平成12年(2000年)3月24日 NO.3

「新中道」路線を具体化するドイツの税制改革

はじめに
 
1.今回の税制改革のポイント
 
2.今回の税制改革に対する評価
 
3.足元の政局と残された争点
 
おわりに


はじめに
 
 ドイツでは98年秋に左派のSPD(社会民主党)と緑の党による連立政権が誕生した。この左派政権下において、以前の右派政権に期待されていた以上の抜本的な税制改革が実現しようとしている。この2月9日、2001年施行の税制改革法案が閣議決定され、国会での審議を経て7月までに成立する見込みとなっている。
 この税制改革では、法人税や所得税の大幅な減税によって、名目GDP比1%にも相当する450億マルクの減税が2001年に実施される。また、株式キャピタルゲイン課税が撤廃される結果、金融機関や事業会社の非効率な株式持ち合い構造の解消も期待されている。これらはまさに、シュレーダー首相が標榜してきた「新中道」路線を財政面において具体化するものと言える。
 以下、本稿では、今回の税制改革法案のポイント並びにその評価、そして今後の国会審議に残された争点についてまとめてみた。

1.今回の税制改革のポイント
 
 今回の税制改革は抜本的なものであり、その内容は多岐にわたるが、主要なポイントとして、(1)法人税・所得税の大幅減税、(2)株式キャピタルゲイン課税の撤廃、の2つが挙げられる。

(1) 法人税・所得税の大幅減税
 法人税と所得税の減税では、それぞれの税率が大幅に引き下げられるほか、制度面でも幾つかの改変が予定されている。これらはその狙いによって、@企業向け減税とA家計向け減税にくくり直すことができる。

@企業向け減税
 ドイツの企業は、株式会社や有限会社などの法人企業と、個人事業主や合名会社・合資会社などの人的企業に二分される。前者には税率40%(注1)の法人税が、後者には累進税率(22.9%〜43%)の所得税が適用される。また、両者ともに、市町村税である営業税と、旧東独地域向け財政支援のための連帯付加税が課される。このため、法人企業における実効税率は51.8%と世界一の高水準にあった。今回の税制改革では、法人税率が2001年から一気に25%まで引き下げられる。この結果、実効税率は38.6%まで低下し、国際比較上も日米やフランスを下回る水準となる(第1表)
 一方、所得税が適用されてきた人的企業は、(a)法人税の適用を選択する、(b)営業税相当額を所得税から税額控除する(注2)、のいずれかの形で減税を享受する。税率は一般には(a)の方が低いが、小規模な人的企業にとって煩雑な法人税申告手続きは負担であることから(b)の選択肢も用意された。
 こうした減税の財源として2001年には減価償却率の引き下げなども行われるが、それでも差し引き後の減税額は165億マルクに上る。
(注1)本文の40%は留保利益に対する法人税率。ちなみに配当利益に対しては30%。
(注2)ただし、従来の「事業所得に係わる所得税最高税率の特例」(本則51%を43%へ割引)は撤廃される。

A家計向け減税
 昨年3月成立の「1999/2000/2002租税負担軽減法」は家計向け減税に焦点をあて、所得税最高・最低税率の引き下げや基礎控除額の引き上げなどによって、2002年に285億マルクもの所得税減税を予定していた。今回の税制改革では、それが1年間前倒しされた上で、さらに2003年と2005年にそれぞれ135億マルク、210億マルクの追加減税が加えられた。
 この結果、98年から2005年まで通して見ると、所得税最高税率は53%から45%へ、同最低税率も25.9%から15%へと大幅に低下する。また、所得基礎控除額も12,365マルクから15,011マルクまで上昇する(第2表)

(2) 株式キャピタルゲイン課税の撤廃
 ドイツの税制上、各種のキャピタルゲインは原則として課税対象であり、法人の場合は前出の実効税率51.8%が課されてきた。今回の税制改革では、法人に限り、株式売却から得たキャピタルゲインが非課税扱いとなる(注)。
 なお、本措置の導入時期は、現行法案上は移行措置の関係から2002年とされているが、世間一般には2001年と解釈する向きも少なくない。この点は、今後の国会審議の中で改めて明確にされてゆくと見込まれる
(注)正確には、法人には従来、「外国株式の売却から得たキャピタルゲインは非課税」という特例があった。今回の改革案は、この特例を国内株式から得たキャピタルゲインにまで拡大するものである。

2.今回の税制改革に対する評価
 
 今回の税制改革は、総じて高い評価を得ている。
 法人税減税については、昨年6月に原案が発表されており、その時点から「正しい方向への第一歩」とされていた。今回はそこに所得税減税が加えられたが、減税時期の1年間前倒しや2003年と2005年の追加減税は、事前の期待以上のものであった。政府はとりわけ企業活力の向上を意図しており、景気押し上げ効果も大いに期待されている。
 また、株式キャピタルゲインの法人課税の撤廃も全く予期されていなかった。本措置については、その狙い通りに株式持ち合い構造の解消を促進し、ひいてはドイツの産業競争力の強化に寄与すると、各方面から好感されている。
 以下、それぞれについてやや詳細に見てみたい。

(1) 企業活力向上を意図した法人税・所得税の減税
 現左派政権は、当初はラフォンテーヌ前蔵相の下で左派色の濃い「1999/2000/2002租税負担軽減法」を成立させたが、99年3月の同前蔵相の辞任を機に、財政政策の方向を180度転換した。4月に就任したアイヒェル現蔵相は、まず中期財政緊縮案を12月までに成立させて財政規律を締め直し、続いて今回の税制改革案を発表した。
 ラフォンテーヌ前蔵相時代と異なり、現政府が企業活力の向上を明確に意図していることは、法人税率引き下げだけでなく、所得税減税の位置付けにも現れている。「1999/2000/2002租税負担軽減法」において前蔵相は、所得税減税の狙いは家計の負担軽減にあるとしていた。ところが、今回の税制改革においてアイヒェル現蔵相は、所得税減税には、法人税率引き下げの恩恵を直接享受しない人的企業の負担軽減という狙いがあることを強調した。所得税最低税率の引き下げや所得基礎控除額の引き上げについても、小規模な人的企業向けの配慮であると説明した。
 また、「1999/2000/2002租税負担軽減法」で予定していた2002年の所得税減税は、もともと同年秋の総選挙対策の意味合いを持っていた。今回、それをあえて1年間繰り上げたところに、税制改革に対する政府の真剣さが窺われる。企業向け減税と同時に家計向け減税が実施されることで、景気押し上げには供給サイドと需要サイドからの相乗効果が働く。この点も企業家やエコノミストから大いに期待されている。

(2) 株式持ち合い構造の解消を促すキャピタルゲイン課税撤廃
 ドイツでは、金融界と産業界にいわゆるドイツ型の株式持ち合い構造が形成されている。特に大手金融機関は、事業会社の株式を全体の2〜3割も保有することが珍しくなく(第3表)、大株主として、例えば監査役を送り込む形で先方企業の意思決定に影響を与えたり内部情報を入手したりしてきた。近年では、こうした株式保有の中には投資効率の低いものが少なくないとの指摘もあったが、キャピタルゲイン課税の実効税率が50%超に上るため、なかなか売却に踏み切れないのが実状であった。
 今回の株式キャピタルゲイン課税の撤廃は、この非効率な株式持ち合い構造の解消を促すことに狙いがあり、大蔵省も「ドイツの産業構造の近代化を税制面から促進する」と謳っている。塩漬けにしていた非効率な保有株式の売却は、株主であった金融機関等の資本効率の向上に繋がるだけではない。株式売却を宣告された企業側も、従来の持ち合い構造に甘えた経営を続けられなくなり、コーポレート・ガバナンスを必然的に改善せざるを得なくなる。
 本措置は、今回の税制改革に盛り込まれるとは全く予想されていなかったため、大きな驚きをもって迎えられた。マスコミから「画期的な措置」(独大手経済紙ハンデルスブラット社説)と賞賛されたほか、産業界からは「ドイツの株式持ち合い構造の流動化を強く支持する」(ヘンケル独雇用者連盟会長)と、大手経済研究所からも「株式持ち合い構造の見直しは望ましい」(ジンIFO所長)とのコメントが寄せられている。本措置は長い目で見てドイツ産業の競争力強化に資する、と前向きに捉えられているのである。

3.足元の政局と残された争点
 
 (1) 今後本格化する与野党間の論戦
今回の税制改革案は総じて高い評価を受けているが、国会における与野党間の論戦はこれから本格化を迎える。閣議決定された政府案がほぼ無修正で国会を通過することの多い我が国と異なり、ドイツでは法案の国会上程後、野党議員は勿論のこと非主流派の与党議員からも対案が提出され、政府案が大幅に手直しされることが珍しくない。
 特に足元の政局をみると、昨年11月から政治スキャンダルに揺れていた最大野党のCDU(キリスト教民主同盟)が、徐々に党勢を立て直しつつあることが注目される。今回の税制改革法案の骨子は昨年12月21日に政府発表されたが、CDUは不正献金疑惑(注1)の影響でショイブレ党首・院内総務(注2)が2月半ばに引責辞任に追い込まれるなど党内の動揺が続き、政府案を十分に検討できない状況にあった。しかし、2月末に若手のホープのメルツ氏が院内総務に選出され、さらにスキャンダル色の一掃が期待できるメルケル党幹事長(旧東独出身の女性)の次期党首就任が固まるにつれて、党内は平静さを取り戻しつつある。特に、国会における与党側との論戦では、院内総務が党首以上に中心的な役回りを担うが、メルツ氏はこれまで副院内総務として経済分野を担当していた政策通である。税制改革法案を取り扱うにはまさに適任と言える。
(注1)コール前首相・前CDU党首が、在任中に党の政治献金を秘密資金口座へ入れて脱税したという疑惑。昨年11月に発覚。年明け以降、ショイブレ現党首・院内総務にも同様の嫌疑がかけられ、同氏は2月16日に両職務からの引責辞任を表明した。
(注2)CDUはCSU(キリスト教社会同盟/バイエルン州にのみ基盤を置く、CDUの姉妹政党)と国会において統一会派を組んでおり、院内総務はそのまとめ役。

(2) 今後の国会審議における争点
 こうしてみると、現行の税制改革法案に修正が加えられる可能性は十分に見ておく必要があろう。もっとも、今後の争点として挙げられるのは、@株式保有比率・期間に対する制限、A人的企業の相対的不利の是正、といった株式キャピタルゲイン課税撤廃の方法論や、Bインピュテーション制度廃止の妥当性、というどちらかと言えば技術的な部分である。

@株式保有比率・期間に対する制限
 現行法案における株式キャピタルゲイン課税の撤廃は、政策的な長期の株式持ち合いの解消を目的としているにも係わらず、税制簡素化のため、株式保有比率・期間に何ら条件を設けていない。
 これに対して、政策投資と投機的な短期取引とを峻別するために、株式保有比率1%以上や保有期間1年以上といった条件を設定すべきだとの対案が、緑の党など連立与党内から提示されている。

A人的企業の相対的不利の是正
 現行法案では、株式キャピタルゲイン課税の撤廃は法人企業のみに適用され、人的企業は対象外とされている。このため、全企業の8割強(会社数)ないし4割強(売上高)を占める人的企業が、相対的に不利な立場に置かれる。
 人的企業の多くはいわゆる中小企業であるが、失業問題が一大関心事であるドイツでは「雇用を創出する中小企業こそ重視すべき」との観点から、「現行法案は一部の法人企業ないし大企業のみを不当に優遇するもの」との批判も生まれている。こうした中、CDUなど野党側や与党SPDの地方組織から、法人企業と人的企業に10〜20%程度の軽減税率を一律に導入する、などの対案が提唱されている。
 今のところ政府首脳部は現行法案に固執する構えだが、5月14日にドイツ最大の州であるノルドライン・ヴェストファーレン州の議会選挙が控えており、与党SPDが早期に譲歩する可能性も否定できない。

Bインピュテーション制度廃止の妥当性
 ドイツでは配当への二重課税を回避するため、配当支払企業の納付した法人税を配当受取人が自分の所得税から税額控除する「インピュテーション制度」が採られてきた。今回の税制改革において政府は、主として税制簡素化を目的に同制度を廃止し、代わりに受取配当の2分の1のみを所得税の課税対象とする新制度を提案した。これに対して、昨年秋以来、政府の経済査問委員会(通称「五賢人委員会」)や国内の六大経済研究所などは軒並み疑問を呈しており、野党側も非常に強い反発を続けてきた。
 もっとも、新制度の導入は現行法案の柱と位置付けられており、政府がこの点で譲歩することは考えにくい。このため、野党側が本件を取引材料にして、所得税最高税率の更なる引き下げ(注)など他分野での譲歩を求める、といった展開が一般に予想されている。
(注)野党側のメルツ院内総務とファルトハウザー・バイエルン州蔵相(CSU所属)は、所得税最高税率の35%までの引き下げを主張している。

おわりに
 
 以上に述べてきたように、現行の税制改革法案には今後幾つかの修正が加えられる可能性が残されている。もっとも、最大野党であるCDUにとっても、法人税・所得税の減税による企業活力の向上や、株式持ち合い構造の解消といった今回の税制改革の狙いに、基本的に異議はない。したがって、現行法案は、その主たる部分が不変のまま成立するとみてよいと思われる。
 翻って最近のドイツ金融・産業界を見ると、現行法案の成立、とりわけ株式キャピタルゲイン課税の撤廃を見込んだ大胆な事業戦略が早くも打ち出されている。
 その代表格が、3月9日に発表された独銀最大手のドイツ銀行と同第3位のドレスナー銀行の合併構想である。ドレスナー銀行は独最大手保険会社アリアンツと深い株式持ち合い関係にあったが、合併後の新生ドイツ銀行はその関係を速やかに縮小する計画である。これは、ドイツ銀行とアリアンツが国内金融界の両雄として張り合っているためであるが、株式キャピタルゲイン課税が撤廃されなければ持ち合い株式の売却は進めにくく、本合併計画が成立し得ない可能性もあった。また、新生ドイツ銀行は取引先の事業法人の株式を大量に抱えることになるが、株式キャピタルゲイン課税の撤廃後にこれらの保有株式を放出して、ポートフォリオの再構築を図るとみられている。
 さらに、こうした動きは事業会社にもみられる。2月に仏ディーゼル会社を部門買収してコア・ビジネスを強化した独大手機械MAN社は、非コア・ビジネス関連の保有株式を新税制の下で非課税にて売却する意向を明らかにしている。
 このように、税制改革の狙いの一部は、企業活動の活性化という形で早くも結実しつつある。シュレーダー政権の「新中道」路線は、財政面ではほぼ達成されたと言えそうだ。もっとも同政権には、失業問題の解決という最大の課題が未だ残っている。既に政労使の3者間協議「雇用のための同盟」が組成され、今年1月に「生産性向上に見合った適切な賃上げを長期的に継続する」との合意に達したが、足元の賃金交渉において労組側は本合意を無視するかのような高率賃上げを要求中である。
 財政政策で合格点を出したシュレーダー政権が、労働市場政策においていかなる手綱さばきを見せるかが、ドイツ経済の今後を展望する上で、当面の注目点となりそうである。
 
(3月14日 フランクフルト駐在 矢口 満)