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平成10年(1998年)7月29日 NO.10
東京三菱レビュー

アジア危機後のメキシコ製造業の競争力


 アジア危機が中南米諸国の貿易に与える影響については、 (1)対アジア輸出量の減少、 (2)アジア需要の減少による輸出産品価格(主に一次産品)の下落、 (3)アジア通貨下落による相対的な第3国への輸出競争力の低下、 という3点から考えることができる。このうち、今後中期的に最も懸念されるのが、 第3点目の輸出競争力への影響であろう。 本稿では、この点から最も大きな影響を受けるとみられるメキシコの 製造業セクターについて、現状と今後の課題についてまとめてみた。


・ アジアとの密接な競合関係にある対米製造業製品輸出
 
・ 90年代のメキシコの輸出動向
 
・ 今後のメキシコの競争力を左右する要因
 
・ 注目される投入財国内供給力の向上


アジアとの密接な競合関係にある対米製造業製品輸出
 
 97年来のアジア諸国の通貨下落を受けて、中南米諸国の 輸出競争力への影響が懸念されている。そこでまず、 両地域の相手国別・品目別の輸出構造を比較し、どの分野において 競合しているのかを概観した(第1表)。 その結果、EU及びアジア諸国(日本を含む)への輸出においては、 アジア諸国からの輸出品目は製造業製品を主体としているのに対し、 中南米諸国からの輸出品目は一次産品が中心となっており、 競合度合いは低い。一方、米国及び中南米への輸出においては、 両地域ともに製造業製品輸出の割合が高く、 相対的に密接な競合関係にある。特にメキシコでは、 全輸出額の85%が製造業製品輸出、うち75%が米国向けであることから、 対米製造業製品輸出が全輸出額の約65%を占めている。このため、 今後のアジアとの競合は中南米諸国の中でも最も激しくなると考えられる (第1図)

90年代のメキシコの輸出動向
 
・対米製造業製品輸出依存の高まり
 このようなメキシコの輸出構造における対米製造業製品輸出への偏重傾向は、 90年代を通して強まった。なかでも、機械・輸送機器類(SITC第7部)は、 対米輸出の伸びを牽引してきた(第2図)。 また、米国の輸入に占めるメキシコからの輸入のシェアも、この機械・輸送機器類 については90年の6.6%から96年には13.0%と大きく伸びており、同品目における 対米輸出競争力が飛躍的に高まったことがわかる(第3図)。  こうした対米製造業製品輸出の高い伸びの背景には、94年のNAFTA (北米自由貿易協定)発効による対米輸出優位性の上昇、94年末以降の ペソ為替相場下落に伴う米ドル建生産コストの低下があったことは言うまでもない。 特にNAFTAによって米国の輸入関税が即時撤廃された自動車産業やテレビを はじめとするエレクトロニクス産業においては、メキシコは北米市場向けの 安価な組み立て生産拠点として重要な地位を占めるに至った。この際、 主にエレクトロニクスや繊維・衣料、自動車部品等の産業では、保税加工制度のもとで、 米国やアジアからの輸入原材料・中間製品を組み立て、 米国市場に輸出するというパターンが顕著に増加した。

・アジア危機発生後の製造業製品輸出
 こうした対米製造業製品輸出中心のメキシコの輸出は、アジア諸国と競合関係にある。 しかし、アジア危機発生後のメキシコ及びアジア諸国の対米製造業製品輸出伸び率の 推移をみると、現時点ではメキシコの対米輸出にアジア通貨下落の影響はみられない (第4図)(第5図)。ただし現時点では、 アジア輸出企業が生産・輸出能力を回復・増加 できないでいるという事情があることを勘案する必要があろう。つまり、 メキシコは94年末に通貨下落に見舞われた直後から急速に輸出を拡大したが、 この背景には米墨間貿易においてはNAFTAや保税加工制度利用を通した 米国企業内国際分業体制が確立されており、メキシコの対米輸出の約6割を 占めていたことがあった。このため、メキシコ国内金融市場の混乱から大きな影響を 受けずに、急速に生産・輸出体制を強化し、通貨下落によるドル建コスト低下という メリットを活かすことが可能となった。これに対し、対米貿易における企業内貿易比率の 低いアジア諸国では、多くの輸出企業が貿易ファイナンス手段を欠く状態となっており、 輸出回復にはより長い時間を要すると予想されるからだ。

今後のメキシコの競争力を左右する要因
 
 そこで、今後アジア諸国の輸出が本格的な立ち直りを見せはじめてからの メキシコ製造業の輸出競争力について考えてみたい。
 まず、NAFTAによるメキシコのアジアに対する対米貿易面での優位は、 将来的にはNAFTAのアジア太平洋地域への拡大やAPECの実態面での発展の 可能性を残すものの、当面は変わらないとみられる。
 しかし一方、為替相場面では、通貨の大幅下落に見舞われたアセアン 及び韓国との比較でメキシコが不利になったことは明らかである (第6図)。 このことは、対米輸出における優位を維持しつつも、輸出先の多様化・対米依存からの 脱却を目指すメキシコにとっては懸念すべき状況である。たしかに、 メキシコは変動相場制を採用しているために、メキシコペソの市場実勢に任せた 下落による調整が可能ではある。しかし、ペソ為替相場がアジア通貨下落と 歩調をあわせて大幅に下落すれば、ようやく収束に向かっているインフレの再燃を招き、 経済安定化に水を差しかねない。
 このため、いかに為替相場の調整によらずに生産コストを競争力のある水準に 保つことができるか、という点が重要であり、またこの成否が今後のメキシコの 貿易収支動向を通じて、ペソ為替相場水準の決定要因の一つとなろう。

注目される投入財国内供給力の向上
 
 こうしたことから、メキシコ製造業の生産コストについて、 その推移と問題点をまとめておきたい。
 第7図は、メキシコの保税加工工業以外の 製造業(金属製品・機械・機械製品)の生産コスト(米ドル建)のうち、 単位賃金コストと投入原材料コストについて試算したものである。 これによると、94年末の通貨危機後、単位賃金コストは大幅に下落し、 現在もほぼ95年の水準を保っている。これは、時間当り賃金は 景気回復に伴って95年末以降は前年比で上昇に転じたが、労働生産性も同様に 上昇したことによる。一方、投入原材料コストは危機後3年間で危機以前の水準に 戻っている。これには、メキシコの国内物価が為替相場の下落を反映して上昇しやすい ということの他に、メキシコでは保税加工工業以外においても、投入財の輸入依存度 (特に対米)が高いことが影響しているものとみられる。ここで問題となるのは、 メキシコ製造業の総生産コストに占める賃金コストの割合は低下傾向にあり、 平均では約1割に過ぎないということであろう。このため、今後国内調達率の 引き上げによる投入財コストの削減が進まなければ、メキシコ製造業がアジア諸国に 対抗する輸出競争力を維持することは難しくなろう。
 さらに、保税加工制度に目を転じても、投入財の国内供給力が低い現状では、 同制度が終了する2001年以降には、アジアを中心とするNAFTA域外企業がメキシコに 対米輸出生産拠点をおくメリットが失われる可能性も浮上しよう。この場合、 メキシコの製造業輸出は、NAFTA域内での相対的なメキシコの労賃水準の低さを 前提とした米国企業内国際分業体制への依存度をさらに高めることとなり、 このことがさらにメキシコ国内における産業連関の希薄化を進めるという悪循環に 陥りかねない。より長期的なメキシコ経済の安定的成長を展望すると、NAFTAの枠を 超えた対世界輸出における製造業の国際競争力の強化が必要であり、このためには 国内における技術蓄積と一貫した生産体制の確立が不可欠であろう。
 こうしてみると、メキシコが地場裾野産業の育成による投入財の国内供給力の 強化という課題に取り組む必要性は以前にも増して高まっているといえよう。
(7.10杉崎)