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平成10年(1998年)8月26日 NO.12
東京三菱レビュー

最近のロシア経済情勢について


 ロシアの金融市場では、昨年10月より、アジア危機の深刻化と呼応するように通貨、株、債券相場の下落が続き、トリプル安の様相をなしている。きっかけは、アジア危機の波及による外国人投資家の短期国債・株式売却であると言われるが、ロシアの海外調達の三分の一を占めるアジア資本、特に韓国資本の流出の影響が大きかったとみられる。更に98年入り後は、原油価格の下落を受けた輸出減速や税収の落ち込みなど経済ファンダメンタルズの悪化が明らかとなるなか、3月にエリツィン大統領が突然首相を解任したことで内政面の不安も表面化した。また、5月中旬には、インドネシアの政治・経済情勢悪化によりエマージング・マーケット全体への危機感が高まったことから、海外への資本逃避が加速し、ロシアの金融市場は危機的状況に陥った。
 当局の大規模な介入にも関わらず、ルーブルの対ドル相場はこの9ヵ月間で5%近く減価し(注1)、株価は70%もの下落となった。また、ルーブル防衛及び資本逃避を食い止める措置として、公定歩合は一時150%にまで引き上げられ(8月5日現在60%)、短期市場金利も100%を越えた。こうした中、主要格付機関は相次いでロシアの格付引下げを発表している(Moody's;Bb3→B1、S&P;BB−→B+)。その後、ロシア政府の「経済・金融安定化計画」発表、議会による財政改革法案の可決を受けて、7月下旬にはIMFが緊急融資を正式決定したことから、金融市場はひとまず落ち着きを取り戻したものの、相場の回復は限定的であり、懸念を払拭するまでには至っていない。

(注1)ロシアは96年からクローリング・ペッグ制をとっているが、98年よりバンドを中心相場(98年から2000年は平均で1ドル=6.2ルーブル)の上下15%に設定し、為替政策の自由度を高めている。
(第1図:為替・株価(97年10月=100)、公定歩合の推移 )
 アジア危機の原因については、@ドルペッグによる実質為替相場の上昇に起因する国際収支の悪化、A短期外国資本の急激な流入と流出、B国内民間金融セクターによる過剰流動性の供給と不良債権問題の発生等と説明されるが、ロシアの場合も、国際収支の悪化、短期外国資本の流出入(注2)など類似点が多い。しかし、ロシアでは国内経済に占める金融セクターの役割が小さく(銀行貸出額の対GDPは10%程度)、むしろ慢性的な財政赤字と連邦政府の流動性危機が問題となっている等の相違も見られる。以下では、最近のロシア経済動向及び今般の金融危機の背景にある財政・金融の問題について検討することにより、ロシア情勢の今後を展望してみたい。

(注2)ロシアでは、非居住者による国債購入を認める等の金融市場の規制緩和により96〜97年にかけて対内証券投資が急増した。短期国債の発行残高は約700億ドルと推計されるが、その内約30%を外国人投資家が保有すると見られる。


・ 1. 経済動向 〜97年はプラス成長に転じるも、投資は依然低迷
 
・ 2.財政赤字問題 〜税収不足、国債利払い増により大幅な財政赤字が続く
 
・ 3. 国際収支、対外債務 〜経常黒字は大幅縮小、対外債務の負担増加
 
・ 4. 今後の展望


1. 経済動向 〜97年はプラス成長に転じるも、投資は依然低迷
 ロシア経済は、91年の旧ソ連邦崩壊後に行われた急進的経済改革により、年間1,000%を越えるハイパーインフレと生産・投資の急激な落ち込みを経験した。しかし95年以降、非CIS諸国向けの輸出が回復に向かったことから輸出品目である鉄鋼、化学・石油化学を中心に工業生産が底打ちし、97年の実質GDP成長率は0.8%と初めてプラス成長を記録した。
 但し、鉱工業生産、農業生産がそれぞれ前年比1.9%、0.1%と僅かながら増産に転じたのに対して、投資は92年にほぼ半減した後、97年まで連続して前年比マイナスとなっており、投資の低迷がロシアの成長の足枷となっている姿がうかがわれる。その原因としては、国防産業から民需への転換の遅れ、緊縮財政による公的部門の投資削減の継続、企業業績悪化による自己資金不足、国債消化優先による民間投資のクラウディングアウト、金融機関の未発達による仲介機能の不足、制度不備による外資導入の遅れ等が指摘されている。
 一方、同国のインフレ動向を見ると、公定歩合200%という金融引き締めと中央銀行からの借入による財政赤字ファイナンスを廃止したことが奏効して、95年後半から着実に低下、98年に入ってからは1桁台で安定している。これを受けて、ロシア中銀は段階的に公定歩合を引下げ、98年1月には新1ルーブル=旧1,000ルーブルのデノミを実施した。しかしながら、昨年10月以降の金融市場の混乱を受け、当局はルーブル防衛のための金融引き締めを余儀なくされ、上述の通り、本年5月末には公定歩合が一時150%まで引き上げられることとなった。

(第2図:経済成長率と生産・投資の伸び )
(第3図:物価上昇率と公定歩合 )

 国家統計委員会の発表によれば、98年に入って工業生産の伸びが鈍化し、上半期のGDP成長率は前年同期比▲0.5%となった。また、経済省は今般の危機を受けて本年の成長率予想を下方修正し、▲0.5〜1.5%程度としている。通貨防衛、財政再建のために緊縮的な財政・金融政策が継続されることを勘案すれば、年後半に更なる落ち込みも予想され、98年は再びマイナス成長となる可能性が高い。

2.財政赤字問題 〜税収不足、国債利払い増により大幅な財政赤字が続く
 ロシアの財政は、慢性的な税収不足を原因として大幅な赤字が続いている。IMFの推定によれば97年の財政赤字はGDP比7.5%に達し(内、連邦政府の赤字は同6.8%)、財政再建への取り組みの遅れは、IMFによる融資実行が昨年から停止される原因ともなっていた。更に本年5月には、@財政赤字のため政府からの賃金支払が遅延していることに抗議して、炭坑労働者が各地でストライキ及び鉄道封鎖を実施した、Aエネルギー企業「ロスネフチ」民営化に伴う政府保有株放出のための入札が失敗し、民営化により収入を確保する政府の手法が行詰まりを見せた、等の出来事が、金融危機を再燃させるきっかけともなった。
 第1表から分かる通り、財政赤字拡大の原因は歳出削減を上回る歳入の減少であるが、その背景には、徴税の補足率が低いことにより脱税・滞納が増加し、大幅な税収不足に陥っていることがあげられる。また、複雑な税制、狭い課税ベース、一部大企業への課税に依存する税収構造等にも問題があると指摘される。

(第4図:税金滞納額(税目別) )

 また、財政赤字のファイナンス構造をみると、中央銀行によるファイナンスに代わって、国債発行等による国内金融の割合が急増していることが分かる。この大半は高金利の短期国債で調達されており、歳出に占める利払い費の割合も拡大傾向にある。更に、最近の金利上昇によって、今後更に利払費の急増が見込まれる。

(第5図:財政赤字ファイナンス構造 )

3. 国際収支、対外債務 〜経常黒字は大幅縮小、対外債務の負担増加
 
 ロシアの輸出入動向をみると、97年に入って、輸入が消費財・資本財共に着実に伸びを高める一方、輸出が減速したことから、貿易黒字は頭打ちとなっている。これは、ロシアの輸出構造が石油など一次産品に大きく依存しており(輸出に占める割合は、石油・天然ガス等のエネルギー関連が約50%、一次産品合計で約70%)、国際市況商品の価格下落の影響が大きいことによる。加えて、最近では海外への投資収益の支払が急増していることから、経常収支の黒字幅は急激に縮小しており、98年は赤字転落が懸念される。
 一方、対外債務残高は、1996年末時点で約1250億ドルとなっている。その内、短期債務の占める割合は9.5%と低く、また113億ドルの外貨準備によってほぼカバーされており、過剰とはいえまい。しかし98年は、当局の為替介入等により、外貨準備が1.月時点の129億ドルから6月には96億ドル(金準備を含めると1月178億ドル、6月146億ドル)にまで減少しており、加えて、輸出減速によりデット・サービス・レシオ(元利支払額/輸出額)の上昇も見込まれる。
 また、公的債務のうち、対外債務は98年現在で約1,300億ドルに達するとみられるが、国内調達(主に短期国債)における外資保有分(約200億ドル)も合わせると、外資依存度は7割を越える。

(第6図:輸出入の伸びと国際収支 )
(第2表:ロシアの対外債務構造 )

4. 今後の展望
 
(1)ロシア政府の対応
 ロシア政府は、5月末に金融市場安定化のための緊急経済対策を発表して、徴税強化・歳出削減・民営化加速等による問題解決への自助努力を国内外に公約した。また、6月には、欧米から評価の高いチュバイス元第一副首相を国際機関との交渉を担当する大統領代表(副首相級)に任命して国際的な支援の取り付けに動くとともに、「経済・金融安定化計画」を発表し、税制改革等の関連法案を議会に提出した。しかし、下院議会は、7月中旬までに売上税導入など関連法案の多くを採択したものの所得税改革など一部の法案を否決、増収効果は当初想定額1,020億ルーブルの3分の1以下にとどまる結果となった。そこで、政府は大統領令・政府令による税率引き上げや、民営化対象を天然ガス独占企業ガスプロムなど戦略企業にまで拡大するといった増収措置の導入を余儀なくされている。

ロシア政府による財政・金融危機への対策
経済・金融安定化計画(5/29、6/23)
歳入確保、徴税強化(税金滞納分の徴収強化)
税制改革(売上税導入、中小企業課税の簡素化、付加価値税率の一本化etc.)
歳出削減(政府職員の削減、各種補助金の削減)
債務の長期化・利払負担軽減のための措置
ルーブル建短期国債の新規発行停止とドル建中長期債へのシフト
償還前のルーブル建短期国債のドル建中長期国際への転換
大統領令、政府令による一時的措置
一時的措置として、輸入関税引き上げ(3%)、所得税引き上げなど
民営化計画の変更(対象企業を拡大)


(2)IMF・世銀等による国際支援
 ロシア政府の安定化計画発表を受けて、6月下旬、IMFは延期していた拡大信用供与6.7億ドルの実行を決定した。更に、ロシア政府が要請していた追加緊急融資についても、7月13日に基本合意が成立したことから(IMF・世銀・日本で98-99年に合計226億ドル;内、98年に実施されるのは148億ドル)、ロシア金融市場はようやく落ち着きを取り戻した。また、ロシア議会の税制改革法案可決を受けて、IMFは112億ドルの緊急融資枠を正式に承認し、48億ドルが即時実行された。しかしながら、今回の緊急融資に当たって、ロシア政府はIMFとの間で更なる財政赤字削減(98年はGDP比5.6%、99年度は同2.75%)を公約しており、その達成に向けて厳しい財政運営を迫られることになった。

(3) 残された問題点
 IMF等より、ロシア政府の当初要請額(100〜150億ドル)を上回る融資枠を引き出せたこから流動性危機はひとまず一服し、当面は小康状態を保とう。しかし、以下のような理由から、根本的解決にはまだかなりの時間を要するとみられる。
 まず第1に、今般の危機で最大の問題となった慢性的財政赤字についは、構造的改革が不可欠であり、実効を上げるには数年を要しよう。徴税強化のためには、徴税機構など執行体制を整備するとともに、今回不成立となった法案も含めてより包括的な税制改革を進めていく必要がある。更に、今般の高金利による利払費の増加も、今後財政を圧迫する要因となってこよう。第2に、高金利政策の弊害として、民間投資の減退も予想される。ロシアでは、民間銀行の信用力・審査能力が低く金融仲介機能が未発達であるために、資金の多くが高利回りの国債への投資に向かい、企業部門への融資を阻害しているといわれる。この解決のためには、金融制度の改革や民間金融機関の育成も必要となろう。第3として、GDPの25〜40%にのぼるともいわれる闇経済の存在により、脱税、外貨のタンス預金、海外への資本逃避が恒常化している現状があげられる。国内外に隠れた外貨を取り込むことで対外債務への依存度を下げ、財政を再建し、生産活動につながる投資のための資本を確保するには、簡素・公正・透明な税制、法制度の整備、銀行・金融システムの信用確立が不可欠だといえよう。
 なお、ルーブル切下げについては、根本的な問題解決策とはならないとの見方が強い。輸送インフラ・生産能力の限界・他の原油産出国との関係などから、主力となる石油等の輸出量拡大は困難であること、輸入代替産業の発達も遅れていることなどから、為替の切り下げだけでは国際収支の改善や輸出主導での回復は期待しがたいからである。またルーブル切下げは、上述のように外貨建比率が高い政府債務の負担急増を意味する上、輸入物価高騰を通じたインフレ再燃によって社会不安につながる怖れもある。
 ロシアについては、依然として政治リスクも高い。エリツイン大統領は、本年3月、テェルノムイルジン首相を突然解任して内閣を総辞職に追い込み、後任として35歳のキリエンコ燃料・エネルギー相(当時)を指名した。しかし、下院議会との対立が尖鋭化し、3度目の投票でようやく承認される事態となり、ロシア政治情勢の混迷を印象づける結果となった。今後の税制改革、歳出削減には国民の強い反発が予想されるが、共産党等の野党勢力が主導権を握る議会との対立により改革の遅れも予想される。ロシア経済再生のための改革実現にあたっては、現政権の政策実行能力が問われているといえよう。

(8月5日 多田)

 本レポート作成後の8月17日、ロシア政府及び中銀は、市場の売り圧力に抗しきれず、@通貨ルーブルの目標相場圏を1ドル6.2ルーブル±15%(5.25-715)から同6.0-9.5ルーブルへ変更(実質切下げ)、A17〜90日間の民間対外債務モラトリアム、B非居住者によるルーブル建て債券投資の制限、C99年末までに償還を迎える短期国債の中期国債への切り替え、からなる緊急金融対策を発表した。また、エリツィン大統領は23日、キリエンコ首相と全閣僚の解任を決定し、臨時首相代行にチェルノムイルジン前首相を指名した。