平成9年(1997年)8月20日 NO.13

通貨危機を踏まえたインドネシア経済の現状と課題

はじめに
 
実体経済からみて割高であったルピア相場
 
懸念される金融システムの不安定化
 
小幅にとどまったルピア下落
 
インドネシア経済の課題


はじめに
 
 タイ通貨危機の波及によりASEAN通貨が軒並み下落する中、インドネシ ア・ルピア相場も7月21日に5%の下落を余儀なくされた(第1図)
ルピア下落の背景には、インドネシア経済が、タイ経済同様、実体経済面、 金融面双方での調整圧力にさらされていることがある。ただし、調整圧力の大 きさや内容は、タイとは幾分異なる。こうした点を踏まえ、本稿では、インド ネシア経済の現状と課題について検討したい。

実体経済からみて割高であったルピア相場
 
インドネシア経済は、94年以降、民間消費の拡大と外資規制緩和を背景にした 設備投資拡大により成長率を高めている。95年の実質GDP成長率は8.2%と過去15 年間で最高となった。96年も同7.8%と、金融引締めを背景に幾分減速したもの の、民間消費を中心に依然過熱感はおさまっていない(第2図)。生産部門別で は、製造業、金融・ビジネス部門、建設業、電気・ガス・水道部門の伸びが高 い。
一方、経常収支は悪化している。景気減速を背景に輸入の伸びが低下したもの の、それを上回る勢いで輸出の伸びが鈍化し、貿易収支が悪化したためである( 第3図)
96年の輸出伸び率は5.5%であったが、これは、96年後半の石油価格上昇に支 えられたものである。非石油・ガス輸出の伸び率は2.5%と低迷している。
非石油・ガス輸出低迷の主因は、ルピアの実質相場の上昇である。ルピアの実 質実効相場は、95年後半以降97年6月までに15.1%上昇した(第4図)。その結果、 輸出競争力が低下したのである。国別では、貿易相手国の第1位と第2位を占める 日本と米国向けが、大きな影響を受けた。まず、日本向けについては、95年後半 以降の円安を背景に対円実質相場が97年6月までに33%上昇したことを受け、非 石油・ガス輸出の伸びは、95年の20.1%から96年には3.8%へと鈍化した。米国 向けについても、国内の高インフレから対米ドル実質相場が上昇したことを受け、 非石油・ガス輸出の伸びは、95年の16.1%から96年には5.4%へと低下した。
さらに、輸出相手国の景気鈍化が輸出低迷に拍車をかけた。非石油・ガス輸出 全体の20%を占める欧州向けの伸びが、同地域の景気鈍化を背景に、95年の18.4 %から96年は1.4%へと低下した。
97年に入り石油価格が下落したことから、今回のルピア下落がなければ、経常 収支の一段の悪化は避けられない見込みであった。経常赤字を維持可能な水準に 抑え、経済成長を持続的なものとする上で、今回のルピア下落は望ましいことで あったと評価できる。

懸念される金融システムの不安定化
 
一方、金融システムは、不動産融資が増加する一方、今後不動産需給の悪化が 懸念されることから、不安定な状況にある。
インドネシアでは、88年に銀行業務への参入規制が大幅緩和され、それ以降、 地場民間商業銀行が急速に資産規模を拡大してきた。地場民間商業銀行の総資 産が商業銀行全体の総資産に占めるシェアをみると、92年末の36.8%から97年 5月には53.2%へと急拡大した。地場民間商業銀行の融資目的別シェアをみると、 サービス業向け融資のシェアが急上昇しており、不動産融資の増加が窺われる (第5図)。実際、中銀発表によると、銀行部門全体の不動産融資残高は、97年 5月末時点で65兆ルピア(約270億ドル)に上り、総貸出に占める割合は約20% に達している。
このような不動産融資の増大が実需に基づくものであれば問題はない。しかし、 今後、不動産の供給過剰が懸念される。民間不動産市況調査会社の資料によると、 ジャカルタの96年末のオフィス・スペース空室率は14%程度と既に高い水準にあ るが、97〜98年の大量供給により、今後さらに上昇する可能性がある。
こうした状況に対し、中銀は、7月14日、商業銀行が新規の土地買収・開発の ための資金を不動産開発業者に融資することを禁止するなど、不動産融資規制 を強化している。
さらに、金融システムを不安定にするもうひとつの要因として、地場銀行の 資産内容の悪化が懸念される。インドネシアでは、外為管理が緩く、企業の外 貨調達が原則として自由なため、金融引締め時に優良企業の資金調達先が国内 から国外へシフトする傾向がある。その結果、地場銀行の融資先はリスクの高 い企業が中心となり、それが国内の高い金利負担を背負うので、貸倒れの危険 性が高まるのである。

小幅にとどまったルピア下落
 
こうした調整圧力にもかかわらず、ルピア下落は比較的小幅にとどまっ ている。ASEAN各通貨の対ドル相場は、7月1ヶ月で、タイ・バーツが 22%、フィリピンペソが9%下落したが、インドネシア・ルピアは6%下落 した後、落ち着いた推移を続けている。
ルピア売り圧力が比較的弱い理由としては、次の三点があげられる。
理由の第一は、近年、中銀が為替相場政策を柔軟にすることで、ルピアの 投機的売買の牽制に成功していることである(第1図)。インドネシア中銀 は、86年以降、ルピアをインフレ率格差に沿ってドルに対して緩やかにフ ロート・ダウンさせることで、中長期的にルピアの実質価値を一定に保つ ように相場誘導しているが、近年、短期的には相場形成を市場実勢に委ね る方針を強めている。中銀は、対米ドル基準相場の上下一定幅を介入相場 として毎日公表し、介入相場で市中銀行と無制限にドル売買に応じている。 ルピア相場は、この介入相場の範囲内で市場実勢を反映しながら形成される。 かつては、介入相場幅が狭いため、事実上ドル・ペッグに近い制度といえたが、 近年、中銀は、介入相場幅を順次拡大することで、市場実勢を無視した無理 な介入をしないようになってきた(注)。

(注)8月14日、中銀は介入相場を廃止した。

96年に資本流入が活発化した際には、中銀は、介入相場幅を 3度にわたって拡大して、資金流入圧力の緩和に成功した。今回のバーツ危機 直後の7月11日にも、介入相場幅を従来の192ルピア(8%)から304ルピア (12%)に拡大させて、ルピア下落を容認する姿勢を示すことで、逆に資本 流出圧力を弱めることに成功した。
こうしたインドネシア中銀の柔軟な対応は、タイ中銀がバスケット・ペッグ 制という硬直的な為替相場制度を無理に維持しようとしたことで逆にバーツ の投機売り圧力を高めてしまったのとは対照的である。
理由の第二は、経常赤字のファイナンスが比較的安定していることである。 経常赤字は94年以降拡大傾向にあり、96年には77億ドルに達した。ただし、 そのファイナンス構造をみてみると、比較的安定性が高いといわれる直接投 資のシェアが高い。96年は109億ドルの資本流入のうち半分以上の62億ドルが 直接投資によるものであった。経常赤字の8割を直接投資がファイナンスして いることが、経常赤字ファイナンスに対する懸念を比較的小さなものとしてい る(第6図)
理由の第三は、外貨建て対外民間債務の為替リスクの問題が、タイほど深刻 でないとみられることである。対外民間債務残高は、89年末の170億ドル(対 GDP比18%)から95年末には430億ドル程度(同22%)まで増加した。足下 ではさらに拡大しているとみられる。ただし、対外民間債務の規模がタイと比 べて幾分小さい上、民間企業の為替ヘッジ率がタイよりは高いとみられること から、ルピア下落による企業の実質債務負担増加は今のところ大きな問題とは なっていない。そのため、インドネシア中銀は、タイ中銀と比べ、通貨防衛に 固執する必要性が低いのである。


インドネシア経済の課題
 
今回の通貨危機の影響はタイほど深刻ではない。ルピア下落により、実体経 済面での調整圧力は、かなり緩和された。ルピア相場は実質実効ベースで3% 強下落しており、経常収支は改善に向かうと予想する。柔軟な為替政策の効果 もあり、今後、ルピアがさらに大幅下落を余儀なくされる局面は考えにくい。
ただし、金融面での調整圧力は依然残っていることから、金融システムの効 率化を早急に推し進める必要がある。具体的には、まず金融機関の再編が必要 不可欠である。88年の参入規制の大幅緩和などをはじめとした金融自由化の進 展により地場民間商業銀行の数は、96年3月現在で165行へと急増したが、その 大半は中小・零細銀行である。それが、金融システムの効率性を低めているか らである。さらに、国営商業銀行の統合についても急ぐべきである。国営商業 銀行は、業務の性格上、採算性の劣る先への融資も余儀なくされたことなどか ら、不良債権比率が96年末で13.4%と民間商業銀行の5.1%と比べて高く、統 合による経営基盤の強化が望まれる。政府は、現在の7行から4行に統合するこ とを検討している。
同時に、金融機関の経営健全性を高めるため、金融当局による規制・監督の 一層の強化も重要である。また、預金保険機構などセーフティ・ネット作りも 検討する必要があろう。
 
(8.12 高澤)