平成10年(1998年)1月5日 NO.1

新年日本経済の展望

期待と失望に翻弄された97年
 
楽観できない新年経済
 
再び問われる構造改革の実行力
 
日本経済の見通し(表1)


期待と失望に翻弄された97年
 
 わが国経済の構造改革が叫ばれて久しい。一昨年の秋口から年の瀬にかけて、 政府が「6大改革」を打ち出したあと、各種審議会、委員会等の報告書が立て 続けに発表され、構造改革気運は俄然盛り上がりをみせた。しかしながら、 それから1年余が過ぎたいま、むしろ構造改革の難しさをあらためて実感しつつ、 新年を迎えることになった。

 振り返ると、昨年のわが国経済は、年前半に景気の自律回復期待が高まった あと、年央以降は一転、失望感が強まるという、景況感の起伏が激しい一年で あった。春先にかけては、円安の進行が話題をさらった。昨年初めにかけて、 個人投資家による外債投資がかつてない活況を呈したこともあって、円ドル相場は 4月下旬に1ドル=127円台を記録、巷間では、外需の拡大を足掛かりとした景気 の本格回復に想いを馳せる向きも少なくなかった。円安差益の大きい輸出型の製造 業・大企業では企業収益が大幅に増加、これが中小企業や非製造業、あるいは家計 部門に波及することで、国内民間需要の推進力を加速していくとの見方が勢いを 増したわけである。

 新緑の頃には、金融市場が色めき立った。年初来軟調に推移していた日経平均 株価は、4月半ばより急上昇し、5月初旬には2万円台の大台を回復した。それに 足並みを揃える形で長期金利も上昇、公定歩合の引き上げを巡る議論が政官財を 巻き込んで活発化したこともあって、金利の先高観は急速に高まった。為替市場 でも、円ドル相場は急反発を演じた。日米政府高官が円安を牽制する姿勢を表明 したことも手伝って、円は一時1ドル=110円台まで急進した。

 ところが、梅雨前線の到来とともに、雲行きは怪しくなる。消費税率引き上げ 前の駆け込み需要の反動減や、所得税・住民税の特別減税廃止の影響が、個人 消費や住宅投資を中心に思いのほか強くあらわれたためである。そうしたなかで、 早期利上げ観測は急速に後退、株価も頭打ちを余儀なくされた。

 日本列島が晩秋にかけて記録的な少雨を経験したのとは裏腹に、わが国経済に 降り注ぐ雨脚は次第に強まっていった。米国経済が力強い拡大を続けるなかで、 輸出こそ堅調に推移したが、肝心の国内民間需要については、個人消費の低迷が 続いたほか、設備投資も精彩を欠いた。そうしたなかで、耐久消費財や建設財と いった最終需要財を中心に在庫が増加、企業は生産調整に着手し始めた。景気の 減速傾向が鮮明となるにつれ、企業収益の下振れ懸念が増大し、アジア発の金融 混乱やゼネコン、金融機関の経営破綻が相次いだことも災いして、わが国の株価 は下落の一途を辿った。長期金利も連日にわたって史上最低水準を更新、為替市場 では、円安傾向に拍車がかかり、12月中旬には、おおよそ5年半ぶりに1ドル= 131円台の円安水準をつけた。

 そうした状況下、暮も間近に迫る頃、政府は、97年度の補正予算で2兆円の 所得税・住民税の特別減税を実施する方針を打ち出した。が、その景気浮揚効果 を疑問視する向きも少なくなく、93年10月をボトムとする今回景気回復局面はす でに終焉を迎えているとの声は強い。いずれにしても、わが国経済は、先行きの 不透明感を払拭できぬまま、新しい年に足を踏み入れたことは確かなようだ。

楽観できない新年経済
 
 そもそも、わが国の景気が自律回復を果たせぬまま、減速を余儀なくされ た原因は何か。もちろん、97年度の税制改正などに伴う国民負担増の影響が、 そのきっかけを作ったことは、あらためて指摘するまでもない。しかしながら、 景気がそうした逆風を克服できなかったことの基本的な背景には、国内民間 部門の自律回復力を弱めている構造問題の解決に、十分な進展がみられなかった ことがあるように思われる。企業部門は、採算の低い資産と、その裏側にある 過大な負債の整理に手間取っており、資産効率は未だ過去最低水準で推移して いる。家計部門にしても、企業がなお過大な人件費負担に晒されている状況の 下で、雇用・所得環境の好転に期待を抱きにくくなっている。

 こうした状況を踏まえると、新年経済が歩む道のりは、決して平坦なもの ではない。当面の在庫調整が一巡したあとの98年半ば以降の景気展開について も、楽観は禁物であるように思われる。

 経済活動の源泉となる企業収益は、この先一段と伸び悩むこととなろう。 企業のコスト構造を総合的にあらわす損益分岐点比率は、今回の景気回復局面 では十分な低下をみなかったが、そうした脆弱な収益基盤の下で、売上高の 約9割を占める内需向け売上高の低迷が予想されるほか、これまで好調だった 輸出向け売上高についても、増勢鈍化を余儀なくされる公算が大きいためであ る。こうしたなかで、輸出産業を中心とした製造業・大企業は、仕入れ価格の 抑制や流通合理化などを通じたコスト削減姿勢を一段と強めることも考えられ る。中小企業や非製造業にとっては、その分、売上高の下振れ懸念が高まると いうことである。しかも、そうした企業では、これまで大きな役割を果たして きた金利低下による収益下支え効果も見込みにくくなっている。その結果、 業種間・企業規模間の収益力格差がさらに拡大する虞れもなしとしない。

 こうした状況下、国内民間需要が活気づく姿は想定しにくい。まず、設備 投資が勢いを取り戻すのは難しそうだ。とりわけ、中小企業や非製造業では、 バランス・シートの毀損の度合いが製造業・大企業に比べて深刻なだけに、 収益悪化に伴うキャッシュ・フローの伸び悩みは、大きな痛手となりそうで ある。家計部門に期待を寄せるのも酷であろう。もちろん、2兆円の所得税・ 住民税減税により、家計の手取りが増えるという追い風があることは間違い ない。しかしながら、企業の人件費負担がなお高水準で高止まっているなか、 将来の雇用・所得環境に不安が残る状況が続くとすれば、家計の消費マインド が大きく好転する姿は想定しにくい。前回94年度に5.5兆円の減税が実施された 時も、期待された消費性向の上昇は必ずしもみられなかったが、今回は、その 規模自体が前回より小さい単年度限りの減税であるうえ、企業収益の増勢鈍化 が予想されるなか、雇用・所得環境の改善余地も乏しいとみられるだけに、 むしろ家計の消費行動がより慎重になることが懸念される。また、駆け込み 需要の反動減を主因に大きく落ち込んでいる住宅投資にしても、金利の先高観 が生じにくい状況の下で、引き続き低調裡に推移しそうである。

 国内民需が冴えない展開を余儀なくされるとすれば、外需や公的需要に 景気の下支えをどの程度期待できるのか。

 まず、輸出は、徐々に勢いを落としていくとみておいたほうがよさそう である。肝心の海外需要環境が、緩やかに減速していくとみられるためで ある。わが国の輸出増に大きく貢献してきたさしもの米国経済も、これまで 潜在成長率を上回るペースで拡大してきただけに、今後はその成長テンポを スローダウンさせていく公算が大きい。懸案のアジア地域についても、景気 減速の度合いは国・地域によって必ずしも一様ではないにせよ、通貨危機の 影響が深刻なアセアン諸国や韓国、香港を中心に、金融引き締め政策や財政 緊縮策の継続に伴う景気減速は不可避とみられる。かたがた、このところ伸び 悩んでいる輸入については、これが、この先、大きく落ち込んでいく姿は想定 しにくい。生産コストの低廉なアジア諸国との内外価格差は依然大きく、輸入 品の構造的な流入圧力はかかり続けるとみられるためである。

 一方で、このところ減少傾向を辿っている公的需要は、今年も景気を下押 しすることとなろう。先般成立した「財政構造改革法」に基づき、新年度の 公共投資は、国の一般会計ベースで前年比7%以上の削減が予定されている。

再び問われる構造改革の実行力
 
 このようにみてくると、新年経済には、残念ながら景気の牽引役を演じる 需要項目が見当たらない。今年も景気は安定感に欠ける展開を余儀なくされ る公算が大きく、実質GDP成長率は97年度(0.2%、実績見込み)に3年 ぶりのゼロ成長となったあと、98年度も1.3%の低成長にとどまる可能性が 高いように思われる。

 そうしたなか、巷間では、早くも政策面からのさらなる景気梃子入れ策を 求める声があがっている。ただ、国内民間部門に大きな歪みが残っている限 り、景気刺激策が期待に違うことのない成果をあげるのは相当難しい。とす れば、わが国経済にとっては、国内民間部門に残る歪みを大胆に解きほぐし ていくことが、より重要な課題であるように思われる。構造改革を先送りし たままでは、いつまでたっても国内民需主導型の安定成長軌道への復帰は覚 束ない。

 もちろん、構造改革を推し進める過程で様々な矛盾・軋轢が生じることは、 想像に難くない。たとえば、この先、企業部門が資産効率の改善に邁進する となると、コストの大きなウエイトを占める人件費負担の軽減に、より積極的 に手をつけていかざるを得ない。終身雇用制や年功序列賃金といった、いわゆ る「日本型雇用システム」も、必然的に見直されていくこととなろう。だが、 現下の雇用環境を放置したままで、そうした動きがなし崩し的に進むとなると、 家計部門に相当の皺が寄ることは避けられない。賃金や退職金、各種フリンジ・ ベネフィットなどが、能力や実績よりも年齢や勤続年数に重きを置いて決定さ れているほか、退職金などに係わる所得控除が勤続年数が長いほど有利な仕組 みになっているなど、雇用者にとって労働移動の自由度が必ずしも十分に確保 されていないためである。他方で、家計の支出構造は、高齢化の進展に伴う 社会保障負担の増大など、固定費的な支出が年々嵩んでいるだけに、収入面 での不安定性をいたずらに助長することは、何としても避けねばなるまい。

 そうした観点からすれば、政策サイドには、民間部門が構造改革に果敢に 取り組むなかで生じる痛みを、いかに最小限にとどめられるか、その手腕が あらためて問われてくるように思われる。民間部門の活躍の場を広げるとい う視点に立って、規制の撤廃・緩和を通じた官のスリム化を徹底するととも に、労働移動に際して家計が不利を被らぬよう、税制・社会保障体系を抜本 的に見直していくことなどは、わが国経済の構造改革を円滑に進めていくう えで喫緊の課題である。官民をあげて構造改革に真摯に取り組めば、新年経 済の行く末には曙光が差していることだろう。
 
(1月5日 今井)