平成9年(1997年)1月6日 NO.2

新年世界経済の展望

主要国中心に堅調に推移した96年
 
世界経済は安定成長路線へ
 
正念場を迎える新秩序形成の動き
 
1997年の世界経済見通し


主要国中心に堅調に推移した96年

 
 昨年の世界経済は、主要国を中心に堅調な拡大を遂げたといってよい。

 まず、大きく注目を集めたのは米国経済の好調である。米国景気は、95年末には財政審議を巡る紛糾による政府閉鎖とそれに追い討ちをかけた豪雪から、一時はリセッションまで危ぶまれるほどの景気低迷をみせたものの、 FRBの巧みな金融政策もあって、春先から個人消費を中心に持ち直し始め、年央にかけて潜在成長率を大幅に上回る力強い成長を遂げた。 年後半こそ再び減速したものの、これは逆に年前半の高成長から「景気過熱→労働市場逼迫→賃金インフレ」という構図を懸念し始めていた金融市場に広い安心感を与える結果となり、NYダウが6,000ドルの大台を超えるなど、 インフレなき安定成長下での「理想的な姿」の様相を呈した。こうした経済・金融の好調を反映して、クリントン大統領も無難に再選を果たしている。

 欧州でも、96年初こそ景気低迷をみせたものの、マルク高の修正と欧州域外の景気が堅調に拡大したことにより、輸出を牽引役にして年央には回復に転じた。 ただし、低迷を続ける雇用情勢と通貨統合をにらんだ緊縮財政という構造的な下押し圧力が家計部門と政府部門の頭を抑えているため、英国を除き、自律的な景気拡大局面に移行するまでには至っていない。

 一方、途上国経済に目を転じると、アジアでは、多くの国で引き締め政策が継続されていること、および先進国での家電製品の在庫調整を背景に輸出が低迷していることなどから、 96年の実質GDP成長率はほぼ全ての主要国・地域で95年の水準を下回ることが確実な情勢となっているが、依然高水準の成長率を維持していることに違いはない。 確かに、半導体価格下落の影響を強く受けた韓国、シンガポールを中心に、輸出鈍化を主因とした減速基調が多くの国で続いているものの、中国、香港、台湾についてみれば、中国で2度にわたる金融緩和が実施されたこと、 返還に伴う香港経済に対する先行き不安が徐々に薄れつつあること、および台湾においても中国との政治的緊張が緩和に向かっていることなどを背景として、96年中に既に景気が持ち直しに転じる兆しをみせ始めている。 ただ、対外収支面に目を転じると、アジア域内の景気減速に伴い資本財・中間財を中心に輸入の伸びが鈍化しているものの、それ以上に輸出の伸びが低迷していることから、依然、経常収支はASEAN諸国を中心に悪化傾向にある。

 また、中南米では、メキシコ危機の影響が軽微であったブラジルやチリなどでは、インフレ抑制や対外収支の急速な悪化を回避する目的で緊縮的政策がとられたことから成長率が鈍化した一方、 メキシコとアルゼンチンが危機後の大幅な景気後退から回復に転じ、地域全体では3.2%の緩やかな成長となったとみられる。

世界経済は安定成長路線へ

 こうした状況下、新年の世界経済を展望するにあたっての焦点は、安定成長への糸口をつかんだかにみえる先進国経済が、97年も引き続き順調な拡大路線を歩むことができるかどうかであろう。 結論を先取りすれば、日米こそ幾分減速が見込まれるものの、欧州は緩やかな回復を辿り、先進国全体でも底固い展開となる公算が高い。となれば、それを梃子に途上国経済も堅調に推移することになると考えてよさそうだ。

 まず、米国では、90年代に入ってリストラの進捗による企業収益の好転を原動力に、堅調な景気拡大を続けてきたものの、拡大7年目を迎えて、家計の負債負担が過去最高を上回ってきたほか、設備投資についても伸び悩むなど、 ここにきて更なる拡大余力については限られてきたものとみられる。コンピューターなど情報化関連投資については引き続き高い成長が見込めるものの、総じて見れば徐々に減速を余儀なくされる展開となり、 実質GDP成長率も2.2%程度と昨年を若干下回ろう。

 また、物価の安定基調には当面変化はなさそうだ。労働市場の逼迫に伴い、賃金は漸増傾向にあるものの、国際的な競争の激化から雇用コストの価格転嫁も容易ではなく、また、原材料や中間財の価格も総じて落ち着いていることから、 一部で懸念されているインフレ再燃の虞れは小さいといえよう。このため、政策金利や長短の市場金利についても、低水準での安定が続く可能性が高い。

 一方、欧州では、引き続き良好な為替環境を背景とした輸出の拡大と企業マインドの好転に伴う在庫積み増し、設備投資拡大を主因に緩やかな拡大を維持できるものと思われる。 当面インフレ懸念がなく、また、通貨統合の参加条件達成を促す必要からも、ドイツを中心に低金利環境が維持されるとみられることも、欧州全体の経済成長を底支えしよう。 ただし、マーストリヒト条約履行のため財政は緊縮予算が続くほか、社会保障負担等の非賃金コストを合わせた労働コストの高さから、企業が生産拡大の一方で雇用拡大には慎重となり、 それが失業の増大を通じて消費マインドを抑えるという構造問題は大陸諸国に共通であることから、力強い足取りは期待できまい。

 アジアについてみると、まず中国、香港、台湾は、足元みえはじめた回復基調を維持することが期待される。この背景には、中国において「適度に引き締め気味の政策」を堅持しながらも、時機に応じた緩めの調節が実施されることが予想され、 内需の回復が見込まれること、香港では返還に伴い観光やインフラ投資が好調に推移することが予想されること、台湾においては対中緊張の緩和を背景に投資、個人消費の回復が期待されることなどがある。

 一方、その他の諸国も、先進国景気が底固く推移することが予想されるなか、半導体価格急落の影響がようやく一巡することが見込まれることや、ASEAN諸国ではインフレの沈静化により幾分の金融緩和余地が出てきたことなどから、 年前半にも輸出の反転を軸に景気は回復に向かうものと思われる。ただし、半導体価格を中心として輸出製品価格が当面低迷を続けることが予想され、輸出の急拡大は望めないことなどから、景気の回復ペースは緩やかなものにとどまるとみられる。

 中南米では、引き続き緩やかな成長とインフレの収束が期待される。一方、輸出は近年の増加傾向を続けるとみられるが、景気回復に伴う輸入の増加がこれを上回り、経常赤字は拡大する可能性が高い。

正念場を迎える新秩序形成の動き

 こうしたなか、新年は、多くの国にとって21世紀を視野に見据えた長期戦略のなかでの大きなターニングポイントとして特筆されよう。 特に、世界的な市場経済化、グローバル化、情報化という流れに対し、各国が個別の不安材料を抱えつつもどのように対応していくか、その戦略を見極めることが重要となってくる。

 先進国では、欧州での通貨統合の動きが、いよいよ秒読み段階に入ってきている。99年開始を予定されている通貨統合への参加基準値は、97年の経済・財政パフォーマンスを基に算出されるため、 各国ともその経済運営はまさに正念場に入っているといってよかろう。財政赤字のGDP比3%を達成するためには、緊縮財政と景気浮揚という相反する目標を達成する必要があり、各国とも金融政策に比重がかからざるをえない。 低金利環境を守りきることができれば、96年中の回復基調を97年も持続させることは可能であろうが、それには良好な為替環境が必須条件である。 昨年暮れにはイタリア・リラがERMに復帰するなど、通貨統合に向けて各国とも最後の仕上げに入っているが、為替投機が発生し、安定が崩れれば通貨統合の実現自体危うくなる危険性もまだ十分に残っていることを認識しておく必要があるだろう。

 次にアジアに目を転ずれば、「東アジアの奇跡」として注目された驚異的な経済発展も、95年、96年(見込み)と2年連続で成長率を鈍化させ、現在はある種の踊り場に差し掛かっているといって間違いなかろう。 したがって、新年のアジア経済にとっては、ようやく整い始めた景気回復へ向けての諸条件を、現実の成長回復にしっかりと結び付けていくことができるかがポイントとなろう。アジアの経済発展を、資本・労働という資源の投入量増大に依存した、 生産性の向上を伴わないものとみなし、その成長も早晩かつてのソ連経済のように息切れしてくるとする見方は、さすがに最近では広く支持されているとは言い難いが、かといってアジア経済の行方を手放しにバラ色と判断するのもまた早計である。 

 まず、域内貿易が急速に拡大しているとはいえ、依然景気動向が先進国への輸出に大きく左右される状況にあることに変わりはないし、産業の裾野が狭いという弱みも払拭されていない。 次に、昨年末のWTO閣僚会議の場でも鮮明になったように、一段の貿易自由化や市場開放を求める欧米先進国の要求は引き続き強く、今後、先進国製品の輸入拡大が景気の下押し圧力として徐々に効いてくることは避けられない状況にある。 さらに、朝鮮 半島をはじめ、政治的に先行き不透明な地域が多いことも懸念される。

 半年後に迫った香港の中国返還や、実現一歩手前までこぎつけたミャンマー、ラオス、カンボジアのASEAN加盟がどう決着するかなど、アジアにとって重大な政治日程が目白押しの97年である。 いかに政治的な安定を保ちながら、経済成長と自由化のバランスをとっていくか、アジア各国・地域の手綱さばきが注目される1年となろう。

 こうしたなか、世界経済の安定成長持続の拠り所となるのは、世界一の輸入市場であり、世界の金融の中心でもある米国である。 現在、物価安定、低失業率といった好調な経済パフォーマンスが続き、そうした状況を反映して株高に沸く米国であるが、いまひとつ気がかりなのは、財政赤字削減問題の行く末である。 クリントン政権・共和党議会ともに、2002年までに財政均衡実現という基本路線には合意しているものの、具体策を巡っては福祉削減など対立点も多く、政府と議会の協力がスムーズに進行するとも考えにくいため、 状況打開への道は決して平坦ではない。仮に財政再建が大きく後退するようなことになれば、株式市場や債券市場の動揺を招き、米国景気にネガティブな影響を招くばかりでなく、 国際的な金融資本市場へも悪影響を与える可能性は否定できない点には注意を要しよう。

 また、二期目を迎えるクリントン政権が、21世紀の世界経済の発展を担保する安定した秩序の構築という責務をどのように果たしていくのかも注目される。 国内的には、輸入の拡大による雇用の喪失を憂慮し、完全な自由貿易では米国は恩恵を受けられないとする保護主義の考えが根強い一方、対外的には97年には対日赤字を上回る貿易赤字を記録するだろうと言われている中国との関係も、 焦点となってくる。こうしてみると、アジア・太平洋の時代といわれるなか、米国の経済、外交政策も試練の時を迎えつつあるといっても過言ではない。メンバーを一新した二期目のクリントン政権の舵取りが注目されるところである。

 90年代に入って、市場経済化の波は地球規模に広がっている。こうした市場経済化の動きは、経済活動の自由化、企業活動の国際化、技術革新による情報化という3つの大きな流れを伴いながら進展しており、 各国とも様々な思惑を抱きつつ、経済戦略を立案しなおす時期にきているといえる。そうした意味において、97年は多くの国にとって、21世紀を視野においた戦略の第一歩の年となると思われる。

 
(12月18日 経済調査部 海外調査グループ)