平成9年(1997年)1月24日 NO.4

ダブリンサミット後のEUの課題

はじめに
 
1.統合の流れの中でのダブリンサミットの位置づけ
 
2.サミットでのEMU関連事項の合意
 
3.今後の課題


はじめに
 
 昨年末、12月13日、14日の2日間にわたってアイルランドのダブリンで欧州理事会(以下サミット)が開かれた。 サミットでは、@統合後の各国の財政赤字の規律を定めた「安定と成長の協定」、A99年1月以降のEUROとその他の欧州通貨の間の為替相場メカニズムとなるERM2、 BEUROの法的枠組を規定する理事会規則の原案の3点について合意や確認がなされ、EUは経済通貨統合(EMU)の実現に向けて大きく前進した。

 その一方で、マーストリヒト条約の見直し作業である政府間協議(IGC)については、議長国アイルランドが提出した条約改正案と、独仏のIGCを97年6月までに完了させる決意を表明した親書が確認されたに過ぎず、 実質的にほとんど進展が見られなかった。

 このように今回のサミットでは、EMUについては進展、IGCについては停滞と、2つのテーマは対称的な結果となったが、その背景にはなにがあるのか。 EMUを推進させた力は何であり、IGCが滞っているのはなぜなのか、マーストリヒト条約調印時からの統合の動きを振り返ってその背景を探ってみよう。

1.統合の流れの中でのダブリンサミットの位置づけ
 
 欧州が目指している統合の姿はマーストリヒト条約にほぼその全容を見ることが出来る。同条約の中心はEMUに関する条文であるが、それ以外に、EU域内の連合市民権の確立、 欧州議会の権限強化を含んだEUの組織改革、共通外交・安全保障政策、社会政策といった多方面にわたる事項について規定されており、EUの目指す統合とは、単なる経済・通貨面だけでの統合ではなく、 外交、安全保障、社会政策でも共通政策を目指す高度に政治的な統合であることがわかる。

 昨年一年間の統合に向けたEUの作業を振り返ってみると、まず96年1月から、EUの機構改革、意思決定方法、共通外交・安全保障政策のあり方等を見直すIGCがスタートしたことが挙げられる。 しかし、IGCは、一つ一つの問題が加盟国の国家主権に関わる重大なものであり、各国の思惑にいまだ多くのばらつきがあり、特に国家主権を重視する英国の現保守党政権は、 現状から一段と踏み込んだ統合には多くの面で強く反対しているため、実質的にIGCは、今年5月までに実施される英国議会総選挙の結果を待って6月末の期限ぎりぎりで決着がつくものと思われる。 アイルランドが今後6ヶ月の交渉の指針としてサミットに提出したマーストリヒト条約改正案も、改正案というよりは論点整理に近いものにとどまった。

 一方、経済通貨統合については大きな進展があった。特に、9月のダブリン非公式蔵相会議では、 今回のサミットで合意・確認に達した「安定と成長の協定」「ERM2」「EUROの法的枠組」についての基本原案が承認され、EMUへの期待は、以後一段と高まることとなった。

 しかし、今回のサミットで、最終的に「安定と成長の協定」の細目に議論が及んだ時にみられたドイツとフランスの確執は、かねてからの独仏の統合論の対立が表面化したため非常に激しいものとなった。 ドイツはマルク並みの通貨価値を持つEUROの保証として制裁措置の自動的発動にこだわり、フランスは通貨の存在そのものに価値があるのではなく、あくまで通貨は経済成長をささえる手段であるとして、 通貨価値至上主義に反発し、制裁決定過程に政治的裁量の余地を残すことにこだわった。 このため、一時、合意は半年後のアムステルダムサミットまで持ち越されるのではという懸念もあった。 しかし、最終的に妥協が成立したのは、統合の牽引役である独仏間で亀裂が生じることが、IGCが滞っている現在のEU全体の求心力を大きく低下させるという危機感がドイツとフランス両者にあったためであろう。 妥協においてより大きな譲歩をしたのはドイツ側であるといわれるが、安定と成長の協定の合意内容をみる限り、それでも非常に厳格な財政運営を参加国に要求しているものであり、フランス側も、 最終的にドイツが譲歩できる範囲というものに配慮し、交渉の決裂はあってはならないという姿勢で臨んだサミットであったと思われる。

 では、「安定と成長の協定」他、ダブリンサミットで合意に至った2項目についてその内容を見てみよう。

2.サミットでのEMU関連事項の合意
 
(1)安定と成長の協定
 同協定は、EMU参加国に過度の財政赤字が発生した場合の対処を規定したマーストリヒト条約104(c)条に基づいて、その厳密な運営を追求したドイツから当初提案されたものである。 ドイツでは、戦前のハイパーインフレの経験から、通貨価値の維持を第一の目標とした金融政策選好が国民の間で非常に強く、 またそれを実現した戦後のマルクは、単なる通貨以上に自国経済の発展の象徴としてとらえられており、 これがEUROに変換されることには国民は強い抵抗感を持っていた。 野党社会民主党は、折りに触れEMUを推進する与党への攻撃手段としてマルク擁護論を掲げていた。安定協定はこれに対するワイゲル蔵相のカウンターオファーとして登場する。 当初のワイゲル蔵相の原案は、過度の財政赤字規模を平常時はGDPの1%と定義するなど、相当厳格な内容のものであったが、その後ドイツ自身、 財政赤字を3%内に抑えることが困難であるということが明らかになるにつれて、財政赤字の許容範囲はGDP比3%のラインで落ち着くようになった。 今回のサミットで合意された協定は、フランスの強い要望により「安定協定」から「安定と成長の協定」と名称が変更されたが、その内容は、@中長期な目標を設定し、 健全な財政運営を目指した監視体制を規定する「監視規定」と、A過度の財政赤字が発生した場合の対処方法を規定した「過大財政赤字規定」の2つの部分から構成される。以下その詳細を見てみよう。

@「監視規定」
 監視規定は、平時における財政運営を規定したもので、安定プログラムと収斂プログラムの2つから構成されており、EMU参加国は安定プログラム、未参加国は収斂プログラムの提出が義務づけられている。

 安定プログラムの目的は、EMU参加国の中期的財政収支ターゲットとそれに向けた中間目標を明確にし、またターゲットに向けた政府の具体的取り組み事項を公表することである。 また、欧州委員会と閣僚理事会は、公表されたプログラムに基づき各国の財政運営を監視し、現状の財政運営に過度の財政赤字発生につながる危険性があると判断したときには閣僚理事会が当該国に早期警告を発するシステムとなっている。

 収斂プログラムは、EMU未参加国向けのもので、目的は安定プログラムと同様だが、内容の詳細は欧州委員会から後日発表されることになっている。安定プログラムも収斂プログラムも1年毎に見直される。

A「過大財政赤字規定」
 これは、過度の財政赤字が発生した時の規定であり、その適用に関する更なる細目、規定諸項目の厳密な定義や適用期限等については継続討議事項とされ、 後日理事会規定として発表されることになっているが、今回のサミットで決着した部分について簡単にまとめると以下の通りとなる(合意内容全体は第1表参照);

 まず、過大な財政赤字の範囲であるが、GDPの3%を超えるものとされる。

 しかし、その時の当該国の実質GDPが前年比−2.0%以下の景気後退期である場合は、過度の財政赤字が存在しても制裁対象外となる。 景気後退が−2.0%以上であっても、当該国が制裁適用除外扱いとすべき景気後退であると申し出をした場合は、閣僚理事会で制裁対象外とするか否か協議を行う。 但し、このルールの濫用を防ぐために、協議の対象となりうる景気後退の目安を原則−0.75%までとする。

 次に、当該国の財政赤字が過大であると決議される過程をみると、まず欧州委員会が経済金融評議会(注1)に諮問にかけた後、閣僚理事会に対し特定国の財政赤字が過大である旨報告を行い、 それを受けて閣僚理事会は単純多数決でその国が制裁の対象となる過大財政赤字国であることを最終的に決議する。 閣僚理事会でも決議が困難である場合は、欧州理事会が当該事項に関して「欧州理事会決議」という強力な政治指導力をもった決議を行い、閣僚理事会と欧州委員会を指導する。 つまり、制裁発動の決議は、欧州理事会というEUの最高決定機関にまで持ち越される可能性を持ち、極めて政治的な作業であることがわかる。

 しかし、その一方で欧州委員会、閣僚理事会とも過度の財政赤字が存在しないと判断した場合は、その上位機関に対し、書面でその理由を示さなければならず、安易な制裁回避採決を阻止する制度となっている。
(注1)経済金融評議会はマーストリヒト条約109c条に規定されている、99年1月のEMU最終段階移行と同時に設立される経済金融問題の諮問機関である。 メンバーは、EMU参加国政府と中央銀行から各1名づつ、欧州中銀から2名、欧州委員会から2名で構成される。また、同評議会の発足と同時に現在の通貨評議会は消滅する。

 制裁の形態は、まず欧州委員会の財政赤字勧告後10ヶ月以内に無利子預金の積立てという形で実施され、制裁開始後2年で財政赤字に改善が見られない場合は、罰則金としてEU予算に没収される。 無利子預金の金額は、固定部分GDPの0.2%と変動部分GDP比3%を超過した赤字金額の1/10の2つの部分から構成され、合計で最高GDPの0.5%とする。

 以上が安定協定の概略であるが、結局、ドイツが主張した数値でのみ規定した自動的罰則規定案は排除された。いかなる場合でも、財政赤字が3%を超えた場合、欧州委員会、経済金融評議会、閣僚理事会、 そして欧州理事会と合計4つの政治機関の審議を経て制裁発動の是非が決定され、フランスの主張が通った内容の協定となった。 しかし、平常時からの各国財政運営に関する中期目標の設定とそれについての監視システム等協定全体の構造はかなり厳格なものであり、自動制裁発動規定の排除がすなわちハードEUROの障害となるという懸念はやや短絡的であろう。 むしろドイツの求めた協定は杓子定規過ぎる極端なものであり、自国の歴史的経験にこだわり過ぎていたといえるのではないだろうか。

(2)ERM2とEUROの法的枠組
 次に、今回のサミットで合意に至った他の2つのEMU関連事項である「ERM2」とEUROの法的枠組」についてその内容を確認しておこう。

@ERM2
 まず、EUROとその他のEU通貨の為替相場メカニズムとなるERM2については、細目は第2表の通りであるが、ポイントは、(a)参加は自由意志、(b)変動幅は現行15%程度の比較的広いものとなる、 (c)限界点での介入は、原則“自動的”かつ“無制限”であるが、ESCB(欧州中央銀行システム=欧州中銀+EMU参加国中央銀行)側は通貨価値安定のため介入を停止することが出来る等である。

 ERM2に関する規定では、現ERMへの参加がマーストリヒト条約の経済収斂条件に含まれるか否かという議論を巡る対立が影を落としており、例えば、ERM2への参加義務に関する規定はあいまいな表現にとどめられており、 また逆に中心レートや変動幅の決定に関しては、現ERM非参加国はその決定過程に参加できないと明記し、英国やスウェーデンを牽制した内容となっている。

 現ERMへの参加をEMU参加への条件とするかという点については、EMIが96年11月に発表したコンバージェンスレポートで「EMIの役員の大多数は、ERM参加がEMUへの条件であるという見解を持っているが、 少数派意見が存在することも確かである」と現状の対立を述べている。少数派(英国、スウェーデン)の主張は、93年8月にERMの変動幅が15%に拡大してからは、現ERMへの参加そのものの実質的な意味は薄れたというものだが、 マーストリヒト条約に“ERMへの参加”と書かれている以上その主張の説得力は弱い。 しかし、例えばフィンランドやイタリア等の96年後半からERMに参加した国にとっても、条約を厳密に適用すると98年前半の参加国決定時までには、ERM参加持続2年の条件は満たせず、EMUの99年1月からの参加を阻まれることとなる。 またERMの通常の変動幅の定義を15%ではなくワイダーバンド移行前の6%あるいは2.25%と解釈すると、 アイルランドは現在ERM最弱通貨から9%以上も離れているため(現在アイルランドポンドはERM内最強通貨)これも条件を満たしていないことになる。 いずれにしても、マーストリヒト条約の厳密な適用には困難が伴い、結局のところ着地点は政治的な判断に委ねられることとなろう。

AEUROの法的枠組
 EUROの法的枠組については、95年12月のマドリッドサミットで、遅くとも96年12月までに理事会規則の基案を準備することが決定された。 欧州委員会は、この決定に基づいて2つの理事会規則のドラフトを作成し、今回のサミットではこの欧州委員会の報告内容が確認された。

 理事会規則1は移行期間のEUROとEMU域内各国通貨の併存状態における両者の関係を規定し、理事会規則2はEURO導入に伴う事象の変化に関した規則で、例えば契約の継続性等を取り扱う。

 ポイントは、理事会規則1については、EUROと1対1で交換されるECUの定義について、民間ECUは個々の契約に特記ない限り公的ECUと等価のものを意味すると解釈することが望まれるとしていること、 EURO導入は、EUによって実行までに十分な期間をおいて公表されていることであるため、これを「予期せざる環境の変化」として契約を変更する事由とする正当性はないこと、が規定されているほか、 換算ルール(計算最小桁、切上げ/切下げ規定等)についても細かく規定されている。

 理事会規則2には、移行期間中(99年1月1日のEURO導入時から遅くとも2002年6月30日とされるEMU域内各国通貨が法貨としての地位を喪失するまで)は、EMU域内各国通貨建表記による金額の違いは、 同一のEUROの価値を示す複数の表現方法の差に過ぎないという考え方に基づき、EUROと各国通貨双方の有効性やEUROと各国通貨間の相殺の有効性等が規定されている。 また債権債務者がEMU域内に存在しEMU域内通貨による契約である限りは、契約に記された通貨の如何に関わらず、債務者はEMU域内のどの通貨で支払ってもよいし、金融機関はそれを債権者への特段の断りなく、 債権者の口座にEURO建で入金することが出来るとし、EUROとEMU域内各国通貨が同じものであることが強調されている。

 ここで問題になるのは、この理事会規則の範囲では、EMU域外国が契約の当事者であったり、契約がEMU域外諸国の法に準拠しているものである場合、契約の継続性の保証が明記されていない点である。 かねてより特に過去の判例が重要な意味を持つ英米法に準拠した契約の場合の継続性が問題視されていたが、EUの一方的な決定によってはEU域外国に法的効力を及ぼす事が出来ない。 このため、法的にEURO導入に伴う契約の継続性を完全に保証しようとすれば、EUが第3国との間に契約の継続性に関する相互協定を結ばない限り、契約当事者の個々のケースに任せるほかないといわれている。

 特にスワップ契約については、英米法に準拠している場合が多く、契約の継続性を認めない事例が発生する可能性があるものの、そうなれば、スワップ取引はカバー取引を通じて多数の契約が連鎖していることが多いため、 業界全体に無用な混乱を巻き起こす可能性があり、何らかの統一的なルールが出来上がることが期待されている。

 以上、EMU関連事項についてのサミットでの合意・確認事項であったが、まだ問題点は残っているものの96年中に積み上げられてきた議論が整理されて集約されており、全体として統合に向けての大きな進展であったと評価してよいだろう。

3.今後の課題
 
 サミット後のEUの課題は、大きく2つにまとめられよう。ひとつは半年後に作業の期限が迫っている政府間協議(IGC)である。 これは、EUのメンバーが20カ国以上に拡大する将来を想定した、EUの組織改革や意思決定手続き改革等が含まれているため、98年から始まる東欧諸国のEU加盟交渉の前に終了しておかなければならない。

 もうひとつは安定と成長の協定の交渉で露呈した、ドイツとフランスの統合論の対立である。これは、統合の段階が関税同盟から、市場統合、 更に経済政策・金融政策の統合へと高次元になるにつれて、基本的な政治理論や統合思想の違いによる対立が表面化してきているものだ。それではまずIGCの課題からみていこう。

(1)IGCの課題
 マーストリヒト条約に規定された通り、同条約の見直し作業であるIGCは96年1月にスタートした。 一年経過した現在も目立った進展はないが、今後半年間で審議されなければならない論点を整理し列挙してみよう。

@多段階統合への対応
 まず多段階統合への対応が挙げられる。もともとマーストリヒト条約は、EMUの97年1月のEC12カ国中7カ国によるスタートの可能性を想定しており、多段階統合はアイデアとして持っていたが、 それが現実味を帯びてくるとさまざまな問題があらためて認識されるようになってくる。例えば、欧州中央銀行(ECB)役員会の人選には、EMU域内国は参加できても域外国は参加できない。 これは、95年11月にEMIのレポートで明記された。また、先述のように、ERM2の中心レートや変動幅の決定には、現行ERM非加盟国は参加出来ない等、多段階統合を進めていく結果、多くの側面でEU加盟国の一律の扱いが困難になってきている。 このような現実に対応し、多段階統合論を前提とした条約に部分的に修正を加える必要がある。

AEUの組織改革
 次に挙げられるのはEUの組織改革であるが、これは、主に3つの改革を指す。ひとつは委員数の削減と委員長の権限の強化という欧州委員会の改革、ひとつは採決方法に関する閣僚理事会の改革、 そしてもうひとつは立法府としての権限強化と従来の立法機関である閣僚理事会との役割分担に関する欧州議会の改革である。特に議論になるのは、現在、実務レベルでの最高機関である閣僚理事会における採決方法の改革問題であろう。 現在、理事会の採決方法は、単純多数決、特定多数決、全会一致の3種類あり、またこの分類とは別にEUの法規には規定されていないが拒否権が存在している。 3種類の採決方法のうち、年々適用範囲を拡大し最も重要な採決方法となっているのが特定多数決である。 ドイツとフランスは、EUへのより多くの国家権限の移譲を目指して特定多数決の適用範囲の拡大を主張していると同時に、大国の票数のウエイトの増大を主張している。 これに強硬に反対しているのが英国で、特定多数決の多用化は,結果としてEUの連邦国家的要素を強め、政治統合つながるものとして警戒している。

 意思決定手続きで、もうひとつ重要なのは、英国が国家主権維持の手段として固執している拒否権の問題である。 しかし、拒否権存続には、EUメンバー国が将来20以上に拡大し、より異質な国々がメンバーに加わったときに、これが濫用されEUとしての統一行動が困難になる危険性をはらんでいる。 そのため、これを排除し特定多数決による明確な意思決定のルールを確立することは、EUの拡大や、共通外交・安全保障政策には欠くことの出来ない課題となっている。

(2)独仏の統合論の対立
 先述のように、統合へ向けて進展するに連れて、これまで先送りされていたドイツとフランスの間の統合思想の対立が表面化してきていることも、今後のEUの行方を見る上で重要なポイントであろう。

 もともとドイツは連邦国家であり、国全体が独立性の高い州の集合体であり、また連邦レベルの組織にしても独立性の高い機関が集まって成り立っている。 当然、中央銀行は連邦政府からも完全に独立しており、また世論がそのような体制を支持している。一方、フランスは中央集権国家であり、国民の選挙で選ばれる大統領の権限が全く及ばない機関などありえないというのが伝統的な政治思想である。 通貨統合によって誕生する欧州中央銀行は、マーストリヒト条約でその独立性が保証されており、またその政策目標は物価の安定であると規定されているため、ほぼドイツの価値観がそのまま反映されているといってよい。 このようなマーストリヒト条約を当時フランスが認めたのは、統一ドイツ出現直後の極めて政治的な切迫感に駆られてのことであったと思われる。

 しかし、ダブリンサミット前後からは、フランス外交の巻き返しが目立つようになってきている。安定と成長の協定では、先述のようにフランスはドイツの主張する自動的制裁措置を阻止することに成功した。 またサミット後の記者会見では、ECBの単一金融政策に対峙(confront)すべく、EMU参加国の経済政策での統一的行動の必要性を訴えるなど、フランスの統合論の主張が目立っている。

 次回の欧州サミットは、6月のアムステルダムであるが、この時のサミットは、同時にIGCの期限となっている。現在、IGCの進展を遅らせている主要因は、英国保守党の改革への消極的な態度であり、 おそらく5月の英国総選挙後の新政権誕生を待って、期限ぎりぎりのところで決着がつくものが多いであろう。

 独仏の対立に関しては、次の最大の課題は、ECBの総裁を含む役員の人選である。マーストリヒト条約では、ECB役員会メンバーは、EMUメンバー国の国籍を持ち、金融に精通した専門家の中から選ばれ、 ECB理事会を構成することになるEMU域内中央銀行総裁と欧州議会に諮問にかけた後、閣僚理事会の推薦により、EMUメンバー国政府の共通の意見によって決定されると規定されている。 ECBの前身であるEMIの次期総裁は、現オランダ中銀総裁であるドゥイセンベルクと決定された。97年7月からの任期だが、98年上期中にはEMIはECBへの転換が予定されているため、 1年未満の任期のためだけに彼が次期EMI総裁に選出されたのではないとするのが一般的な解釈であり、同氏が初期ECB総裁に就く可能性は高い。 しかし、任期が原則8年という長さのECB役員人事は、ECBの性格を決定付ける重要事項であり、フランスは、このブンデスバンクとのつながりが強いオランダ中銀総裁の選出に対して、 既に「これは必ずしもECB初代総裁の選出を意味するものではない」とその見解を表明しており、98年前半のECB発足まで、人選を巡って独仏は再び激しい確執を繰り広げることとなろう。

 
(1月16日 佐久間)