平成13年(2001年) 8月1日 NO.14  

試される構造改革の実行力
−民間・公的部門の非効率性の是正に向けて

戦後最短で途切れた景気回復
 
経済全体の活力を削ぐ民間・公的部門の非効率性
 
失われた10年と決別するために
 
戦後最短で途切れた景気回復

 99年4月以降続いてきたわが国景気の回復は、すでに戦後最短の1年半程度で終了した可能性が高い。直近2001年5月の景気動向指数をみると、景気の現状を示す一致指数は景気判断の分かれ目となる50%を5ヵ月連続で下回っている。また、実質GDP成長率をみても、2001年1〜3月に前期比年率▲0.8%と2四半期ぶりの減少に転じた後、続く4〜6月もマイナス成長を記録する公算が大きくなっている。
 需要項目別にみると、まず目立つのは輸出の落ち込みである。2001年入り後、IT関連分野を中心とした米国経済の減速がわが国最大の輸出先であるアジア地域へと波及することで、わが国輸出の失速が鮮明となった。財務省「通関統計」によれば、直近2001年6月の輸出数量は前年比▲14.3%と、90年代以降で最大の減少を記録している。
 設備投資の減速感も強まっている。99年度以降、設備投資はIT関連投資を牽引役に緩やかな回復を続けてきたが、このうち半導体製造装置を中心とする“供給サイド”のIT投資は息切れが鮮明になっている。設備投資の代表的な先行指標である機械受注統計はこのところ急速に伸びが鈍化しており、中でも半導体製造装置は前年比で3割近い大幅な減少が続いている。
 輸出や設備投資といった企業部門の変調に加えて、家計部門の動きも冴えない。そもそも先の景気回復局面においては、GDP統計でみた実質個人消費は年率▲0.4%と回復感に乏しい展開を続けてきた。足元では、雇用・所得環境が一段と厳しさを増すなか、総務省「家計調査」の実質消費支出が2001年5月に前年比▲2.3%と2ヵ月連続で前年割れとなっている。
 こうしたなか、物価面では、国内卸売物価のみならず、消費者物価も下落傾向となりデフレ色が強まっている。最終需要の低迷に加えて、アジア地域からの廉価な輸入品の増加や企業の雇用コスト抑制の動きが物価の下落に拍車をかけている。

経済全体の活力を削ぐ民間・公的部門の非効率性
 
 このように、わが国の景気は、設備投資と個人消費が両輪となって回復に“広がり”と“勢い”が増していくという自律回復を果たせぬまま、再び後退局面入りを余儀なくされた。この原因は何か。もちろん、米国を起点とするIT関連需要の落ち込みがそれだけ大きかったということはあろう。しかしながら、こうした逆風を克服できなかったより基本的な背景は、供給面、需要面の双方から解明されるべきである。本稿では、90年代に様々な面で顕在化した民間・公的部門の非効率性の改善がなかなか進まなかったことが、ヒトやカネといった経済資源を生産性の低い分野に固定化し、新事業、新産業の成長を阻害してしまった面に光を当ててみたい。
 まず、企業部門では、90年代に入り、グローバリゼーションやIT化、サービス化といった環境変化が一段と進展し、それに応じた企業・産業構造の変革が不可避になったにも関わらず、十分な対応を果たせずにきた。実際、企業部門の効率性を示す指標として労働生産性の推移を業種別にみると()、全産業ベースでは70年代以降、期を追って上昇テンポが鈍化しており、90年代後半は年率1.7%と70年代の約1/3にまで低下している。もちろん、企業サイドも全く手を拱いていた訳ではなく、輸送機械や電気機械といった輸出型製造業では、ここ数年、雇用コストや在庫の削減にこれまでにないペースで取り組んできたことや、需要掘り起こしの努力を続けてきたことで、労働生産性の上昇テンポは90年代後半に僅かではあるが改善に転じている。しかしながら、その一方で、非製造業の労働生産性の上昇テンポが大幅に低下しており、全体の足を引っ張っている。これは、建設業の労働生産性が90年代には絶対水準として低下するという異常な状況にあるなど、構造調整型業種の労働生産性の悪化に起因する面が大きい。
 企業部門の効率性の悪化は有利子負債残高対月商比率をみても明らかである(第1図)。輸出型製造業については、売上高との対比でみた債務の負担感が概ね過去と変わらないレベルにある一方で、構造調整型業種では同比率が80年代後半に急上昇した後、引き続き高止まっており、債務の過剰感は強い。こうしたセクターでは、地価の下落もあってバランス・シートの毀損が一段と深刻化していることから、キャッシュ・フローの大半を有利子負債の返済に優先的に充当せざるを得ず、リスクを取った投資活動を積極化しにくい状況が続いている。
 家計部門が直面する問題も根が深い。有利子負債残高対月商比率と売上高人件費比率がほぼパラレルに推移していることに示される通り(前掲第1図)、過剰な債務を抱えている非効率なセクターを中心にヒトの過剰感も依然として強い。このため、多くの企業は雇用コストの圧縮に取り組まざるを得ず、それが、雇用・所得環境の低迷や消費マインドの悪化に繋がっている。さらに、問題なのは、非効率なセクターから成長性や効率性の高いセクターに向けて労働移動が円滑に進みにくい点である。これまでの長期雇用を前提とした雇用システムの下では、労働者は所属企業や業界に特化した技能を蓄積する傾向が強かったことから、一度職を失うと、保有スキルのミスマッチから新たな分野にスムーズに転職するのが困難なケースが多いためである。実際、足元で完全失業率は4.9%と過去最高水準にあるが、失業者を失業期間別にみると、期間1年以上の長期失業者の割合が3割弱とかつてなく高まっている。
 一方、政府部門の非効率性もわが国経済の活性化にとって大きな足枷になっている。90年代を通じて、政府が景気対策として公共投資を大幅に積み増した結果、公共投資の規模は対名目GDP比率で7.0%程度(2000年度)と主要先進国の中で突出している。こうした公共投資の増加がある程度景気の下支えに寄与したことは事実だが、その一方で様々な副作用も顕在化している。まず、公共投資の中身が硬直的になっている。公共投資に対しては、単に短期的な需要創出効果のみならず、社会資本ストックの蓄積を通じて民間部門の生産性向上をサポートする効果も期待されるのが一般的である。しかしながら、公共投資関係予算の推移をみると(第2図)、その配分比率が長期に渡って殆ど変動していないほか、公共投資の投資対象部門も建設部門に偏っている。この間、わが国の経済環境が大きく変化しているにも関わらず、こうした硬直的な配分が維持されていることは、公共投資の経済への波及効果を低下させている可能性が高い。加えて、問題なのが、国と地方合わせて666兆円にものぼる巨額の財政赤字の存在である。すでに大幅な増税を伴わずに財政赤字を解消するのは困難との見方も多く、制度の綻びが目立つ年金・医療・介護といった社会保障制度の持続性に対する懸念の強まりと相俟って、企業や家計の将来不安を高めている。
 さらに、政府部門の非効率性を示すものとして見逃せないのが、特殊法人制度の存在である。特殊法人の中には官民の役割分担のあり方や政策コストと受益の関係を必ずしも明確にすることなく運営されてきたものも少なくない。このため、民間部門の活動領域を狭めるとともに、税金による穴埋めを通じて財政赤字の拡大に繋がり、民間部門の活性化を阻害している面が大きいことには留意すべきであろう。

失われた10年と決別するために
 
 こうしてみると、わが国経済が再び本格的な景気回復を実現していくためには、非効率なセクターに滞留しているヒトやカネといった経済資源を成長性や効率性の高い分野に配置転換することが欠かせない。そのことがまさに経済全体の活性化を進めるための“構造改革”にほかならない。この点、6月に経済財政諮問会議が発表した“骨太の方針”に示されている通り、小泉政権は「構造改革なくして景気回復なし」との基本理念の下、ここ2〜3年で集中的に構造改革を進める方針を打ち出しており、その点は素直に評価することができよう。
 しかしながら、当然の如く、構造改革は短期的には“痛み”を伴う。例えば、不良債権問題と表裏一体である企業部門の過剰債務問題の解決は、非効率な企業の整理・淘汰を通じて企業倒産の増加に繋がる可能性が高いし、公共投資の規模や中身を見直すことも、公共投資依存型の特定産業の雇用に悪影響を及ぼす公算が大きい。
 そうした点を踏まえれば、政策サイドにまず求められるのは、雇用面でのセーフティ・ネットを大胆に拡充することである。とりわけ“痛み”が大きくなると予想される中高年や非自発的失業者に対する失業保険の給付期間や給付水準を大幅に見直すと同時に、長期失業者には職業訓練の受講を義務付けるなどの工夫を考えるべきであろう。また、転職者やパートタイム労働者に相対的に不利な退職金税制や年金・保険制度の見直しを進め、労使双方が様々な雇用形態を自由に選択できる環境を早急に整備していくことも急務である。その際には、公共投資の削減により生じた財源を流動的な労働市場の整備のための施策に活用すべきである。
 ただし、セーフティ・ネットの整備はあくまでも“痛み”を和らげるための措置であり、同時に、規制改革や創業支援策の拡充を進めることが不可欠である。こうした措置により、新たなビジネス・チャンスの創出や投資、雇用機会の拡大が期待できるし、非製造業分野の高コスト体質が是正されることで、企業部門全体の生産性が改善する。創業支援策としては、新たな事業の芽とその担い手を育んでいくために、事業スペースや情報機器といったハード面のみならず、経営管理や市場情報の提供といったソフト面からも新規事業をサポートしていくことなどが挙げられよう。
 さらに、政府部門の構造改革、すなわち公共投資や特殊法人制度、地方自治制度などに根付いている非効率性や不公平性に大胆にメスを入れていくことも欠かせない。こうした改革こそ、民間部門の活動領域の拡大や民間部門の生産性の向上に繋がる公共インフラの機能強化に不可欠であり、同時に、財政赤字の削減を通じて企業や家計の将来不安を軽減する効果も大きいとみられるためである。もとより、こうした分野への改革は、個々の分野で既得権益を有する主体との摩擦・軋轢が非常に大きいと予想されるが、その成否がわが国構造改革の大きな鍵を握っている。
 わが国経済の先行きを展望すると、2001年末にかけて米国を中心に海外景気が回復に向かったとしても、構造改革に伴うデフレ圧力が強まるとみられる。そうしたなかにあっても、中期的な視座に立って構造改革を躊躇なく進めていくことが、「失われた10年」に終わった90年代と決別し、日本経済本来の実力を開花させる「飛躍する次の10年」を実現するための分岐点になると思われる。家計、企業、政府の各部門が、それぞれ痛みを分担しつつわが国経済・産業の構造改革を進めていけるか、アジア諸国との一段の競争激化や少子・高齢化時代の本格到来が迫っているだけに、今こそ、その覚悟が問われている。

(7月23日 堀部 智)