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平成10年(1998年)5月29日 NO.8
東京三菱レビュー

ユーロ導入を控えたイタリアの財政状況について


 5月2日のEU特別首脳会議において、99年1月1日から欧州経済通貨同盟 (EMU)をスタートし、ドイツ、フランスなど11カ国に「ユーロ」を導入する ことが正式決定された。今回参加が決まった11カ国の中でも、特にイタリアに関しては、 経済収斂条件の達成が遅れていたことから第一陣参加の行方が最も注目されてきた。 結果的には、マーストリヒト条約で定められた5つの収斂条件のうち、政府債務残高を 除くすべての条件を達成することとなったが、なかでも財政赤字削減(対GDP比3%以内) を達成できたことからは、イタリアのEMU参加に対する熱意がうかがえよう。 イタリアの財政赤字は80年代に入り急速に拡大し、90年代初めには対GDP比11%台に達した。 しかし92年のマーストリヒト条約調印以来、EMU第一陣参加に向けた財政赤字削減が 最大の課題となり、短期間で政権交代が繰り返されたにもかかわらず、財政赤字削減に 対する努力が継続されてきた。そして、プロディ現政権が97年度予算案で3%基準達成を 打ち出したときには、その実現の可能性について疑問視する向きもあったが、 対GDP比2.7%と予想以上の結果となった(第1図)
 以下、イタリアの97年の財政状況と今後の財政政策について見ていきたい。


・ 97年の財政収支改善 〜歳入の増加と利払い費減少が主因〜
 
・ 年金制度改革の実現
 
・ 国債発行による資金調達構造の変化
 
・ 今後の展望


1.97年の財政収支改善
  〜歳入の増加と利払い費減少が主因〜
 
 97年の一般政府(以下、同様)の財政赤字は対GDP比2.7%と 前年の同6.7%から大幅に縮小した。主因は歳入の増加と利払い費の減少である。 また、利払い費を除いた財政収支はすでに91年から黒字に転じているが、 97年には対GDP比6.8%と前年の同4.1%からさらに拡大し、イタリアを除く EU平均1.9%を大きく上回った(第2図)

 (1)歳入の増加
 97年の歳入は対GDP比で48.8%と前年の同46.5%から上昇し、90年以降最も 高い数字となった(第1表)。国内景気の回復を背景に直接税、間接税ともに 順調に増加したが、間接税については付加価値税税率引き上げ(注)の実施時期を 前倒しした影響が大きい。本来、98年度(年度は1〜12月)予算案に組み込まれた 付加価値税税率引き上げの時期を97年10月に繰り上げたことにより、 1.4兆リラの税収増加をもたらした。
(注)付加価値税税率は4段階(4、10、16、19%)あったが、 これを3段階(4、10、20%)とし、一部の品目で10%に下げるとともに、 全体では20%に上げる品目で税収増を図る。

 また、97年度予算において焦点となったのは、ユーロ税(Euro tax)という名で 97年限りの増税措置が盛り込まれたことである。具体的には、(1)個人所得税増税、 (2)退職金課税前倒し、(3)直接・間接税の徴収期日の厳格化であり、これによる 増税額のうち6割が99年以降還付されることになっている。イタリアがユーロ税を 財政赤字削減手段として用いることに対しては、ドイツなどから「一時的な数字合わせ」 と批判の声が上がったが、97年2月、EUROSTAT(EU統計局)はこれを承認した。 ユーロ税は計11.4兆リラとほぼ見込み通り(11.5兆リラ)の税収増加をもたらした。 ユーロ税を除いた97年の財政赤字は対GDP比3.3%とマーストリヒト条約の基準値を 上回っており、ユーロ税はその名の通り、イタリアのEMU参加に大きな役割を果たしたと いえよう。

 (2)歳出の抑制
 97年の歳出は対GDP比51.5%と前年の53.1%から低下し、90年代で最も低い数字となった。 主因は利払い費の減少である。イタリアでは、従来から巨額の債務残高(97年:対GDP比121.6%) を背景とした多額の利払い費負担が財政赤字拡大の一因となってきたが、97年は金利の 低下を背景に利払い費は前年比▲8.5%と減少し、また対GDP比でみても9.5%と7年ぶりに 10%を下回った。ただし、ドイツやフランスの利払い費が同3%台であることに比べれば 依然高水準である。
 一方、利払い費を除いた経常歳出は、むしろ38.5%と前年(38.3%)から小幅ながら上昇 している。各歳出項目で低下が見られたなかで、唯一上昇したのが社会保障費の支払いであり、 対GDP比19.6%、歳出全体の38.1%にのぼった。

2.年金制度改革の実現
 
 97年度の超緊縮予算によって駆け込みでEMU参加を決めたイタリアであるが、 その内容は、これまでみてきたように一時的な歳入増に頼る部分が多い。 99年のユーロ導入後も、持続的な財政赤字削減と債務残高の圧縮が必要になる イタリアにとって、歳出面での構造改革は避けて通れない課題である。
 イタリア財政の問題点としては、寛容な社会保障制度を背景に歳出に占める 社会保障費の比率が高いということが挙げられる。特に年金支出は96年に279.8億リラ、 対GDP比14.9%に達しており、他の欧州諸国が概ね同10%台であるなかで突出している。 年金制度については、歴代の政権も改革に取り組んできたものの、労組の反対もあり 十分な改革が進められなかった。しかし、95年にディーニ内閣が年金制度の抜本的な 改革について労組との合意に達し、96年から10年間で計108兆リラの歳出削減が 見込まれることとなった。構造改革とも言える年金制度改革が実現したことは評価されたが、 改革のスピードが遅すぎるとの批判もあった。
 96年5月に発足したプロディ政権はイタリアのEMU第一陣参加を最優先課題とし、 同年11月には念願のイタリア・リラのERM(為替相場メカニズム)復帰を果たした。 そして、残された課題である財政赤字削減に向けて、一時的増税措置による収斂条件達成を 図るとともに、年金制度改革にも着手することとなった。この背景には、財政赤字を 持続的に削減するためには、歳出面でさらなる構造改革を実施しなければならないとの 危機意識があるが、EU主要国から構造改革を求める声が強まったことも改革を 後押しする力となった。
 プロディ政権は当初、年金制度改革により98年度予算で5兆リラの歳出削減を 見込んでいたが、閣外協力している共産党再建派が反対の姿勢を示したことから 政局は混乱、プロディ首相は一旦辞任した。その後、政府による妥協案を共産党再建派が 受け入れたことから事態は収拾し、プロディ氏は首相に復帰したが、最終的に 年金制度改革による歳出削減額は4.5兆リラと予定を下回るものとなった。 改革の主な点は以下の通りであるが、基本的にはディーニ政権下の改革を スピードアップさせる内容となっている。

(1)公的部門と民間部門の扱いを統一
 公的部門にも年金積み立て期間最低35年の制度を導入。
(2)退職年金受給最低年齢の引き上げ(年金積み立て期間35年)
 ・ディーニ政権下の改革:退職年金受給最低年齢を98年から2年に1歳ずつ引き上げ、2006年に57歳にする。
 ・今回の改革:民間部門は2002年、公的部門は2004年に57歳にする。
(3)自営業者の年金拠出金の引き上げ
 自営業者の年金拠出金を98年に0.8%引き 上げ、その後毎年0.2%ずつ引き上げて 19%とする(現状は15%)。

3.国債発行による資金調達構造の変化
 
 このように、イタリアでは財政赤字の一因である年金制度等の構造改革に 取り組んでいるが、もう一つの要因である利払い費についてもその変動を 抑制すべく、国債発行による資金調達構造を変化させている(第3図)
 前述のように、イタリアは巨額の政府債務残高を抱えていることから 歳出に占める利払い費の割合が高い。さらに、債務のファイナンスを短期債で 行う比率が高く、金利の上昇が利払い費の増加に直結する構造となっていた。 このため、金利変動による利払い費の増減を抑制すべく、ここ数年イタリアでは 債務に占める短期債の割合を減らし、代わりに中長期債の割合を増加させる方針を 取っている。長短金利差を考えれば足元ではむしろ短期債の割合が高い方が 金利低下によるメリットが大きいといえるが、長期金利が歴史的低水準にある 時期をとらえて調達構造を長期化することにより、ユーロ導入後、ECB (欧州中央銀行)の金融政策が緊縮型となり金利引き上げに転じた時にも、 利払い費が膨れ上がることを抑制できるのである。

4.今後の展望
 
 以上みてきたように、イタリアはこれまでEMU第一陣参加を目指して 財政赤字削減に努めた結果、やや「背伸び」ともいえる3%基準を達成することが出来たが、 今後の焦点はイタリアの財政赤字削減の持続性ということになろう。
 政府は本年4月に、今後の財政政策の指針となる「経済・財政3ヶ年計画(1999年〜2001年)」 を発表した(第2表)。3ヶ年計画は例年5月に策定されるが、本年は1ヶ月早く発表された ことになる。これは、イタリアが引き続き財政赤字削減に取り組む姿勢を5月のEUサミット前に 発表することにより、イタリアの参加を一層確実にする狙いがあったとみられる。
 計画は、2001年には財政赤字額を対GDP比1.0%、政府債務残高を同107%に削減する というものであるが、その前提条件となる経済見通しは、実質GDP成長率を99年2.7%、 2000年、2001年ともに2.9%と見込むなど高めの数字となっており、楽観的な内容と言わざるを 得ない。また、前述のように、年金制度に関しても依然として改革が不十分であるなど、 残された課題は多い。
 しかし、政府は民営化計画の促進や、税の捕捉強化を目指した税制の簡素化 (個人所得税税率を7段階から5段階へ)など財政赤字削減に向けた施策を次々に打ち出し、 着実に改革を推し進めている。3ヶ年計画の達成に向けて、これらの施策がどのように 実効性を持つかたちで実施されていくか、今後も引き続きプロディ政権の手腕が 問われていくことになろう。
(5月22日 篠原)