平成13年(2001年) 1月 4日 NO.1 

新年日本経済の展望

景況感の起伏の激しかった2000年
 
展望しきれぬ景気の本格回復
 
求められる構造改革の断行
 


景況感の起伏の激しかった2000年
 
 新世紀を迎え、五穀豊穣を願う獅子の舞にも力のこもる新年である。振り返ると、昨年のわが国経済は、年前半に情報通信技術の飛躍的な発展、いわゆる"IT革命"を追い風とした景気の本格回復への期待が膨らんだ後、年後半は一転、景気の先行きに対する不安感が広がるという景況感の起伏の激しい一年であった。桜の咲き誇る季節にかけては、森内閣の発足とともに、株高の進行が話題をさらった。2000年初、1万9千円でスタートした日経平均株価は、外国人投資家にリードされる形で上昇傾向を辿り、4月中旬には2万833円の直近ピークを記録した。海外景気の拡大を受けて輸出が増勢を強めるなか、パソコンや通信機器、半導体製造装置といった情報化関連分野を中心に設備投資が増加傾向に転じたことで、わが国においても、"IT革命"が先行する米国のような息の長い景気拡大・株価上昇への期待感が遅れ馳せながら強まったためである。
 こうしたなか、速水総裁の「ゼロ金利が異常であることは間違いない」(2月23日)との発言を皮切りに、日銀はゼロ金利政策解除に向けた地ならしをスタートした。4月には同総裁が「デフレ懸念はひと頃に比べて後退しており、ゼロ金利政策解除の条件は整いつつある」と発言するなど、日銀は月を追う毎に政策変更に対する意欲を高め、ついに8月11日には賛成多数で約1年6ヵ月に渡るゼロ金利政策の解除に踏み切った。思い起こせば、日銀が利上げに踏み切ったのはバブル真っ只中の90年8月以来まさに10年ぶりのことであった。この間、債券市場では、それまで1.6%台半ば〜1.7%台半ばで推移していた10年最長期物国債利回りが急上昇、8月下旬には一時2%台を記録したほか、為替市場においても、それまで1ドル=110円前後で推移していた円の対ドル相場は同105円程度にまで強含む格好となった。
 ところが、秋口以降、わが国経済を取り巻く雲行きは怪しくなる。原油価格の高騰やユーロ安の進行などを背景に、それまで好調に推移してきた米国経済の先行きに対する不安感が台頭、米国株式市場ではダウ工業株30種やナスダック総合指数が急落するとともに、わが国株価も下落基調を辿った。こうした状況下、政府は10月半ばに総事業規模11兆円程度の「日本新生のための新発展政策」を決定、景気の回復を後押しする姿勢を強めた。しかしながら、個人消費の低迷に加えて、海外景気の減速を背景に設備投資と並ぶ景気の牽引役であった輸出の増勢鈍化がハッキリしてきたことで、年末にかけて景気の先行きに対する不透明感はむしろ強まった。この間、金融市場の動揺にも歯止めは掛からず、12月下旬には日経平均株価は1年9ヵ月ぶりの低水準である1万3千円台を記録したほか、10年最長期物国債利回りは約1年半ぶりに1.5%台に低下、円の対ドル相場も1ドル=110円台前半に弱含んだ。いずれにしても、わが国経済は、立ち込める暗雲を払拭できないままに、新しい年に足を踏み入れることを余儀なくされた。

展望しきれぬ景気の本格回復
 
 問題は、新年経済の展望であるが、結論を先取りすれば、景気の回復基調そのものが途切れる可能性こそ小さいものの、引き続き浮揚感に乏しい展開を余儀なくされそうだ。
 まず、企業部門では、設備投資全体の約3割を占める情報化関連投資は今後も拡大傾向を辿ることとなろう。足元、情報化関連投資の中身は、電気機械や通信といった情報化関連業種による半導体製造装置や通信機器など"供給サイド"の投資が多くを占めているが、これまで出遅れていた"ユーザーサイド"のコンピューター投資についても、情報通信技術の飛躍的な発展が見込まれるなか、生産性の向上や競争力の強化に向けて企業の投資スタンスが徐々に積極化していくとみられるためである。しかしながら、設備投資の残り7割を占める情報化関連以外の投資については、地価の下落が続くなか、非製造業や中小企業を中心に依然バランス・シート調整圧力の強い企業も少なくないことから、引き続き緩やかな回復にとどまる可能性が高い。このため、情報化関連投資を中心に設備投資の回復は続くものの、その回復力には業種・企業規模間で大きなバラツキが残る公算が大きい。輸出の減速に伴い企業収益の伸び鈍化が予想される年度前半にかけては、企業の投資スタンスが幾分慎重化する局面も出てこよう。
 一方、家計部門が景気の牽引役として名乗りを挙げるにはまだ時間を要しそうだ。まず、家計の経済活動の源泉である雇用・所得環境の回復テンポは今後も限られたものにとどまる公算が大きい。企業部門全体としてみれば、人件費の負担感がなお重い企業は少なくなく、そうした企業は引き続き人件費の抑制スタンスを維持するとみられるほか、中小企業や零細企業を中心に高水準で推移している企業倒産や廃業が目立って減少するとは考えにくいためである。さらに、雇用・所得に対する不安感や将来の医療・介護制度に対する不透明感が根強く残るなかにあっては、消費マインドの改善余地も限られ、個人消費は引き続き伸び悩みを余儀なくされることとなろう。また、住宅ローン減税延長の効果が期待される住宅投資にしても、肝心の雇用・所得環境の改善が限られていることに加え、地価やマンション価格の下落傾向に歯止めが掛からないなかにあっては、再度大きく大きく盛り上がる姿は想定しがたい。
 また、公的需要に過度の期待を寄せるのも難しい。2001年度の公共投資の工事量は、年度前半を中心に「日本新生のための新発展政策」や積極型の2001年度当初予算に基づく公共投資が執行されることを踏まえても、高水準を記録した2000年度を上回ることは難しく、かといって、わが国の財政事情が極めて深刻な状況にあることを踏まえれば、先行きの景気展開に弾みをつけるような追加財政措置が打たれるとも考えにくいためである。

求められる構造改革の断行
 
 このようにみてくると、今年の景気は回復局面が続くとはいっても、回復感をハッキリと実感できるのはまだ先のことになりそうだ。米国・アジアといった海外景気の減速が続く年度前半にかけて、景気の回復テンポはより緩慢なものとなろう。2001年度の実質GDP成長率は前年比+1.6%と、2000年度の同+1.8%に続いて低成長にとどまる可能性が高い。
  そこで問題となるのは、わが国経済の成長余地を広げ、かつてのような力強い景気の回復をいかに実現するかである。これには、まず、企業部門が"IT革命"という追い風を最大限活用し、大胆なリストラクチャリングやリエンジニアリングといった経営革新を進めることで、生産性の向上や企業体質の強化を実現していくことが重要である。
 一方、政策サイドには、企業部門がこうした経営革新に向けて前向きに動ける環境を逸早く整えていく実行力が求められる。この点、政府も、1月6日に「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本法)を施行、また同時に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(新IT戦略本部)を発足させ、本格的に"IT革命"を推進する姿勢を鮮明にしている。そのなかで、「情報通信技術の恵沢をあまねく享受できる社会の実現」を基本理念に、「世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成」や「公正な競争の促進」、「規制改革」などを掲げているが、こうした施策を単なる掛け声に終わらせることなく、早期かつ着実に実現させていくことが必要なのは言うまでもない。
 それにも増して政策サイドに求められるのが、低迷を続ける家計部門の活性化策である。ただでさえ回復感に欠ける雇用・所得環境だが、先行き、企業部門が生産性の向上に向けたリストラクチャリングを進める過程では、雇用コストの抑制を通じて、家計部門へのしわ寄せが一段と強まる虞も否定はできない。こうした家計部門の痛みを和らげるためには、規制改革の徹底を通じて民間企業の活動領域を広げることで、雇用のパイそのものを拡大していくとともに、そうした新分野で新規開業が活発化するよう、事業スペースや機械設備といったハード面、経営管理や市場情報といったソフト面の両方から創業支援を進めていくことが大事であろう。同時に、転職者やパートタイム労働者に相対的に不利な退職金税制や年金・保険制度など制度面の見直しも含め、労働移動の円滑化を促すための環境整備をさらに推進することが欠かせないであろう。
 加えて、見逃せないのが、巨額に膨れ上がった財政赤字の存在が、将来の増税や社会保障制度への不透明感を強めることで、家計の消費マインドの改善に影を落としている点である。大蔵省の推計によると、2001年度末時点の国と地方の長期債務残高は約666兆円、対名目GDP比率で128.5%と未曾有の高水準に達する見込みであり、少子高齢化の進展を踏まえれば、この先、わが国財政に吹き付ける逆風は一段と強まる方向にある。たしかに、既述のような景気展開の下では、短兵急に財政再建路線に転換するのは困難にせよ、政策サイドは、少なくとも財政構造改革に向けた具体的なグランドデザインの提示に真摯に取り組むことが必要であろう。
 新年の干支は"辛巳(かのと・み)"。その意味するところは、新世紀の始まりに相応しく、「草木の枯死してまた新しくなろうとすること(辛)」、「陽気一色で蛇が地中から外に現れ出る時(巳)」であるという。新世紀の入口に立った今、官民挙げて構造改革に真摯に取り組んでこそ、バブル崩壊以降の苦難に満ちた10年間を、"失われた10年"ではなく"飛翔のための助走期間"と評価できる日が訪れるのではなかろうか。

(12月21日 山本 忠司)