平成13年(2001年) 4月13日 NO.11  

ユーロ導入後の欧州金融市場の変貌

1. ユーロ導入後の各市場の動向
 
2.欧州金融市場のグローバル化
 
3.EUによる取り組みと今後の展望
 


 99年1月欧州11ヶ国に単一通貨「ユーロ」が導入されてから2年余りが経過した。単一通貨ユーロの誕生は、事前の予想通り、その当初から欧州の金融市場に様々な変化をもたらし始めたが(東京三菱レビュー「ユーロ導入後の欧州金融市場」99年No.11参照)注1、こうした変化はその後も継続し、期待通り市場の統合・発展につながっているのだろうか。欧州金融市場の構造変化の現状と今後の展望について、前回レビュー後の動向も踏まえて検討してみたい。
 (注1)ユーロ導入により、@異なる通貨によって分断されてきた各国の市場が統合され、域内のクロスボーダー取引が活発化し、流動性・奥行き・利便性に富んだユーロ金融市場が完成する、A「財政安定成長協定」の縛りにより国債市場が徐々に縮小する一方、直接金融化(企業の債券・株式発行による市場からの資金調達)の進展により民間部門主導で資本市場の拡大が進む、B上記に加え、市場間・金融機関同士の競争激化により取引コストが削減されることで、域内のみならず国際的にも魅力ある市場となり、域外の発行体・投資家を惹きつけ更に発展を続ける、などの効果が期待されていた。

1.ユーロ導入後の各市場の動向

@短期金融市場

 最も早く統合が進んだのが短期金融市場である。 TARGETをはじめとする域内のクロスボーダー資金決済システムが稼動し、金融政策の運営が欧州中央銀行(ECB)に一元化されるなか、各国の短期金利の格差は初めの数ヶ月で2〜3bp程度まで縮小し、EONIA(無担保翌日物)、EURIBOR(ターム物)などユーロの指標金利も定着した。ユーロ圏内のクロスボーダー取引は、無担保の銀行間預金取引を中心に増加しており注2、TARGETと各国決済システムとの更なる調和や少額決済システムの整備といった課題は残るものの、ユーロ導入を機に市場の一体化が進展していることが窺われる。
 (注2)ESCB(ECB及び各国中銀)の市場調査によれば、短期金融市場の取引を国内取引・ユーロ圏内取引・ユーロ圏外との取引とに分けた場合、98年第4四半期時点で25%に過ぎなかったユーロ圏内取引(国内取引は54%)が、99年第2四半期には39%(国内取引は40%)に伸びた。

 他方、レポ取引については、国ごとに市場慣行や法的枠組みが違うことや、担保証券移転に必要なクロスボーダーの証券決済システムの統合が遅れていることなどが障害となり、依然として市場の統合や取引の拡大が進んでいない。欧州委員会が99年10月に発表したジョバニーニ・グループのレポートは、EUのレポ市場の規模は米国の58%(98年時点の推計)にとどまっており、各国市場に分断された状態である(ドイツを除けばクロスボーダー取引も少ない)として、市場インフラやネッティングに関する法制度の整備を提言している。

A債券市場

 国際決済銀行(BIS)によれば、国際資本市場で発行されたユーロ建て債券は、99年に6765億ドルと前年比倍増し、事前の予想通りの急成長を遂げた(但し、これには、ユーロ建て市場での実績作りを狙った大型起債がEMUスタート時に集中したという一時的要因もあった)。ユーロ安や金利上昇により起債環境が悪化した2000年は、発行額が6073億ドルと前年比約10%減少したものの、各国通貨に分断されたユーロ以前の市場に比べると格段に大きな市場となったことは間違いない。
 また、欧州委員会の資料から国内債も含むユーロ建て債券発行額の発行体別内訳をみると、2000年においても国債等(国債、地方債、政府機関債、国際機関債)が総発行量の約5割と依然として圧倒的なシェアを占めていることがわかる(第1表)。ただし、今後については、各国に財政赤字及び政府債務残高の削減が義務づけられていることから、国債の発行量は徐々に減少していくとみられる。
 一方、ユーロ導入に伴い成長が期待された民間債、特に社債市場については、99年の急拡大の後、2000年はやや足踏みとなったようだ。99年には、従来間接金融による資金調達が中心だった欧州の大企業(僅かにみられた起債も多くが米ドル建てであった)が新たな市場の開拓と投資家の獲得を目指して積極的にユーロ建て社債の発行を行った他、これまではほとんど見られなかったA格以下の企業による起債も増加し、起債の大型化と多様化が進んだ。その背景には、@通貨統合によって域内の為替変動がなくなり、各国の金利差も収斂したことから、これまで欧州各国の国債を債券投資の中心としてきた域内の投資家が 社債やプァンドブリーフ(抵当債券)などへ投資対象を拡大したこと、Aグローバル競争の激化やEMUに触発されて、欧州企業・金融機関によるM&Aが活発化・大型化し、買収資金調達の需要が急増したこと、Bユーロ導入による欧州債券市場の拡大・深化が、欧州企業にかつてない大規模かつ低コストな資金調達を可能にしたこと、などがあった。これに対して2000年は、欧州企業による大型M&Aがやや一服したことや、金利上昇や国債とのスプレッド拡大といった発行条件の悪化に加え、世界経済の見通しが不透明化するなかで投資家のリスク回避・流動性選好の姿勢が強まったことなどから、社債発行額は前年割れとなり、特に低格付けのハイ・イールド債の発行が急減した。しかしながら、債券総発行額に占める社債の割合をみると僅かながらも増加しており、99年に始まった市場の変化がここにきて後退したと見做すのは早計であろう。
 なお、欧州債券市場が名実共に単一市場として一体化するまでには、まだ時間がかかるとみられるものの、統合に向けたいくつかの動きが始まっている。
 まず国債市場においては、99年4月からEuroMTSによる電子取引が始まり、ユーロ圏の主要国債を共通のプラットフォーム上で取引することが可能になった。電子取引化は、先物市場、株式市場などにもみられる動きであるが、クロスボーダー取引を容易にするとともに、市場の透明性・流動性・効率性を高めるものと期待される。ただし、ユーロ誕生後においても国債の発行体はあくまで各国政府であり、国債市場が完全に一体化するわけではない。ベンチマーク(10年物ではドイツ連邦債)とそれ以外(フランスを除く)とのスプレッドは、EMUに向けたコンバージェンス取引終了後、99年に入って再び拡大を始め、投資家の流動性選好が強まるなか、足元でも30〜40bp程度で推移している(第1図)。@財政収支が改善するにつれて国債の発行額が減少(流動性が低下)する、Aクロスボーダー取引の拡大やM&Aによる地場金融機関の減少により国内の資金が大国市場に流出する、Bヘッジ手段としてのデリバティブ取引やレポ取引が活発で流動性が高い市場、特にドイツに投資家の需要が集中するなど、特に小国にとって不利な状況となっている。各国間で発行条件を合わせて流動性を高めるなどの施策も検討されたが、財政主権とも関わる問題であり、実現は困難とみられる。
 また、インフラ面で市場統合の障害となっているクロスボーダー証券決済システムの整備の問題については、国際的な証券決済機関であるセデル、ユーロクリアがそれぞれドイツ、フランスの決済機関と合併するなど(合併後にセデルはクリアストリームと改称)、統合に向けた再編が始まっており注目される。

B株式市場

 ユーロ誕生後の欧州株式市場では、DJ EurostoxxやFTSE Eurotopといった汎欧州株価指数が定着し、機関投資家が投資スタンスを国別ではなく欧州全体を業種別に分けた分析重視へと切り換える(実際のポートフォリオの組替えは予想されたほど進んでいないが)、運用規制緩和や債券利回り低下を背景に株式投資を拡大する、といった投資家行動の変化がみられた。また、上場企業数の増加(ユーロ圏主要株式市場の上場企業数は、98年末から99年末にかけて約14%増加した)、株式投信を通じた個人投資家による株式保有の増加、ドイツのノイア・マルクト、フランスのヌーボー・マルシェを始めとする各国ベンチャー株式市場の成長や新設、などからは欧州株式市場の裾野が確実に拡大していることがうかがわれる。これらは、ユーロ導入のみならず、これまで各国で実施されてきた規制緩和などの株式市場改革の成果でもある。株式市場では、資金・債券など他の金融市場に比べ、各国ごとの法律・規制・会計制度等の違いが一段と大きく影響することから、市場の統合・発展のためには、こうした各国制度の調和や共通化が不可欠となろう。
 その一方で注目されるのが、ユーロ誕生に前後して始まった各国の既存取引所の再編や、新興の電子証券取引ネットワークの参入といった動きである。これらは、欧州株式市場の一体化を促進するとともに、透明性・流動性・利便性の向上や取引コストの低下を通じて市場の拡大に貢献するものと期待される。98年にはドイツ・ロンドン両証券取引所の提携を中心とする8取引所の「欧州統一証券取引所」構想が発表され、取引時間の統一や取引システムのリンクなどについて合意された。その後、この統一市場構想は進展をみせていないが、北欧では98年にスウェーデンとデンマークの取引所が統合してノレックスを設立し(2000年にノルウェーとアイスランドの取引所も参加)、2000年にはパリ・アムステルダム・ブリュッセルの3取引所が合併してユーロネクストを設立した。これらは、現状ではまだ地域的・部分的な連合にとどまるものの、提携・既存取引システムのネットワーク化という従来の緩やかな統合から一歩進み、合併・取引システムの一本化による本格的な統合を目指すという意味で注目される動きである注3。更に、大手投資銀行による私設のクロスボーダー取引システムの構築や、英国の電子取引ネットワーク・トレードポイントや米国店頭市場ナスダックなどによるユーロ圏外からの市場参入などの動きも、取引所間の競争を激化させ再編を促すものとみられる。(第2図
 (注3)この他、2000年にはドイツ・ロンドン取引所の合併によるiX設立が発表されたが、具体的な交渉が難航するなか、スウェーデンの取引所を運営するOMグループがロンドン取引所の敵対的買収を提案し(結果は不成功)、iX計画は頓挫している。

2.欧州金融市場のグローバル化
 
 こうした変化によって、欧州金融市場は期待通り国際的に魅力ある市場となり、グローバル化していくのだろうか。
 BISの統計から国際資本市場での債券発行における通貨別シェアの推移をみると、ユーロ(98年まではEMU参加11ヶ国通貨及びECU)建てが占める割合は、98年までの20%台から大きく伸びて99年は38%となり、米ドルに迫る規模となった注4。2000年には、為替相場の大幅なユーロ安や米ドルへスワップ後の調達コストが割高になるなどの市場環境悪化もあって、ややシェアを落としたものの、ユーロ誕生前に比べれば遥かに大きな地位を獲得したことがわかる(第2表)。
 (注4)民間調査機関Capital DATAの調査では、99年のユーロ建て起債額のシェアは45%となり、ドル建てのシェア43%を抜いた。

 一方、ユーロ建て債券発行体の地域別シェアをみると、99年から2000年で特に大きな変化はなく、内訳として北米(米国企業の社債、米国エージェンシー債など)がやや増えたものの、ユーロ圏内に対する圏外の割合は変わっていない(第3図)。今後、域外の発行体による起債を更に増やしていくためには、既発債・レポ取引も含めた統合の促進によって欧州債券市場の流動性や利便性を向上させることに加え、ユーロの為替相場安定も欠かせない要素とみられる。また、中長期的に、ユーロが国際的な起債通貨として更に広く浸透していくかどうかについては、EU加盟交渉中の中東欧や、スペインなど南欧諸国と関係が深い中南米など、新興市場国の動きも注目されよう。一方、株式市場に目を転じると、99年にマドリード証券取引所が中南米企業の株式を扱うLATIBEXを、2000年にドイツ・ウィーン両取引所が中東欧株式を扱うNEWEXを設立するなど、従来からある密接な経済関係を利用した国際的な市場作りが始まっている。
 他方、投資家サイドの動向についてみると、一部で予想されていたような域外からの急速なポートフォリオ・シフトは生じておらず、むしろ欧州投資家による対米証券投資の増加が目立っている。しかしながら、生き残りをかけた競争を繰り広げる欧州の取引所の動向をみると、域内のみならず米国・アジアなど域外の取引所との提携や遠隔会員の獲得などを通じて積極的に取引量の拡大を図っており、こうした動きが結果として欧州市場のグローバル化にもつながっていくものとみられる。他取引所に先行して電子取引化を進め、手数料割引による会員の囲い込みで世界最大の先物取引所に成長したユーレックス(ドイツ・スイスの先物取引所が合弁で設立)の例をみても、会員数・取引高ともにユーロ圏外投資家のウェイトが高まっていることがわかる(第3表)。

3.EUによる取り組みと今後の展望
 
 ユーロ導入によって単一市場創設を目指す欧州金融市場は、多少の揺り戻しや市場ごとのスピードの差こそあれ、総じてみれば引き続き統合へ向けて進んでいるといえよう。グローバル競争の激化や市場参加者からの希求に押される形で加速している取引所や決済インフラの提携・統合、電子取引の拡大などの動きは、いずれも金融市場の統合を促進する効果があるとみられる。しかしながら、どちらの規則や取引システムを採用するかといった利害の対立やグループ内での主導権争いから頓挫している統合計画も多い。また、制度面から統合の障害となっている各国ごとの規制・税制・会計制度などの違いを調和させるには、各国当局はもとより、EU諸機関、市場参加者などあらゆる関係者の協力が不可欠となろう。市場統合を完成させてユーロ導入のメリットを十分に享受するまでには、まだ時間がかかるとみられる。
 こうしたなか、EUは2000年7月、欧州金融市場の統合を目指して証券規制の改革を検討する賢人委員会(会長は、ラムファルシー前欧州通貨機関総裁)を設立した。2001年2月に発表された最終報告(以下、ラムファルシー・レポート)は、欧州の発展のために金融市場の統合が急務であるにも関わらず、現在の証券規制・監督体制は硬直的で十分に機能していないとして、@99年に欧州委員会が発表した「金融サービスに関するアクションプラン」に含まれる優先課題の実施期限を2003年までに繰り上げる注5、A証券取引に関するEU共通ルールの制定・施行を迅速化するため、2001年末までに欧州証券委員会・欧州証券監督委員会の新設を含む新たな枠組み作りを行う、の2点を提言し、その内容が本年3月23〜24日にストックホルムで開催されたEU首脳会議の議長国声明に盛り込まれた。ただし、こうした改革は各国にとって自国当局の権限縮小や制度変更にもつながるため、項目によっては反発も多い。同レポートの検討過程では、英国寄りの規制ができることを警戒するドイツ政府の強い反対を受けて、欧州委員会が実施細則を決める際の権限に制約が加えられ、各国政府(理事会)が介入する余地を広げたことなどから、立法措置の迅速化という当初の目標が十分に達成されていないとの批判もある。今後始まる共通ルールの制定は、かなりの困難を伴うと予想されるものの、ユーロ導入を所期の目標通り欧州金融市場の統合と欧州経済の発展に結び付けるためには不可欠な条件であり、また改革が実現すれば、今後数年の間に欧州の金融行政や金融市場の姿が大きく変わるとみられるだけに、その成否が注目される。
 (注5)同アクションプランは、ユーロ導入の効果も踏まえた上で、従来からEUが進めてきた域内金融市場の整備・統合を完成させることをめざし、@単一のホールセール市場の創設、Aオープンで健全なリテール市場の発展、B規制・監督制度の整備、C統合の障害となる税制の改革、の4つの戦略目標について具体的な行動計画と優先順位をまとめたものである。ラムファルシー・レポートは、このなかから目論見書、上場基準、投信・年金ファンドなどの投資規制、会計基準など6項目に関する共通ルールの制定を優先課題としている。

(3月30日 武南 奈緒美)