平成9年(1997年)1月8日 NO.3

中国のIMF8条国移行について

 96年11月27日、国際通貨基金(IMF)は中国政府が国際収支の赤字対策などを理由に為替取引を制限しないことを約束するIMF協定第8条を受入れ、12月1日から正式に「8条国」に移行すると発表した。 また、翌28日には中国人民銀行(中央銀行)の戴相龍総裁が12月1日より、人民元の経常項目における交換性を実現すると発表した。 このことは、中国が今後、すべての貿易外取引を含む(資本移転を目的としない)経常的な国際取引のための支払いや移転に対して制限を加えないこと、ならびに差別的通貨措置や多重為替相場制度は採らないことを表明したことを意味する。

1.IMF8条国と14条国
 
2.IMF8条国移行への道のり
 
3.IMF8条国移行決定の背景
 
4.IMF8条国移行の実態
 
5.WTO加盟問題に与える影響


1.IMF8条国と14条国
 
 今日では、国際貿易の決済手段として交換性を有する通貨が国際通貨として機能することにより、円滑な国際貿易が成立している。 こうした事情からIMF協定第8条は、加盟国に対して経常取引のための支払いおよび資金移動に対する制限を禁止している。 しかし、一方で、発展途上国に対する配慮から、第14条であくまで経過的措置としながらも加盟時における経常取引に対する制限を認めている。 そこで、経常取引に関する制限を行っていない(自国通貨の経常項目における交換性を実現している)国をIMF8条国、行っている(自国通貨の経常項目における交換性を実現していない)国をIMF14条国と呼んでいる。 当然ながら、これまで中国は14条国に属していた。

 国際貿易体制は、通貨の交換性を有する国が、他の国に自国の財・サービスと市場へのアクセスを保証することにより維持されている。 これに対して、通貨の交換性を持たない国は、多くの場合、交換性を有する通貨を決済通貨として利用して国際貿易に参加することで、メリットを享受しつつ、自国通貨と外貨との交換に規制を加えることによって輸出入を制限しており、 そのメリットに相当する責任を果たしていない。世界貿易の安定と拡大のために、通貨交換性を有する国が増えることが望ましいことは明らかであり、このため、14条国は条件が整い次第、8条国へ移行することを要求され、 8条国移行までは毎年IMFと協議しなければならないことになっている。

 IMF第8条を受入れ、経常項目の交換性に対するすべての制限を廃止することは、IMF加盟国すべてに課せられた基本義務の一つであり、現在、IMF加盟国の過半が既に8条国の仲間入りを果たしている。 IMFは、いまやその貿易規模が世界で10位前後にまで達した中国が通貨交換性を有するという義務と責任を果たすことは極めて重要であるという判断から、これまでも中国に対して8条国移行を強く推奨してきた。

2.IMF8条国移行への道のり
 
 中国は、1980年にIMF加盟を果たしたが、当時は未だ政府によるマクロコントロールシステムが不完全で、外貨準備も少なかったことから、14条国としての加盟が認められた。 その後、中国の経済発展に伴ない、IMFは絶えず中国に対し早期の8条国移行を勧奨し、中国もこれに答えるべく改革を進めてきた。

 しかし、実際に中国が人民元交換性実現の足がかりをつかんだのは、1994年の外為管理体制改革からといえよう。 中国当局は、人民元相場について政府決定による公定相場と市場相場である外貨調整センター相場とを一本化し、全国統一の外国為替市場を創設し、市場の需給を基礎とする単一の為替管理フロート制度へと移行させた。 同時に、中国企業に対し、外貨留保制度の廃止により外貨保有を禁止する一方で、それまで事前許可制であった対外支払用の外貨購入を外為指定銀行に対する証明書類の提示のみで可能とした。 この段階で、中国政府は、中国企業に対しては条件付ながら経常項目における人民元の自由交換を認めたという認識を示している。

 さらに、本年7月1日以降、外資系企業についても、試験地区(江蘇省、上海、シンセン、大連地区)での実績を基に全国的に外為指定銀行における経常取引に伴う人民元兌換が認められるようになり、 これにより、国内での経常項目に関する人民元の交換性がほぼ実現され、IMF8条国移行に向けた基本的条件が整った。その後も、国内外為銀行での経常項目に関する人民元の兌換は特に問題もなくスムーズに行われたことから、 中国政府はIMF8条国移行受入れの環境が整ったと判断し、本年12月1日より経常項目における人民元の交換性を実現することを宣言した(第1表)

3.IMF8条国移行決定の背景
 
 中国政府は、96年3月に行われた第8期全国人民代表大会(国会に相当)第4回会議において、第9次5ヵ年計画(1996年〜2000年)の要綱を決定し、 この中で、2000年までに経常取引における人民元の交換性を実現させることを明記した。 また、6月には中国人民銀行の戴相龍総裁が年内に経常取引における人民元の交換性を実現させることを宣言した。

 今回の「8条国移行」の受入と人民元兌換自由化の発表は、これら一連の流れの中で、計画されたスケジュールに沿って行われたものである。 この背景には、政治、経済の安定により、94年1月の二重為替相場統一後も為替相場が安定的に推移したことや、外貨準備が着実に増加し、96年11月12日には1000億ドルを超え、既に台湾を抜いて世界第2位となる等、 予想以上に早いペースで人民元交換性実現の環境が整ったことがあげられる。

 もちろん、「8条国移行」の受入と人民元兌換の自由化発表は、一面で、今後これまで通貨管理をベースとした輸出入統制や外資規制等により国際競争から保護されてきた国内産業に大きな影響を与えることを意味することから、 国内では性急な「8条国移行」を疑問視する声がないわけではなかった。しかし、「8条国移行」により、内外に対し経済自由化の促進と国際貿易体制の尊重の姿勢を強くアピールし、中国の国際的信用を高めることの方がメリット (具体的には、外資企業による一層の対中投資拡大、返還後の香港経済の安定、さらには、WTO加盟の早期実現等)がはるかに大きいと判断したものと思われる。

4.IMF8条国移行の実態
 
 IMF8条国移行に伴い、中国は経常項目における人民元の交換性の実現を義務付けられる。 この点について、中国政府は、先に述べたように既に96年7月の段階で基本的に条件を充足させているという認識であるため、今回の8条国移行の発表に伴ない新たな政策措置を導入したわけではない。 このため、人民元相場もこのニュースに反応することはなく、8条国移行発表の前後においても落ち着いた動きをみせている(第2表)

 ところで、IMF協定第8条は、経常取引のために必要な外貨交換に対してなんら制限を加えてはならないということを要求しているが、外貨の保有については規定していない。 しかし、国際間の財・サービス貿易を促進するという観点からすれば、外貨は交換だけでなく、保有が自由化されて初めてその効果が完全なものとなる。 この点、IMF協定第8条が要求する自由化義務は狭い範囲にとどまっており、中国が経常項目における人民元の交換性を実現したといっても、実態は、依然として以下に述べるとおり、貿易権ならびに外貨保有に規制が存在しているために、 中国との間であらゆる経常取引を自由に行うことができるという状態には至っていないことに注意する必要がある。今回の発表により、中国が金融改革に対する不退転の決意を内外に示したということは評価すべきことであるが、 問題は、今後中国政府が残された規制の緩和に向けて、どの時点で、どのような具体的措置を講じてくるのかということである。 IMF8条国移行に伴い、規制緩和に対する対外的圧力は一層強まるものと思われる。

 早急に規制緩和が望まれるものとして、以下の点があげられる。

(1)人民元の経常取引自由化をはばむ規制
@ 中国企業
(a)貿易権の付与
 経常項目における人民元自由兌換が認められるのは、貿易権を有する企業のみであり、一般企業はその対象外である。 現状は貿易権を有しない企業が新たに貿易権を手にいれることは非常に難しく、この点については、WTO加盟を巡る中国と現加盟国との間の争点の一つとなっている。 WTO交渉では、現加盟国側が「3年以内に中国内のすべての企業に対し自由に貿易をできる権限を与える」ことを要求しているのに対し、中国政府は「5年以内に段階的に自由化する」と回答している。

(b)外貨内部留保の禁止
 94年初より、中国企業の取得外貨はすべて外為指定銀行に売却することが要求されている。 そのため、外貨保有を認められている外資企業に比べ、中国企業は、外貨を必要とする際の為替変動リスクを負うとともに、取引の都度、銀行に取引手数料を支払わねばならない点で不利である。 中国企業に対する外貨内部留保の禁止は、外貨準備の中央銀行への集中により、政府が機動的に準備を利用できる余地と手段が大きくなるという理由の他に、93年初に国有企業に対する外貨留保を認めた結果、 海外株式や不動産市場への投資目的での資金流出が起ったことに対する反省から採られている制度であり、外貨留保を一度認めながらも失敗に終わったという経緯からも当面はこの強制的な交換政策に変更はなさそうである。

A 外資企業
(a)保有外貨残高制限
 他方、外資企業に対しては、全ての企業の経常項目における人民元の自由兌換が認められているが、外資企業の保有できる外貨には制限があり(第3表)、保有限度額を超える外貨については、 その取得後5日以内に外為指定銀行に売却(人民元に交換)しなければならないことになっている(外商投資企業国内外貨口座管理弁法第15条)。従って、各企業とも、常に保有外貨残高に注意を払うことが要求される。

(2)資本項目における交換性実現の見通し
 IMF8条国移行により自由化されるのは、あくまで経常項目における人民元兌換のみであり、直接投資や株式投資といった資本項目については、引き続き管理制限される。 中国政府は、資本項目についても徐々に管理をなくしていき、最終的には資本項目を含むすべての取引について人民元の自由兌換を実現させたいとしているが、その実現はかなり先の話としており、交換性実現への具体的なスケジュールも定めていない。 また、居住者の国内における外貨の自由売買も引き続き制限される。資本項目に対する交換性まで認めるとなると、広範な投資家層からの為替変動圧力に晒される立場となることから、通貨防衛のためには相当高度な金融調節手段をもつことが必要となる。 中国の金融制度の後進性を考えれば資本項目の交換性について引き続き管理制限を行うことはやむをえないことであり、人民元が真の意味での自由兌換通貨となるにはまだ相当な時間を要するものと思われる。

5.WTO加盟問題に与える影響
 
 IMF8条国移行に伴い、当面の焦点となっている中国の世界貿易機関(WTO)加盟に向けて弾みがつくか否かが注目されるが、以上見てきたように、今回の8条国移行の発表は、実務面ではなんら大きな変化を伴なうものではなく、 中国企業の外国貿易権の許可制の問題や、輸入に関する数量制限問題などWTO加盟交渉の中で焦点となっている点が解消されるわけではないことから、これにより問題が直ちに進展するという見方は少ない。

 元来、IMF協定とWTO協定は、国際貿易拡大のための障害の除去を通貨面と通商面から促進するという意味で強い連関を有する。 IMF協定は、第8条で加盟国に経常取引における通貨交換性を義務づける一方、第14条で途上国に対してはその義務を免除している。 これと同様に、WTO協定は第11条で加盟国の輸入数量制限を禁じているが、第12条に基づく国際収支の擁護、ならびに、第18条に基づく途上国の経済開発のための同制限は容認している。 これまで、IMF協定第14条とWTO協定第12条は事実上連動して運用されてきた経緯にあることから、IMF8条国に移行すると、WTOにおける数量制限資格(途上国待遇)は自動的に失われるものと解釈されてきた。 原則からいえば、IMF8条国移行後は、途上国資格によるWTO加盟は認められないはずである。

 しかし、中国はこれまで、WTO加盟にあたっては、あくまで途上国待遇での加盟に固執しており、それが不可能ならば加盟を急ぐことはないという立場をとっている。 IMF8条国移行発表後も基本的な姿勢に変化はみられない。現加盟国側が、あくまで加盟前に中国がすべての輸入数量制限を撤廃することにこだわるならば、中国のWTO加盟はかなり先ということになってしまい、 WTOが長い将来にわたって中国という大国をその枠組みに取り込めない状態が続くことになる。

 そこで、現実的な選択としてWTOでも最近の中国の規制緩和に対する努力を評価しつつ、中国に対して、すべての輸入数量制限の撤廃を加盟にあたっての絶対条件とするのではなく、 とりあえず現在残っている非関税障壁についてその撤廃のタイムスケジュールを提出させることにより、早期に加盟を認めるという方針に転換してきているようである。 シンガポールで先ごろ開催されたWTO閣僚会議では、加盟申請国の市場開放努力を前提として、「加盟国が申請国をWTO体制に組み込む努力をする」ことを閣僚宣言のなかでうたっている。

 中国は今年11月のAPEC自由化行動計画原案のなかで、2020年までにWTOのルールに沿って非関税障壁を全廃する方針を発表しており、また、米国との関係で焦点となっている知的財産権問題についても、2000年までに貿易機密法を制定し、 知的財産権の保護を強化するとともに、独占禁止法の制定により、外国企業を含む競争促進の環境を整備すると発表している。 こうした中国の動きに対して、これまで厳しい姿勢を崩さなかった米国も徐々に態度を軟化させており、シンガポールでのWTO閣僚会議の席でも中国の早期加盟支持の原則を確認している。 中国政府は、関税と貿易に関する一般協定(GATT)の発効から50周年にあたる98年にWTO加盟をめざしたいという意向のようであるが、97年2月に再開される米国との交渉の展開次第では、早ければ来年前半にも加盟が実現する可能性もある。 現加盟国の間で、中国のWTOへの早期加盟を支持しようという空気が盛りあがりつつある中、今回、中国政府が自ら設定したタイムスケジュールを守りIMF8条国移行を受入れ、改革に対する不退転の決意を内外に示したことは、 これにより直ちに問題の進展がはかれるわけではないとしても、加盟促進ムードをさらに高めるという意味での現加盟国に対するアナウンスメント効果はあったものと思われる。今後の交渉の成り行きが注目される。

 
(12月24日 経済調査部 室賀)