平成9年(1997年)6月18日 NO.11

重要性を増す中国の食料問題

中国は、食糧自給を実現させ、96年の食糧生産高は4億9千万トン と史上最高の豊作を記録した。しかし、将来の食糧需給を見通すと、 生産面では工業化の進展に伴う耕地面積の減少、消費面では人口 増加および食品消費構造の高度化等の潜在的問題点が指摘でき、 このため、中国外でいくつかの悲観的見通しが発表されている。 中国の固有事情を考慮すれば、悲観論が指摘するほどではないが、 いずれにせよ将来予想される食糧不足に対処すべく人口抑制政策、 単収の増加などの努力を続ける必要がある。さらに、農業生産性 向上に伴う余剰人員対策、食糧輸送のためのインフラ整備も必要 であり、そのための資金調達問題も含め、今後の課題といえよう。

これまでの経緯
 
食糧自給をめぐる潜在的問題点
 
将来の食糧需給見通し
 
今後の展望


これまでの経緯
 
 中国は、総人口(12.1億人)の71%にあたる8.6億人が農村に居住し、 全就業者の51.8%にあたる3.2億人(日本の約100倍に相当)が農林水産 業に従事する農業国である。古く「漢書」に「王以民為天、民以食為天」 (王は民を以って天と為し、民は食を以って天と為す)という記述が見ら れるように、古来より、中国の為政者にとっての最重要課題は、「国民を 飢えさせることなく、食べさせること」にあったが、これは、現在の中央 政府にとっても例外でない。国家指導者は、様々な機会を捉え、繰り返し 農業振興と食糧確保の重要性を強調しているが、昨年10月に、国内で初め て発表された「中国の食糧問題白書」(以下「食糧白書」と略称)の中でも、 「中国政府は食糧問題を一貫して十分重視」しており、「食糧は天下を安 定させる産業」であり、「国内資源に立脚し、食糧の基本的自給を実現す ることが、中国の食糧需給問題解決の基本方針」であるとうたっている。 そして、言葉だけでなく、実際にも、現在まで中国は、基本的に外国から の輸入に大きく頼ることなく、食糧の国内自給を実現させてきた(注1)。

(注1)1995年9月に海外経済協力基金(OECF)が発表した「中国の食 糧需給の見通しと農業開発政策への提言」(以下、OECFレポートと略 称)によれば、1993年の中国の食糧生産量(45,649万トン)は、需要量(4 3,207万トン)を2,442万トン上回っており(第1表)、その後も、これまで のところ中国は基本的に食糧自給を達成している。

他方、農業をとりまく自然環境についてみてみると、中国は、人口、国土 面積の割に耕地が少ない(注2)うえ、水資源に地域的偏在(注3)が見られ るなど、農業条件には必ずしも恵まれていない。中国の農業事情について、 中国政府はしばしば「中国は、世界の 7%の耕地で、世界の22%の人口を 扶養している」と説明しているが、厳しい自然条件の中、これまで基本的 に食糧自給を実現させてきたことは、まさに政府の農業重視の姿勢を端的 に示す証左であるといえる。

(注2)日本との比較でみれば、中国の耕地面積は13,300万ヘクタールで、日 本(同508万ヘクタール)の26.2倍であるが、人口1人あたりでは、わずか 2.7倍にすぎない。
(注3)中国の年間単位当たり降水量(630ミリメートル)は日本の約35%に すぎず、水資源量は人口一人当たりでは世界平均の4分の1、耕地面積あた りでは世界平均の2分の1である。地理的には、耕地は揚子江流域以北(耕 地の60%)に、水資源は揚子江流域以南(水資源の75%)に偏在しており、 南水北調(南の水を北に配分すること)が課題となっている。

しかし、ここにきて、12億人を超えさらに増加を続ける国内人口に加え、 改革開放政策による急激な経済成長に伴う工業化の影響等により、将来の 食糧安定供給を脅かす様々な問題が顕在化してきた。特に、近年、海外の いくつかの研究機関が、将来の中国の食糧自給継続に対し悲観的な見通し を発表(注4)し、巨大人口を抱える中国の食糧不足が近い将来の世界の 食糧市場に深刻な影響を与えるであろう(いわゆる「中国食糧脅威論」)と 指摘したことをきっかけに、ここにきて、従来あまり顧みられることのな かった中国の農業について、国際的に関心が高まってきた。中国の食糧需 給動向は、中国経済をめぐる重要な話題の一つになっている。

(注4)レスター・ブラウン(ワールド・ウオッチ研究所)推計(94年)、 OECFレポート(95年)等。

食糧自給をめぐる潜在的問題点
 
 中国における農業生産は、改革開放政策により生産請負責任制が導入さ れた79年以降、80年代後半に、農業投資の低迷等により、一時的に低迷期 を経験したものの、農産物の流通体制改革(政府割当買付品目の数量縮小 と自由流通の拡大)や価格体系改革(公定価格の対象品目と数量の縮小、 注5)の進展等により増加し、96年には食糧生産高4億9千万トンと史上最 高の豊作を記録した(第1図)。しかし、その実態を注意深く見てみると、 食糧の生産、消費両面において、潜在的にいくつかの問題を抱えているこ とがわかる。

  (注5)農産物の流通体制改革と価格体系改革
「公定価格対象品目の縮小」
  78年当時、全品目の92.6%に相当する113品目が 公定価格対象となっ ていたが、94年には国が計画的に買付ける食糧(全流通量1.3億トンのう ちの0.5億トン)、綿花、葉たばこ、繭、一部の茶、木材の6品目に縮小 された。
「食糧小売価格の自由化」
  食糧小売価格は、94年1月に最後まで規制が残っていたチベット自治 区でも自由化された。ただし、国有食糧店で主として低所得者向けに販 売するコメ、小麦粉等には事実上の公定価格が存続している。

(1) 生産面の問題
生産面の問題としては、工業化の進展に伴う耕地面積の減少があげられる。 農村部の工業化は、主に非国有企業である郷鎮企業によってもたらされた。 郷鎮企業は、農村部における余剰人員を吸収(78年からの累計で1億人超の 余剰労働力を吸収)しつつ、成長をつづけてきた。その結果、郷鎮企業総 生産額の農村総生産額に占める割合は、85年の43.0%から94年には69.4% に拡大し、郷鎮企業の工業生産全体に占める割合は、85年の18.8%から95 年には55.8%に拡大している(第2図)。こうした形での工業化の進展は、 農村に経済発展をもたらす反面、耕地面積(注6)の減少という結果を招い た。78〜95年の17年間に減少した耕地面積は442万ヘクタール(日本の全 耕地面積の87%に相当)に達しており、年間平均では26万ヘクタールが減 少している計算になる。中国政府は、年間の耕地減少面積を20万ヘクター ルに抑制することを目標とし、耕地の転用管理を強化しているが、一人あ たりの耕地面積が年々減少傾向にある以上、単収の拡大が課題となっている。

(注6)昨年、中国で実施された全国土地利用状況調査結果によれば、中国の耕 地総面積は従来の公式統計(建国初期の測量結果)による約9,500万ヘクター ルよりも40%多い約13,300万ヘクタールであることが判明した。調査により 増加が確認された耕地面積(3,800万ヘクタール)はちょうど日本の全国土面 積に相当する広さであり、工業化による耕地の減少傾向に悩む中国にとっては、 単収の達成目標値が低くなるという意味で朗報であるが、それでも人口規模か ら考えれば耕地面積は広いといえない。

一方で、単収の拡大のためには、農業の近代化が必用であるが、余剰人員問題 がこれを阻害している。農村部には、95年の時点で少なく見積もっても1.1億人 程度の余剰労働力が発生していると推計される(注7)が、年間1,400万人前後の 人口増加とともに、その数は拡大傾向にある。生産性の向上は、同時に、現在 農業に従事している労働者の職を奪うことにもつながるため、これまで政府と しても、積極的な農業投資を進めることができない一因となっている。

(注7)49年(建国)当時の中国の農村労働者数は1.6億人であった。現在の農業に 必要な人数は、耕地面積が減少傾向にあるなか、建国当時と比べれば生産性が向 上していることから、最大でも建国当時(1.6億人)より少ない人数でたりる。 95年の農村労働者数は、4.5億人であり、1.6億人をひくと2.9億人となるが、そ こからさらに、郷鎮企業労働者の1.3億人と個人経営や出稼ぎの0.5億人を差し引 いた1.1億人が余剰労働力と推計される。

(2)消費面の問題
他方、消費面では、人口増加に加え、畜産物消費の増大等、食品消費構造の高度 化に伴う食糧需要の増加が指摘されている。
国民の生活向上に伴い、中国でも、畜産品消費量が増加しているが、特に最近で は牛肉の消費量が拡大している。これに伴い、95年の牛肉生産量は、415万トン と80年当時(27万トン)の15.4倍に拡大し、牛の飼育頭数も78年当時の0.7億頭か ら1.3億頭と倍近くまで増加しており、食肉生産のために必要な飼料用穀物の増 加が懸念されている。また、酒類の消費も増加しており、原料としての穀物消費 増加も懸念されている。特に、マオタイ酒に代表されるコウリャンを主原料とす る蒸留酒の製造には、多量の穀物が必要とされることから、政府は、消費の拡大 に歯止めをかけるべく、公務員が設宴する場合にはマオタイ酒を出すことを禁止 する旨の通達まで出している。
その他、食糧の減耗率が高いことも不安要因として指摘できる。中国では、現状、 流通システムや輸送インフラが未整備のため、食糧保管時や長距離輸送途上での 減耗がはげしく、食糧の収穫から消費に至るまでの減耗率は10%以上といわれて おり、これを国際的な水準の5%に近づける努力が必要である。

将来の食糧需給見通し
 
(1)将来の食糧需給をめぐる見解と評価 中国の農業は、潜在的にこれらの問題点を抱えているため、足元の食糧需給状態 に特に問題はないにもかかわらず、将来の食糧自給の継続をめぐっては、中国外で、 これを危惧する声があがっている。これら悲観的見通しは、推計方法に精粗はある ものの、人口増加、1人当たり食糧消費量、食糧作付面積、単位面積当たり収穫量 (単収)等を織り込んだ計算により将来の食糧生産量と需要量を算出し、不足量は輸 入によって賄わざるをえず、それが世界の食糧需給市場に影響を及ぼすことになる という点で共通している(注8)。因みに、最も悲観的なブラウン推計によれば、 2030年には食糧不足量が2.16億〜4億トンに達し、中国は食糧輸入大国になると予想 している。



(注8)OECFレポートによれば、2000年には、食糧需要量50,691万トンに対し、生産 量は48,307万トンにとどまり、2,384万トンの食糧不足が生じる。2010年には、不足 量は13,631万トンに拡大する(第1表)。1人当たりの需要量から計算すると、2000 年に約6,000万人分、2010年には約3億人分の食糧が不足すると予想されている。

それでは、中国の食糧事情は、悲観論が指摘するほど危機的な状況にあるのであろ うか。この問題の検討にあたっては、欧米流の視点による分析だけでは不十分であり、 前提条件として、中国の固有事情についても理解しておく必要があると思われる。
第1に、中国の一般国民の生活水準は、先進国に比べ遅れており、消費構造も異なる ため、食糧の対象についても、欧米流の基準よりも広く捉えられている。すなわち、 中国で「食糧」という場合は、通常の穀物に加え、大豆といも類がこれに加えられる。 例えば、いも類の食糧換算率は、いも類5kgにつき食糧1kgとして換算(いも類のでん ぷん含有量が20%であることを一応の根拠としている)している。ここで、いも類の 食糧換算率を重量の5分の1としなければならない明確な根拠があるわけではなく、 換算率を変更すれば、「食糧」の生産量はそれだけ増えることになる。95年の食糧生 産に占めるいも類の比率は、食糧生産全体の7%を占めており、決して小さくはない。 一方で、経済成長に伴う食糧消費構造の高度化が及ぼす影響が心配されているが、こ うした懸念があてはまるのは、都市部などごく一部地域のことで、大多数の国民が生 活する農村部はいまだ非常に貧しく、10〜20年の間に食糧消費構造が欧米並みの水準 にまで変化すると考えるにはかなり無理がある。これらを考慮すれば、少なくとも、 「国民全員が飢えることなく食べていける」という点については、中国は問題ない状 況にあると思われる。
第2に、飼料用穀物の増加については、中国では、飼料となる対象がかなり広く、 農産物の残りや残飯が広く一般に飼料として用いられているため、実際に食肉生産に かかる穀物消費量は欧米流に換算した場合に比べ少なくて済む。
第3に、中国の食糧輸出入の決定は、国の貿易部門が行っているが、実際の生産現 場状況を正しく把握できないため、その判断は、現状必ずしも国内需給を正しく反映 したものになっていない。この点、生産現場の事情を把握している農業生産部門との 連携が強化されれば、改善の余地がある。
第4に、現在の港湾能力(95年の中国の沿海港湾呑吐量は輸出入合計で8億トンで、 うち、食糧輸出入は数量ベースで全体の2.9%にあたる2,295万トン)は既に限界に近 いといわれており、仮に中国が食糧不足に陥ったとしても、大幅に食糧輸入を増加さ せることは難しい。港湾インフラの整備には莫大な資金と時間が必要であり、中国政 府としても国内生産力の強化による自給継続に注力する方がより現実的である。
これらの事情をあわせて考えてみると、中国の食糧事情は、いわゆる悲観論が指摘す るほど深刻な状態にあるのではなく、中国が近い将来直ちに食糧輸入大国化するとい う見方は中国の実状を無視した議論であるように思われる。
また、将来の食糧需給動向に関する計算結果は、人口や作付面積等、前提条件が変 わることにより変化するが、中国は人口の母集団がきわめて大きいため、わずかの前 提条件の違いでも結論部分で大きな差が生じてくる。例えば、「食糧白書」における 中国政府の試算では、総人口や食糧需要量等に関する前提条件を悲観論に比べかなり 楽観的にみているため(第2表)、その結果、将来の自給継続も十分に可能であると いう結論になっている。
しかし、いずれにせよ、耕地面積が減少傾向にある一方で、人口増加が続いている ことは動かしがたい事実であり、こうした現況に歯止めをかけない限り、問題がいず れ顕在化するであろうことは、悲観論、楽観論を問わず、すべてに共通した認識であ る。今後、中国政府がこれらの問題に対してどう取り組んでいくかが課題である。

今後の展望
 
人口増加については、確かに年々総人口は増加しているものの、既に中国政府によ り、厳格な人口抑制政策が実施されており、その効果が着実にあがってきているとい ってよい。87年には1.661%であった人口の自然増加率は、逐年低下し、95年には1.055 %まで低下した(第3図)。中国政府は、このままのペースで増加率の低下が進めば、 2030年の16億人をピークに、その後、人口は減少に向かうと予想している。
他方、耕地面積の減少については、これをくい止める努力が必要であるが、新たに耕 地を増やすことはなかなか難しいことから、解決策としては、現有耕地の保護はもと より、単収を増加させることに力点を置くことが重要であると思われる。OECFレポー トの予想値から計算すると、2010年に食糧の完全自給を達成するために必要な単収は、 6.47トン/ヘクタールであり(第1表、もっとも、中国政府は食糧問題について完全自 給にこだわっているわけではなく、補完的なものとして国内消費量の5%未満の範囲内 で輸入も行っていくとしている)、現在の単収レベル(4.38トン/ヘクタール)と比較し、 2.09トン/ヘクタールの増加が必要である。 単収6.47トン/ヘクタールという水準は、 日本や西欧の農業先進国の水準に匹敵する高いレベルであり(第3表)、また、中国の 単収水準が、世界平均と比較して既にかなり高い水準にあることを考えると、これを 更に拡大し、目標値に近づけるためには、相当な努力が必要であると思われる。
単収拡大のためには、農地開発、潅漑排水の普及(水資源の不足する中国では特に節 水潅漑の導入)、機械化の導入等、農業基盤整備や農業技術の改良・普及のための積 極的な投資が必要である。中国政府も、単収増加の必要性を強く認識しており、「食 糧白書」のなかでも「種子プロジェクト」による品種改良促進等、単収拡大のための 施策を発表している。
また、単収拡大のための施策と同時に、農業生産性向上に伴う余剰人員対策や、食 糧輸送のためのインフラ整備も必要である。余剰人員対策としては、80年代後半から、 政府により、小都市建設(農村部の町に都市機能を持たせること)が進められ、余剰 労働力のサービス部門を中心とする非農業部門での吸収がはかられているが、余剰人 員増加のスピードには追いつかない状況である。他方、輸送インフラについては、 現状、食糧を全国各地に輸送するためのインフラ整備は大幅に遅れており(例えば、 96年末の中国の道路総延長は118万kmで、国土面積が約25分の1にすぎない日本 (113.6万km、94年)とほぼ同じである)、減耗率を高める一因となっている。
これら対策のための投資には、膨大なコストがかかることが予想され、財政赤字に 苦しむ中国政府が必要な資金を手当できるかが課題である。この点について、中国政府 は特に長期低利資金について外国政府や国際機関の援助に期待するとともに、優遇政策 により外資企業の食糧生産を中心とする農業分野への投資を奨励するとしている。 農業への財政支出や国内金融機関の農業向融資を増やすことが必要であるのはもちろん であるが、自己資金が豊富でない以上、期待どおりに外資の協力が得られるかどうかが 問題解決の鍵とみられる。

 
(6月10日 室賀)