平成9年(1997年)4月21日 NO.9

新段階に入った中国の国有企業改革

――痛みを伴う改革の模索――

中国では、78年末から改革・開放政策を推進する過程で79〜96年に年平均9.5%という高成長を果たした。 しかし、その牽引役は専ら郷鎮企業(農村部の非国有企業の総称)や外資系企業などの非国有企業であり、 中央政府の計画通りに生産することに慣れきっていた国有企業を、市場経済に適応して効率性・採算性を追求するように改革することは極めて困難な課題として今日まで残されている。 こうした状況を受けて、ケ小平氏が亡くなった直後でポストケ時代の方向性を示すものとして注目を集めた、 97年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)においても、異例なほど国有企業問題が重視された。 実際、李鵬首相の政府活動報告の6分の1はこの問題に割かれ、政府首脳と各地方代表との懇談会でも、この問題がまず取り上げられた。 会期中に発表された全国工業センサス(10年毎に行われる大がかりな統計調査)でも様々な問題に苦しむ国有企業の実態が明らかになっている。 このように、市場経済に適合した新体制に向けての改革を進めるなかで、国有企業改革は最重要課題として位置付けられているといえよう。 以下では、これまでの改革にもかかわらず、経営状況が悪化の一途を辿る国有企業の現状と最近の対応策を概観した後、今後の展望を示していきたい。

悪化する国有企業業績とその背景
 
国有企業改革の遅れによる経済システムの歪み
 
改革に向けた最近の対応策
 
新段階に入った国有企業改革を支える政策対応


悪化する国有企業業績とその背景
 
 個別生産者に一定の自主権と利益留保を認めることによってインセンティブを高めるという手法は改革・開放政策への転換以降の基本的な改革手法であり、 特に農業面では農産物増産と農民の所得増という形で大きな成果をあげた。 これに対して、権限委譲による改革実施後も、国有企業では、80年代半ば以降、急速に利益率が低下し、 90年代に入ると赤字額が肥大化し、95年現在では国有企業の半数が赤字となるなど、業績は悪化を続けた(第1図)。 この背景にあるのは、第1に、国有企業の経営責任が十分追及されないことである。このため、コスト増が甘受され、経営悪化に直結する。 改革・開放以前、国有企業は、中央政府の計画に従って生産し、利潤は国庫へ上納、損失は国庫からの補助金で補填された。 改革・開放後は、国有企業に対して、生産・価格・賃金などに関する一定の決定権が与えられるとともに、利益留保も認められるという方式が、 一部地域の実験を経て、80年代半ばまでに全国的に採用されるようになった。 しかしながら、国有企業では、まず、企業利益よりも労働者の利益が優先され、賃金決定権の行使により、業績とは無関係に賃金が引上げられた。 実際、国有企業の名目賃金は79〜83年までは年平均5.2%と緩慢な上昇にとどまっていたのに対して、84〜95年では同16.6%に急騰している(第2図)。 一方、労働生産性を示す1人当り工業生産増加率(名目ベース)は79〜83年平均で4.5%、84〜95年平均で15.2%と賃金上昇率を下回った。 第2は競争の激化による売上げの不振である。80年代半ばは、農村部に蓄積された資本と余剰労働力を活用して郷鎮企業が消費財生産を中心に急成長を始めた時期でもあった。 84〜95年の工業生産伸び率(名目ベース)は、郷鎮企業では42.1%、これに対し、国有企業では同17.0%であった。 この結果、工業生産に占める国有企業のシェアは84年以降急速に縮小している(83→95年:73→34%、第3図)。 国有企業の市場シェアがいまだに顕著に大きいといえる業種は、資源採掘、タバコ、石油加工、化学、金属加工、電力、水道など、比較的資本集約的な業種に限定されている。 第3に、80年代半ばから価格自由化も進み、これに伴う原材料価格の上昇もコスト面から国有企業の収益を圧迫したことがあげられる。 これらの結果、業種別に国有企業と非国有企業の現状を比較してみても、おおむね、国有企業の方が規模は大きいが、利益率は低くなっている(第1表)。 とりわけ、国有企業については39業種中17業種で赤字になっているのに対し、非国有企業では、少なくとも業種全体で赤字になっているものはない点では際立った相違を示している。

国有企業改革の遅れによる経済システムの歪み
 
 このような国有企業の経営不振は、国有企業を中核に据えた中国の経済システムそのものを危機に晒し、 他の改革も困難にしかねないものとなりつつある。  その第1は、国有企業を支えるための金融システムが限界に近づきつつあるとみられることである。 80年代半ばから国有企業の採算意識を高めるという政府の意図で、資金源は国家財政から銀行融資に切り替えられた。 これに伴い、財政による国有企業赤字の補填は、国策上から発生する場合(政策性赤字と呼ばれる)に限定された結果、 89年の599億元をピークに96年には353億元まで減少している。 一方、銀行融資に際しては、銀行による融資採算性の管理、国有企業による採算性を考慮した合理的な借入が期待されたのに反して、 銀行の支店が地方政府や国有大企業の融資要請に応じざるを得なかったことや銀行間競争のなかで融資量の拡大に走ったこと、 などから採算を十分考慮に入れない融資が積み上がった。 この結果、国有商業銀行の資産の約20%が不良資産化し、放置できない状況になっているといわれる。  第2は、赤字国有企業への配慮からインフレ抑制策の効果が減殺されるとともに、引締めに際して非効率な資源配分が助長されることである。 これは、93年後半以降の引締め過程に端的に現われた。 中国では、改革・開放政策への転換以来、景気過熱でインフレ圧力が高まる度に、厳しい金融引締め策でそれを抑制してきた。 しかし、93年後半以降、引締め政策に転換したものの、消費者物価上昇率は上昇を続け、94年10月に27.7%のピークをつけて、 ようやく下落に転じた(95年末には10.1%まで沈静)。このように、インフレ率低下に長時間を要した背景の1つとして、 政府が、融資総量規制で金融引締めを図る一方で、経営不振の国有企業への配慮から時機に応じて銀行融資を容認せざるを得なかったこと、 インフラ建設は重要視されたため国有企業の固定資産投資に歯止めがきかなかったこと、などから需要抑制が進まなかった点が挙げられる。 第2表で銀行のネット貸出増加額をみると、94年の固定資産向け貸出は前年比2.2倍と急増し、その後も2000億元を上回る高水準を維持した。 また、国有企業の工業部門向け貸出も増え続けた。このように、引締め下で、相対的に非効率な国有企業向けには安定的に資金供給がなされる一方で、 集団所有制企業・個人経営企業などの、より効率的な非国有企業への融資は絞られるという結果となったのである。

改革に向けた最近の対応策
 
 このように、国有企業は、これを中核として中国の社会・経済が構築されてきただけに、 その改革の遅れは、中国経済の市場経済化全般に支障をきたすものとなってきた。 そのため、政府も、ようやくグランド・デザインを示さざるを得なくなってきた。 国有企業の不振は、経営責任追及の甘さと非国有企業との競争激化によるところが大きいが、 そもそも、社会主義体制下で国有企業は都市住民の生活を保障する役割を強く求められていたために、 経営責任追及は二の次となり、非国有企業と比べ不利な競争条件の下にあったことは事実である。 そこで、最近の改革は、国有企業が担ってきた社会保障負担の軽減、 ならびに経営責任を果たす企業へ変革を促す企業近代化の追求を軸に展開されつつある。

(1)社会保障負担の軽減
国有企業は、年金、医療、住宅、教育など幅広く従業員の社会保障を負担している (国有企業労働者は、1億955万人、うち工業部門4,397万人)。 こうした状況では、20〜30%といわれる余剰人員の削減も難しいが、それでは国有企業の効率化のための選択肢は著しく限定される。 そこで、企業単位ではなく、地域ないし国家的な社会保障制度を整備することによって、社会的セーフティ・ネットを確立することが不可欠となっている。 80年代半ば以降、従業員と企業の双方に負担を求めた地域毎の年金、失業保険、医療保険などの社会保障制度が導入され始めた。 しかし、具体的な対応は各省・市に一任されたことから、改革の進捗状況は地域による格差が大きかった。 そこで、政府は、97年の全人代において、年金システムについては本年中に全国的に統合するスタンスを示した。 但し、従業員負担分は最高でも賃金の8%程度にとどまる見込みで、国有企業の負担が大きく軽減されるかは疑問が残る。 業績悪化から従業員のレイオフに踏み切る国有企業も増えてきているだけに、社会保障制度の整備は急務といえよう。

(2)国有企業近代化への試み
 92年は、春にケ小平氏が南部を視察した後、講話を発表して改革・開放を大胆に推し進めるよう促したのを受けて、改革気運が高まった年であった。 これに伴い、国有企業改革も新たな段階に入り、同年7月、「国有工業企業経営メカニズム転換条例」が出され、 市場経済に適応する自主経営、損益自己負担の近代的企業へ変革させるべく、国がもつ所有権と企業がもつ経営権を分離し、 生産・投資・雇用など様々な面での経営自主権を国有企業に賦与することが規定された。 さらに「社会主義市場経済」を初めて打出した92年10月の共産党大会(5年に1回開催)では、 国有企業改革において、大中企業については経営メカニズムの転換による体質強化が提唱され、 小企業については賃貸・売却などにより集団・個人に経営を任せることも容認するという改革の方向性が示された。 84年から試験的に導入された株式制についても、企業の経営メカニズムの転換に寄与するものとして健全な発展の必要性が示唆された。 こうした一連の改革路線は、現在まで踏襲されている。 こうした流れを受けて、94年11月からは「近代的企業制度」の確立を目標に据えて、モデルを設定しての改革が試行されている。 まず、95〜96年の2年間で近代的企業に変革させるための100社が選ばれた。 また、合併・破産を主要手段として最適な資源配分を図る「資本構造最適化」のモデル都市も18都市選定された。 一方、社会主義市場経済の確立を目指すなかで金融改革にも本腰が入れられるようになったが、その一環として、 不採算な融資を容認しない銀行システムの確立も図られた。具体的には、94年に政策金融専門銀行3行を新設、 95年に「商業銀行法」を施行するなどの措置を通じて、既存の国家専業銀行を市場経済に適合する収益性、 安全性、流動性を経営原則とした商業銀行に変革させようとしている。 こうして、今後、銀行の不良資産となるような国有企業債務を増加させないための枠組が作られつつあるが、 加えて、すでに積み上がった不良資産についても、限定的ながら解決策が示され始めた。 第9次5カ年計画(1996〜2000年)要綱(96年3月発表)においては、 国有大企業1,000社を選んで、国が経営改善に積極的に関与するスタンスが示された。 このなかで、経営の足枷となっている企業債務の重みを認識して、これらの企業に対しては、国家資金を投入した債務削減策が提示された。 具体的には、@合併企業の一部債務は利子減免、元金の返済猶予A企業債務を国の資本金に振替えB破産企業の債務を帳消し――などである。 一方で、その他中小企業には、改組、連合、合併、共同出資制、賃貸、請負経営、売却、とあらゆる方式で、自ら先行きを決定することが要求された。 これは、先進工業国化を目指すべく、その担い手となりうる国有企業にのみ国家の管理ならびに支援を集中したい政府の姿勢を反映していよう。 政府は、選定された1000社のうち800社余りで国有企業の総資産の63%、販売収入の70%、税込み利益の74%を占めるとしている。 97年3月の全人代における李鵬首相の政府活動報告では、選別された1,000社のうち96年には300社について政府が融資への支援、 監督を行い、良好な結果を挙げ、97年には511社まで拡大する旨が述べられた。 小企業については、改組、連合、合併、株式制、リース、経営請負、売却などで活性化したものもあると報告されている。 また、資本構造最適化のモデル都市も18都市から58都市まで、さらに本年は110都市まで拡大されるとの報告であった。 ちなみに、58実験都市では、96年1〜9月で518社の破産、517社の合併、これらに伴う118万人の人員整理が行われた。 こうした状況を踏まえて、97年4月、政府は国有企業改革の主管部である国家経済貿易委員会を中心として関係各省庁・中央銀行などからも人員を集めた「合併・破産・再就職工作指導小組」というタスク・フォースを新設する旨発表した。 同小組は、各地で、銀行と協同で合併・破産企業のリスト・アップならびに負債処理を行うことになっている。 同時に、政府は、各地方政府に対し、再就職サービスセンターを設置するよう命じた。

(3)現在の改革の有効性  大中企業への政府の関与とその他中小企業への経済自由度拡大を中心として、 合併・破産を通じて「優勝劣敗」の競争原理を浸透させるという企業改革の有効性をどうみるべきであろうか。 まず、選別強化の対象となった1000社であるが、選別されたからといって必ずしも先進国並みの技術水準ならびに効率の向上への道が開けるものではなかろう。 むしろ、政府が債務の削減、資金面での優遇に積極的に取組むようになったことで、政府の介入が強まるのではないかという点が懸念される。 資本主義国においてすら、国有企業の非効率性の改善のために民営化を試みていることを考えれば、なおさらである。 一方、選別からはずれた多くの中小企業は自由な活動の名目で保護を削減されるという厳しい状況に直面している。 国有企業に比べれば、郷鎮企業は総じて小規模ながらも良好なパフォーマンスを達成してきた。 この経験に照らすと、中小の国有企業も、既述の社会保障などの経営負担の軽減策が進展するとともに、 政府からの介入も保護も極力抑えることができれば、経営自由度と危機意識の高まりのなかで、活力を引出す可能性も生まれよう。 実際、郷鎮企業には農村という受け皿があるだけに雇用調整を行い易いという国有企業に比べて有利な面もあったが、 市場経済化のなかで、迅速にニーズを把握してニッチに特化した企業だけが生き残ってきたことも事実である。

新段階に入った国有企業改革を支える政策対応
 
 このように国有企業改革は、利益留保をインセンティブとして相対的に優良な企業の活力を引出す段階から、非効率な企業に対して、 破産、合併、人員整理などの選択肢を与えて市場経済に適合する企業への変革を促す段階に入ってきている。 さらに、経営責任の確立という観点からすれば、依然試行段階にある株式制の普及とそれに伴う株主による経営監督機能の発現が必要であろう。 現行は96年末現在で国有企業を中心に改組・新設された株式会社は約9200社にとどまる(工業部門の国有企業約12万社)。 また、株式制導入の主眼は、株売却による資金調達に置かれ、政府の介入を抑制し、企業の自主権を確立するという効果は乏しいといわれる。 社会主義体制を堅持する以上、政府の企業国有制に対する執着は根強いが、 国以外の株主――企業業績の良否から直接的に影響を受ける――の主導でなければ、経営責任の追及を十分に行うことは難しいと考えられる。 また、現在の改革路線は、国有企業労働者の痛みを伴うものであるため、国内の不満や不安を考慮すれば、 社会保障制度によるセーフティ・ネットの構築が不可欠である。 とすれば、銀行の不良資産と化している国有企業債務の整理同様、巨額の資金を要する課題といえる。 これらを大過なく処理するためには、中国の現状を考慮すれば2つの側面からの政策対応が重要であろうと考えられる。 1つは、これら課題の解決に向けて十分に国家資金を投入するための合理的な徴税システムの構築である。 財政収入のGDP比は78年の31.2%から95年には10.7%にまで低下している。 全て国庫に納めていた国有企業収益を各企業に留保する形で改革を進めてきた以上、ある程度の低下はやむを得ない。 しかし、20%以上も低下している背景には、依然として国有企業が中心的に財政負担を担っており(95年で全体の71%を占める)、 急成長してきた非国有企業に対しては十分に税負担をさせる体制が整っていないことがある。 非国有企業の利益実態を正確に把握し、応分の負担を求めるシステムが必要であろう。 いま1つは、適正な外資政策である。 これまで、外資系企業は主として国有企業との合弁を通じて技術および経営ノウハウの移転のみならず、資金面でも中国経済を下支えしてきた。 例えば、95年の直接投資実行額は375億ドルとGDP比5.4%にのぼっている。 しかし、巨額の直接投資流入と国有企業の不満を受けて、政府は、 外資の選別的優遇策をとる一方、外資系企業全般への税制を中心とした優遇策は削減していく方向にある。 国家財政逼迫を考慮すれば、税制優遇削減はやむを得ない面もあろうが、今後も、漸進的に国有企業の体質改善を促すうえで、外資系企業の貢献は不可欠である。 外資系企業にとっての投資環境を悪化させ、資本流出を招けば、中国経済への打撃は軽微ではなく、当然国有企業改革にも支障が出よう。 国内の規制緩和・市場開放などを進めることによって、外資系企業と互恵的な発展を志向すべきであろう。 以上みてきたように国有企業改革は破産、合併、人員整理などを伴う形で進められている。 言い換えれば、これまで当然視されていた終身雇用という既得権益に踏込む新たな段階に入ってきたといえる。 これを考慮すれば、社会不安のリスクを最小化し、また経済の失速を招かないように、多面的な政策対応で国有企業改革を支えると同時に、 そのための環境整備を進めていくという困難な作業が政府に求められているのである。
 
(4月21日 萩原)