平成9年(1997年)8月29日 NO.14

米国製造業の国際競争力と貿易収支動向について

 米国の貿易赤字(財ベース)は、過去4、5年に渡って、緩やかな増加傾向を辿っており、 経常赤字拡大の主たる要因となっている。やや長い目でみても、80年代入り後拡大を続けた貿 易赤字(注)は、ドル高是正と米国の景気後退を背景に87年から91年にかけて一旦減少を示し たあと、再び拡大に転じた。一方で、80年代半ば以降サービス部門の貿易収支は黒字の増加 基調が続いており、財部門の動向と対照的な姿となっている。もとより米国経済は、輸出を大 きく上回る輸入を抱えているため、輸出入の増加率が等しければ、貿易赤字は拡大することに なる。さらに、米国企業の積極的な海外展開を考えると、貿易赤字が増えやすい経済構造にあ るのは確かである。しかし、中期的にみて貿易赤字にいまだ縮小の兆しが窺えないことは、80 年代後半以降の厳しい構造改善努力を経て、米国製造業の国際競争力回復が叫ばれているこ とからすると違和感のある姿である。そこで、本稿では95年以降のドル高が経済に与えた影 響を見極めるためにも、米国製造業の国際競争力が改善しているか否か検証したうえで、同国 の貿易収支動向を展望してみたい。

(注)以下、とくに断りのない場合、貿易収支(赤字)および輸出入はいずれも財ベースの動向を示す。

1.改善する米国製造業の国際競争力
 
2.輸出の増えやすい体質となる米国経済
 
3.背景にある製造業の労働生産性上昇
 
4.変わらない輸入依存体質
 
5.おわりに


1.改善する米国製造業の国際競争力
 
 始めに、米国製造業の競争力を、貿易規模との比較でみた輸出への特化度合いという点か ら考える。第1図は70年以降の部門別の水平分業度指数をみたものだが、米国製造業の国際 競争力が最も問題視された80年代半ばに比べると、すべての財について輸出特化度の上昇も しくは、輸入特化度の低下がみられる。貿易統計上輸出ウェイトの大きい品目についてみて も(第2図)、民間航空機やコンピュータは期中輸出への特化を維持しているほか、80年代に 輸入特化度を高めていた製品についても、90年代に入り、輸出特化への転化や(通信機器、 半導体)、輸入特化度の低下(自動車・同部品)の動きがみられ、競争力が改善を示している様 子が窺える。

 一方、かつて大幅輸出特化状態にあったコンピュータ周辺機器は、89年に輸入超となり、そ の後も輸入への依存度を高めている。コンピュータ関連部門全体については、米国での情報化 投資の活発化を背景とした輸入の急増により、貿易収支は大幅な赤字を計上しているが、同部 門全体の輸入の約9割を主としてアジア地区からの周辺機器が占めており、赤字は周辺機器に よるものであることがわかる。コンピュータに関して、技術的な面での競争力が問題となるの は主に本体部分で、周辺機器は価格が売れ行きのほとんどを左右する代替可能な低付加価値 品であることを考えれば、本体部門が大幅輸出特化を示している米国のコンピュータ産業は 依然として技術面で高い競争力を保有しているといえる。また、周辺機器の輸入増加は、同 程度の機能の製品を国産品より安価に調達できることから、足元の物価安定に寄与している 面も大きいと考えられよう。なお、OECD諸国におけるコンピュータ関連産業の研究開発投 資の動向をみても、94年に行われた投資額の6割弱が米国に集中しており、米企業のこうした 積極的な投資が国際競争力の維持に寄与している姿がみて取れる。

2.輸出の増えやすい体質となる米国経済
 
 製造業の部門別にみた競争力が改善しているとすれば、本来マクロの輸出動向にも変化が みられるはずである。第3図は、実質輸出を被説明変数に、所得要因と価格要因を説明変数と して輸出関数を推計し、各要因の弾性値の推移をみたものである。これをみると、87年を底に 所得弾性値が上昇を続ける一方で、価格弾性値(絶対値)は80年代後半以降緩やかな低下傾 向で推移している。米国の輸出が為替変動等による価格面からの影響を受けにくくなってい るうえ、海外需要の拡大が輸出数量の拡大に繋がりやすくなっていることがわかる。このよう に米国経済は、中期的には輸出が増えやすい体質へと変化していることが窺われ、マクロ的に みても米国企業の国際競争力の上昇が示されているといえよう。

3.背景にある製造業の労働生産性上昇
 
 こうした中長期的な国際競争力改善の主因として考えられるのが、米国製造業の労働生産 性の上昇である。G7諸国について製造業の労働生産性を比較すると(第1表)、90年代入 り後、米国の生産性は伸びを高めており、上昇率は大半の国を上回っている。また、米国を上 回る上昇率を示している英国やイタリアに関しても、生産性の絶対水準でみれば依然として 米国を大きく下回っており、90年代入り後の米国の生産性上昇が際立っているといえよう。

 また、業種別の動向をみても、こうした傾向は確認できる。第4図は、日米両国の労働生産 性を業種別に比較したものである。これによると、まず、加工組み立て産業については、輸送 機械を除けば、ひところわが国に遅れをとっていた米国の生産性上昇が再び勢いを増してい る。なかでも、一般および精密機械については、足元米国がわが国を凌ぐ伸びを示している。加 えて、繊維、紙・パといった素材産業についても、90年以降両国生産性の上昇率格差が縮小し ており、大半の業種について、米国製造業が相対的に労働生産性の伸びを高めている様子が 確認できる。

 実際にOECD主要国に関して中期的な輸出と労働生産性との関係をみると(第5図)、生 産性上昇率の高い国ほど輸出も大きく増加していることから、両者の間には正の相関関係が あることがわかる。こうした国際比較からみても、米国の輸出が、労働生産性の上昇を背景と した国際競争力の改善を背景に、中期的な拡大力を高めている姿が確認される。

4.変わらない輸入依存体質
 
 このように、米国の輸出は増えやすくなっているにもかかわらず、貿易赤字には縮小の兆し がみられないとすれば、その原因は輸入サイドにあると考えなければなるまい。過去2回の貿 易赤字拡大局面における輸出入額(国民経済計算ベース)それぞれの伸び率をみると、輸出は、 80年代の赤字拡大局面である82〜87年には、平均で前年比2.9%の増加にとどまっていたの に対し、直近赤字拡大局面の91年から足元にかけては、平均で同+7.9%と伸びを高めた。一 方、輸入はいずれの局面においても同8%を超える高い伸びを示している。

 そこで、景気や為替動向が輸入に与える影響を明らかにするため、輸出と同様の方法で輸入 関数の推計を行うと、プラザ合意によりドル高が大きく修正された80年代中盤から、ドルの 実効相場の変動が比較的小幅にとどまった最近10年にかけて所得弾性値は大きく上昇して いる(第2表)。加えて、価格弾性値の絶対値はこの間大きく低下しており、米国の輸入依存 体質が強まっているのがわかる。

5.おわりに
 
 以上みてきたように、米国経済は、輸出入ともに内外景気への感応度を高め、為替変動によ る影響を受けにくくなっている。したがって、近年の輸入の推移は、内外成長率格差の影響を 大きく受けている(第6図)。このため、米国景気が堅調な拡大を続けるなかにあっては、貿 易赤字の大幅な縮小は望めない。しかし、米国経済が製造業の国際競争力の改善を背景に、輸 出が増えやすい体質へと変化しているのは確かで、今後赤字が際限無く増え続けることも考 えにくい。製造業の弱体化を背景とした構造的な貿易赤字の垂れ流しが続いた80年代と様相 を異にしているのは明らかである。

 一方、為替相場との関係でみても、輸出が為替変動の影響を受けにくくなっていることは、 米国経済のドル高に対する抵抗力の上昇を意味しており、輸出を輸入が上回っている貿易構 造を考えれば、国内物価の安定という点から、ある程度までのドル高は米国にとって望まし いといえよう。

 また、わが国との関係でみれば、ひところ米国貿易赤字の過半を占めていた対日赤字は、こ こ2年間縮小を続けた結果、96年には、国際収支統計ベースで492億ドルと、全体の4分の 1程度にまで縮小している。最大の赤字要因である自動車については、米国自動車産業の労働 生産性上昇が芳しくないこともあり、輸出の増加に多くは望めない。ただ、今後もわが国自動 車メーカーの海外現地生産化が進むなか、米国内での生産が増加するとみられるため、対日輸 入は増えにくい構造になることが見込まれる。従って、今回円安局面にみられたように、一時 的に産業界からの不満の声が高まることは十分に有り得るとしても、先行き為替相場を軸と した日米間の通商摩擦のリスクは低下しているといえるのではないか。

 
(8月22日 調査部 中村)