平成12年(2000年)11月13日 NO.10

構造調整下の企業の生産活動

際立つ“IT”と“非IT”分野のバラツキ
 
進む生産分野におけるリストラクチャリング
 
当面続くバラツキを伴う生産回復
 


際立つ“IT”と“非IT”分野のバラツキ
 
  企業の生産活動が好調に推移している(第1図)。製造業の活動状況を示す鉱工業生産は、今年8月にバブル期のピークを上回る過去最高水準を記録、7〜9月では前期比+1.7%と、おおよそ10年ぶりに5四半期連続で増加した。また、非製造業についても、第3次産業活動指数と建設業活動指数を合算した非製造業活動指数(注)は、足元では97年3月に記録した既往ピークに迫る水準に回復している。企業の生産活動は景気循環の起点と位置付けられるだけに、その動向については大いに関心が集まるところであろう。

  (注)製造業の生産動向を示す統計としては、通産省の「鉱工業生産指数」があるが、非製造業については、同省の「第3次産業活動指数」と「建設業活動指数」に分けて指数が公表されている。そこで、本稿では、両者を加重平均で合算し「非製造業活動指数」として分析した。

  最近の生産活動の特徴としては、まず、IT分野と非IT分野のバラツキがかつてなく大きいことがある。第1表は、鉱工業生産および非製造業活動指数について、91年1〜3月をピークにした前々回の景気回復局面と97年1〜3月をピークにした前回の局面とで業種別に比較したものである。これによると、鉱工業生産全体の回復ピッチに各局面で大きな違いはみられないものの、業種別には、今回局面における情報化(IT)関連業種(電気機械、一般機械、精密機械の3業種)の増加率が年率+13.4%と、前回局面や前々回局面を凌駕している一方、その他の業種については、加工業種・素材業種の別なく、過去の2局面に比べ増加ピッチが緩慢なものにとどまっている。こうした姿は非製造業についても同様であり、今回局面では、IT関連業種(通信、情報サービス業の2業種)の生産活動が年率+21.2%増と、過去の2局面を大きく上回るペースで拡大している一方で、その他の業種は、構造調整業種(建設業、不動産業、卸・小売業・飲食店の3業種)を中心に従来にない低調な動きを続けている。今回局面では、世界的な情報化ニーズの高まりを背景に、半導体製造装置や電子計算機などのIT関連投資や、通信機器や半導体電子部品といったIT関連輸出の増加が景気回復の牽引役を担っており、IT関連以外の需要については総じて伸び悩んでいるが、企業の生産活動についても、こうした需要サイドにおける“二極化”を如実に反映する格好となっている。

進む生産分野におけるリストラクチャリング
 
 今回局面における生産活動の今ひとつの特徴は、企業が、在庫管理の効率化や生産設備の削減といった生産分野におけるリストラクチャリングに着実に取り組み始めている点である。90年代入り後、バブルの崩壊や期待成長率の低下に直面した企業部門では資産効率が大幅に悪化、94年以降の景気回復局面においても低下した資産効率の改善はほとんど進まなかった。こうした企業体質の脆弱化が、97年以降の景気悪化に拍車を掛ける結果となったわけだが、足元、そのスピードはともかく、企業は資産効率の改善に向けて生産面のリストラクチャリングに本腰を入れ始めている。
 まず、在庫の保有を極力絞り込んでいる。一般に、企業は出荷(≒売上高)に見合った在庫を保有しようとし、需要の回復期には、増加する注文に迅速に対応するために、在庫の積み増しを行う。実際、出荷・売上高と在庫の推移をやや長い目でみても(第2図)、製造業・非製造業の別なく、これまで、出荷・売上高がボトムアウトするのにやや遅行して、在庫の水準が切り上がってきた様子がハッキリとみてとれる。もっとも、今回の局面では、製造業については、出荷がボトムアウトして既に7四半期が経過しているにもかかわらず、在庫は依然横這い圏内の動きにとどまっている。また、非製造業についても、売上高が緩やかとはいえ既に回復傾向に転じているものの、在庫は依然として減少を続けている。
 業種別にみても、こうした様子に大きな違いはみられない。第3図は、製造業の在庫指数および非製造業の在庫/売上高比率(注)を業種別に比較したものである。これによると、今回局面における製造業は、過去の局面に比べ生産の回復ピッチが鈍い素材業種やその他加工業種はもとより、好調に推移しているIT関連業種においても在庫の水準が低く抑えられている。また、非製造業でも、構造調整業種やIT関連業種を中心に在庫/売上高比率が過去の局面を下回るレベルに抑えられている。これは、資産効率の改善を企図した企業が、飛躍的に進歩しているIT技術を活用することで、在庫管理の効率化に力を注いでいる影響が大きいと考えられる。

  (注)大蔵省「法人企業統計季報」は名目ベースの統計であるため、過去の局面と比較するには物価上昇の影響を取り除くことが必要。そこで、本稿では、物価上昇の影響を極力取り除くために、在庫を売上高で割り込んだ在庫/売上高比率を算出、分析に用いた。

 加えて、企業は、生産活動が回復するなかにあっても、生産設備や営業設備のスリム化にも積極的に取り組み始めている。第4図は、製造業の生産設備の最大生産量を示す生産能力指数と出荷について、前出第3図の在庫指数と同様に、前回局面と今回局面のボトムから7四半期までの変化率(年率)をプロットしたものである。これによれば、製造業全体の出荷は前回局面と今回局面でほぼ同程度の伸びを記録しているにもかかわらず、前回局面で拡大していた生産能力が今回局面では削減されている。業種別にみても、IT関連需要が好調な電気機械(家電を除く)こそ生産能力が拡大しているものの、その他の業種については、素材業種、家電などを中心に生産能力の削減が進んでいる。これは、「選択と集中」の旗印の下、企業が不採算分野からの撤退ならびに戦略分野に対する経営資源の投入を積極的に進めていることを反映しているといえよう。
 こうした動きは非製造業においてもみてとれる。非製造業では生産能力を示す統計が存在しないため、日本銀行「全国短観」における生産・営業用設備判断DIをみると(第2表)、足元、設備の過剰感が相対的に大きい構造調整業種やその他の業種を中心に、前回局面に比べて「過剰超」幅の縮小幅が大きくなっている。生産活動の低迷に示される通り(前出第1表)、構造調整業種を取り巻く環境が一段と厳しさを増していることを踏まえると、こうした「過剰超」幅の縮小は、遅まきながらも企業のリストラクチャリングが進み始めたことを示唆するものと考えることができよう。

当面続くバラツキを伴う生産回復
 
 生産活動の先行きを占うためには、@最終需要の回復力、Aそうした需要動向の下で、在庫の過剰感が急速に高まり、生産調整に至るリスクはあるか、を見極める必要があろう。
  まず、最終需要については、@情報通信技術の飛躍的な発展が続くなか、より使い勝手の良いITシステムに対するわが国企業の投資意欲が後退するとは考えにくい、A世界的な情報化ニーズの高まりを背景にIT関連品目の輸出は引き続き増加基調で推移する公算が高い、ことを踏まえると、これらセクターの景気牽引力が直ちに大きく損なわれるとは想定しがたい。もっとも、@IT関連以外の設備投資については、地価の下落傾向が続くなか、バランス・シート調整圧力の強い企業も少なくないため、総じて伸び悩む可能性が大きい、A国内民需のもう一つの柱である個人消費についても、雇用・所得環境の改善ピッチが限られるとみられるだけに、ニーズの高いIT関連以外の支出については目立った改善が期待しにくい。このため、“好調なIT関連需要”と“足取りの鈍い非IT需要”のバラツキは今後も残り、こうした回復力の格差は企業の生産活動にも引き続き色濃く反映されることとなろう。
 次に、短期的な景気サイクルを端的に示す鉱工業の在庫循環図(前年比)を業種別にみると(第5図)、在庫の減少幅が縮小傾向を辿るなか、出荷/在庫バランスは在庫調整の目途となる45度線に近づきつつある。これまで急回復を続けてきたアジア地域において在庫復元の動きが一服していることもあって、同地域への輸出依存度が大きい鉄鋼や化学といった素材業種の一部には、この先、生産調整を余儀なくされるところも出てこよう。もっとも、既述の需要見通しや、先にみた通り、今回局面では在庫の水準そのものが低く抑えられていることを踏まえると、企業部門全体でみた在庫の過剰感が急速に高まり、生産活動の回復傾向そのものが途切れるリスクは小さいように思われる。
 今後、企業の生産活動を一段と活発化させるためには、“好調なIT分野”における生産活動をさらに伸ばしていくとともに、“足取りの鈍い非IT分野”における生産活動が本格的に回復するための素地を整えていくことが必要である。そのためには、資産効率の改善に向けた企業の果敢なリストラクチャリングが引き続き重要なのはいうまでもないが、同時に、政策サイドの積極的なサポートも欠かせないであろう。例えば、IT関連業種の活動領域をさらに広げていくためには、政府が今年7月に立ち上げた「IT戦略会議」で議論されている「電子商取引を促進するための規制改革等諸制度の総点検」や「情報通信インフラの整備・促進」といった施策をスピード感をもって、かつ着実に実行していくことが求められよう。一方、企業が経営革新のための施策を遅滞なく進めていくためには、例えば、今年5月に創設された企業分割法制に加えて、連結納税制度の早期導入など、企業が大胆なリストラクチャリングを円滑に進めるための税制面からのサポートが不可欠である。
 いずれにしても、“IT革命”という追い風を受けて景気が回復傾向を辿っている今こそ、企業・政府双方による構造改革の実現に向けた絶え間ない取り組みが求められていることは間違いない。

(10月31日 堀部 智)