平成13年(2001年) 2月 1日 NO.6  

IMF追加支援後のアルゼンチン経済

1.金融支援パッケージの評価
 
2.信任低下の背景
 
3.信任回復に向けて
 
4.残るリスク要因
 


 90年代のアルゼンチン経済は、91年に導入された「兌換制(カレンシーボード制)」の下、ハイパーインフレを終焉させ、信任回復を背景とした潤沢なネット資金流入を支えに91〜98年には平均5.8%の成長を達成した。しかしその後、98年ロシア危機、99年ブラジル通貨大幅切り下げを経て、過去2年間は厳しい景気低迷を余儀なくされている(第1図)。こうした中、アルゼンチン政府の債務支払い能力への不安が高まり、昨年12月にはIMF追加支援を含む総額397億ドルの金融支援パッケージが組成されるに至った。
 金融支援パッケージの決定に加え、2001年初には米国利下げやユーロの対米ドル相場上昇などの追い風もあり、アルゼンチン経済を取り巻く環境は好転しつつある。しかし一方、アルゼンチン経済への不信の根底にある、中期的な成長力・債務返済能力への懸念は払拭されていない。本稿では、金融支援パッケージの評価とともに、信任回復に向けての政府の動きと残されたリスクについてまとめた。

1.金融支援パッケージの評価
 
 今回の対アルゼンチン金融支援パッケージは、2000年10月のアルゼンチン副大統領辞任による政治不安の高まりをきっかけに、国内金利・政府外債利回りが急騰したことで、早急に市場を鎮静化しなければ、2001年中にも政府資金繰りに重大な問題が生じる可能性が高まったことをうけた措置である(第2図)。IMFおよび政府の対応は迅速で、まず11月10日にIMF追加融資方針が発表され、その後支援実施に必要となるアルゼンチン政府側の対応の見極めが行われ、12月18日にはIMF支援を軸とした総額397億ドルの金融支援パッケージの発表にこぎつけた(第1表、IMF理事会による正式承認は2001年1月12日)。同支援パッケージは、早期に組成されたこと、市場の事前予想(200〜300億ドル)を上回る規模であったことから大きな効果を発揮し、預金流出や外貨準備の大幅減少に至ることなく、市場は鎮静化した。
 支援の内容をみると、IMFからの融資は137億ドル相当(105.85億SDR、クオータ比500%)で、スタンドバイクレジット110億ドル(既存の72億ドルからの増額)、SRF(補完的準備融資制度)27億ドルにより構成される(第1表)。また、IMF・米州開銀・世銀・スペイン政府からの公的融資に加えて、民間セクターからは12国内銀行・年金基金等が既存債のロールオーバーの引き受け保証等の形で参画している。総額のうち、254億ドルが2001年末までに利用可能(うち21億ドルは2000年12月に引き出し済)となり、同年中のアルゼンチン政府部門資金調達必要額の約266億ドル(財政赤字65億ドル、中長期債務返済等153億ドル、短期債務返済48億ドル)の大半はカバーされることとなった。
 今回の支援パッケージでは、債務マネージメント70億ドル(注)を含めると民間セクターからの支援が総額の50%を越えており、近年のIMF支援体制におけるプライベート・セクター・インボルブメントの考えが強く反映されている。これら民間セクターの支援のほとんどが地場民間銀行からのものだが、アルゼンチン金融セクターにおける外資系銀行プレゼンスの高さを反映し、その大半は外資系銀行の子会社・支店である。アルゼンチンでは、メキシコ危機後の金融セクター再編の流れの中で例外ない外資参入を認めてきたが、このことが結果的に大型で早期の金融支援パッケージ組成において奏効したとみられる。
     
(注) 債務マネージメント:既存短期債の中長期債への借り換え(40億ドル)、アルゼンチン機関投資家の受け取りクーポンの再投資(30億ドル)。

2.信任低下の背景
 
 ただし、金融支援パッケージは市場の不安心理解消の為の一時的な処方箋に過ぎない。昨年10月の政治不安の高まりはきっかけにすぎず、その背景にあるアルゼンチンの中期的な経済成長力と債務返済能力に対する不信感は払拭されていないからだ。
 そこでアルゼンチンの政府総債務残高をみると、2000年9月末時点で1237億ドル(うち対外債務859億ドル)であり、GDP比でみれば50%弱と、その規模は他途上国・先進国と比較しても特別に大きくはない。しかし、調達金利が高いことから債務負担は重く、2000年の政府部門の金利支払い額は110億ドル(GDP比4%)を越えたとみられ、景気低迷下での双子の赤字の主因となっている(第3図)。こうした中、債務残高の増加と過去2年のGDP縮小があいまって、総債務残高の対GDP比率も着実に増加し、将来的な政府の債務返済能力に対する懸念を高める結果となった(第4図)。
 こうしたことから、アルゼンチン政府は、金融支援パッケージによって与えられた猶予期間である2001年中に、@中期的な財政改善への道筋を示すとともに、A経済を成長軌道に乗せることで、経済の予見性を高めてゆく必要がある。市場の信任回復と資金調達コストの恒常的な低下傾向を維持することが2002年以降の経済破綻を回避する必須条件となるからだ。

3.信任回復に向けて
 
(1)財政構造改革の推進
 そこで、信任回復に向けたアルゼンチン政府の取り組みについてみてみたい。まず財政面では、早期景気浮揚と税収増加の必要性に鑑み、財政均衡化目標年を2003年から2005年に繰り延べる一方で、抜本的な財政構造改革を強力に推進することで均衡化達成の確実性を高めることとした。政府が掲げる財政構造改革の柱は、「州政府との財政協定」、「社会保障制度改革」、「徴税効率の引き上げ」、の3つである。これはアルゼンチン財政が、州財政赤字と社会保障会計赤字を連邦政府からの補填金でファイナンスすることによって連邦政府赤字が拡大する、という構図となっているからだ。まず州政府との間では、昨年11月に今後5年間の連邦政府・州政府レベルでの利払い前歳出の凍結を定めた「5ヵ年連邦協定」が成立し、今後さらに抜本的な歳入分配制度の改正を目指す方針としている。次に社会保障制度についてみると、アルゼンチンでは94年に導入された民間確定拠出年金制度と旧来の公的確定給付年金制度が併存し、制度移行に伴う公的制度の赤字・財政による補填コストが膨らむ形となっている。このため政府は、公的制度による基礎年金給付の削減・公的制度への新規加入停止を盛り込んだ公的制度の段階的廃止を目指す改正法案を策定し、昨年12月末に大統領令によって成立させた。これらに加え、「脱税防止法」(2000年10月成立)を軸とした税務調査の強化、例外免税措置・特別規定の撤廃を通した税制の簡素化によって徴税効率の向上を目指す方針としている。
 以上の諸政策は、いずれも短期的な財政改善効果は高くないが、中長期的には大きな効果を発揮することが期待される。政府は、これらの政策の効果によって、政府債務残高/GDP比も2003年をピークに低下に転じると見込んでいる。

(2)難しい経済成長力への懸念の払拭
 しかし一方、99年のブラジル変動相場制移行以来、カレンシーボード制の強いる金融・為替相場政策面での制約に対する懸念が高まってきており、アルゼンチン経済の中期的な成長性に対する不安感を払拭することは難しい(第5図)。
 こうした懸念に対しては、91年から98年にかけてのアルゼンチン経済の成長実績を例にあげた反論もある(第1図)。しかし、同時期におけるアルゼンチン経済成長は、@90年代前半のエマージング諸国への投資ブーム、Aブラジルのドルペッグ制採用(目標相場圏制:94年7月〜99年1月)、に依るところが大きかったと考えられる。特に、94年のブラジルでのドルペッグ制採用により、アルゼンチンが貿易の約3割を依存するメルコスール(南米南部共同市場)域内で事実上の通貨協調体制が敷かれ、域内貿易・投資がアルゼンチンの対ブラジル貿易黒字の増加を伴って拡大していたことは、95年のメキシコ危機以降のアルゼンチンへの投資資本および経済回復の原動力となった。このため、99年初にブラジルが大幅な通貨切り下げを伴う変動相場制に移行したことは、直接投資対象としてのアルゼンチンの魅力を低下させ、貿易収支の改善を困難にし、アルゼンチン経済の予見性を著しく低下させる結果となった。
 ただし、アルゼンチンでは事実上のドル化(de facto dollarization)が進行しており、通貨切り下げを伴う通貨制度変更は現実的な選択肢ではなくなっている。現在、政府の国内債新規発行は100%がドル建であり、残高ベースでもドル建が85%に達している(第6図)。国内銀行の民間預金・貸出も70%以上がドル建となっており、政府およびIMFは「変動相場制への移行は少なくとも短期的には経済に壊滅的な影響を与える恐れがある」と判断している(注)。このため、アルゼンチン政府は、今後も「賃金の弾力性の向上」「一層の規制緩和を通した投資誘致と生産性向上」によって、カレンシーボード制と整合性のとれた経済構造への変革を目指すという立場を明確にしている。既に2000年中に、企業レベルでの賃金交渉を定めた労働協定改革や通信規制の撤廃等が実施されているが、今後さらに独占禁止法の改定等を通し、国内における競争原理の徹底化、国際競争力の向上が図られる予定となっている。

 (注)IMF Staff Country Report No.00/164 p.21

4.残るリスク要因
 
 以上にみたように、金融支援パッケージによって、少なくとも2001年中のデフォルトという最悪の事態は回避された。また、年初の米国利下げ・ユーロの対米ドル(=対ペソ)相場上昇などの追い風もあり、2001年のアルゼンチン経済を取り巻く環境は改善方向にある。アルゼンチンの輸出/GDP比率、対米輸出依存度は共に11%(99年)と低いため、米国景気減速がよほど大幅なものにならない限り、減速に伴う利下げなどの米国要因は総合的にプラスに作用すると考えられるためである。ただし、残された課題は多く、その円滑な達成にむけては、以下のリスク要因があげられよう。
 まず国内では、政治リスクが残る。現政権は、前ペロン党政権打倒の目的で結束した中道右派の急進党と左派のフレパソ党による連立政権であり、経済政策面では一枚岩ではない。既に「国家年金改革法案」などの重要法案が、議会審議の難航によって大統領令での強行実施を余儀なくされた。連立政権が2001年に実施予定の上下両院選挙を乗り切り、経済・財政改革を推し進められるかどうかが注目される。一方、海外では、米国景気減速が金融不安を引き起こすほどの大幅なものとなった場合、米国内の信用リスクの拡大がエマージング市場にも波及し、アルゼンチン経済にも大きな影響を与えよう。この場合、アルゼンチンの景気回復・信用回復の遅れから、2002年以降の政府ファイナンスにおける潜在的なリスクが高まろう。また、対エマージング諸国投資における民間部門の自己責任の原則が厳しく問わ問われるようになった昨今、民間資金フローの回復について楽観できる状況でもない。こうした中、アルゼンチン政府のうち出している、抜本的ではあるが即効性には乏しい中期的な経済計画が投資家に許容され続けるのか、という不安も残ろう。
 アルゼンチンの名目GDPは2800億ドルと、経済規模ではブラジルの半分程度であるが、エマージング債市場においては流通発行残高の2割以上を占める最大の発行体である。アルゼンチン経済の動揺は程度の差こそあれ、他のエマージング諸国に影響を与えよう。このため、今後も中期的なリスク要因として注視してゆく必要があると思われる。

(1.26 杉崎 佳子)