平成13年(2001年) 8月3日 NO.15  

不振に悩むドイツ経済と労働市場改革

1. 内外需ともに不振で減速するドイツの景気
 
2.ドイツ経済不振の構造的要因
 
3.今後の見通し
 


 米国をはじめとする世界景気の減速を背景に、ユーロ圏の景気も昨年後半より減速基調を辿っているが、なかでも減速著しいドイツ経済については、スタグフレーション〜景気停滞化でのインフレ加速〜を懸念する声さえ出てきた。ただし、ドイツの景気悪化の背景には、循環的要因のみならず構造的要因があるとの指摘も多い。シュレーダー首相率いる中道左派政権は、昨年の税制改革法の成立により大いに評価を高めたが、最近では改革の停滞あるいは逆行ともいえる左派的政策を相次いで打ち出していることから、構造改革の遅れがドイツ企業の競争力を低下させ、景気回復力を削ぐといった批判も根強い。本年に入って一段と先行き不透明感を強めるドイツ経済の動向とその背景について、以下にまとめた。

1.内外需ともに不振で減速するドイツの景気

 ドイツの景気は、アジア・ロシア経済危機後の世界景気回復を受けて、99年後半から外需主導の拡大局面に入り、2000年には実質GDP成長率3.0%の高成長を遂げた。しかしながら、同年後半からは、世界的な経済環境の悪化〜原油価格高騰や米国でのITバブル崩壊に端を発する世界的な製造業部門の減速など〜を背景に、ドイツでも企業景況の悪化が続き、第1四半期をピークに成長率も鈍化傾向を辿った。本年第1四半期の実質GDP成長率は、前期比0.4%、前年同期比1.6%の低水準となったが、輸出の鈍化に加え、低調な個人消費、建設投資の大幅な落ち込みを主因とする総固定資本形成の減少、といった内需の不振もその要因として挙げられる(第1図)。98-99年の景気減速は外需の悪化が主因であったが、内需不振を伴う今回の景気減速によって、ドイツ経済の脆弱さが改めて浮き彫りになったといえよう。
 まず、輸出(GDP統計ベース)についてみると、第1四半期の前年比伸び率は8.6%と、好調だった前期の12.9%から大幅に鈍化した。一方で、輸入の伸び率が12.3%から6.9%へと輸出以上に鈍化したことから、外需の成長への寄与は引き続きプラスとなったものの、世界景気の減速が続くなか、輸出は第2四半期以降も鈍化を続け、成長への寄与を縮小させていくとみられる。
 また、個人消費については、昨年来の原油高・ユーロ安によるインフレが消費者の購買力を低下させるとともに、マインドを抑制して買い控えにつながったことから、既に昨年後半より減速傾向を鮮明にしている。本年第1四半期には、年初からの所得税減税が消費を押し上げることが期待されたが、個人消費の伸びは、前期比0.1%、前年同期比1.3%の僅かなものにとどまった。これは、@減税により家計の名目可処分所得が前年比3.4%の伸びを示したものの、インフレ加速により実質可処分所得の伸びは同1.5%にとどまったこと、A所得増加分のかなりの部分が貯蓄に回され、貯蓄率が前期の9.8%から10.3%へと上昇(消費性向は低下)したこと、による(第2図)。足元までの動きをみると、消費者信頼感は依然高水準ながら、年初からのインフレ再加速や雇用情勢悪化などをうけて、やや弱含んでおり、実質小売売上高も前年割れ水準で低調に推移している。
 他方、総固定資本形成についてみると、企業の機械設備投資は、過去の受注残もあって年初まで輸出・生産が好調であったことから、第1四半期も前年同期比6.3%増と底固い伸びを示したものの、建設投資が悪天候の影響もあって前期比▲5.7%、前年同期比▲8.2と大幅な落ち込みを記録したことで、前年同月比マイナス成長となった。ドイツの建設業界は、90年代前半の統一ブーム時の旧東ドイツ地域を中心とする建設バブルの崩壊後、その後遺症から長期に渡り低迷している。建設受注統計をみると、商業・工業施設建設は旧西ドイツ地域を中心に持ち直しつつあるものの、住宅建設については両地域とも前年比2桁台の減少が足元まで続いており、建設部門はドイツ統一の負の遺産として、引き続きドイツ経済の重荷になると予想される(第3図)。一方の機械設備投資も、世界経済の行方が依然不透明ななか、年初からの国外及び国内受注の悪化からみて、暫くは生産の落ち込みや設備稼働率の低下、企業マインドの悪化が続くとみられることから、本年の伸びは昨年を大きく下回る公算が大きい。

2.ドイツ経済不振の構造的要因
 
 このようなドイツ経済の減速は、フランス、イタリアなど域内の他の主要国と比較しても、一段と厳しいようにみえる。その背景として、第1に、域外景気減速の影響を受けやすいドイツの経済・産業構造が挙げられる。ドイツの輸出総額の対GDP比率は30.3%と、フランス23.1%、イタリア21.8%に比べて高く、また、輸出全体に占める域外輸出の割合も54.0%と、フランス(41.8%)、イタリア(46.4%)を大きく上回っており、米国や日本・アジアなど域外の需要悪化による輸出鈍化の影響が大きい構造となっている。また、ドイツの産業構造をみると、製造業が経済全体に占めるウェイト(対GDP比)が24.1%と高く(フランスは21.6%)、なかでも資本財の生産・輸出に強みを持つことから、現下の世界的な製造業の減速や設備投資抑制の動きの影響は大きい。さらに、近年の資本市場のグローバル化や、M&Aを通じたドイツ企業の積極的な米国進出などにより、以前にも増して米国の株価調整や企業収益悪化の影響を受けやすくなっていることも、ドイツ経済の不振を深める要因となっている可能性が高い。
 第2に、労働市場の硬直性ゆえに雇用創出力が弱く、個人消費をはじめとする内需が脆弱である点が挙げられよう。ドイツの雇用者数は98年から本格的な増加基調に転じ、昨年は1年間で約50万人、前年比1.3%の伸びを示した。産業別にみると、建設業は依然として減少が続くものの、製造業のリストラは90年代後半迄でほぼ一巡し、サービス部門の伸びが全体を押し上げる構図となっている。しかしながら、同時期3%を上回る高い伸びを実現したフランスの雇用創出力に比べれば、見劣りすると言わざるを得まい。こうした格差の背景には、両国の成長率の差のみならず、雇用創出力が比較的大きいサービス産業の発達の遅れや、労働市場の硬直性、といったドイツの構造的な問題があるとみられる。
 フランスの場合、政府によるパートタイム雇用導入促進策や若年層向け雇用促進策などの効果に加え、民間の労使交渉が主に企業単位で行われることから、実情にあった賃金の抑制や企業によるパートタイム雇用、臨時雇用の積極的な導入が可能であったことが、雇用拡大につながった面も大きいといわれる。ワークシェアリングによる雇用創出を目指して施行された「週35時間労働制」についても、労働時間短縮の見返りに複数年にわたるベア凍結や労働条件の柔軟化を行うことで、雇用コスト抑制が図られているケースも多いようだ。EU統一基準でみた失業率を比較すると、本年5月時点でドイツ7.8%に対してフランス8.5%と依然としてフランスのほうが高くなっており、両国の労働市場の優劣を簡単に決めることはできないが、ひとつの方向として考慮するに値しよう。
 他方、ドイツでは、相対的に労組の力が強く、中央集権的な産業別包括賃金交渉により基準賃上げ率が決定されることから、好況時の一律な大幅賃上げが企業の競争力を削ぎ、新規雇用を抑制させてきたといわれる。最近では、労組の姿勢も「賃上げより雇用優先」に変わりつつあることから、業績に応じた一時金の導入による企業毎の賃金設定も容認されるようになったほか、シュレーダー首相主導による政労使協調の「雇用のための連帯」の成果による、生産性上昇を上回る過度の賃上げ抑制の合意や、協約期限の複数年化、といった変化の兆しもみられる。しかしながら、一方では、@解雇保護法の適用拡大による規制強化、A「雇用促進法」改正による有期・臨時雇用の制限、B「経営組織法」改正による従業員の経営参加権強化、といった労働者保護を優先する左派的政策が導入されるなど、労働市場の硬直性は依然として温存されており、改革のスピードは極めて遅い。また、フランスを含め多くの欧州諸国にも共通する課題であるが、寛容な失業関連給付が、就業へのインセンティブを削いで長期失業者を生むとともに、財政及び企業の社会保障費負担を重くする、といった問題も指摘される。
 シュレーダー政権は、発足時、「ドイツの失業者数を2002年までに350万人に減らす」ことを公約として掲げたが、本年6月時点の失業者数は約369万人とこれを大きく上回っており、景気減速が続くなか、公約の達成は困難と見る向きも多い。97年秋から緩やかな低下が続いてきた失業率も、年初からは改善が足踏みとなり、季節調整後の失業者数は昨年末から6月までの半年間に81千人増加している(第4図)。

3.今後の見通し
 
 以上からドイツ経済の今後を展望すれば、当面は景気減速が続くとみられ、2001年の実質GDP成長率は1%台の低水準にとどまることが予想される。また、ドイツの経済規模はユーロ圏全体の約32%を占めることから、ユーロ圏全体の平均成長率も、ドイツの低成長によって大きく押し下げられる形となろう。更には、市場統合や通貨統合によって域内経済の相互依存度が高まるなか、本来牽引役となるべきドイツの不振が、域内貿易の減少を通じて域内他国の成長をも抑制する可能性が高い。
 ただし、@本年実施されたGDP比約1%に達する個人・企業向け減税が、ある程度景気を下支えすること、A年後半にはインフレが沈静化し、消費が緩やかながら回復に向かうとみられること、B年末にかけては米国をはじめとする世界景気が底入れし、従来からドイツ景気の牽引役である輸出も持ち直すとみられること、などから、ドイツの景気は年末頃には底を打ち、徐々に回復に向かおう。
 昨年来個人消費の抑制要因となっているインフレについてみると、6月の消費者物価上昇率(HICP)は、5月の前年比3.6%から同3.1%へと大きく低下した(第5図)。インフレ加速の主因であったエネルギー・食料品価格の上昇が、原油価格の軟化や口蹄疫流行の収束によって一服してきたことから、物価は今後徐々に安定に向かうと予想される。また、インフレ率の低下傾向が定着するなか、5月に続きECBによる追加利下げが実施されれば、企業及び消費者のマインドにもプラスの効果が期待される。
 とはいえ、期待される米国の景気回復も、現状では極めて緩やかなものにとどまると予想されており、ドイツ経済の回復も従来のような外需頼みでは限界があろう。そうしたなか、力強い雇用創出と内需拡大による自律的成長軌道に乗れるかどうかは、今後の労働市場の構造改革の成否にかかっているといえる。国内のコンセンサスを重視し、漸進的改革をすすめてきたシュレーダー政権であるが、家計及び企業の租税負担を軽減し、経済全体の成長力を高める、という観点からは、昨年可決された税制改革法案(企業・個人向け減税、2002年からの企業保有株式売却にともなうキャピタルゲイン課税廃止など)の成果が期待される。また、本年5月に関連法案が成立した年金改革も、内容に一部後退はあったものの、高齢化への対応に道筋をつけたという点で評価されよう。しかし一方で、経済のサービス化や労働市場の改革は依然遅れており、現状ではユーロ圏内でも最低水準の成長率に甘んじ、グローバルな競争激化のなかで、生産施設の国外移転による産業の空洞化も懸念される状況となっている。今後期待されるこれらの改革については、社民党の支持基盤である労組への配慮もあり、来年秋に予定される総選挙まで一時的停滞を余儀なくされるとみられるが、ドイツが競争力を維持しつつ持続的成長を遂げ、ユーロ圏経済の牽引役となるためには、労働市場の改革のスピードを一段と加速することが必要であろう。

(8.3 武南 奈緒美)