平成9年(1997年)1月6日 NO.1

新年日本経済の展望

竜頭蛇尾に終わった自律回復期待
 
苦戦が予想される新年経済
 
高まる構造改革気運
 
日本経済の見通し


竜頭蛇尾に終わった自律回復期待
 
 景気回復下で迎える新年も、気がつけば今年で4回目を数える。回復局面がこれだけ続いていることに、意外感を覚える方も少なくないのではないか。

 振り返ると、昨年のわが国経済は、当初膨らみかけた自律回復への期待が、結局は叶わずじまいに終わるという一年であった。 たしかに、年前半については、一連の財政・金融政策や円高是正の定着が奏効し、企業や家計のマインドも幾分明るさを取り戻していた。 企業収益の好転を支えに設備投資が緩やかな増加傾向を辿ったほか、個人消費も、ひところ懸念された深刻な雇用不安がひとまず遠退くなかで増勢を続けた。 また、年率160万戸内外(新設住宅着工戸数)の高水準で推移した住宅投資や、一昨年9月に策定された過去最大級の景気対策のスムーズな執行も、景況感の改善に一役買った。 そうしたなかで、日経平均株価は、6月下旬にはバブル崩壊後の戻り高値(22,667円、終値ベース)をつけたほか、市場金利については、「超」金融緩和政策が解除されるのではとの見方がにわかに広がりをみせ、 夏場にかけて金利の先高観が急速に高まった。景気の自律回復を期待する向きが、いよいよ強まったわけである。

 ところが、事は必ずしもそうした筋書き通りには進まなかった。需要回復に当初期待されたほど勢いは感じられず、春先にも終了するとみられていた在庫調整には思いのほか手間取った。金融市場では、初秋を迎えるや、状況は一変した。 8月末に発表された日銀「短観」で、企業の景況感にもたつきがみられることが確認されると、市場金利は、一転、低下基調を辿った。株価も弱含みで推移、わが国経済の先行きに対する不透明感は、ここにきてあらためて強まっている。

 このように、景気回復の足取りに依然たどたどしさが残るのは、結局のところ、経済成長の柱となるべき国内民間部門で、なお自律的な回復軌道に復するだけの構造調整が進んでいないからにほかならない。 企業部門では、資産効率のかつてない悪化に象徴的にあらわれている通り、いまだ積極的に前に打って出られる環境は整っていない。 家計部門をみても、企業の人件費負担が依然高水準で高止まっていることを背景に、雇用・所得環境は引き続き伸び悩みを余儀なくされている。この結果、設備投資と個人消費という国内民需の両輪が、なかなか本格的に盛り上がってこない。 いずれにしても、構造調整という難問が、またもや新年に持ち越されたことだけは確かなようだ。

苦戦が予想される新年経済
 
 そうした観点からすれば、新年経済の帰趨は、引き続き構造調整の進捗如何に左右されるところが大きいように思われる。 いいかえれば、構造調整圧力が早晩解消に向かい、国内民需が自律的に回復していく姿が描けるかどうかが、新年経済を占ううえで最大のポイントとなってくる。

 まず、企業部門については、設備投資が景気の牽引役を演じるには、まだ時間を要しそうだ。資産効率の低迷や大幅な需給ギャップ、バランス・シートの調整圧力といった投資抑制要因は、その歪みの大きさからみて、当分尾を引くおそれが強い。 しかも、足元の投資を支えている企業収益の増加テンポは、この先鈍化を余儀なくされる公算が大きい。 中小企業や非製造業の収益を支えている金利低下効果に、いま以上の期待を寄せるのは難しいうえ、大企業・製造業の収益も、円高是正に伴う輸出価格面でのプラス効果が剥落するにつれ、伸び悩むとみられるためである。

 いまひとつ気掛かりなのは、中小企業の動向である。たしかに、比較的技術力や体力のある中小企業の一部では、新たな活路を見出すべく、ここにきて新製品の生産や新規事業への進出を目的とした投資を再開する動きもみられる。 ただ、中小公庫「中小企業動向調査」にみる設備投資の実施企業割合は、依然底這い状態が続いており、投資活動が中小企業全体に広がるには至っていない。 部品点数の絞り込みや流通合理化、値下げ要請などを通じた大企業による「コスト付け回し」、あるいは安価な輸入品の流入圧力が、なお数量・価格の両面から中小企業の売上を圧迫しているためである。 いずれにしても、中小企業の設備投資が持続的に盛り上がってくるとみるには、いまだ心許ない状況といわざるを得ない。

 家計部門にも多くは望めそうにない。この先企業収益の下振れが予想されるなかにあっては、雇用・所得環境の目立った好転は見込みにくいし、消費税率の引き上げ、所得税特別減税の廃止といった税制面のハードルも待ち構えている。 個人消費に景気のリード役を期待するのは酷であろう。急拡大を続けてきた住宅投資にしても、金利低下効果や消費税引き上げ前の駆け込み需要、震災復興需要といった、それまでの追い風が止むにつれ、今後は調整色を強める公算が大きい。

 となると、国内民需の自律回復が困難ななかで、公的需要や外需の景気下支え効果をどの程度見込めるかである。まず、このところ息切れが目立つ公的需要については、今後もその景気支援効果は限られるとみられる。 相次ぐ大型景気対策の発動によって、わが国の財政事情が極めて深刻な状況にあることは、つとに指摘される通りである。先行きの景気展開に弾みをつけるほどの追加財政措置が打たれる可能性は乏しいとみて間違いない。

 一方、外需については、その景気下押し圧力が徐々に弱まりつつあることは確かである。 今回景気回復局面では、安価な輸入品がかつてない急増をみ、数量・価格の両面から国内の企業活動を抑制してきたことが大きな特徴のひとつであるが、ここ1年半にわたる円高是正の結果、さしもの輸入も、ここにきて増勢鈍化を余儀なくされている。 ただ、今後これが大きく落ち込む姿は想定しにくい。生産コストが低廉なアジアとの内外価格差は依然大きく、しかも、アジアの供給能力や技術力は、この先も着実に向上していくとみられるためである。 かたがた、輸出は引き続き伸び悩みを余儀なくされよう。肝心の海外景気が、わが国の主要輸出先である米国やアジアを中心に緩やかに減速していくとみられるうえ、今後円相場急落のリスクが乏しいとすれば、 企業が海外生産計画を大きく変更する可能性も小さいとみられるためである。いずれにしても、この先外需が大幅なプラス寄与に転じ、景気を下支えするような展開はなかなか期待できそうにない。

高まる構造改革気運
 
 こうしてみると、税制改正の影響や海外景気の減速といった外部環境の懸念材料をこなしつつ、景気が自律的な成長へ向けての歩みを強められるほど、新年経済の道のりは平坦なものではなさそうである。 回復の手応えをハッキリと実感できるのは、まだ先のこととなろう。

 ただ、そうしたなかにあって心強いのは、ここにきて抜本的な構造改革気運が、以前にも増して盛り上りをみせていることである。 昨秋から年の瀬にかけて、立て続けに発表された各種審議会、委員会等の報告書をめくると、これまでになく踏み込んだ主張が目を引く。 たとえば、規制緩和に関しては、大都市圏における容積率規制の大胆な緩和や、競争制限的な物流規制の全廃など、実効性が大いに期待できる提言が、遅まきながらも幅広く盛り込まれている。 金融面でも、いわゆる「日本版ビッグバン」が打ち出された。郵便貯金や政府系金融機関など、公的金融に関する議論が抜け落ちるという不十分さは残るが、具体的に期限を据えて改革を実践しようとする姿勢は素直に評価できよう。 財政についても、再建に向けた青写真が漸くまとまった。

 いずれにしても、そうした提言の根底にある基本認識は、現状を放置したままではわが国経済は立ち行かなくなるという危機感の下、企業や個人の選択の幅を広げることを通じ て、 インセンティブに富む経済システムへの移行を目指すということにほかならない。硬直的・長期安定的な既存の枠組みに柔軟性を持たせ、その結果生じるリスクに積極果敢に挑戦できる土壌を育むということである。 そしていま、こうした理念を実効的、かつ整合的に実践すべき段階に来ている。

 新年の干支は「丁丑」(ひのとうし)。奇しくも、その意味するところは、「(草木の形態の)充実した状態(丁)」、「はじまる、はじめ(丑)」であるという。 験を担ぐわけではないが、新しい年が構造改革のための基礎固めの年となることを望みたい。

 
(12月13日 経済調査部 今井)