平成12年(2000年)8月14日 NO.9

好調なフランス経済

1.景気は消費を中心とした内需主導で好調
 
2.民間部門における雇用拡大
 
3.ジョスパン政権の雇用政策:週35時間労働制の実施
 
4.企業活性化に向けて 〜 ベンチャー企業育成のための環境整備とIT推進
 
5.おわりに


1.景気は消費を中心とした内需主導で好調
 
 ユーロ圏経済は拡大傾向をたどっており、なかでも、フランス経済はここ数年ユーロ圏の景気の牽引役となっている。堅調な景気拡大の中でも物価は安定を維持しており、好調なパフォーマンスを示している。
 フランスの景気動向を振り返ってみると、90年代前半は平均成長率1.0%と低迷が続いたが、97年に景気は外需主導で拡大局面に入った(第1図)。98年には、外需の悪化を主因に年末にかけて減速したものの、内需が下支えとなり、通年でみれば3.2%の成長率を確保した。さらに、99年後半からは外需が回復したことで成長ペースが高まり、今年第1四半期の実質GDP成長率は前年同期比3.4%と、3四半期連続で3%台の成長を記録した。
 このように、フランス経済が3年余りにわたって好調に推移している背景として、第1に、アジア・ロシア危機の影響が比較的軽微だったことが挙げられよう。フランスの製造業部門は対GDP比18.9%と、ドイツ(24.5%)、イタリア(25.6%)に比べて小さく、また、エマージング諸国向け輸出も全輸出の13.5%と、ドイツ(21.0%)、イタリア(19.6%)よりシェアは小さい。このため、98〜99年にかけて、ドイツとイタリアが外需の悪化の影響から大幅減速したのとは対照的に、フランスでは外需悪化の程度が比較的小さかったことで、緩やかな景気減速にとどまった。
 第2に、個人消費や設備投資など内需が力強いことが挙げられる。特に個人消費は、ドイツやイタリアでは依然力強さを欠いているのとは対照的に、フランスでは好調に推移している。消費者信頼感指数は過去最高水準にあり、消費意欲の盛り上がりから、自動車、家電製品、家具などの工業製品家計消費は今年に入ってさらに増勢を強めている(第2図)。4月からは付加価値税税率引き下げ(20.6%→19.6%)の効果も加わり、個人消費は第2四半期入り後も力強く推移し、景気拡大を牽引している。こうした消費の好調を支えているのは、雇用情勢の改善である。以下、雇用情勢の改善状況についてみてみたい。

2.民間部門における雇用拡大
 
 民間部門の雇用者数(農業、行政、教育、保健・衛生、社会活動部門を除く)は、景気回復を背景に96年後半に増加に転じ、これに伴い失業率も97年6月の12.6%をピークに低下傾向をたどった。今年6月の失業率は9.6%と、依然ユーロ圏では相対的に高いものの、約9年振りの低水準となった。また、今年第1四半期の雇用者数は1,437万4千人となり、前期比15万人、前年同期比44万人と急増した。96年後半から雇用者数は100万人増加したことになる。こうしたフランスの雇用情勢の改善状況を他の欧州諸国と比較すると、失業率はEU平均を上回っているものの、雇用者数の伸びをみると、フランスの好調ぶりが際立っている(第3図)
 このような民間部門における雇用者数の増加は、サービス部門が牽引している(第4図)。今年第1四半期の15万人の雇用者増加のうち、12万人がサービス部門での増加であった。フランスでは雇用者数に占めるサービス部門の割合が71.5%(99年)と比較的大きく、また、その他産業を上回る高い伸びを維持している。
 サービス部門の内訳をみると、コンピュータ関連のコンサルティング業や人材派遣業などの企業向けサービス部門において雇用者数の高い伸びがみられる。この背景には、情報通信技術(IT)の発展に伴い、IT関連サービス業での労働需要が増加していることや、臨時雇用が今年に入り前年比+20%のペースで増加していることなどが挙げられよう。
 また、最近では、製造業部門や建設部門でも雇用者数は増加に転じている。91年以降、製造業や建設部門ではリストラが進められ、雇用者数は一貫して減少傾向をたどってきたが、99年には両部門ともに増加に転じており、リストラの一巡が窺われる。特に、活発な住宅投資を反映して、建設部門における雇用者数の増加が目立つ。  このように、サービス部門を中心とした順調な雇用拡大が、個人の可処分所得増加とマインドの改善を通じて個人消費の拡大につながっている。

3.ジョスパン政権の雇用政策:週35時間労働制の実施
 
 以上みたように、雇用情勢の改善は民間部門の雇用拡大によるところが大きいが、加えて、政府の雇用政策もある程度の効果をあげている。97年6月に発足したジョスパン現政権は、歴代政権と同様に失業問題の改善を最優先課題として掲げ、法定週労働時間の短縮(週35時間労働制)と、若年者雇用対策(公共部門において5年間で35万人の若年者雇用創出を目指す)を実施した。特に、週35時間労働制はワークシェアリングによる雇用拡大を目指すものであり、ジョスパン政権の政策の目玉である。現在、スペインでも週35時間労働制の導入が検討されるなど、高失業率を抱える他の欧州諸国からもその成果が注目されている政策である。
 週35時間労働制の概要をみると、まず、98年6月に「労働時間短縮に関する指導・奨励法」(通称オブリ第1法)が施行され、2000年1月から、従業員21人以上の企業の法定週労働時間を39時間から35時間とする(従業員20人以下の企業は2002年1月から適用)ことが定められ、先行導入に対するインセンティブが与えられた。なお、週35時間労働制導入の際の賃金および勤務体系といった具体的な導入条件については、企業レベルの労使間交渉に委ねられることとなった。さらに、週35時間労働制を導入する際の具体的措置は「交渉による労働時間の短縮に関する法」(オブリ第2法)に規定され、同法は99年12月に成立した。
 週35時間労働制導入が発表された当初は、新規雇用のコスト負担や、時短に伴う時間外手当ての増加など、企業負担の増大を懸念した経営者側から強い反対が出た。しかし、企業の社会保障負担の軽減措置や、超過勤務時間の取り扱いに関する移行措置等がオブリ第2法に盛り込まれたことで、企業負担は当初懸念されたよりも抑制されることとなった。
 その後、若干の法案修正を経て、2000年2月1日より週35時間労働制が正式に施行された。最大の目的である雇用拡大については、すでにある程度の効果がみられる。雇用・連帯省によれば、先行導入を開始した98年6月からの2年間で、週35時間労働制導入に関する労使合意数は約33,000件にのぼり、この合意により創出・維持(=解雇を免れた)された雇用者数は約20万人となった。

4.企業活性化に向けて 〜 ベンチャー企業育成のための環境整備とIT推進
 
 以上のような直接的な雇用政策に加え、間接的な雇用政策として、企業活動の活性化を通じて雇用創出を図るべく、ベンチャー企業育成のための環境整備が進められている。
 フランスでは、新設企業数は94年の29万4,000件をピークに減少傾向をたどっており、99年には26万9,000件と前年比増加に転じたものの、国内景気の力強さを考えれば、依然低迷している。こうしたなか、政府は98年以降、ベンチャー企業支援基金(基金額9億フラン)の創設や出資者に対する税制優遇、産学連携の推進といったベンチャー企業育成策を実施してきたが、さらに今年4月に追加支援策を発表、ベンチャー支援基金増額のほか、税制・社会保障関連の支援策、企業設立コストの低減、インターネットを通じた開業の促進による開業手続きの簡素化などを打ち出した。
 これらの施策は、ベンチャー企業の育成を通じて、経済全体の活性化を図るとともに、雇用創出につなげることを目指すものといえよう。同時に、IT産業の主な担い手であるベンチャー企業の育成を通じて、IT産業を中心とした持続的成長と雇用拡大を目指すものでもある。
 ここで、フランスにおけるIT部門の発展状況をみてみると、IT関連産業は対GDP比約5%と、米国の同約8%に比べて小さく、また、インターネット普及率は、98年時点で米国の28.3%に対してフランスは4.7%にとどまっており、これは先進国のなかでも低い水準である。ただし、インターネット普及率はEU平均で米国の3分の1程度であり、フランスのみならずEU全体としてみても、IT部門における米国との格差は大きい。こうしたなか、6月のEU首脳会議では、情報分野を中心とした経済発展とそれに伴う雇用拡大を目指して「e−Europe 2002アクション・プラン」(2002年末までに欧州レベルでのネット・インフラ整備の完全実施を図る)が承認されるなど、EUレベルでIT推進への取り組みが始まった。加えて、各国レベルでも様々な取り組みがなされており、フランスでは、今後3年間でネット関連の情報教育や研究開発に約40億フランの予算を充てる方針が打ち出された。
 このように、フランスにおけるIT部門は、先頭を走っている米国に比べて遅れをとっているものの、近年急速に伸びている。個人消費や設備投資が好調な背景には、パソコンや携帯電話などの消費や、コンピュータやソフトウェア投資といった、IT関連の需要拡大が寄与している。生産面でみても、情報サービス部門や通信部門は99年に前年比2ケタの伸びを示しており、98年の実質GDP成長率3.2%に対するIT関連産業の寄与度は0.5%ポイントとなった。また、先にみたように、新設企業数全体としてみれば低迷しているものの、ハイテク関連の新設企業数(うち75%は情報技術関連)は、97年の7105社から99年には8155社へ増加するなど、フランスにおいてIT部門が急速に発展している様子がうかがえる。

5.おわりに
 
 フランス経済は引き続き内需を中心に好調に推移し、今年の成長率は3%台後半に達するとみられる。また、消費者物価上昇率は、原油価格の上昇とユーロ安の影響から伸びを高めているものの、製品価格の低下とサービス価格の低位安定から、コアベースでは落ち着いている。6月にはユーロ圏11カ国中最も低い伸びにとどまっており、インフレなき成長が続いている。ただし、先行き懸念材料もある。
 まず、失業率は依然ユーロ圏のなかで相対的に高いものの、すでに労働市場は逼迫しているとみられる。OECDによれば、フランスのNAIRU(インフレを加速させない失業率)は10〜11%前後と見込まれ、足元の失業率はそれを下回っている。実際に、最新の企業サーベイでは42%の企業が人手不足と回答しており、これは歴史的にみて高水準である。特に、IT関連部門や建設部門で人手不足が深刻化していることから、企業側は超過勤務を増やして対応している。このような労働市場の逼迫は、賃金の上昇を招くおそれがある。
 こうしたなか、構造的失業率をさらに低下させるような方策、具体的には、手厚い失業保険制度の見直しや職業教育・訓練の拡充等により、労働供給面の問題改善が求められよう。
 さらに、週35時間制の導入が労働コスト上昇につながる可能性がある。通常、ワークシェアリングによる雇用創出は、それのみが実施されれば、企業負担増加をもたらす。ただし、先にみたような政府による企業負担の軽減措置に加えて、多くの企業は、週35時間制導入と同時に、複数年にわたるベア凍結や年間労働制(法定労働時間の年換算が認められているため、企業は繁閑に応じて労働時間の調整が可能)を実施することでコスト抑制に努めており、当初懸念されたほどには企業負担は増加しないとみられている。また、週35時間労働制導入により、労働体系の柔軟性が増したとの指摘もあるが、それを生産性向上に結びつけられるかどうかが焦点となろう。
  こうしたなかで、IT投資推進による生産性向上が目指されているが、米国の例でもみられるように、IT投資が生産性向上につながるまでには時間を要する。しかしながら、週35時間制が成功するか否かは、生産性向上の実現にかかっており、それに向けた官民の努力が求められよう。
(7月31日 篠原 令子)