平成10年(1998年)1月5日 NO.2

新年世界経済の展望

アジアの混乱で不安定化した世界経済
 
安定成長確保が求められる米国
 
改革を迫られるアジア
 
軟着陸を目指す欧州経済通貨同盟
 
世界経済の課題と我が国の貢献
 
世界経済見通し(表1)
 
世界の実質GDP成長率(図1)


アジアの混乱で不安定化した世界経済
 
 97年はアジアが変節を迫られた1年であった。7月のタイのバーツ切り下げに始まった 通貨危機は燎原の火が広がるように、瞬く間にアジア各国へ広まり、タイ、インドネ シアはじめASEAN諸国、そして台湾、韓国などNIEs諸国を襲うこととなった。 10月には香港市場に始まった世界的な株価下落のショックは、アジアの混乱が世界経 済全体に波及するのではないかとの危惧を抱かせることとなった。
 アジア・中南米各国の経済は大きく減速すると見込まれる。IMFを軸とする国際金融支 援を要請、厳しい条件の遵守を迫られているタイ、インドネシア、韓国だけでなく、他の 近隣諸国も金融引き締めと緊縮財政を余儀なくされている。
 昨年のアジア通貨危機は、経済のグローバル化の進む中で、国際的資本移動がもたらす 影響の大きさを如実に示すものであった。国際資本移動は成長への資金を提供するが、 硬直的な通貨・金融政策や、健全性を欠いた経済政策には厳しい対価を要求することが分 かったのである。どのように成長力の高い国であろうと地域であろうと、市場の力に抗す ることはできないことを十分に認識させた。
 97年の世界経済を牽引したアメリカ経済にもアジアの混乱は影響を与えはじめている。 ニューヨーク株式市場では昨年末にはアジアへ進出しているマルチナショナル企業や、 ハイテク企業に株価の軟調なものが目立ち始めている。欧州は通貨統合を前にアジア危機 からは遠い場所にいるように見える。しかし、仮にアジアの混乱がアメリカの成長を大き く落ち込ませるようなことがあれば、欧州も所詮埒外ではない。
 長い間世界の成長エンジンと見られたアジアの混迷は98年にどのような影響を世界経済 に与えるのだろうか。世界的なデフレのリスクを回避しつつ、世界経済が順調な成長軌道 をたどるための課題は何だろうか。


安定成長確保が求められる米国
 
 その第一は、世界の先頭に立ってきた米国の景気拡大の持続を確実なものにすることである。 広大な国内市場をかかえ世界一の輸入国でもある米国は、他の先進国景気を支える意味でも、 アジア・中南米の調整負担を和らげるうえでも、その役割は大きい。
 米国は現在までほぼ7年にわたる景気拡大を続けてきた。企業収益の好調および雇用の拡 大により、97年には内需を中心に潜在成長率を大きく上回る高成長を達成した。その一方で、 ドル高による輸入物価の下落、競争激化のなかでの企業のコスト削減努力などから物価は 安定基調を維持し、物価の安定が実質所得の増加を通じてさらに需要拡大につながるという 好循環を形成してきた。
 また、こうした好循環の原動力となってきた情報化の動きも見逃せない。情報化投資は米企業 の生産性・収益性・競争力の向上に貢献することで、新たなビジネス・チャンスや雇用の拡大 をもたらす一方で、物価の安定にも寄与してきた。
 98年についても、情報化関連産業を中心とした景気拡大という図式に変化はないが、長期の 景気拡大のなかで、労働需給逼迫に伴う賃金上昇によるインフレ懸念が払拭できないことに加え、 企業収益減速の兆候もみられる。アジア・中南米向けを中心に輸出減速が予想されることもあって、 成長ペースは緩やかではあるが鈍化し、潜在成長率近辺に戻ってくるとみられる。
 こうした巡航速度への回帰を確実なものとするためには、労働需給の逼迫をうまく制御し、 インフレ率上昇を予防すると同時に、株・不動産など資産価格についても安定的な水準から乖離 しないような配慮が求められる。また、アジア市場の混乱や行き過ぎが懸念されるドル高の経済 への悪影響を最小化する努力も必要である。こうした意味で経済全体を見据えた予防的な 金融政策スタンスが引き続き重要である。


改革を迫られるアジア
 
 第二はアジア各国・地域が改革を強力に推進することで、世界経済の不安定要因を軽減することである。
 98年のアジア経済は依然として不安定な展開を余儀なくされよう。またその経済状況は国により大きく 異なるものとなろう。
 これは今回の混乱が一過性のものでなく、それぞれの国ごとに、自国通貨が割高となった通貨制度の問題、 賃金上昇に見合った輸出・産業構造の高度化の遅れ、国内の金融システム問題、そして不安定な 政治体制という複合的な原因を持つためである。
 通貨制度の問題については、ドル・ペッグを離れた各国がどのような通貨体制を指向するかの模索が続こう。 解決は簡単ではない。また、中国の人民元、香港ドルをめぐる思惑も払拭できず、新たな混乱の火種と なる惧れがある。
 輸出・産業構造の高度化については時間を要する。日本はアジア各国への技術移転等多くの貢献が 可能であろう。安定したアジアの発展は日本にとって不可欠であることは昨年の危機が如実に示している。
 アジア各国・地域の金融システムの改革は安定を取戻す上での重要なポイントである。アジア各国の 金融システムは、(1)過剰な不動産や設備投資への融資、(2)政治的圧力から国営企業などへの不良融資、 (3)金融機関の会計制度、監督制度の遅れと不十分なディスクロージャーといった問題を抱えている。
 不健全な金融システムは、対外的には世界の投資家の不信を買い、国内的にはクレジット・クランチを 招来し、各国が必要とする資本の調達を著しく困難にしている。
 したがって、金融システム改革を中心とした構造改革を進めることで、国際的信認と安定的資本流入を 回復させ、成長経路へ再び戻っていく道筋を探る必要がある。その際、短期的な混乱を恐れるあまり、 恣意的に金融・資本取引を制限してはならない。海外投資家の信頼を失うからである。また、デフレ政策 の行き過ぎが、不良債権の一層の拡大を通じて金融部門の再構築に支障を来すことのないよう配慮も 必要である。さらに、実体経済が必ずしも悪くない地域へも、市場心理の変化で伝染病のように波及した 今回の通貨・金融危機の経験に学び、当局間の緊密な協力も不可欠である。もちろん、一連のアジアの 取り組みに果たすべき日本の役割は小さくない。
 改革には、これまでの高度成長のなかで形成されてきた既得権益の再調整が不可避であり、 政治的安定の確保が最重要であることも忘れてはなるまい。


軟着陸を目指す欧州経済通貨同盟
 
 第三は欧州経済通貨同盟(EMU)の順調な船出である。
 欧州経済は、これまでの企業リストラ、ドル高、長期金利の低位安定などの効果が浸透し、 雇用環境も最悪期を脱していくなかで、外需主導の景気回復から、徐々に内需拡大を伴った 自律的拡大局面に入りつつある。
 こうした流れを続けるためには、混乱なく99年1月の通貨統合・新通貨ユーロの誕生を 迎えることが必要である。
 既に為替市場では、ほぼERM(為替相場メカニズム)の中心レートへの収斂が完了し、 債券市場における収斂も大きく進展した。将来の政策金利一本化を睨んだ短期金利の収斂も 加速しており、通貨統合への市場の信認は高まっている。
 今後、この信認を維持ないしさらに高めていくには、まず、欧州中央銀行総裁人事において、 大国間の覇権争いを抑え、政治的独立性を市場に示さなければならない。またユーロ導入に 向けての政策金利の収斂は、南欧諸国にとっては、景気サイクルやインフレ動向とは 直接関係ない金融緩和となるわけで、どのようにインフレ圧力の発生を抑え収斂を達成するかは、 欧州中銀を中心とした新通貨体制への信頼を左右する問題であり、EMU軟着陸の成否を握る 重要な鍵となろう。
 欧州が抱える構造問題の解決への各国の取組み姿勢も、EMUへの信認の確立には不可欠である。 長期的には、労働市場の柔軟性や高福祉のコスト軽減を伴わなければ、欧州社会は単一通貨導入の 経済的メリットを享受することが出来ない。如何に欧州中銀への信認を確立しても、各国毎の 労働政策や福祉政策における改革が伴わなければ、将来EMUのブレークアップ・リスクにつながり、 ユーロが不安定化する可能性があろう。こうした意味で、昨年秋にドイツで法人税の大幅減税を 含んだ抜本的税制改革法案が、野党の反対で頓挫したことや、フランスやイタリアで、労働コストの 上昇につながりかねない週35時間労働制の導入が検討されていることは、構造改革に逆行する動きであり、 将来の懸念材料となっている。


世界経済の課題と我が国の貢献
 
 このように、(1)グローバル・スタンダードを形成し世界をリードしてきた米国が、適切な政策によって 安定成長を確保すること、(2)アジアが過去の歩みを踏まえて世界経済との再調整を進めることで危機を 如何にして乗り切るか、(3)欧州固有の政治・経済の帰結である通貨統合という大いなる実験を如何に 円滑にスタートさせるか、――が世界経済98年の課題となる。
 我が国にとっても通貨危機に悩むアジア各国の問題解決は共存共栄を図る上での大前提であり、 IMFをはじめとする国際機関、先進各国とも十分歩調を合わせ、積極的な役割を果たすべきである。 また我が国の金融システム不安の早期解消を図り、我が国が再び安定成長軌道を取り戻すよう 努力することも世界経済の課題達成への貢献を果たす道でもあることを銘記しておきたい。
 
(1月 5日 調査部 経済調査グループ)