平成9年(1997年)8月7日 NO.12

ウォンドル相場から見た韓国経済の現状と課題

96年後半以降、国際収支面、景気面、金融面などの要因に よって、ウォン安が急速に進行するなか、韓国経済が抱える様々な構造問題 が浮き彫りとなってきた。これらの構造問題が足枷となり、ウォンドル相場 は当面軟調地合が継続すると予想される。しかし、やや長い目でみれば、構 造改革の進展に伴い緩やかなウォン高方向に戻る展開になると考えられる。 現局面は、韓国経済が新たな経済構造の構築に向けた大胆な改革を行ない、 真の飛躍を遂げるための好機である。

はじめに
 
下落続くウォンドル相場とその背景
 
背後にある韓国経済の抱える構造問題
 
当面のウォンドル相場は軟調地合
 
中期的には緩やかな上昇が予想されるウォンドル相場
 
おわりに


はじめに
 
 95年に一人当たりGDPが1万ドルを超え、昨年12月に「先進国クラブ」 といわれるOECDへの加盟を果たした韓国経済が壁に直面している。96 年の半導体価格下落による輸出の急減、97年入り後の労働法改正に反対し たゼネスト、更には財閥の経営破綻などを背景に、景況感は悪化の一途を 辿った。こうした状況を受けてウォンの対ドル相場は急速に下落してきた。
確かに、足元では、景気は最悪期を脱しつつあり、ウォン相場も小康状 態で推移しているが、これまでの景気悪化やウォン安の背景にある様々な 要因、なかでも韓国経済が抱える構造問題が改善に向かっているとは言い難い。
本稿では、これまでのウォン安の背景を探ることで、韓国経済の抱える 諸問題を浮かび上がらせるとともに、今後のウォンドル相場の方向性と韓 国経済の課題についてみていきたい。

下落続くウォンドル相場とその背景
 
(1)最近の動向
ウォンドル相場は、86年半ば以降、急速な上昇を記録したが、89年5月に 1ドル=666.56ウォンとピークを打った後、下落に転じた。ウォンが幾分強 含んだ時期もあったが、トレンドとしては、89年半ばから現在までウォン 安基調を辿っている。
特に、96年6月以降、経常収支の赤字幅拡大が懸念されはじめ、赤字幅が 史上最高を記録することが確実な情勢となると、ウォン安傾向はより鮮明と なった。97年に入ると、ゼネストの拡大、財閥の経営破綻などにより景気先 行きの不透明感が強まったことや円安ドル高の進行も加わり、ウォンは対ド ルで急速に下落テンポを速め、3月28日には1ドル=899.0ウォンと史上最 安値を記録するにいたった。その後、細かい上下動はあったが、総じてみれ ば1ドル=890ウォン近辺をほぼ横這いで推移している。

(2)ウォンドル相場下落の背景
@国際収支動向
(a)経常赤字の拡大
このような96年半ば以降のウォン相場の急速な下落は、国際収支動向によ ってほとんど説明できる。なかでも最も影響が大きかったのは経常赤字の拡 大である。ウォンドル相場の過去の推移をみると、基本的に経常収支が赤字 のときウォン安が進行し、経常収支が黒字のときにウォン高となる姿がみて とれる(第1図)
96年の経常赤字拡大の主因は、貿易・貿易外収支ともに赤字幅が急拡大し たことである(第2図)。貿易赤字の拡大は、輸出が半導体価格下落の影響を 受け低迷した一方、輸入は個人消費が比較的堅調に推移してきたことなどか ら輸出ほど落込まなかったためである。また、貿易外収支の赤字の内訳を見 ると、投資収益、旅行収支、運輸収支などの赤字幅が拡大しているのが目立 っている。旅行収支は89年に海外旅行規制が撤廃された後、91年に赤字に転 じ、賃金上昇の影響も加わって、趨勢的に赤字幅が拡大傾向にある。また、 運輸収支の悪化は、韓国国内の運輸コストが高いために輸送を海外の企業に 依存する割合が高まった結果であろう。

(b)資本流入問題
経常収支赤字が拡大したにもかかわらず、それに見合った資本流入の拡大 がみられなかったことも、ウォン安圧力として働いた(第3図)
実際、95年までは経常赤字にほぼ見合った長期資本が流入しており、それ に加えて短期資本が流入していたため、経常赤字を上回った余剰部分が外貨 準備の増加となっていた。この背景には、資本取引に係わる規制緩和を受け 資本流入が活発になったことがあげられる。その結果、94、95年については、 経常赤字が拡大したにもかかわらず、ウォン需要の高まりから、ウォン高に 振れたと考えられる。しかし、96年になると経常赤字の急拡大に見合ったほ どは、長期資本と短期資本ともに拡大せず、ウォン需要の低下から、ウォン 安が進行したことがわかる。
こうした動きを反映して、外貨準備高も減少に転じている。93年以降3ヶ月 弱で推移していた外貨準備高の輸入カバー月数も、97年入り後2.5ヶ月を下回 り、思い切ったウォン買い介入を行ないづらい状況になったことも、ウォン先 安感を高めることになってしまった(第4図)

A景気低迷
このように経常赤字に見合った十分な資本流入が確保できにくくなってきた 背景には、韓国経済のファンダメンタルズの悪化がある。まず景気面では、96 年の実質GDP成長率は前年比7.1%と95年(同8.9%)比大幅に減速した。こ れは、民間消費が比較的堅調に推移したものの、設備投資の伸びが95年の前年 比15.8%から同8.2%と大幅に鈍化したことや、外需の寄与度がマイナスに転 じたためである。
97年に入ってからも、1月のゼネストや韓宝、三美財閥の経営破綻の影響で、 生産活動と消費が伸び悩み景況感は引き続き悪化している。97年1〜3月期の 実質GDP成長率は、設備投資が前年比マイナスの伸びに転じたうえ、民間消 費も増勢を鈍化させたことから、前年比5.4%まで減速している(第5図)。こう したなか、失業率は96年10月から急上昇しており、97年3月には3.4%と93年 2月以来の高い水準を記録した。

B金融不安
次に金融面をみると、悪化する景気動向のなかで、年初に韓宝グループ(資 産規模ベースで韓国14番目の財閥)の中核企業である韓宝鉄鋼が不渡りを出し たことから、大手銀行の不良債権問題が一気にクローズアップされた。その後 も三美、真露、起亜と韓国財閥の経営破綻は散発しており、これを支援する大 手銀行の経営悪化を招いている。こうした金融不安が、逆に実体経済を悪化させ ることも懸念されている。このため韓国への資金流入にも影響が出ており、一 部の銀行では外貨の調達が困難なため、ソウル外為市場でドルを買い入れるこ とで海外借入金の返済を行なったといわれ、こうした動きもウォン安に拍車を かけたとみられる。

背後にある韓国経済の抱える構造問題
 
以上みてきたように、国際収支面、景気面、金融面などの要因によってウォン 安が進行したが、こうした状況のなかで、韓国経済の抱える様々な構造問題が浮 き彫りになってきた。
(1)偏った貿易構造
韓国における第一の構造問題は、輸出製品が電子製品に過度に偏っていること である。95年時点で、軽工業品を除く工業製品輸出のうち、電子製品が3割を占 め、更にその3分の2が半導体となっている。つまり、メモリーを主体とした半 導体だけで総輸出の14%を占めていることになる。このため、国際的な半導体価 格の急速な下落が、輸出の伸びを大幅に鈍化させ、貿易赤字の拡大を招き、韓国 経済の減速を余儀なくさせた原因の一つとなっている。
輸出構造が高度化した一方で、中間財、資本財産業の国内での育成が遅れてい ることも問題である。中間財、資本財の調達を海外に依存せざるを得ず、このた め輸出の増加が輸入の増加を招き、貿易収支の改善に結びつかない原因となって いる。

(2)韓国企業の高コスト体質
次に、韓国企業の高コスト体質が、価格競争力の一層の向上を難しくし、それ が輸出の低迷に結びついているという問題がある。
まず、賃金水準が極めて高い。この背景には、87年の「民主化宣言」の後、民 主化気運が盛り上がり、89〜91年にかけて労働争議が多発したことがある。韓国 の95年の名目賃金水準は85年の4倍以上と急激に伸びている。韓国と同様に高成 長を遂げてきた台湾、シンガポールでさえ、それぞれ2.6倍、1.9倍であり、日本、 米国にいたっては1.3〜1.4倍に過ぎないことをみても、韓国の賃金上昇率の高さ は際立っている。名目賃金上昇率から消費者物価上昇率を引いた実質賃金上昇率 を見ても、韓国が最も高いうえ、実質GDP成長率をも上回っている(第1表)
製造業の賃金上昇率と労働生産性の伸びの推移を比べても、87年以降94年まで 一貫して賃金上昇率が労働生産性の伸びを上回っている(第6図)。こうした賃金 コストの上昇が、韓国企業の国際競争力を大きく低下させる主因となっている。
また、韓国では成長の過程で社会資本に対する投資が遅れたため、物流コスト が高くなっている他、外部負債に対する依存度が高い上に実質金利が高いことか ら、金融コストも企業にとって重い負担となっている。こうした状況に対処する ために、韓国企業はコスト削減のため合理化投資を行なっていく必要があるが、 現状は設備投資に占める合理化投資の割合は低くくなっており、日本、米国に比 べ、見劣りした状況となっている(第2表)

(3)円ドル相場の影響を受けやすい価格競争力
韓国の輸出が円ドル相場に影響を受けやすい体質となっていることも大きな問 題である。第7図は韓国の輸出の伸びと円ドル相場の推移を示したものだが、韓 国の輸出は円高ドル安時に伸び率を高める姿がみてとれる。
これは、日本と韓国とはメモリーや自動車、鉄鋼、造船など競合した産業が多 く、輸出製品構造も極めて似通っているからである(第8図)。したがって、円高 により日本の価格競争力が落ちると、韓国の価格競争力が相対的に上昇し輸出が 拡大する構造になっている。
今回の景気後退局面において、ウォンが対ドルで下落しているにも拘わらず輸 出が伸びないのは、半導体価格の低迷に加え、95年以降、趨勢的に円が対ドルで 減価したことも大きく影響していると考えられる。

(4)立ち遅れた金融システム
さらに、金融システムが立ち遅れていること、なかでも銀行経営の非効率性が 韓国経済の足枷となっている。
この銀行経営の非効率性は徹底した政府主導の金融システムに起因している。 そもそも韓国の銀行は、80年まで市中銀行さえ政府の所有下に置かれ、重化学工 業と輸出拡大のための資金供給機関として役割を持たされていた。現在の不良債 権の多くは第2次オイルショック後、経営が悪化した重化学工業などの基幹産業 へ当局の指示によって行われた救済融資が源であるといわれている。
また、80年代初頭に民営化が進められた後も、銀行長(頭取に相当)の選出に は政府が関与するなど、行政の影響力が非常に強かった。そのため、銀行の経営 意識は低くなり、審査能力も低いうえ、自ずと生産性、効率性も追求されない経 営体質となっていた。その上、民主化運動により労働活動が先鋭化したため、過 剰人員の整理ができず、賃金も高騰したことが銀行の低収益体質に拍車をかける こととなった。

当面のウォンドル相場は軟調地合
 
以上の分析を踏まえて、当面のウォンドル相場動向を考えてみよう。
まず、景気面では、ウォン安が進行するなか、輸出に持ち直しの兆しがみられ るものの、半導体価格の底這いが予想されるため、構造的に輸出の急拡大は望め ない。しかも、循環的にみて在庫調整や資本設備のストック調整がまだ続くとみ られるうえ、雇用環境の悪化から民間消費も伸び悩むことが予想され、景気回復 の足取りは鈍いと考えられる。
こうしたなか、経常収支についてみると、赤字幅縮小は限定的なものにとどま るとみられる。輸出の戻りが鈍いうえ、資本財や中間財の調達を輸入に頼る貿易 構造は急には変化しないためである。
また金融面をみても、大手企業の経営破綻が散発し、これにより新たな不良債 権が発生しているなか、金融改革が緒についたばかりの現状では、金融不安は当 面払拭されないであろう。証券投資をはじめとする資本流入も、高コスト体質を 抱える韓国企業の業績状況からみて急激な増加は期待しがたい。
このように、ウォン安をもたらした様々な要因の改善に対して、既述の構造問 題が足枷となるとみられることから、ウォンドル相場は軟調地合が継続すると予 想される。ただし、現在のウォン相場は既にこれらの要因をかなり織り込んでお り、ゼネストや財閥の経営破綻の影響も徐々に剥落するとみられることから、再 び急速に下落することも想定しづらい。

中期的には緩やかな上昇が予想されるウォンドル相場
 
やや長い目で見た場合、ウォンドル相場は以下に示す要因から、行き過ぎたウ ォン安ドル高の水準調整をする形でウォン高方向に緩やかに戻る展開になると考 える。
(1)構造改革の進展
韓国政府は、高コストの経済体質を改善し企業の活力を高めることを経済政策 の最大課題に掲げており、資本財産業育成などの政策を進めている。こうしたこ とから、資本財輸入の増勢鈍化が貿易収支の改善に寄与し、経常赤字も徐々に縮 小に向かおう。また、OECD加盟に伴い資本取引の自由化も進められており、 企業業績が回復に向かえば、証券投資の流入が拡大することが見込まれる。
金融面では、年初に韓国版ビッグバンを論議する大統領直属の金融改革委員会 が設置され、金融機関の経営体質の強化、金融産業の競争力の強化、効率的な金 融市場の形成と活性化といった課題が検討され始めている。また、金融機関の再 編を睨み「金融機関の合併及び転換に関する法律施行令」などの法整備も進めら れていることから、金融不安も徐々に和らぐと思われる。
企業サイドでも、大手財閥がこれまで従業員の抵抗が非常に大きかった新規採 用の抑制や賃金の凍結まで打ち出しており、高コスト体質是正に向けた動きが出 始めている。
このように構造改革が緩やかにではあれ、進展するとみられることから、ウォン 安要因は徐々に薄れていくことが予想される。

(2)為替相場政策
韓国当局は、外国為替市場での需給状況を最大限尊重するとし、無理な為替操 作は控えるスタンスへの転換を図っている。80年代のウォン安誘導は、高成長時 代には輸出競争力を確保するための重要な政策であったが、現在のような発展段 階に達した韓国経済にとっては時代遅れのものとなってきている。現在では、経 済の持続的成長のために必須である物価安定の観点から、輸入物価の安定をも考 慮した為替相場政策に移行しつつあるとみられる。
現在の韓国当局には、構造改革といった観点から、ウォン安誘導は韓国の抱え る構造問題を先送りするだけで、中長期的には韓国の経済力強化に繋がらないと の認識が出来上がりつつあるようにみうけられる。

(3)貿易財の購買力平価による適正相場の評価
対ドルでの貿易財の購買力平価を試算すると、輸出物価ベースで直近の4月に は1ドル=827ウォンとの結果が得られる(第9図)。別途算出した対円での輸出 物価ベースの購買力平価が実勢相場とほとんど乖離していないことも考慮すると、 現状のウォンドル相場水準は、既に適正水準を超えたウォン安となっている可能 性がある。
確かに貿易財の購買力平価は為替相場の長期的な均衡水準を示すとされるもの の、基準年次や物価指数の採り方によって水準が振れるため、あくまでも参考に すぎない。しかし、第9図でみて、ウォンドル相場が輸出物価ベースの購買力平 価からこのように大幅にウォン安方向に乖離した状況となっている現状は、80年 代半ば以来のことである。当時は、プラザ合意後に円をはじめとする主要通貨が 対ドルで大幅に上昇するなか、ウォンの対ドル相場は緩やかな上昇にとどまった ため、「韓国通貨当局は輸出促進を目的に為替操作を行っている」との批判を受 けた時期であることを考えると、現在の1ドル=890ウォン台のウォンドル相場 水準は、貿易財の購買力平価の観点からは割安とみてよかろう。

おわりに
 
韓国は先進国の仲間入りを果たした以上、ウォン安誘導することで、一時的 な景気回復を図ることは許されなくなっいる。たとえそうしたとしても、構造 問題はさらに解決困難な問題となって残るだけである。安定した長期的な経済 成長を目指すためには、正面から構造問題に取り組む必要があろう。大きな痛 みは伴おうが、新しい経済構造の構築に向けた大胆な改革を進めることが求め られている。
韓国経済の構造問題が、現在ほど問題視された時期はない。95年までに急速 に進んだ円高の恩恵のために、これらの問題が表面化せず、問題解決を怠って きたことも一因である。ウォン相場が下落を続けてきたなかで、構造問題が浮 き彫りとなった現在の局面は、韓国経済が真の飛躍を遂げるための好機と言え よう。

 
(7月25日 根本)