米大手銀行持ち株会社の純利益は、シティーグループが前年比53%減、バンカメリカが同78%減といずれも大幅減益を強いられたほか、バンカース・トラストが約5億ドルの当期赤字に転落している。
 もっとも、同調査によれば、商工業貸出に関しては、貸出需要が縮小しているとの報告もなされている(第4図)。その主な理由としては、M&A資金に対する需要の減少や工場・機械設備に対する投資の減少があげられている。商業銀行の商工業貸出残高は、足元9月にかけても前年比2桁近い増加ペースを維持するなど、伸びの鈍化はみられない。しかし、過去企業の資金需要が低下している局面では貸出残高も減少傾向にあることから、今後については貸出残高そのものが減少に転じる可能性は否定できない。

懸念される景気への悪影響
 
 以上みてきたとおり、ロシア危機後本格化した世界的な経済・金融の混乱は、米国信用市場をも揺さ振り、それまで比較的容易であった企業の資金調達は、市場全体としてみれば直接間接いずれの市場においても、急激に厳しさを増してきたとみられる。このため、少なくとも7月下旬までは、景気の過熱に伴うインフレの顕在化に対して警戒的であったFRBは、急遽金融政策スタンスを成長重視に転換、9月半ばにグリーンスパン議長が景気減速のリスクに対する懸念を表明し、同月29日のFOMC(連邦公開市場委員会)において、政策金利の引き下げに踏み切った(フェデラル・ファンズ金利誘導目標 5.5% →5.25%)。さらにわずか2週間後の10月15日には、異例のタイミングで公定歩合も含めた追加利下げを実施した(フェデラル・ファンズ金利誘導目標 5.25%→5.0%、公定歩合5.0%→4.75%)。
 こうしたFRBの機動的な金融政策もあり、株価がおおむね下げ止まりを示したほか、比較的格付けの高い企業を中心に社債発行額がひとまず増加に転じるなど、米国金融市場の動揺も一段の加速には歯止めがかかったようである。しかし、信用スプレッドを時系列でみると、過去の景気後退局面に匹敵するほどの拡大を示しており(第5図)、信用スプレッドから判断される投資家のリスク選好度は、過去の景気後退期と同程度まで低下しているものとみられる。したがって、今後も企業の信用力に応じた投資家からの選別が進んでいくものとみられ、低格付債を中心に予断を許さない局面が続こう。
 他方で、銀行部門については、商業銀行のバランスシートをみる限り、前回金融機関の信用収縮が深刻化した90年代初期に比べ、総資産に占める不良債権の比率が大きく低下している一方で、自己資本比率は上昇傾向で推移するなど(第6図)、財務内容は健全化している。また、いまのところ不動産市況の落ち込みもみられないため、90年代初めに生じたような大規模な信用収縮が発生するリスクは大きくない。
 ただし、国内事業に主軸を置く地方銀行の業績こそ、比較的堅調に推移しているとみられるが、反面先述の通り海外事業への依存度の高い大手マネーセンターバンクは大幅な収益悪化を強いられている。このため、今後マネーセンターバンクが高リスク分野を中心に貸出債権圧縮の動きを強めるとみられることは、貸出の拡大に対するマイナス要因となろう(注)。さらに、こうした大銀行が証券投資業務に関してより慎重となるのは間違いなく、信用スプレッドの大幅な縮小は望めそうにない。

(注)最大手5行(シティーグループ、チェース・マンハッタン、JPモルガン、バンカーズ・トラスト、バンカメリカ)の9月末時点の貸出残高は、米国商業銀行貸出全体の約2割を占める。

 このように、投資家による企業の選別はさらに厳しくなっており、今後の設備投資を取り巻く環境は厳しさを増しているといえそうだ。96年以降設備投資は増勢を強め、97年から98年前半までは、前年比で2桁前後の伸びを続けてきた(第7図)。こうした設備投資好調の原因としては、最終需要の拡大や技術革新に伴う情報化関連投資の拡大等が指摘できるが、金利の低下を背景に企業の資金調達が比較的容易であったことも少なからず影響してきたとみられる。
 しかしながら、企業の支出の源泉となる収益がすでに悪化を続けていることに加え、今後資金の調達が難しくなれば、企業がこれまでと同様のペースで設備投資を行うとは考えづらい。事実、足元7〜9月の設備投資は前期比マイナスに転じている。したがって、仮にこの先信用収縮が本格化すれば、設備投資の伸びは鈍化を余儀なくされるとみられる。90年代の長期にわたる景気拡大の要因の一つが、設備投資を中心とする企業部門の好調であったことを考えると、今後設備投資の減速が景気を一段下押しするリスクに対しては、十分な警戒が必要といえよう。

(11月2日 中村)