平成10年(1998年)2月20日 NO.3

大幅調整を強いられるブラジル経済

 97年のアジア金融危機は、国際資本市場に大きなインパクトを与えた。 中南米諸国の中では、かねてより外国資本への依存度の高さや固定的な為替相場制度による 実質為替相場の上昇傾向が指摘されていたブラジルが最も大きな影響を受けている。
 本稿では、97年10月の香港に端を発した世界的株価下落後のブラジルへの危機の波及と対応策を踏まえ、 98年のブラジル経済への影響と中期的展望についてまとめた。


ブラジルへの危機の波及
 
政府対応策の影響
 
今後の展望


ブラジルへの危機の波及
 
(1)政府の対応策
 10月の香港株価下落を受けて、ブラジル株価も大幅下落にみまわれ、 レアル為替相場への下落圧力も高まった(第1図)。これに対して、 ブラジル当局は、外貨準備の取り崩しによるドル売り介入に留まらず、 中銀基準金利(TBC)の大幅引き上げ(10月20.7%→11月43.4%)や、 198億レアル(GDP比約2.3%、180億ドル相当)の財政赤字削減措置 (11月10日発表)を迅速にまとめ上げ、景気を犠牲にしても現行為替相 場政策を保守するという強い態度をみせた。この点は、景気への配慮から 引締政策を行わず、外貨準備取り崩しに終始した94年のメキシコの対応と の大きな違いであったといえる。

(2)小康状態となった外貨準備
 香港危機後のブラジル当局のドル売り介入や資本流出によって、外貨準備高 は9月末の631億ドルから11月末には520億ドルまで減少した。しかしその後、 前述の年率40%を超える高金利政策と財政改善措置のアナウンスメント効果が奏効し、 12月末の外貨準備高は522億ドルと小幅増加に転じ、資本流出に歯止めがかかった ことを示した(第2図)
 97年第4四半期の資金フローの動向をみると、カレンシーローン(ローン、海外での起債) による新規調達額は103億ドルとなったが、貸し手側の途上国向け貸付に対するリスク認識 の高まりや、スプレッドの増大による借り手側の調達見送りによって、期日到来に伴う 返済額を下回ったとみられる。次に投資資本についてみると、証券投資が流入額93億ドル、 流出額120億ドルとなり、27億ドルのネット流出となった一方、直接投資は引き続き堅調で、 流入額64億ドル(うち19億ドルが民営化案件)、流出額12億ドルとなり、53億ドルのネット 流入となった。

政府対応策の影響
 
(1)明らかとなりつつある内需低迷
 しかし、市場の安定化と引き換えに、ブラジルの国内景気は大幅な調整を強 いられることとなりそうだ。
 97年11月の実質金利は、年率40%を超え、実質GDPが前期比年率で▲14.8% となった95年第2四半期の水準近くに達した(第3図)。高金利によって、 割賦販売を主体とする耐久消費財販売は特に大きな打撃を受け、98年1月の 自動車販売台数は、前年同月比で15.4%減少した。
 市場の落ち着きとともに、中銀基準金利(TBC)は段階的に引き下げられており、 98年2月には34.5%に設定されたが、10月以前の水準(20.7%)まで低下するには まだ時間がかかろう。このため、ブラジルの経済成長率は、97年の3.0%から98年は 1%前後へと大幅減速を余儀なくされるとみられる。

(2)懸念される財政への影響
 内需への影響と共に懸念されるのは、内需減速による税収減と高金利による利払い費増大が、 今回の財政改善措置の効果を減少させてしまうとみられることである。
 今回の財政改善措置は、増税・税優遇の縮小による歳入増と、支出削減の両面から、 利払い前財政赤字を198億レアル縮小させることを狙っている。しかし、利払い後財政収支 を改善するためには、利払い費の推移を注視する必要がある。97年10月時点の金利負担額 (過去12ヶ月の累積額)をみると、268億レアル(GDP比3.25%)であり、このうち243億レアル (GDP比2.94%)は国内債務に対する利払いであった(第4図)。今後、高金利が長期化するこ とになれば、利払い前収支の改善の多くの部分が、国内債務利払い負担の増加によって相殺される ことになる。このため、対外収支の悪化の元凶ともなっている財政の抜本的立て直しのためには、 憲法改正を伴う行財政改革が必要であるといえる。

(3)縮小が期待される経常収支赤字
 一方、国際収支面に目を転じると、貿易・経常赤字は、それぞれ96年の▲55億ドル、▲243億ドル (GDP比▲3.1%)から、97年は▲85億ドル、338億ドル(GDP比▲4.2%)へと拡大した。
 もっとも、ドル建輸入額の前年同期比伸び率は、原油輸入価格の下落や国内消費の低迷によって、 97年第2四半期以降は減速傾向に転じ、12月には▲4.6%の減少となった(第5図)。98年には、 こうした内需低迷による輸入の減少が主因となって、経常収支赤字を▲250億〜▲290億ドル程度まで 縮小させることが可能であるとみられる。

今後の展望
 
(1)今回の為替相場防衛策の示唆するもの
 以上みてきたとおり、アジア危機の波及に対して、ブラジル政府は外貨準備の取り崩しを最低限に抑え、 IMF型ともいえるオーソドックスな内需抑制策を導入した。この結果、98年の景気は大幅に減速 することとなろうが、外貨準備高は小康状態となり、対外収支面での 危機的状況から通貨切り下げに追い込まれる事態は、一旦回避された。
 しかし、今回の一連の為替相場防衛策の導入は、政府が現行レアル相場を適正水準と考えていることを 示しているわけではない。現在も、政府が月間0.1〜0.3%程度で推移しているインフレ率を上回る 対ドル為替相場の下方修整(月間0.6%)を継続的に実施していることからも、政府が現状の レアル為替相場がある程度過大評価されており、これを実質ベースで是正する必要性を認識している ことは明らかであろう(第6図)
 今回明らかになったことは、メキシコ・アジア通貨危機の例をみても、外的圧力や外貨準備払底などに 追い込まれた形での為替相場の切り下げが、国際信任の決定的な低下と為替のオーバーシュートを 引き起こす危険性をはらむことを、ブラジル政府が十分に認識しているということであろう。逆にいえば、 市場が安定した状態で、抜本的な行財政改革実施の目処がつく、という環境が整えば、あくまで自主的な 形で、より早期に為替相場の適正水準への修整を終了させ、対外収支の改善を図るという選択肢が採られる 可能性は残されよう。

(2)国際信任の維持に向けての注目点
 一方、98年の経常収支赤字は減少する見込みであるが、ブラジル経済の外資依存度の高さが解決されたわけ ではない。ブラジルの総対外債務残高は1929億ドル(97年12月時点、うち短期債務355億ドル)と見積もられ、 このうち返済期限到来分と経常収支赤字をあわせた額を安定的に調達してゆく必要がある。こうしたブラジル の外貨資金繰りに対しては、今後も国際金融不安という外的要素が大きく影響しようが、ブラジル国内に おいては、少なくとも以下の点が国際信任の維持の観点から注目されよう。
 まず注目される点は、危機意識の高まりが、10月の大統領選挙を控えた各政党の思惑を超えて、憲法改正審議 (公務員特権条項の削除による人件費の削減、社会保障制度の改正)のスピードアップを促し、抜本的な 行財政改革の早期実現を可能にするかどうか、という点である。このことは、改革実現による財政改善効果も さることながら、レアルプランの中期的な安定性に対する国際信任に大きく影響しよう。
 次に、失業問題が深刻化する前に、景気回復への道をひらけるか、ということである。ブラジル国家地理統計院 (IBGE)の試算では、失業率の上昇を抑えるためには実質GDPの4%以上の成長が必要である。 97年のブラジルの失業率は5.7%となり、92年以来最悪の数字となったが、今後雇用情勢がさらに悪化すれば、 現職大統領支持率の低下により、政治面での不透明感が増すことも考えられるからだ。
 さらに中期的視野でみると、活発化している民営化や直接投資資本の受入を通した産業構造改革が、 早期に生産性向上および輸出拡大効果をあげるものとなり得るか、ということであろう。アジアの景気減速は、 短期的にブラジルの全輸出額の約15%を占めるアジア向け輸出に影響を与えると予想される上、同地域の為替 の大幅下落は、競合製品の第三国への輸出に中期的に影響してこよう。このため、これまでにもまして、 生産性向上による輸出競争力の強化が必要とされており、このことは現行のレアル為替の下方修正テンポが 適切であるか、という判断にも影響を与えることとなろう。

(2.10杉崎)