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平成10年(1998年)8月27日 NO.13
東京三菱レビュー

“消費不況”克服への羅針盤



・ 萎縮する若年・中堅世代の消費マインド
 
・ “働き盛り”世代の厳しいやり繰り
 
・ 消費マインドの自律的上昇へ向けて


萎縮する若年・中堅世代の消費マインド
 
 夏休みも終盤を迎え、時折姿をみせる赤とんぼに、そろそろ秋の気配を感じる時節となったが、 今年の夏物商戦は、総じて盛り上がりに欠けるものに終ったようだ。序盤こそ、 サッカーのワールド・カップや猛暑の追い風を受けてVTRやエアコンなど、 一部の家電販売が盛り上がりをみせたが、7月以降は梅雨明けの遅れやボーナスの伸び悩みを背景に、 夏物衣料や旅行商品などの売れ行きは、鈍い動きにとどまった模様である。 振り返ると、昨年度はGDP統計でみた実質個人消費が前年比▲1.2%と、55年の現行統計開始以来、 初めて前年割れを記録するなど、いわゆる“消費不況”の色彩が濃かったが、今年の4月以降、 夏場に至るまで、結局は“消費不況”から抜け出たという実感をつかめないまま、 秋を迎えることになったといえよう。
 個人消費が活況を取り戻さない原因として何よりも大きいのは、 雇用・所得環境が一段と悪化していることである。直近6月の完全失業率は4.3%と、 過去最悪の水準を更新しているほか、労働省「毎月勤労統計」によれば、 この4〜6月の名目賃金は従業員30人以上の事業所ベースで前年比▲0.6%と、 71年の統計開始以来、初めて前年実績を下回っている。
 同時に見逃せないのは、消費マインドの低迷が長引いている点である。 経済企画庁「消費動向調査」(98年6月時点調査)によれば、 消費マインドを示す消費者態度指数は36.1と、前回の3月時点調査対比で▲2.1ポイント悪化、 82年の現行統計開始以来、93年12月(35.7)、97年3月(35.8)に次ぐ3番目に低い水準を記録している。 昨年の秋口から年末にかけて、景気の先行きに対する不透明感が高まるにつれて、 消費マインドも急速に冷え込んだが、その後今年に入ってから最近に至るまで、 依然として消費マインドに明るさが戻っていないことになる。
 こうした消費マインドの低迷は、若年・中堅世代を中心に進行しているようである。 第1図をご覧いただきたい。 これは総務庁「家計調査」をベースに、 家計の可処分所得に占める消費支出の割合を示す消費性向について、 過去の景気後退局面初期におけるデータを、世帯主の年齢階層別に分けてみたものである。 これによれば、過去の局面では60歳代前半の高齢世代の消費性向が相対的に高いほかは、 世代間で消費性向の格差がほとんど存在しなかった。 ところが、今回(97年)は20歳代後半から40歳代前半にかけての若年・ 中堅世代の消費性向が相対的に低い水準にとどまっている。もちろん、 消費性向は消費マインドだけで決まるものではないが、 消費性向が決まる際に家計の裁量が働く余地が大きいことを踏まえると、 年齢階層別の消費性向は消費マインドの動きに大きく左右されると考えてもおかしくはなかろう。 とすれば、若年・中堅世代を中心とする消費マインドの萎縮が雇用・所得環境の悪化と相俟って、 個人消費の低迷を長引かせていると考えることができる。

“働き盛り”世代の厳しいやり繰り
 
 “働き盛り”といわれる若年・中堅世代で消費マインドが萎縮しているのはなぜか。 まず指摘できるのは、雇用・所得環境を軸とした将来に対する不安感である。 第2図は、 過去の景気後退局面初期における完全失業率を年齢階層別にみたものだが、これによると、 直近の97年ではとりわけ若年・中堅世代の完全失業率が過去に比べて高い水準に達している様子が窺える。
 ただ、ここで注意したいのは、単に足元の雇用情勢が厳しいために消費マインドが萎縮しているというよりも、 むしろ長い目でみた雇用や収入の先行きに対する不安感が消費マインドを冷やしている側面が大きいという点である。 日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」(98年3月時点調査)によれば、 「1年前に比べて支出を減らしている」家計にその理由を尋ねた(複数回答)ところ、 「不景気やリストラ等による収入の頭打ちや減少」を挙げた人は33%と、4番目に過ぎなかった。 これに対し、61%と最も回答数が多かったのは「将来の仕事や収入に対する不安」、次いで、 「税制や医療保険制度の改正等に伴う負担増」(49%)、 「年金や社会保険の給付が少なくなる不安」(48%)など、 いずれも将来に対する不安感を指摘したものとなっている。 将来に対する備えを怠れない若年・中堅世代ほど、消費マインドが萎縮してしまうわけである。
 一方、保有する金融資産の厚みの点でも、世代間の格差は広がっている。 第3図は、 総務庁「貯蓄動向調査」をもとに、過去の景気後退局面のうち、 消費性向の低迷が相対的に顕著であった第1次石油危機後の74年、円高不況時の85年、 直近97年における勤労者世帯の貯蓄・負債残高を、世帯主の年齢階層別にみたものである。これによれば、 貯蓄残高から負債残高を差し引いたネット貯蓄残高、いいかえれば正味の金融資産は、 40歳代後半以降の世代で比較的順調に蓄積が進んでいる反面、若年・中堅世代では、 住宅ローンを中心に負債残高が積み上がっているため、金融資産の蓄積状況が捗々しくない様子が窺える。 その結果、たとえば40歳代前半の97年末における正味金融資産が平均で368万円に過ぎないのに対し、 60歳代前半は同2,092万円と、実に6倍近くに達している。
 年功序列型賃金や終身雇用制に代表されるいわゆる日本型雇用システムの下では、 若年・中堅世代の資産蓄積が相対的に遅れること自体、無理もないのは事実である。 しかしながら、74年当時の格差が約3倍にとどまっていたことからすれば、 80年代後半以降の地価の高騰と反落が、とりわけ現在の中堅世代を中心とする負債残高の増嵩を通じて、 金融資産蓄積における世代間の格差を必要以上に拡大させてしまったとみることができる。 そしてそのことが、若年・中堅世代の消費マインドの萎縮に少なからぬ影響を及ぼしていることは想像に難くない。
 加えて見落とせないのは、若年・中堅世代が自由に使えるお金の範囲が狭まっていることである。 第4図は、 総務庁「家計調査」をベースに、家計にとっての固定費ともいえる税・社会保険料、住宅借入返済、 教育費・仕送り金、家賃・地代の4費目を固定的な支出とみなし、74年、85年、 97年における固定的支出の実収入に対する比率を、世帯主の年齢階層別にみたものである。 これによると、74年当時は教育費・仕送り金の負担が重たい40歳代後半と50歳代前半の世代が、 他の世代に比べて相対的に高い格好となっていた。これに対して、直近の97年調査では、 40歳代後半と50歳代前半の世代が相対的に高い構図に変化はないが、 加えて30歳代後半から40歳代前半にかけての中堅世代の負担が、 住宅借入返済の増加を主因として高まってきた様子が窺える。
 しかも、今のところは相対的に負担が小さい若年世代にしても、74年当時に比べれば、 家賃・地代の負担増加を主因に負担感は高まっているほか、 自分たちのすぐ上の世代である中堅世代の負担増加を身近なこととして感じる向きも多いに違いない。 若年・中堅世代にとっては、自由になるお金の範囲が相対的に限られるわけで、 同世代の消費マインドが好転しにくいのも無理はないように思われる。

消費マインドの自律的上昇へ向けて
 
 このようにみてくると、昨年来の“消費不況”は、 単に消費税率の引き上げや特別減税の一時停止といった財政面からのデフレ圧力によるものであるとは考えにくい。 こうした措置は、あくまでも“消費不況”のひとつの契機となっただけで、その根本には、 家計部門が抱く将来に対する不安感や、 足元の様々な負担感の高まりに起因する消費マインドの低迷があったとみるべきである。 とすれば、このような不安感や負担感を取り除かない限り、 消費マインドを自律的に上昇させることは困難であろう。今年に入って実施された所得税・ 住民税の特別減税が、今のところ“消費不況”に目立った効果を発揮していないのもこのためである。
 もちろん、わが国経済がかつてのような力強い成長力を取り戻すことができれば、 将来に対する不安感や負担感を解消する道も開けてくる。しかしながら、 90年代に入ってからのわが国経済の低空飛行ぶりを目の当たりにした家計自身、 日本経済の先行きに対する警戒感を強めている。前出の日本銀行によるアンケート調査によれば、 日本経済の成長力に対する中長期的な評価について、 「長い目でみれば、あまり成長を期待できないと思う」と回答した個人が全体の54%と、 実に過半数に達している。かたがた、企業部門の先行きに対する見方も厳しい。 経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」(98年1月時点調査)によれば、 企業は今後3年間の成長率を過去最低の年率1.4%と予想している。そうした状況下、 人件費を中心とする高コスト体質の転換が遅れているわが国企業としては、当面の間、 人件費抑制の手綱を緩める状況にはなく、家計部門を取り巻く雇用・ 所得環境が目立って好転するとは考えにくい。
 今後とも所得の伸びに多くは期待できないとなると、このままの状況を放置すれば、 中堅世代が足元の負担感を解消できないだけでなく、それに続く若年世代については、 現在の中堅世代よりも苦しい家計のやり繰りを強いられる虞が大きく、 将来に対する不安感が一段と高まることにもなりかねない。たとえば、収入の伸びが限られるうえ、 インフレによる負債の目減りも期待しにくいなかでは、 住宅借入返済負担が目立って解消するとは考えにくい。さらに、 高齢化の進展に伴う社会保障負担の増大を勘案すれば、とりわけ、 若年世代に負担の皺が寄るのは不可避となろう。いずれにしても、 “働き盛り”の世代に過度の負担が集中している状態は、経済の活力を維持するという観点からみて、 決して好ましいものとはいえないように思われる。
 したがって、今後の経済政策運営にあたっては、 景気の更なる落ち込みに歯止めをかけるだけでなく、同時に、 “働き盛り”の若年・中堅世代の負担ができるだけ平準化するよう、 各種の税制や社会保障制度の抜本的な見直しを含む、実効ある対策を講じていくことが求められる。 そうした対策が講じられないままでは、財政政策の大盤振る舞いによって、 たとえ景気が底を打ったとしても、消費マインドの自律的な上昇は期待しにくく、 景気回復のテンポや持続力は限られたものにとどまるのではなかろうか。
( 8月20日 山本)