平成9年(1997年)11月28日 NO.18

ベトナム経済の現状と課題

 ベトナム経済は、ドイモイ政策による本格的な市場経済の導入や経済改革の推進 が奏効し、92〜96年の実質GDP成長率は8〜9%の高成長を達成し、物価上昇率 も10%を下回るところまで低下するなど、良好なパフォーマンスを示してきた (第1図第2図)。また、97年7月のタイ通貨下落に端を発した通貨危機の影響 から、ASEAN諸国やNIEs地域の経済成長が減速を余儀なくされるとみられるなか、 ベトナム経済は、これら近隣諸国の混乱の外にあるようにみえる。しかしながら、 経済構造からみると、ベトナムも、今回の通貨危機と無縁とはいえない面が多い。 そこで、ベトナム経済が抱えている問題点について整理してみた。

対外収支と為替相場をとりまく現状
 
ベトナム経済の構造問題
 
今後の課題


対外収支と為替相場をとりまく現状
 
(1)経常赤字拡大

 ベトナムでは93年以降、輸入の伸びが輸出の伸びを上回っており、貿易 収支の赤字幅は拡大傾向にある。貿易赤字拡大に伴い、経常収支の赤字幅も 拡大、対名目GDP比でみると10%以上に達しており、通貨危機の発端と なったタイの8%を大きく上回っている(第3図)。こうした経常赤字は、 主に海外からの直接投資の流入や借款受入によってファイナンスされる構造 となっている。

 97年1〜9月の貿易赤字は約18億ドル(96年実績34億ドル)と伝えられて おり、経常赤字の拡大は避けられる公算は高いものの、依然GDP比10% 内外の高水準となるとみられる。

  (2)通貨ドンの切下げ圧力

 外資への依存度が高く、輸入決済のための外貨需要が強い一方、外貨 準備は輸入額の2ヵ月分程度といわれており、十分とはいえない状況にある。 また、近隣アジア通貨の下落に伴い、ベトナム・ドンの割高感も出ている。 こうしたことから国家銀行(中央銀行)は、公定レートを緩やかにドン安へ 誘導している。また、取引レートの公定レートからの値幅制限を、97年3月 に従来の1%から5%へ、10月には10%にまで拡大させた。取引レートは、 値幅制限の下限で推移しており、11月20日現在1ドル=12,270ドンである (第4図)。ブラックマーケットでは、89〜91年の公定レートの実勢化、 固定相場制から管理変動相場制への移行後は、取引レートとの乖離はほとんど なかったとみられるが、97年10月には一時1ドル=13,000ドン程度と値幅制限 を下回る水準で取引されるなど、ドンの切下げ圧力は根強い。

ベトナム経済の構造問題
 
 高い経済成長率と物価安定を実現する一方、経常赤字など不安定な要因が 拡大しているのは、ベトナムの経済構造に以下のような問題があるためと 考えられる。

(1)拡大する貯蓄・投資ギャップ

 経常赤字拡大は、国内投資率が、海外からの直接投資の増加や、国内企業の 投資意欲の高まりを背景に対GDP比30%以上にまで高まっているのに対し、 国内貯蓄率は同20%程度と、そのギャップが拡大していることに対応している (第5図)。国内貯蓄率の上昇ピッチが国内投資率に比べ緩慢な要因としては、 a)所得水準が低く貯蓄額に限度があること、b)改革前の計画経済下では 貯蓄の主体は政府部門であり、国民に貯蓄意欲が乏しかったという歴史的背景、 c)金融制度が未整備であること、などが考えられる。

(2)金融セクターの問題

 a)金融深化の遅れ
  金融セクターは、経済成長に必要な金融仲介機能を十分に果たすことが困難 な状況にある。これをみるために金融深化の尺度であるM2(現金と預金の合計) の対名目GDP比率をみると、95年の比率は21%と、他のASEAN諸国(マレーシア :93%、タイ:80%など)に比べ、ベトナムの金融深化の度合いは低い。これ は、国民のドンに対する信任が低く、金やドル現金などの形態で資産を保有 する傾向があること、金融機関に対する信頼度が低いことなどが背景にある といわれている。

  また、ベトナムでは、金融機関を経由しない未組織な個人金融の比重が高 く、十分機能を果していない金融機関を補完しているともいわれる。しかし、 そのようなインフォーマルな形では、投資原資が効率的・組織的に吸収・供給 されているとはいえず、経済成長を促進することが難しい点が問題といえよう。

 b)不良債権問題
  金融セクターが十分機能を果せないもう一つの要因として、不良債権問題が ある。不良債権額の詳細は不明であるが、国家銀行によると、商業銀行の総 貸出残高53兆ドン(45.5億ドル)のうち、6.8%が不良債権であるという。 ただ、95年の世銀発表による延滞債権は総貸出の10%以上に達しており、 実態はより深刻である。国有企業は、改革以前、政府から優先的に低利貸付を 受けていたが、採算のとれていない企業が多く、貸付は実態的には不良債権化 していた。改革で経営自主権が国有企業に与えられるのに伴い、政府の国有 企業向け貸出は金融セクターに引き継がれたが、その際、金融セクターの 不良債権として顕在化したものが多い。また、最近では、商業銀行に審査機能 などノウハウの蓄積が乏しく、十分な担保なしで融資した企業向け貸出が、 企業の経営不振により返済不能に陥るといったケースも増加している。

(3)貿易赤字体質

  93年以降、貿易赤字は拡大傾向を辿っている。輸出は、農林水産品など 一次産品を中心に安定した伸びを辿っているものの、直接投資増加を背景と した中間財や資本財の流入が急拡大していることや、国民所得の高まりに伴う 消費財輸入増を背景に、輸入の伸びが、輸出の伸びを大きく上回っている。

今後の課題
 
 政府の新5ヶ年計画(96年10月策定)では高い成長率の維持を目指すと しているが、経常赤字拡大を前提としたものとなっていること、金融セクター の整備や不良債権問題について解決の方向が明確には示されていないことなど、 不十分な面がある。また、これまで経済成長をリードしてきた外資の流入増加 が足元やや鈍化していることも懸念される。これら問題への適切な対処を怠れ ば、今後の安定成長が損なわれる可能性がある。

(1)比較優位にある輸出品目の工業化促進

 経常赤字の拡大は、通貨切下げ圧力からベトナム経済を不安定化させる最大 のリスクである。経常赤字の大半を占める貿易赤字を縮小させるためには、 輸出の伸びを一層高めることが不可欠である。新5ヶ年計画では、先端技術品 と高品質加工品の輸出に占める比率の拡大を目標としているが、これら品目で 近隣アジア製品との競争で優位にたつのは、現段階では容易ではないと考えら れる。むしろ、低い労働コストと比較的豊富な農林水産資源を生かした軽工業 品や資源加工品が比較優位にあると考えられ、これら品目の工業化に重点を置 くことで、輸出の伸びを高めることができると考えられる。

(2)金融セクターの機能強化・不良債権処理の促進

 国内貯蓄率の向上や効率的な資金仲介を果す上で、金融セクターの機能強化 と不良債権問題の解決を図ることは、もっとも重要なポイントと考えられる。 国内資金を吸収するためには、国民の金融機関への信頼を築いて行かねばなら ない。政府には、シェアの圧倒的に大きい国有銀行の経営自主権拡大、民間 金融機関の監査制度の確立、などが求められる。一方、民間金融機関は、審査 機能などノウハウの蓄積、ネットワーク拡充や決済機能改善など国民の金融 機関へのアクセスを容易にする必要がある。

 不良債権問題については、国際的な会計基準によってその実態を正確に把握 することが先決である。その上で、a)不良債権の多くは改革前の財政によっ て賄われていた国有企業向け債権が不良化したものであることから、国有企業 改革を推進し効率化を図り、債権回収を進める必要がある。b)それ以外の不 良債権については、金融セクターは依然脆弱であり償却余力に乏しいことから、 一部は財政資金投入も選択肢とせざるをえないと思われる。

(3)外国企業の投資環境改善

 これまでベトナムの成長を支えてきた外資の流入は、96年から伸びに陰り がみえはじめている(第6図)。外国企業からは、法律の整備・運用状況の 遅れ、行政手続の煩雑さなどの指摘が多く、これらの問題について、政府は 一層の改善を要しよう。また、政府の一貫しない政策態度も問題となっている。 例えば、自動車産業においては、当初外資の参入枠を3〜4社としていたが、 一転して自由化した結果、狭い市場に十数社がひしめく状態となり、各社とも 生産計画の変更を余儀なくされているという。政府は、どの産業セクターに、 どれだけの外国企業の参入を計画しているのかを明確に示す必要があろう。
 
(11月28日 久保田)